コラム
チーム運営 2007.10.18 ゲームは誰のものか。
 今作っているゲームは誰のものか?
アイデアを出した人のものか、開発チーム全体のものか、会社のものか、ユーザーのものか・・・
考え方はいろいろありますが、私の結論は決まっています。
ゲームはその開発資金を一番多く出している人(会社)のものです。
同じことを別の言い方をするならば、開発中止を決断する権限のある人のものです。

 現場の開発者やユーザーからは反発の声が上がるかもしれませんが、これが現実です。でも、汗を流して得た技術やノウハウは現場の開発者のものですし、お金を払って買ってもらえたソフトはユーザーのものです。この点はご安心を。

 ところが実際の開発現場では、ゲームを人質にとることができるために(「ダメ開発者の作り方」参照。)、「このゲームは俺のゲームだ!」と主張する人が出現することがあります。やる気はありがたいのですが、その気持ちを常に正しい方向にコントロールしてあげないといけません。

 このコラムを書いているのは、2007年の後半です。この時期には
横綱・朝青龍の仮病サッカー問題、
沢尻エリカの「別に」発言問題、
ボクシング亀田一家の内藤戦反則負け問題、が立て続けに起きました。
3つの問題の共通項は「監督責任」の問題です。

朝青龍の場合は所属する相撲部屋と相撲協会に、
沢尻エリカの場合は所属する事務所とマネージャーに、
亀田一家の場合は所属するジムに(ついでにテレビ局に)、
監督責任を追及する世論が高まっています。

 まず、問題を起こした当人たちの共通点をあげます。
1.その分野での個人的な能力がズバ抜けて高いこと。
2.自由を与えることで能力を発揮している可能性が高いこと。
3.過去にも問題を起こしているが、進退が問われる致命的なものではなかったこと。


 上の3つの共通点に対する監督者たちに共通する考えはたぶん次のようなものだと思います。
「彼は名実ともに会社を支えてくれている人材なので、ある程度自由を認めてやろう。それに、過去に起こした問題で本人も反省しているだろうから、もう問題は起こさないだろう。」
しかし、当人たちの思いは違うところにあります。
「オレは給料以上の働きをしているんだから、今よりもっと自由でいいはずだ。過去の問題もうまく切り抜けたんだから、もっともっとやりたいようにやっても許されるハズ。」
そして、この両人の認識の違いが、今回の致命的な問題を引き起こしたのです。(あくまで私の想像ですが。)

 ゲーム開発の現場にも、程度の違いこそあれ、チームに不可欠なスタープレイヤーが存在します。ゲーム雑誌に登場するいわゆるトップクリエイターとまでいかなくても、キャラの魅力でゲームの価値を向上させることができるデザイナーやハードの能力を最大限に発揮させることができるプログラマーは、他のスタッフよりも優遇して扱われているかもしれません。
 もし、私の会社にそういう人材がいれば、毎日夕方に出勤して来ようが、会社の机の下でチワワを飼っていようが、私も目をつぶってしまうかもしれません。
 しかし、その優遇は社内だけに限ったことで、社外の人の目に触れるところではまったく通用しないし、社外の人の目に触れれば当人だけでなく、開発チームごと、さらには会社も吹き飛んでしまうかもしれないということを、問題を起こす前に教えてあげないと、いや、体に叩き込んでやらないといけません。

 実際には大きな問題を起こしていない段階で叱ることは難しいのですが、私はこう言うことにしています。
「ここはオレの会社だ。オレの言うことを聞くか、今すぐ会社を辞めるか、今決めろ!!」
ホンネを言うと、辞めてしまわれると困るのですが、意気込みだけは誠意をもって伝えておかなくてはいけません。
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