亀田一家の反則教育…『闘育論』のスゴい中身
10/20 21:20
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「亀田一家は本当に反省しているのか」。そんな社会の疑問を解き明かすヒントとして、1冊の本が注目されている。亀田史郎氏(42)が昨年、子育て論を著した『闘育論』(集英社)。ここには、反則をしてでも息子たちを「1番」にさせたい“親心”や、土下座しながら心の中で舌を出す“謝罪の極意”が自慢げに記されていた。反則は、亀田一家の家訓だったのか。
≪あの頃流行(はや)ってたんが、ミニ四駆のレースやったから、屋根裏をレース場にしたってな、みんな自分の車を持ってきてレースさすねん。でもいつも興毅が優勝すんねん。俺がさすねん。
俺、興毅の車のモーターを改造しとくから。
もちろん集まった友達には「残念やったなあ」とかいいながら、菓子やらジュースやら配ってな。そっちのほうでご機嫌とってごまかしとった。これでも結構、苦労しとるんやで≫
『闘育論』で、史郎氏は、長男・興毅の子供時代のエピソードを記している。モーター改造は明らかに反則なのだが、悪びれた様子はない。
根底には≪この世は勝つか負けるか≫の勝利至上主義が透けて見える。
「反則」は、一連の亀田問題の最重要キーワードだ。
内藤大助と二男・大毅が争った11日の世界戦は、サミング(目突き)、タックル、投げ飛ばしなど大毅の度重なる反則行為が
クローズアップされた。
セコンドの史郎氏や興毅が「タマ打ってもええ」「ひじでもエエから目に入れろ」と反則を指示していたかのように聞こえる音がTBSのマイクに拾われた。日本ボクシング協会(JBC)もこれを認定し、史郎氏のセコンドライセンス無期限停止など一家に厳罰を下した。
ところが、史郎氏は17日の謝罪会見で、「指示していない。『最後は悔いのないように戦え』と言った。あとはどうとらえようとそっち側(報道陣)は自由やけど」と開き直って反論。世論も「反省の色がない」と受け止めた。
冒頭の記述について、亀田一家の“天敵”、漫画家のやくみつる氏は「まずいこと書いたなぁ、という印象。戯れ言をボクシングというシビアな世界にそのまま持ってきてしまった。しかも出版という形で言質を取られているところに、生きる知恵のなさを感じる」と話す。
『闘育論』は、興毅が世界戦に初挑戦する前の昨年2月、出版された。A5版約190ページで、価格は1260円(税込み)。初版は1万2000部で重版はかからなかった。
「この世は勝つか負けるか。わが子の人生に邪魔になるやつは、どついたれ」といった亀田一家独自の教育論が書かれている。父権が喪失している時代、強烈な父権を発揮している史郎氏がもてはやされ、亀田兄弟の人気も高いころでもあった。
もちろん、ボクシング一家だけにストイックに練習している姿が多く書かれているが、興毅が瓦割りで空手の突きを練習するシーンでこんな記述があった。
≪瓦は古くて割れそうなやつ、選んで持ってくるからよう割れるんや。それが自信になる≫
亀田兄弟は大毅が内藤と対戦するまで日本人選手との対戦がなく、「相手の選手は、ほとんどが“かませ犬”的な存在だった」(関係者)と、相手の力量が疑問視されていた。割れやすい瓦=かませ犬…といったら分かりやすいか。
史郎氏は18日、内藤に、「今回のことはすまんかった。内藤君もがんばってや」と上から目線だが、一連の問題について初めて謝罪を伝える電話を入れた。大毅も内藤宅を訪れ、頭を下げた。内藤は史郎氏に「いいですよ、お父さん」と語り、当事者間の遺恨はなくなったかに思われた。
ただ、以下の記述を内藤は、どう感じるか。
≪俺も謝る時はあるよ。興毅が勘違いして、別の相手をボコボコにしすぎてしまってな、明らかにこっちが悪いときがあるやん。
そんな時は、もうオーバー
アクションや≫
そして父子は土下座して相手に謝罪する。
だが、≪帰り際にな、「さっきは、ウソやったの、わかったか」って聞くと、興毅はわかっとって、「わかってるよ、一応、謝っておけってやつやろ」って≫
やく氏は「面従腹背はある意味、社会人の生きる知恵だが、『明らかにこっちが悪いとき』にそんなことをやっちゃうのがすごいところだ。この証拠を突きつけられて、どう抗弁するか見てみたいが、抗弁は持ち合わせていないだろう」とあきれた様子だった。