防衛省震撼「山田洋行」の闇

1千億円商権争奪で内紛泥沼化。次期輸送機CX利権と、旧住友銀行「西川案件」の暗部が浮かぶ。

2007年6月号 [日本の武器商人]

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2005年11月、ライブドア社長だった堀江貴文のもとに、一つの買収案件が持ち込まれた。持ち込んだ人物の名前は川上八巳(やつみ)。パチンコ情報提供会社「梁山泊」を舞台にした株価操縦で逮捕された闇の投資家である(本誌5月号「京都大に忍び寄った『闇の紳士』」参照)。

川上からライブドア幹部を通じて打診された案件に、堀江は興味津々で耳を傾け、笑みを浮かべたという。

「武器商人みたいな会社じゃん。面白そう……」

買収金額はおよそ200億円。約2カ月後に堀江が逮捕され、この買収話は幻になったが、このとき彼が「武器商人」と評したのが山田洋行だ。

売上高(2006年3月期)340億円余り、関連会社出向を含めて社員約150人の防衛専門商社だが、防衛省が指定するA級競争入札業者(売上実績から防衛省が設けたA~E5段階基準の最上位)である。

その山田洋行で起きた内紛劇に密かに戦々恐々としているのが、久間章生防衛相や、就任4年目の“天皇”守屋武昌事務次官ら防衛省幹部だという。「庁」から「省」に昇格したばかりの市ケ谷の関係者が嘆息する。

「防衛商戦は日米防衛メーカーの複雑な権利関係の調整の場であり、秘匿性が重んじられる。中堅とはいえ山田洋行は、米ゼネラル・エレクトリック(GE)の代理店として次期輸送機CXのエンジン調達に絡むなど、重要なポジションを占めている。そんな要の商社で起きた内紛が、双方の“刺し合い”と暴露で、スキャンダルに発展することも考えられるだけに、危険極まりないんだ」

この内紛は洋行が属する山田グループの二面性に発するだけに根が深い。同グループの中興の祖と呼ばれるのは、現在グループ全体の相談役であるオーナー、山田正志(真早志と名乗ることもある)。山田自身は「ゴルフと不動産の人」(ある不動産会社代表の話)。旧東京相和銀行(99年破綻、現東京スター銀行)の元会長で、金融界の裏面史には欠かせない長田庄一(00年に不正融資で逮捕)の知遇を得たことで飛躍、多角的な企業群を傘下に収める現在のグループの礎をつくっている。

不動産グループから飛び出して独立

その山田が、母の経営していた貸しビル業の山田洋行と別の商社「山田洋行」を設立したのは1969年。畑違いだけに、設立時から防衛庁OBの宮崎元伸(前専務、93年には代表権を与えた)に経営を委ねてきた。

かゆいところに手の届くサービスで制服組の信頼を得た山田洋行の今日は、宮崎あればこそ。「社内では超ワンマン。対外的には腰の低いやり手営業マンで、防衛省人脈は驚くほど広い」と前出の関係者は言う。

今回の内紛は、山田グループの不良債権処理の過程でオーナーの山田が洋行の売却交渉を始めたところに端を発する。堀江に話が持ち込まれたのもそのころだろう。結局、不動産市況の好転で洋行を処分する必要はなくなったが、山田一族に不信感を抱いた宮崎は昨年6月に洋行を退社、9月には自ら「日本ミライズ」を立ち上げ、腹心だった洋行の中核メンバー約30人を引き抜いた。

山田洋行の営業機能は麻痺、商権を奪われる恐れも出てきて同社は昨年10月30日、宮崎らに10億円の損害賠償請求訴訟を起こした。

訴状にその理由が書かれている。

「原告会社の業務は、防衛関連機器の輸入販売が主体であり、その特殊性から販売計画は相当程度に確実性がある。原告会社の営業部門の総人員は66名、退職者は22名。業務が特殊であり、新規採用者が即戦力にはなりにくい状況であることを勘案すれば、今後の収益には人員減が、直接影響を与える蓋然性はきわめて高い」

この「販売計画に確実性がある」というのが「1千億円CXエンジン商権」である。防衛省は現在の戦術輸送機である国産C1とロッキード製のC130Hが耐用年数を迎えるため後継機を検討、00年に中型戦術輸送機の国産化を決定した。そのうえで航空機メーカーを公募し、応募8社の仕様などを比較検討のうえ、01年11月に川崎重工業を主契約者に選定している。

GEエンジン100基代理店契約を“奪取”?

一方で装備するエンジンは、02年からロールス・ロイス、GE、プラット・アンド・ホイットニーの3社の提案を検討した結果、03年8月にGEのCF6-80C2型エンジンを採用することが決まった。決め手は航空自衛隊へのGEエンジンの納入実績だったが、代理店の座は以前、山田洋行が天下の三井物産からもぎ取っていた。

このエンジン、「カタログ価格」では1基1千万ドル(約12億円)。CXは2010~20年に50機が配備されることになっており、双発なのでエンジンは100基、合わせれば概算で1千億円台の商権となる。

後述するように、本誌とのインタビューで宮崎は「GE製エンジンの代理店となった」と明言した。日本ミライズが山田洋行から商権を“奪取”したというわけだ。本当なら、洋行が新たな法的措置を取る可能性もある。ミライズも退職金支払いを求めて今年2月、元幹部らが洋行を提訴、泥沼化している。

しかし宮崎の立場は、サラリーマン重役で資産家というわけではない。現に民間調査会社の報告書では「収支については、07年2月末現在、売上が発生しておらず、営業準備段階にとどまっていることから、現状は経費が先行している状況で、運転資金は自己資金内で手当てして繰り回している。営業開拓はゼロからのスタートであり、余力はほぼ限界と思われる」と書かれている。

手厳しい内容だが、古稀を前に宮崎があえて独立した背景には「CXでの採用が決まったGEエンジンの商権を奪い取ることに、絶対の自信があったからではないか」(大手商社防衛担当幹部)という観測もある。

東京・赤坂の溜池交差点の近く、オフィスビルのワンフロアを借り切った日本ミライズの応接室で、宮崎社長は取材に応じた。評判通り物腰は柔らかだが、弁護士を駆使した山田洋行の戦術には、やっぱり苛立っているようだった。

――独立のきっかけは?

「大手証券を通じて会社が売却されそうになったし、親会社の弥生不動産(株式の95%を保有)が起こした債務の弁済のために、30億円を株主配当で吸い上げられた。こうした経営の異常な動きが防衛庁やメーカー側の知るところとなり、社員一同、オーナーの経営に危機感を持った」

――しかし株の大半を握るのは山田グループ。やむを得ないのでは。

「確かにそうだが、防衛産業という特殊性もあり、どこに売却されてもいいというわけではない。だからオーナーと会談し、私がスポンサーを見つけてくる形でのMBO(経営陣による企業買収)を提案した」

――なぜうまくいかなかった?

「買収価格の折り合いがつかなかった。地価が上昇して不良債権処理がスムーズに進み、山田洋行は売却を免れた。『もう一度、山田グループのなかでやったらどうか』という話もあったが、私も、そして私についてきてくれた幹部も、気持ちは完全に山田グループから離れていた。新会社を設立するしかなかった」

――社員の4分の1を引き抜き、商権も取るのは強引では?

「社員は皆、決意して(日本ミライズに)入社している。また、代理店契約は海外メーカーが任命するだけの緩やかなもので、会社というより個人に付随する。ミライズに入社した者は退職金も支払われないことだし、生存をかけて営業している」

――その成果は上がったのか。

「GE社は、山田洋行が起こした訴訟などについて独自に調査、そのうえでCXエンジンの代理店に当社を任命した。山田洋行は顧問弁護士にメーカーなどを訪問させ、当社との取引に訴訟リスクがあることをチラつかせて妨害しているが、このように成果が上がったケースもあり、ホッとしている」

身売りされかけて不信感を募らせた裏には、オーナーの山田が三井住友銀行前頭取の西川善文(現日本郵政社長)の有力な「外部人脈」として知られていたことがある。

外部人脈とは何か――。

「旧住友銀行の融資第三部は、不良債権処理のスペシャリストとして知られ、その部長を務めたことがある西川氏は強烈なリーダーシップを発揮しながら、融資三部などにしこった不良債権を『西川案件』として処理していった。この時、社外の親密企業に追加融資して処理させることもあった。山田グループは、その代表格だ」(旧住友銀行元幹部)

銀行の不良債権処理「ダミー役」で生き残り

西川と山田の付き合いは30年以上にも及ぶという。85年に西川が丸の内支店長になると、親密度はさらに増し、それ以後、山田案件は「丸の内支店長案件」として住銀内部で特別な扱いを受ける。安宅産業の処理で水産部門を購入したのは山田グループだったし、イトマン案件の処理でも山田は協力している。

東京・南青山にある17階建てのTK青山ビル。青山通りに面するこの場所は、600億円もの資金を投じながら虫食いの不良債権として残り、イトマン破綻の一因ともなった。結局、03年に不良債権が受け皿会社に移され、土地・建物を収益物件に仕立て上げる手法で外資系ファンドに売却されたのだが、地上げの仕上げに関わったのが山田グループの関連会社、山田キャピタルなのだ。

バブル崩壊でかつての後ろ盾、東京相和の長田が追い詰められていくなかで、山田は巧みに西川にスイッチし、「銀行のダミー役」を果たすことで延命を図った。ほかにも旧平和相互銀行の「負の遺産」である渋谷のスポーツクラブ、事件モノとなった新橋の土地……そんな旧住銀絡みの怪しい履歴に終止符を打つべく乗り込むのは山田グループ、事業化までの面倒を見るのが現三井住友銀行というケースは山とあった。

しかし、この使い勝手のいい二人三脚が永久に続くはずもない。山田は引退の時を迎えて経営を息子の真嗣に委ね、西川は05年6月に頭取を退任、その直前に「西川案件」を抱えた融資三部は消滅している。西川は退任を見越して「外部人脈」の幕引きを進めたともいえよう。

西川の退任に合わせるかのようにグループの中核企業「弥生不動産」は113億円の債務を抱えて整理回収機構(RCC)に移管され、04年3月までに弁済案が了承された。

総帥山田はグループ17社の全役職を退任、37億円を弁済一時金として支払い、30億円は12年間の分割払い、残り46億円の債権をRCCは放棄するというものだった。三井住友銀は37億円の一時金のうち30億円を融資する形で“支援”したという。三井住友銀の担保に入っていた山田洋行株が売却されようとしたのは、当然のなりゆきだろう。

不動産事業を死守しようとする判断に異を唱えた宮崎は、防衛省のみならず防衛族議員らを引き込んで、巻き返しを図ろうとした。が、それはかなわなかった。銀行と組んだオーナーが抱える「負の清算」に巻き込まれ、防衛商戦とは縁のないところで起きたこの内紛で、山田洋行は一転、防衛省の火薬庫となった。

防衛省は何より秘匿を重んじ、トラブルを嫌がる。それを承知でなぜ事を構えたのか。山田洋行の野村裕幸社長室長が答えた。

「日本ミライズからの攻撃を一方的に受けているのは当社です。営業を中心に30名もの社員が一斉に退職すれば存亡の危機。しかも商権を持っていこうとしているんだから、とんでもない話です。同業他社への移籍を禁じた『就業規則』にも違反します。訴訟は、あまりに理不尽な攻撃を仕掛けてきた彼らに対するやむにやまれぬ措置なんです」

CXのGE製エンジンはいったいどちらが扱うのかと尋ねると、野村氏は「守秘義務」を理由に微妙な表現にとどめた。「何を根拠に日本ミライズが『内定』と言っているのかよく分かりません。私どもは今もGEの代理店なんです。それだけははっきり申し上げておきます」

ゴルフ場接待など暴露恐れる市ケ谷

装備品調達のA級指定業者の内紛は、装備品の安定供給に支障を及ぼすだけではない。国家機密にも関わる防衛利権の闇が暴かれる可能性を秘めている。かつて山田洋行絡みの案件が衆議院予算委員会で厳しく追及されたことがあった。1993年の細川護煕政権当時で、質問に立ったのは自民党の野中広務、のちの官房長官である。当時一機およそ55
0億円で購入が決定していたAWACS(早期空中警戒機)購入の経過について、執拗に当時の防衛庁長官中西啓介(故人)を責め立てた。

AWACSのエンジンの補給部品代理店が、実績のあった極東貿易から山田洋行へと“逆転”したからだ。野中の矛先は、航空自衛隊出身で装備畑に絶大な影響力を誇っていた参議院議員田村秀昭(現国民新党)にも向いた。田村が小沢一郎(当時の新生党代表幹事、現民主党代表)の側近だったからである。

今回の山田洋行のお家騒動でも、山田の長男である真嗣、社長となった米津佳彦が連れ立って田村を議員会館に訪ねただけでなく、宮崎らも田村を交えて善後策を練っているという。山田洋行は典型的な「政治銘柄」なのだ。現在の防衛省幹部も火の粉を浴びかねない。山田洋行、つまりは宮崎が、山田グループ経営のゴルフ場で繰り返し行ってきた接待の数々や、それ以上のものが明るみに出るのではないかと気が気でない、という。ネタ探しの地検特捜部には涎の出る案件だろう。(敬称略)

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