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1:「カリスマ社長」
秋 ついに勇退
37年勤め上げ
2:池田元首相より早かった
給与倍増計画
変わった社員の目
3:ひざ震えた新会社
工場建設の決断
4:存亡かけた大阪商人との
真剣勝負
5:江戸期の参宮街道、再現
老舗の味から人情まで、
「参拝客に伝えたい」
6:参拝客へ持てなしの心、
復活
春から地域ぐるみで「施行」
7:「経営者は未来から
考えなければ」
「赤福理念の書」で指南」

伊勢神宮の式年遷宮  
  20年に1度、正殿など30余棟の社殿を新しく建て替え、神様の装束や神宝など計700余種約1600点をすべて古式のまま新調する神事。20年を一区切りに神の常若を祈るとともに、この国の心や姿をそれぞれの時代の中に問う狙いだ。持統天皇時代から1300年余にわたって続けられ、2013年に行われる次回が62回目。そのスケールと伝統は、世界にも例を見ない。
[6] 参拝客へ持てなしの心、復活
   --春から地域ぐるみで「施行」
 
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 「観光は感動商品。満足させないと……」

  浜田益嗣さんが常に抱く観光への基本的な考えだ。楽しいとか、おいしい、美しい、快適など、人間の五感を満足させること。数字では表しにくい「ローテク商品」でもある。地域や街も同じ。年間500万人以上が訪れる伊勢神宮の門前には、最も大事で不可欠な要素と説く。

  「最近の観光に満足度が低いのは、お客さんのどこを満足させるかの戦略がないからです。しかも、全部お金というモノサシで測るためでしょう。お金でない文化に結びつけ、共感者が増え、結果的に商売につながれば良いではありませんか」

  そんな考えで今春から地域で始めたのが「施行(せぎょう)」。古くから伊勢人に伝わる参拝客への温かい持てなしの心を復活させることだ。「地域おこし」といってもいい。2013年に催される伊勢神宮の式年遷宮に向け、浜田さんが会頭を務める伊勢商工会議所が中心に取り組む。

  「伊勢人の多くは、参拝客への『施行』という素朴な奉仕心によって永く生かされてきました。それが戦後の荒廃や高度成長などで廃れ、物質的な方法に変わったのです。8年後の遷宮にその心を全国の人たちに伝え、感動を与えたいと思います」。浜田さんは熱が入る。

  8年がかりで進める遷宮は、今年が開始年。その皮切りで、社殿建築の木材を切り出す「山口祭」が、5月に行われた。期間中には全国から参加者を募集する「お木曳(きひ)き」や「お白石(しらいし)持ち」など、多彩な行事が目白押し。参拝客や観光客も例年の2割前後増え、地元民との接触の機会も増す。商工会議所では施行運動の事務局を設け、さまざまな住民向けのPR活動などに乗り出した。

  「施行といっても、住民に特別なことをしてもらうわけではありません。昔から伊勢人が抱いてきた素朴で温かい気持ちを伝えてもらうだけです。我々の運動も一口に言えば、一段と伝えやすい雰囲気を作ることでしょうか」と浜田さん。

  運動の背景にあったのが、浜田さんが02年に国土交通省の「観光カリスマ」に選ばれたことだ。従来型の個性のない観光地が低迷する中、各地の観光地の魅力を大いに高める狙い。観光振興を成功に導いた人たちの努力や体験に学び、観光振興に取り組む人たちを全国で育てていく。02年から昨年までに計100人の観光カリスマが選定され、各地で講演やアドバイスなどを進めている。

  浜田さんが選ばれたのは、伊勢神宮内宮の門前町へ1993年に「おかげ横丁」を建設。年間約20万人にまで減った門前町の参拝客などを320万人にも増やしたからだ。選ばれてからは全国の観光地を回り、そこの観光関係者と語り合った。

  浜田さんは話す。「これまでに痛感したのは、日本人が自分の生活に自信をもち、上手に暮らすことですね。所得を増やすことより、今の暮らしでいかに豊かに送るかを考えるべきでしょう。それが観光再生につながると思います。『足るを知る』というべきか……」

  浜田さんの顔に、満足な表情が広がった。

文・安間教雄/写真・小林理幸>

毎日新聞中部本社版 [朝刊] 2005/9/20掲載

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