食文化と愛国心とキャラクター


1


『美味しい物は高いっ! とくに究極を求めようとするとねっ! だからある意味では究極のメニュー作りなんて犯罪的なんだよ!』
  『美味しんぼ』(雁屋哲・花咲アキラ・小学館)15巻、「究極の裏メニュー」より。

『絶対に手にすることの出来ないものを見せつけることが希望を与えることか。夢を与えることか』
   同上 40巻、「オーストラリアン・ドリーム(2)」より。

 『美味しんぼ』に関する私の感想は、上記の言葉にほぼ収束されます。
 この物語内では、水道水、養殖魚、農薬を使用して栽培した野菜や果実、一部の良心的な酪農家で飼育された家畜以外の獣肉や乳製品は、ほとんど飲食に値せず、時には健康にとって有害でさえあると斬って捨てられます。
 確かに正論なのでしょうが、これ程共感を呼ばない正論も珍しいでしょう。これらの食材を生活から締め出して、餓死しないですむ人間がどれだけいるというのでしょうか。雁屋先生の言うところの「本物の食材」は一般人には入手困難ですし、仮に入手出来たとしても絶望的な価格である事は確実です。この物語の主人公・山岡士郎が、「本物の食材」だけを食べて毎日暮らしていけるのは、財界人や有力者に寄生しているからに過ぎません。

 もちろんこの作品が、読者のグルメに対する好奇心を満たすだけが目的といった類のマンガなら、こちらとしてもそのレベルで楽しむ事は可能です。
 しかし、そのような食文化に対する浅薄な姿勢は、雁屋先生が物語の中で常に批判するところです。この作品が、極めて高い問題意識の下、読者を啓蒙する意図で書かれている事は間違いないでしょう。
 それならば社会批判や苦言ばかりでなく、解決法も示して欲しいと考えるのは読者の我儘でしょうか。勿論、問題点を提示するだけでも貴重であるとも言えますが、『美味しんぼ』の登場人物が、自らの高尚さと使命感に酔いながら社会を告発しておいて、いざその解決策の段になると「みんなで考える必要があるね」などと言い出したり、安易なエコロジー思想を披露して終わったりするのをコミックス80冊にわたって見続けてきた人間としては、疑問を覚えずにはいられません。

 例えば上記の、「本物の食材が入手困難で、非常に高価」という問題にしても、私のような素人から見ても、ほとんど解決不能だと思われます。
 昔の、「本物の食材」が溢れていた時代とはそもそも人口が違います。一説によると、日本の国土が自給的に養える人口は多く見積もっても三千七百万人くらいらしいので、そのためには、雁屋先生の嫌いな戦争でもやらかして、一億人ほど死ぬしかないと言うと言葉が過ぎるでしょうか。
 それに、もし「本物の食材」が、比較的リーズナブルな価格で手に入るようになったと仮定しても、経済的な理由から、もしくは食事よりも他の趣味を優先したいという事情から、選択的に敢えて「農薬まみれの野菜」や「薬臭い水道水」を取る人間は必ずいる筈で、逆説的にそれらの食材は価値を失わない事になります。安価な食材を、味や健康という視点からのみ断罪するのは、物事を単純化し過ぎているきらいがあると思われます。

『我々は鳥も虫も食わない物を、食べさせられているのです』
   同上 16巻、「対決!!野菜編(前編)」より。

 何か大事件であるかのような台詞ですが、農薬がまさにそのためにある事は、小学生でも知っています。

『魚も寄りつかなくなっちゃった国土なんかに、よく我々は住んでるもんだねえ』
   同上 25巻、「画伯とブリ」より。

 養殖物など食えたもんじゃないと言って、その絶滅に瀕した魚を食べて喜んでいる方もいらっしゃるようです。



2


『昔、日本は軍隊でアジアを侵略したけど、今は経済力で侵略してるんだ』
『世界中の嫌われ者になるのも当り前だわ』

   同上 22巻、「食品成分表の怪」より。


『日本人てのはよくよく器が小さいんだなあ。器が小さいからわずかばかりの成功で、自慢心があふれ出ちまう』

   
同上 19巻、「舌禍事件!」より。 

『魚肉を生でこんなに美味しく食べる調理法を見出した日本料理を、我々は心の底から誇りに思っていいね』
   同上 27巻、「日本料理の理」より。

『私には日本の風土というドッシリした根っこがあるのです。根っこさえしっかりしていれば、世界中どこへ枝をのばしたって花を咲かせられます』
   同上 21巻、「日本の根っこ」より。

 こう並べてみると、どうも雁屋先生の思想的立場というものが見えにくいのですが、要するに第2次世界大戦以降の日本は駄目で、料理をはじめとする日本文化と風土はOKという事のようです。
 随分都合のいい愛国心もあったものですが、主人公の山岡は、米の輸入を日本文化の名のもとに否定する一方で、外国人労働者の受け入れを多文化主義の名のもとに肯定し、欧米諸国に対しては毅然とした対応を主張する裏で、アジア諸国に対しては妥協と贖罪を叫び、政権政党(物語内では民自党)を事ある毎に断罪しながら、その政権下で実現した経済繁栄のみは享受して美食の限りを尽くしている始末ですので、全く問題なしのようです。
 是々非々主義という無主義が大人の知恵ですね。

『そして21世紀には、欧米の身勝手でしたたかな振る舞いにも対処できる賢さと強さを身につけ、国際社会で何かことあるときには、味方になってくれる友邦をたくさん持つ国へと、わが日本を若者たちの力で育てていってもらいたいのだ』
   同上 47巻、「結婚披露宴(3)」より。

 もう一度、大東亜共栄圏をやれという事でしょうか。

『こんなに美味しい物を作る中国に戦争をしかけた結果、日本はまずいスイトンを食べるはめにおちいったんですからね』
   同上 25巻、「スイトン騒動(後編)」より。

 料理がまずいと言われるイギリスに宣戦布告していれば、必勝間違い無しですか。



3


『すごいじゃない!多山財閥の御曹司だなんて!』
『大物をつかまえたわね!』
『私たち多山財閥御曹司夫人と友達ってことになるのね!』

   同上 19巻、「食は三代?(前編)」より。

『二木さんはきれいだし、なんといっても二木財閥の跡取り娘だもんねえ。二木財閥ぐるみが相手じゃ、厳しいわよ』
『もし山岡さんが二木財閥の富に目がくらむようなら、そんな男にはなんの価値もないわ。あの男がまっとうな男かどうか、これで見極めることが出来るわね』

   同上 25巻、「対決!!スパゲッティ(後編)」より。

 何か、この二つの台詞が、同じ人間が(荒川・三谷)同じ人間に対して(栗田)言った言葉だと考えると、眩暈がしそうになるのは私だけでしょうか。
 確かにこの荒川夫人・三谷夫人は、美味しんぼ内で腐れ外道コンテストを行えば上位入賞間違い無しの逸材ですが、問題なのは、彼女らがライバルに事欠かないという事実でしょう。
 とにかく、この作品の登場人物には自己中心的な性格破綻者が多過ぎるというのが、私の率直な感想です。美味しんぼワールドのレギュラー陣で、私が何の留保も無く真人間だと断言できるのは、谷村部長のみです。
 もっとはっきり言えば、この作品に登場するキャラクターの大半には、全く魅力を感じません。

 おそらくこの作品の登場人物の中で、直接的、もしくは間接的に主人公の山岡に恩を受けていない人間はいないと思います。特にレギュラー陣など、借りが多すぎて身動きも取れない程ではないかと、他人事ながら心配になりますが、誰一人として感謝しているように見えないところが壮絶です。
 とにかく、美味しんぼキャラが、山岡のもとにトラブルを持ち込む時の態度のビッグさ加減は物凄く、断ろうものなら即逆ギレ、奴隷が床に落としたスプーンを拾うのを拒否した時の御主人様の如き激怒ぶりを見せてくれます。
 しかも、山岡がトラブル解決に失敗でもしようものなら、そのトラブルを招いたのがそもそも誰だったのかは完全に忘れて無能者扱い。解決したとしても、当然のようにその結果だけ受け入れておいて、翌日には何事も無かったかのように無能者扱い。こんな輩のために毎回奔走している山岡は、お人好しを通り過ぎて、この手の扱いを喜ぶような特殊な性癖でもあるのではないかと邪推したくなります。

 いい年をした大人が集まる組織を舞台にしたこの作品に漂う、中学生あたりを主人公にしたトラウマ系マンガのような刺々しさは何なのでしょうか。ギャグとして確信犯でやっているのだとしても、コミックス80冊にわたって同じ事をやられると何やら荒んだ気持ちになりそうです。
 この物語ではよく、「一期一会」や「もてなしの心」といった言葉が出てきますが、その言葉をもっとも体現していないのがレギュラー陣であるというのが、何とも皮肉ではあります。

 そして、見ていて一番辛いのは、美味しんぼのレギュラー中のレギュラー、第二の主人公といった感のある「栗田ゆう子」が、この腐れ外道たちの頂点に君臨しているという事実ではないでしょうか。結婚後はだいぶ丸くなったようですが、それ以前は外道を通り越してほとんど電波だったと言っても過言ではないでしょう。

 この、仮にも職場の先輩である山岡に入社後の僅かの期間を除いては敬語も使わず、やたらとプライベートなトラブルを持ち込んでは当然のように奔走させ、少し親しくなるとすぐに緊張感をなくして悪口雑言を吐いても冗談として通じると勘違いし、多少味覚が鋭敏なだけで食に対する知識もろくに無く要するに一人では何も出来ないのだが自分だけは真面目に仕事をしていると強弁し、山岡の事が好きなのだがそれ以外の男性に好意を寄せられても別段拒否する素振りも見せない一方で山岡が他の女性と親しくすると敵愾心を露わにし、挙句の果てには山岡が自分を好きに違いないという妄想を抱くに至り、その根拠薄弱な妄想をもとに悲劇のヒロインを気取る事でしたたかに周囲に味方を増やし、遂に周囲からの包囲網を巧みに利用して山岡がプロポーズせざるを得ない状況を現出、電波の一念を押し通した女は、マンガ史上屈指の嫌な奴だと思うのは私だけではないと思うのですが。

『本当に山岡さんは私のことをなんとも思っていないの? それじゃ、今まで何度か心が通じ合ったように思ったのは私の錯覚だったのかしら…?』
   同上 42巻「愛ある朝食(1)」より。

 一度たりとも自分の方からは、はっきりとした意思表示もしていないのに、そこまで思い込めるのはある意味才能です。病院に行くのが良いでしょう。


(2001/08/19) 



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