血液製剤の投与でC型肝炎ウイルス(HCV)に感染・発症した患者を特定できる可能性のある情報を入手しながら放置してきた厚生労働省の責任は重大だ。患者不在の隠ぺい体質は変わっていない。
厚労省が公表した血液製剤「フィブリノゲン」投与に関する資料で明らかになったのは「患者の利益」を相変わらずないがしろにしてきたことだ。一九九六年に和解した薬害エイズでは対策の遅れが被害の拡大を招いたが、厚労省はその教訓を全く生かしていない。
「フィブリノゲン」は六四年に製造・承認された旧ミドリ十字(三菱ウェルファーマを経て現・田辺三菱製薬)の止血剤で、出血が多い妊婦や外科手術を受けた患者らに使われた。不特定多数から採取した血漿(しょう)を数千人分混ぜて製造するため、一人でもHCVに感染していると汚染が全製剤に広がり、それを投与された多数の患者が感染した。
二〇〇二年、厚労省の報告命令で、同社は医療機関からの報告をもとにHCV感染が疑われる無記名の四百十八人分の症例リストを厚労省に提出した。これとは別に同社は患者のイニシャルや医療機関名などを記した副作用情報などを厚労省(旧厚生省)に詳細に報告していた。ところが、厚労省は「個人を特定できる情報はない」と説明してきた。
最近、国会で追及されたこともあって、これらを突き合わせてみると、百六十五人の実名やイニシャルなど個人情報が確認でき本人特定の可能性が出てきた。患者の立場に立てば、これほど重要なことを数年間も放置できなかったに違いない。
厚労省が同社や医療機関に働きかけて早期に患者を特定し、本人に伝えていれば、患者の記憶が確かなうちに感染経路を把握できるうえ、早期治療が可能だったとみられる。HCVは感染しても長い間、自覚症状がないだけになおさらである。
国民の健康を守るべき厚労省が発症者の早期治療の機会を奪ったことを猛省する必要がある。
百六十五人のうち九人は薬害肝炎訴訟の原告とみられるが、二人について厚労省は投与を否定してきた。
感染の事実を把握しながら立証を求めていたとしたら、あまりにも不誠実だ。
厚労省は「フィブリノゲン」に関する資料の収集経緯、患者に伝える対応を取らなかった理由などについて調査を始めたが、担当者の単なる責任追及に終わってはならない。都合の悪い情報を隠す体質を改め、薬務行政の一新につながる報告書でないと、国民、とりわけ患者は納得しないことを肝に銘じておくべきだ。
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