弁護士・未熟な人間・今枝仁・・・光市事件と刑事弁護の理解のために

勇気を出して光市事件の思いを赤裸々に書きつづったところ、意外とご理解を頂きました。
ご批判もありますが、事件や自分の状況、意見を書きつづってみようと思います。
そうしてみて改めて、人間としての私の未熟を実感しました。
これまで犯した過ちを償い、人間として成長する場をここで与えていただきたいと願います。

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2007年10月21日(日)

◆ 猿田彦と天のヤチマタ・出雲世界

魏志倭人伝を離れて古事記・日本書紀の解釈に移ります。

前にも示したように、私の解釈では高天原のモデルは筑後川中流域です。
一時は阿蘇山麓の高森(そこから天孫降臨し日向へ)も考えましたが、現在は甘木・三輪・夜須地域に落ち着いています。
そこから天孫降臨し日向三代の時代に移るわけですが、この辺は後に熊曾を朝廷の支配下に置いた際に曽於地域の神話を融合したものではないかと考えます。
高天原から地上に降りる際の途中に、「天のヤチマタ」という八つ道の分かれ目から、猿田彦(サタヒコ)が道案内をします。
私は、「天のヤチマタ」はズバリ、関門海峡を指すと考えます。
北に行けば日本海岸から出雲、東に行けば吉備から大和、南に宇佐、西に博多、陸路と海路で八ルートに分かれます。
そして鼻が長い猿田彦は、岬の象徴です。
全国に「佐多岬」のなんと多いことか。サタは岬の象徴です。
そして、下関の岬の先端にぶら下がる島の名前こそ、「彦島」。

そう考えると、本来、高天原から天のヤチマタを経た地上界とされていたのは、中国地方ではないかと思います。
「葦原の中つ国」の「中つ国」が中国地方の語源ではないかと。
後に近畿を中心に中くらいの距離だから中国と考えられたとしても。

出雲神話の世界は、出雲地域の土着神話を記紀の冒頭にくっつけたのでしょう。
八岐大蛇は砂鉄を産し鉄器製造が盛んな斐伊川の梅雨時の氾濫をモチーフとし、大宮の氷川神社にも繋がります。
「根の国」「黄泉の国」は鳥取県の夜見ガ浜(弓ガ浜)。
皆生温泉が有名なように、弓ガ浜は大山の溶岩流でできた半島なので、黄泉の国のモチーフに最適です。
荒神谷やムキバンダ遺跡で出雲世界が強力な鉄器文化圏を形成しており、突如衰退したことが裏付けられました。
出雲の国譲りは、遠賀や出雲を拠点とし大和まで勢力を伸ばしていた物部勢力から、天氏らがその支配権を武力で奪い取った事件の名残と考えます。
大国主は三輪神社の大物主と同一で、大和で滅ぼされたのをその故郷である遠隔地の出雲の稲佐で倒したことにして、朝鮮半島をにらむ同地で祭られ、本体を西に向けて朝鮮半島に睨みをきかせ、生き返らないように高層の神社を建てその死を願い、しめ縄を逆に巻き四拍手しているものと考えます。
出雲神社は大国主の怨霊を封じ込める結界ということです。

作成者 今枝仁 : 2007年10月21日(日) 21:38

◆ 魏志倭人伝の邪馬台国と卑弥呼 2

次に台与の女王国は、第1候補としてはマキムク大和です。
この場合、箸墓の主が台与となります。
第2候補は、トヨの国すなわち豊前の京都郡豊津か宇佐です。
日本書紀の神功皇后の伝承は福岡、宇佐を中心にしておりトヨと重なります。
宇佐八幡神託事件(道鏡事件)なども宇佐に皇室の起源を感じさせます。
トヨがまず豊前に都し後大和に遷都したという考えも魅力的です。
これに先立ち遠賀川流域(オカの国)にいた物部氏(ニギハヤヒ)が東進し大和に基盤を作り、そこに蘇我氏や天氏(天皇家)が後に入ります。
中国の文献(出典忘れた)には、日本の王家は「阿毎(アメ)氏」であり、もともと筑紫に居城を有していた、とあります。
天、雨、海を「アメ」「アマ」と読むのは語源の共通性があります。
宗像氏(宗像三女神は住吉三神同様オリオン座三ツ星と考える)との関連も興味深いものがあります。
考古学的にも、弥生中期まで隆盛だった遠賀川流域が、弥生後期に衰退しています。
これらの動きは、朝鮮半島からの「鉄の道」が、北九州から関門海峡ルートだったのを、出雲勢力の台頭により日本海ルートに勢力が移り、反北九州勢力が出雲や吉備の連携で大和にまず集結し、そこに北九州勢力も最後に吸収されて統一王権が確立したものと理解します。
これはマキムク遺跡の発掘状況や、前方後円墳の形成過程と一致します。
実在が確かな最初の天皇は応神天皇であり、同人はトヨ(神功皇后)と住吉(武内スクネ・蘇我氏の祖)の子であり、その東征が神武東征神話や祟神天皇のモデルになったと考えます。
だから神武が宇佐や岡田(遠賀川河口)に立ち寄った話となっており、速吸門は関門海峡のことです。
神武の水先案内人をした亀仙人みたいな人物は住吉と同一です。

光市弁護団の夏合宿で光市沖の祝島に泊まったとき、そこの神社には宇佐の姫島から神々が渡ってくる伝承があったことを、見逃しませんでした。
宇佐は神功皇后、応神天皇がシンボルですね。

作成者 今枝仁 : 2007年10月21日(日) 03:10

◆ 魏志倭人伝の邪馬台国と卑弥呼 1

魏志倭人伝の邪馬台国の所在地を比定するのは私のライフワークです。
古田武彦「邪馬台国はなかった」から始まり、松本清張「清張通史1邪馬台国」や安本美典氏の地名相似の甘木説や、神社伝承を解明した原田説にも影響を受け、基本的には九州説に立ち、年輪年代測定法や三角縁神獣鏡、マキムク遺跡の発掘等で考古学的に大和説が優位になる中、九州説を固持してきました。
一般的には、考古学的には大和説優位、文献学的には九州説優位、とされています。
古事記・日本書紀の天照大神を卑弥呼に比定したり、邪馬台国東遷説なども有力に唱えられています。

現在の私見では、魏志倭人伝の記述を時期を分けて読みます。
陳寿が渡来した際に訪れたのは不弥国(宝満川流域の大宰府付近)までであり、投馬国や邪馬台国の記述は伝聞による帯方郡基点の記述と考えます。
不弥国までは「○○里」とされていたのが投馬国以降「水行20日」というようなアバウトな表現に一変します。
そして投馬国は出雲か都万(宮崎県妻)、邪馬台国はマキムク大和に比定しますが、「卑弥呼の女王国」は大和でなく、魏志倭人伝の混同と考えます。
卑弥呼の女王国第1候補は甘木、アマの城でアマギであり、夜須川を日本書紀の「天の安川」と比定します。
高天原の天はアマギに繋がり、三輪町は三輪神社に繋がります。
甘木は筑後川を見渡す上流、日が昇る東北端にあります。
これが後にマキムク大和と三輪神社になるのです。
後に斉明天皇が熊襲征伐の際ここに朝倉の宮を建立したことはその名残です。
甘木に須賀神社があるのは、蘇我氏の祖先との関連を考えます。
卑弥呼の女王国の第2候補は日向の都万(妻)で、西都原古墳群の要地です。
この場合は日本書紀に当地の記載が多いことと関連します。
そして魏志倭人伝の卑弥呼「ヒミカ」は、日向「ヒムカ」のことと考えます。

作成者 今枝仁 : 2007年10月21日(日) 02:44

◆ 自殺するときの思い

 まったく自慢にならない話ですが、以前にも書いたとおり、私が本気で自殺しようとしたことは2回あります。
 いま日本で自殺者は年間約3万人、殺人被害者が年間約1000人、交通事故被害死者が年間約6000人ですから、自殺者の数は異常に多いと言えます。
 いじめ自殺、リストラ自殺、高齢孤独自殺、介護負担自殺、多重債務自殺等、ときどき問題化しますが、まもなく沈静化し、毎日約100人が人知れず自殺していきます。
 キリスト教は真摯に悔悟すればあらゆる罪を救済するかの感もありますが、その後の悔悟のない自殺はまったく救済の余地がありません。
 自殺を企図する心理は正常でないでしょう。
 自殺という不合理な行為をなすのは人間だけでしょう。
 よく言われる「レミングの集団自殺」は自殺ではないらしいですから。

 私が自殺を企図したのは17歳と21歳のときですが、心理的には完全に倒錯していました。
 世界は自分が認識するから存在するのであり、極端に言えば空が青く見えるのは実際に青いからではなく眼球を通じた信号が大脳に作用して青いと認知しているだけで実際に青いという保証はなにもなく、認識する自己が存在しなければ認識の対象となる世界は存在しない、それはあたかも宇宙に無数に存在する他の惑星が自分にとって認識できないがため存在していないがごときことと同義、という感覚でした。
 つまり、自己が死に認識を辞めることでこの世界は消失すると。
 後には学校も広島も日本もアジアもバブルも円高も世界も家族も友人もなにも、存在しないと。
 人間はその生を受けた間の世界しか認識できず自己の誕生前のことを恐れるに足りないのと同様自己との関係で存在しない自己の死後のことを恐れるに足りない。
 限られた人生が自己の永遠でありその外は認識しないため存在しない。
 あたかも限られたプールの中が人生でありプールの外で起こる火事を恐れるに足りないがごとく。
 宇宙物理学の「人間仮説」みたいな考え方でした。
 宇宙は無限に存在するが認識をなす人間にとっては認識できる宇宙のみが存在する、みたいな。
 ただ「死の瞬間」は微分の原理で永遠に長いでしょう。閉じた永遠。
 
 自殺するときの精神状態はおそらく多様ですが、一例として参考までに。
 いまは自分なりに死の恐怖を乗り越えたつもりであり(武士道やキリスト教、人間学等を参考に)、今後自殺することはありえません。

作成者 今枝仁 : 2007年10月21日(日) 01:59

◆ 私の償い

私は、自分自身、昔も今も、罪深い人生を送っていると思います。

今回の光市事件弁護人解任の経緯での私の発言や情報発信で、いろいろな人たちを傷つけたり困惑させたりした結果についても、反省しなければなりません。

橋下弁護士相手の裁判に関連して、懲戒請求人各自に求釈明書を送付したことも、懲戒請求という峻烈な請求を受けた者の防御・対処としては正当なものと思っているし、綱紀委員に相談しても別に問題ないとのことでしたが、それが違法や懲戒理由とならないことはともかく、文書の表現方法に相手への思いやりが欠け狼狽させたのであれば、その結果についてはお詫び申し上げたいと思います。

私の考えは、行為が正当であって違法性や過失、懲戒理由とならないという問題と、結果として相手を困惑させて傷つけたということに対するお詫びの気持ちを持ちそれを表明することは、矛盾しないと考えるのです。

価値観は相対的で、立場が異なれば受け取り方も異なるわけで、自分の立場からはすこぶる正当な行為をなしたとしても相手の立場からすればそれは困惑の原因となることもあるわけで、相手への思いやりや配慮が欠けた結果相手を困惑させ傷つけたであろうことにお詫びの意思を表明することと、自己の行為の落ち度を認めることは区別してしてもいいことなのではないか、それで相手が納得しないとしても配慮し歩み寄る努力していいのではないか、それが人間関係を円滑にし共に建設的に意見交換をなし議論していく上での配慮としてあってもいいのではないか、と思っています。

そういう心境で、私はそのときそのときの判断で正当と思う行動をとってきたし、振り返ってみてもなんら違法や懲戒原因となるような行為をしていないと考えるし、しかし他方で相手や依頼者への思いやりや配慮を欠いたともいえる結果については率直に反省し、それを糧に転んでも立ち上がり前進していくあるのみ、と考えています。

それが私の償いであり、私の考える正義であり、私の価値観であり、私が生きている意味であり、私の人生です。

作成者 今枝仁 : 2007年10月21日(日) 01:15

2007年10月20日(土)

◆ 桃太郎伝説の解明 古代のトリックスター 2

 そのころ中臣鎌足が何をしていたのか記紀は沈黙しています。
 しかし故国である百済を救済するための一大軍事行動。
 その筆頭に立って闘ったことでしょう。
 その軍事功績(全体としては敗戦ですが、朝鮮半島の工匠など捕虜を連れて帰り、あたかも勝ったかのように感じられた)をもって、桃太郎(百済の皇太子、つまり百太郎と書いてモモタロウ)の鬼(新羅の鬼シラギ)退治、となったのでは。
 その際、ホウショウの指揮下にいたのが、犬養氏ほか吉備の豪族らであったと。
 で後に、百済の皇族の後継者である藤原氏が日本を牛耳っているのでは都合が悪くなり、「桃から生まれた桃太郎」と都合良くストーリーを変遷したのではないか。

 他方、わが国では、敗戦のショックからなんとか朝鮮や唐より上だとアイデンティティ確立を望みます。
 そこで「日が昇る東の方が偉い。」という聖徳太子的発想も手伝い「東」という漢字を2つに分解し、日の本である日本という国号を考えます。
 初めて「日本」という国名が文献に登場したのは白村江から約20年後、その後「日本書紀」の題名にも使われます。
 「東」をアズマと読むのは「わが住まい」。
 土俵や「古今東西」など日本人はなんでも東が上とします。
 「東」に「一」を加え日本だから、「日」に「一」を加えると「百」だから、あるいは日本を一つにまとめたから「日本一の百太郎」に。
 
 そして時代は百済系の藤原氏が天皇家を陰で支配するようになっていきます。
 天皇家(天氏)ももともと宇佐の「秦王国」(秦王国は中国の文献にも出ており、中国語を話していたという)を出自とし、だからこそ桓武が秦氏の支配地である京都に平安京遷都した、秦氏の八幡信仰はもともとユダヤ系統である、「ヤハタ」は「ヤハウェ」から来ている、聖徳太子伝説はイエスをモデルにした後世の誇張だ、伊勢神宮にダビデの紋章がある、神道の神社の構造はユダヤ神殿と同じ、お神輿はアークの箱をモデルとする、雨乞いをし雷(神鳴り)が落ち雨が降るという現象が神社のしめ縄(雲)鈴(雷)お祓い(雨)に表現されている、だから天皇はアメ氏だ、イザナギはイザヤがなまった、などという説もありますがまだ検討できていません。
 キワモノとして見られていますが、それなりに根拠らしきものはあるようです。
  

作成者 今枝仁 : 2007年10月21日(日) 22:34

◆ 桃太郎伝説の解明 古代のトリックスター 1

古代史ブログの様相を呈してきましたが、まだまだ突き進みます。

桃太郎伝説は実話をモチーフにしています。
一般には、吉備津にいた温羅であるとか、大和から派遣されて吉備を制した吉備津彦がモデルとされ、鬼ヶ島は小豆島とか言われています。

しかし、私の意見はこうです。
7世紀中〜後期当時、朝鮮半島は、新羅と高句麗が百済を滅ぼすという状況でした。
当時、百済の皇太子であるホウショウが、日本に来ていました(史実)。
このホウショウを、中臣鎌足と同一視する説が有力です。
中臣鎌足と言えば、中大兄皇子を唆して蘇我氏を滅ぼし、大化の改新の立役者となったことで有名。
蘇我氏は新羅系の豪族で、当時はむしろ王家であったという説もあります。
格調を下げないといけないので、馬子と入鹿のコンビで「馬鹿」、野蛮人である蝦夷など名前も書き換えられました。
つまり大化の改新は、百済と新羅の紛争の代理戦争というわけです。

ところで、クダラ、シラギという読み方は、日本でだけの読み方というのはご存じでしょうか。
朝鮮半島では、シャクシェイ、シンラ、と読みます。
ではなぜクダラ、シラギと日本人が読むのか。
それは、中臣鎌足ことホウショウほか、多数の百済難民が日本の朝廷を建設する人材となったことが理由です。
クンナラは、朝鮮語で「わが母国」。それがなまってクダラ。
ちなみに奈良(ナラ)は朝鮮語で「国家」です。
他方、シラギは、「わが母国を滅ぼした憎き鬼のシンラ。」でシンラギ。
そう、新羅こそ、鬼ヶ島のモデルなのです。
日本は、660年代、朝鮮半島に軍事行動を展開し、最終的に白村江の戦いで新羅・高句麗に敗れ撤退します。
その際の朝鮮出兵が、桃太郎の鬼退治伝説に発展したのではないでしょうか。
その敗戦でビビった中大兄皇子改め天智天皇が、焦って朝鮮式山城を各地に造ったり(大野城等)、都を大津まで東遷したりしたことは有名です。
中大兄皇子は博多で額田王を伴い軍事指揮を執り、その際に親しくなり義兄弟となったのが宗像氏(海部)の大海人皇子、後の天武天皇でないかと思います。
そして、「下らない」の語源は、「百済ない」、つまりもうそんなことを言っても仕方ない、という意味なのです(不確か)。

作成者 今枝仁 : 2007年10月21日(日) 22:51

◆ 甲殻類が地球外生物と疑う根拠について

分子生物学の進歩はめざましく、いまや日進月歩どころか、日走月飛の感があります。
ワトソン・クリックがDNAの2重らせん構造を解き明かして半世紀、DNA分析はPCR分離法の発見により飛躍的に前進し、MCT118型DNA照合から天文学的な確率で個人の特定をなすというSNR型照合までがなされるようになりました。
他方でミトコンドリアDNAの解析も進み、人類は15万年前にアフリカ東部に存在した1人の女性の子孫であるという「ミトコンドリア・イヴ」仮説が支持を集め、ネアンデルタール人は現生人類の祖先ではなく約3万年前に絶滅あるいはクロマニヨン人に絶滅された別種ということまで判明しました。
進化の系統樹もゲノム分析により書き換えられ、カバは陸上ほ乳類ではなく海棲ほ乳類から進化したことも分かりました。

エビ・カニ・シャコなどの甲殻類は、地球上生物の進化の系統樹に属さず、約8億年前におそらく隕石に付着し来訪した地球外生物種から独自に進化したものであることが、2002年第13回ストックホルム学術会議でフランクフルト国立大学のシュヴァルツ教授により発表され、同年12月のサイエンス誌に発表され、学会に衝撃を与えました。
甲殻類はいわゆる外骨格であり、地球上の生命体が脊椎など基本的に体腔の中心に骨格を有する(魚類、鳥類等全て)ことと異なります。
足の数も地球では4本か6本が基本です。
地球では眼がある方向すなわち前方に進むのが交通ルールですがエビ・カニはそれができません。
エビ・カニが人間サイズであれば誰もが感覚的に「エイリアン」と思うでしょう。
インベーダーゲームのキャラクターと動きは明らかにカニのイメージです。
バルタン星人はエビを基本にカニの要素を加味しています。
日本では古来異邦人を「エビす」と呼びました。
今は異常に整った外見を「エビちゃんみたい」と言うそうです。
「さるかに合戦」などは、人類の先祖とエイリアンとの宇宙戦争の記憶でしょう。
エビ・カニはどう見ても虫けらなのに、高級食材とされ、重宝されます。
アレルギーを起こす人が多いのも、アミノ酸配列が基本的に地球の生物と異なるためです。
値段が高いのは悪意的な経済侵略の感もあります。
チャーハンや茶碗蒸し、煎餅などに入ってまで、地球人の口腔内に侵入しようとの執拗な意図が窺えます。


エビ・カニアレルギーで食べられない者のひがみ妄想です。
全部嘘です。
ごめんなさい。

作成者 今枝仁 : 2007年10月20日(土) 08:39

◆ 私の見果てぬ夢

 世間一般から見たら、私は十分夢を実現した恵まれた人かもしれません。
 世間的には羨望される職種である弁護士になり、同世代の弁護士よりも経済的に成功し、自分で言うことでもありませんが弁護士会内での人望や評価も同世代では上位のようです。
 さらに要望するのは贅沢かもしれません。

 しかし私もどん欲にさらなる将来の夢を見ます。
 
 その一つは、考古学や古代史の研究です。
 考古学や古代史は、遺跡や発掘を物証とし、文献を供述調書とし、刑事訴訟に似た事実認定の世界です。
 日本で一番難しい資格試験は、司法試験でも外交官試験でもなく、文化庁発掘調査員です。試験科目は古代史や仏教史、美術史等、採用人員は「数年に1人」という極めて狭き門で、私も密かに目指しましたが、断念しました。
 弁護士として成功したら、「日本のシュリーマン」になって、邪馬台国の所在を突き止めるため、手始めに宮内庁の陵墓指定がない岡山の造山古墳を発掘したく思い、何度か実際に訪れました。
 まあ「男のロマン」です。

 今、新たに夢ができました。
 20年以内を目標に、犯罪者のための更生保護施設と、犯罪被害者のためのグループホーム等の自立再起支援施設を作ることです。
 更生保護事業法や被害者支援の制度が近年改正されたそうで、勉強を始めました。
 日本の制度上は、刑務所や少年院入所の施設内処遇の処分と、執行猶予や保護観察の社会内処遇の隔絶が大きすぎ、電子監視や週末拘禁、ハーフウェイハウスなどの制度導入が必要とも思いますが、中間処遇的な制度としては更生保護施設があります。
 更生保護施設の不足から、再犯も増大していると実感します。
 犯罪被害者支援の制度不備は明々白々です。
 2年前に広島カウンセリングスクールに通い心理学とカウンセリングの基本を学びました。
 更生保護事業や被害者支援の勉強をして、貯金をし、実践の活動を起こすのが私の新たな夢となりました。
 医師の話によると私があと20年存命する可能性は普通の人ほど高くありませんが、私が生に執着し生きる目標にします。
 有言実行、あるのみです。

作成者 今枝仁 : 2007年10月20日(土) 08:00

○ 犯罪と人間について

 昨日、中嶋先生の書籍を紹介しましたが、最後に述べたように、私自身は中嶋先生の考えに全面的に賛同するものではありません。
 中嶋先生ご自身が「自分は刑事弁護の経験が少ない」と自己分析されているように、犯罪という人間の心の闇の深淵に深く浸かってみないとよく分からないこともあると思うし、中嶋先生が紹介するケースだけで人間の可塑性について悲観的になるのは早計という思いもあります。
 また、被害者保護の理念が旧来の人権主義の否定の上に成り立ってよいかのような立論には反発をも感じます。

 しかし、そもそも「犯罪」とは何でしょうか。
 「悪いこと」とイコールではありません。道徳的に悪いとされていることでも犯罪とされていないものはありますし、その逆もあります。
 しかし英語で言うとsinとguilt(スペル間違っていますか?)は明確に区別されていますし、ベネディクトいわく罪の文化と恥の文化の違いもあります。
 逆説的ですが、定義すれば、犯罪とは刑罰の対象となっている違法・有責な行為ということになるでしょう。
 犯罪は法の否定であり、刑罰は法の否定の否定である、と。
 では刑罰法規はなぜそのような行為を犯罪として規定したのか。
 国家が被害者の復讐を禁止し刑罰権を独占し強制的な捜査や証人喚問権を認めた趣旨は。
 生命・身体・自由・財産を保護する刑罰法規が国家による生命・身体・自由・財産の侵襲行為を合法的になした趣旨は。

 そしてなぜ人間はこれほどまでに犯罪と刑罰に高い関心を寄せるのでしょうか。
 アメリカ映画のかなりの割合は、裁判ものやテロ・犯罪もの、サスペンスであり、私も興味をもって観ます。
 日本の映画やドラマのかなりの割合も、犯罪に関するものです。
 
 社会はとかく犯罪を自己とは無関係の対岸のこととして怒りをもって見がちです。
 多くの人に、自分はそんな犯罪者(被訴追者)とはならない確信があるようです。
 そうして、犯罪者らを仮想敵国として一致団結しお互いの平穏を確認しあい団結するような意識も働いているような気がします。
 しかし犯罪を犯す夢を見る人は誰もが無意識に犯罪者の心を持っています。
 マズローの欲求段階説によれば存在しないはずの犯罪への欲求はどこから生じるのか。
 生きることと死ぬこと、罪の意識と理性とはどう関係しているのか。
 犯罪と人間というものについて、深い研究と洞察が求められているように思います。

作成者 今枝仁 : 2007年10月20日(土) 02:59

2007年10月19日(金)

◆ スーパーモーニングからの出演依頼と出演断念について

 本日、スーパーモーニング(テレビ朝日系)より、来週月曜日の出演依頼がありました。
 月曜日は、橋下弁護士がレギュラーの曜日ということであり、私と橋下弁護士双方の意見を浮き彫りにする狙いの出演要請でした。
 なお、内容としては、私ほか3名が橋下弁護士に提訴している損害賠償請求の件と、私の光市事件弁護人解任の件(取材申し入れには「光市事件弁護団から解任」との表題)でした。

 本日、懲戒扇動被害対策弁護団があったので、スーパーモーニングからの出演依頼書面をもとに議論した結果として、今回は急な話でもあり、断ることにしました。
 なお、番組自体に対する評価としては、「山口編集長が出ており信頼性は高い。女性司会者の問題はあるが。出るならこの番組かNHKだろう。」という積極評価でした。
 しかし、やはり急な話であり生中継であることから必要な準備ができないこと、光市事件弁護人解任の件については未だ事情がはっきりしているわけでもないこと、その件につきブログ記載以上のことを突っ込んで聞かれた際に被告人の不利益回避のため回答を拒んだとして理解を得られるか定かでないこと、光市事件弁護団や安田弁護士へのバッシングの材料になってしまう流れになった場合に生放送であることから取り返しが付かないこと、私がかなり疲労しており平日の朝東京で番組出演は過酷であること等から、今回は断念してほしい、という結論を出され、私も納得し、今回の出演は断念しました。

 私も1人で民事裁判の原告になっているわけでなく、代理人らの意向も無視できませんし、刑事事件の弁護人を解任されたからといって弁護人就任時に知り得た事情を明らかにして被告人の不利益を招く危険性があるようなことは(これまで以上は)したくはないのです。

 ということですから、橋下さん、「また逃げた」とか言わないでください。時期と条件が許せば、きちんと準備をなした上で出演することも、検討します。
 ただ、現状では、安易に私が生番組で貴方と論争することによって、光市事件被告人と弁護人らの活動に不利益が生じる危険性もありそれは絶対に回避しなければならない、ということです。

作成者 今枝仁 : 2007年10月19日(金) 19:59

○◆ 書籍紹介「罪と罰、だが償いはどこに?」中嶋博行・新潮社

弁護士であり推理作家としても江戸川乱歩賞を受賞された、中嶋弁護士の著書です。
弁護士で推理作家と言えば、「赤かぶ検事」の和久俊三さんも有名ですが、和久さんに対する名誉毀損被告事件(通称「噂の真相」事件)を東京地裁で私が事務官として担当していたのを思い出します。

中島先生は、刑事被疑者・被告人の権利を擁護し弁護活動を行う立場を「旧人権主義派」「近代人権主義」とし、犯罪被害者・遺族の立場を優先し第1に考える立場を「新人権主義」とした上で、新人権主義の台頭のうねりを奨励するものと言えます。
橋下弁護士も、新人権主義の独特な亜流と言えるかもしれません。

私なども自分で「人権派」と名乗ったこともなく思ったこともないですが(なんか言葉に蔑視・禁忌のニュアンスを感じるので)、雑誌によると「日本の人権派弁護士」のベスト(ワースト)10にランクインしているようです。「旧人権主義」の代表格のようです。

他方、私は、広島被害者支援センターの監事を務めており、殺人事件の弁護(これまで7件)よりも、死亡事件・事故の遺族代理人(これまで15件くらい)の方を多く努めているくらいです。
数多くのご遺族の無念の涙に接し、その立場に寄り添ってきました。
自慢ではありませんが、相手方となったご遺族から、「加害者に付いたのが今枝さんで本当に良かった。」と言われたこともあります。

言いたいのは、「旧人権主義」と「新人権主義」なるものは、決して対立し相容れないものではない、ということです。
弁護士として、加害者の弁護・代理人として果たしていくべき社会正義と、被害者・遺族の代理・支援の立場での社会正義は、方向性を異にするものかもしれませんが、いずれも、犯罪を起こす側における犯罪の原因や結果・背景、犯罪により被害者遺族が被る打撃と苦痛・無力感、犯罪者の家族らが受ける非難や攻撃というものに対する深い洞察と理解、共感がなくては、真摯に取り組むことが困難なものであると思います。

私の考えは中嶋先生と同一ではありませんが、深く考えさせられ、影響を受けた書籍であり、みなさんにも一読をお勧めします。
特に、刑事弁護に取り組む若い弁護士のみなさんに。

作成者 今枝仁 : 2007年10月19日(金) 13:38

◆ マスコミ関係について

 以前、週刊文春に内容証明郵便で通知した旨を報告しましたが、その顛末を報告します。
 文藝春秋社の代理人弁護士名で、回答がきました。
 要は、ある程度きちんと取材の努力をなした結果の報道であり、真実である(少なくとも真実と考える相当の理由がある)という趣旨。
 私は、文春の記事の内容に納得がいきませんが、一応は誠意のある回答がなされたことで、文春相手の抗議等の対応は終了し、今後は私が指摘した観点に配慮した取材・報道を要望することとしたいと思います。
 ほかにも酷い報道もある中、文春をターゲットに通知したのは、それなりに定評のある雑誌として配慮してもらいたいからです。
  
 昨日は、本村洋さんも光市事件弁護団も記者会見をしなかったことから、私への取材要請が殺到しました。
 私も、自分が引き起こした騒動について誤解の拡大を避け、弁護団の弁護活動に誤解を与えないようにしたい気持ちから、一定の取材には応じました。
 しかし、明らかに私を題材にして、弁護団や安田先生への批判的な記事・番組を作成しようとの意図が窺える取材については、取材を拒否したり、その後電話をとらないなどの対応をしました。
 一応きちんと説明して対応するのが礼儀とは思いますが、あまりにも多いので、無視という対応をとらせていただきます。
 そういうことで、電話が繋がらなくなった記者や編集者の方、取材方針を変更しない限り連絡してこないでください。

 私は、弁護団にまったく不満がないと言ったら嘘になりますが、今は弁護団が被告人のため遺憾なく最大限の弁論をされることを応援しますし、今後足を引っ張らないよう自分なりに努力します。

作成者 今枝仁 : 2007年10月19日(金) 12:21

◆ 立ち上がり歩み始めた私を支えた曲 3

◆ my graduation SPEED
この曲は、司法試験に合格した年の3月ころ、すなわち結婚したころに流行していました。
卒業、ということで別れの曲ですが、結婚するということは、ある意味で別れではないかと思います。
特に花嫁は実家の両親との精神的な別れの意味合いが強いと思いますし、早嫁の白装束はもともと死装束(それまでの自分は死ぬ)を意味すると聞いたことがあります。 
「どんな色にも染まる」白装束という説も有力ですが。
なお、裁判官の法衣が黒装束なのは、「なにものにも染まらない」という意味ともされています。
 
  あなたと出会えてよかった今ひとり瞳を閉じる
  
  ずっと忘れない 離れてもくじけない
  生きていく今日から
  やさしさと勇気をくれたよね
 
  ずっと忘れない いつまでも祈ってる
  あなたのその夢がいつの日かかないますように

◆ 何も言えなくて・・・夏  J−WALK
法学部受験か、入学直後ころ流行していた曲だと思います。
大学2年生のとき、スナック/ラウンジのカウンターチーフをやっていて、よく閉店のラストソングに歌っていました。
「本日は、○○にお越し頂き、まことにありがとうございます。本日は、この曲をもちまして、営業を終了させていただきます。明日は、午後7時より営業しております。またのご来店を、心より、お待ち申し上げます・・・」
とアナウンスして、何十回と歌った曲です。
これも別れの歌ということですが、いつかまた再会する予感を感じさせるものがあります。

  もう二度と会わない方が いいと言われた日
  やっと分かった ことがあるんだ 気づくのが遅いけど
  世界中の悩み一人で 背負ってたあの頃
  俺の背中と 話す君は 俺より辛かったのさ
  時がいつか 二人をまた 初めてあった
  あの日のように 導くのなら
  水のように 空気のように 意味をあきらめずに
  語り合うこと 努めることを 誓うつもりさ

作成者 今枝仁 : 2007年10月19日(金) 11:16

◆ 目が覚めました

昨夜、3日ぶりに自宅に帰り、ぐっすり寝て、今、目が覚めました。
昨夜は、心配してくれた先輩弁護士と一緒に食事し、酒を飲んでグダグダになりました。
10時過ぎまでにあそこまで酔ったのは初めてです。

10時間以上寝て、目が覚めて、なんか脳の中に貯留していた悪いモノが抜けたようなスッキリ感がします。
いつもの高校を卒業できない夢と、2回くらい殺される夢を見たのと、なぜか「大津地検6席検事」に辞令を出される夢を見ました。

今日は、次女の1歳の誕生日です。
私は、睡眠時無呼吸症で寝覚めが悪いため、電動リクライニング式のベッドに寝ているのですが、気がついたら次女がそのボタンを押してベッドを起こそうとしていました。
腰が折れるかと思いました。

長女は、すでに登校していました。
最近、友達と遊んでもらえなかったと言ったり、登校時に頭が痛いと言ったりするので、心配しています。

妻は風呂を沸かしてコーヒーをいれて、次女を連れてどこかに外出しました。

やはり自宅と家族は重要です。
それらを失った本村洋さんの気持ちはやはり察するに限界があります。

天気はよくありませんが、景色は美しく見えます。

作成者 今枝仁 : 2007年10月21日(日) 22:37
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