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『光市裁判』(インパクト出版会) 資料
第1 著しく正義に反する事実誤認について 
1 Mさんに対する殺害行為及び殺意の不存在
2 Mさんに対する強姦の故意の不存在について
3 Yちゃんに対する殺害行為及び殺意の不存在
4 被告人の供述の信用性の欠如
5 結論

第2 検察官の上告理由について(量刑不当)

第3 公正な裁判を求めて(公正な裁判とは何か・・・理性が支配する裁判である)
第4 被告人の現在・・・被告人が反省を深めている事実を正当に評価すべきである
第5 結論

光市事件最高裁弁護人弁論要旨補充書【1】

〔1〕
平成14年(あ)第730号
弁 論 要 旨  補 充 書
最高裁判所第3小法廷 殿
 被告人FTに対する殺人等上告事件につき、以下のとおり、弁論をする。
2006年5月18日
弁護人 安田好弘
 同   足立修一




第1 著しく正義に反する事実誤認について
1 Mさんに対する殺害行為及び殺意の不存在
(1) 第1審判決及び原判決の事実認定の内容
  第1審判決及び原判決は、Mさんに対する殺害について、
    被告人が背後からMさんに抱き付き、仰向けに引き倒し、馬乗りになった上、殺意をもって、
   1) Mさんの喉仏を両手の親指で思い切り押さえつけるようにして首を絞めたところ、
   2) 更に激しく抵抗されたため、Mさんの頚部を両手で全体重をかけて首を絞め続けて
  窒息死させて殺害したと認定し、Mさんに「対し、殺人罪が成立すると判示する。
(2) Mさんの喉仏を両手の親指で思い切り押さえつけるようにして首を絞めたか否かについて
  しかし、上記の第1審判決及び原判決の事実認定は誤りである。
  この点については、上の正彦医師作成の鑑定書(資料1)に
  「死亡者M氏(以下「本人」と略す)の前頚部及び左右側頚部には、甲9号証の鑑定書の写真
 に示すような赤褐色を呈する拇指頭大の表皮剥脱と、圧痕様の蒼白帯と赤褐色の鬱血帯が交
 互に4条存在していることが、甲5号証の実況見分調書と甲6号証の実況見分調書に記載されて
 いるが、添付写真はやや不鮮明で明確には見えていない。
  そこで判りやすく図示し、異常所見をA・B・Cと表示する。
  Aは加害者の左拇指(第1指)掌面の圧迫による表皮剥脱と見なせば、残る第2、3、4、5指掌
 面による圧迫が蒼白帯で、その指と指の間が鬱血や溢血点となって、赤褐色に変色した4条の
 手指による圧迫帯Cを形成したと思われる。
  次に、Bは両手親指で喉仏付近を絞めたとされるので、右第1指の圧迫による表皮剥脱の可
 能性が高い。
  このBはAに比べ表皮剥脱はやや弱く、赤褐色を呈している。残る右第2、3、4、5指掌面は、
 当然本人の左側頚部にあって、頸部を圧迫したと思われるが、その圧痕は出現していないの
 で、右側頚部に比べ外力は弱かったものと思われる。
  左手掌による圧迫はAとCで、外力は下顎部中央から右側頚部に強く作用し、右手掌による圧
 迫はBと左側頚部に作用したと思われる。
  したがって、前頚部中央上方に位置する舌骨、甲状軟骨などへの外力はあまり強くなかった
 ので、骨折は起こしていない。
  そのために扼頸による両手掌面の圧迫外力は前頚部中央に集中していないので、致死的効
 果は力のわりに弱かったものと考えられる。
  これらのことから、両手親指を喉仏付近にあてて、力一杯首を絞めたという死体所見にはなっ
 ていないので、この状況は否定される。」(3頁。理解の便宜のため、鑑定資料等を甲○号証等
 と書き換えた。以下同じ)
  とあるとおり、被告人は、Mさんの喉仏付近を親指で思い切り押さえつけたことはないのである。
(3) Mさんの頚部を両手で全体重をかけて首を絞め続けたか否かについて
  この点についても、上野正彦医師作成の鑑定書(資料1)に
  「加害者は仰臥位になった本人の上に馬乗りになって頚部を両手で(左手が下で、右手が上
 になって)全体重をかけて絞め続けたというが、もしもそうであるならばAは左第1指で、残る左第
 2、3、4、5指は右側頚部のCにあったと思われる。
  その左手の上に右手がのっていたというのであるから、Bの表皮剥脱は何によって形成された
 のか説明がつかない。やはり右手は左手の上にのせずに、Bは右手第1指の圧痕と考えるべき
 で、右第2、3、4、5指は、左側頚部に位置していたと思われる。
  あるいは左手の上に右手をのせようとした際、左第1指の圧痕Aが左前頚部Bに移動していた
 のかもしれない。
  内部所見を見ると、体重をかけて両手で前頚部を圧迫したならば、気管の後ろ側にある食道は
 外からの圧迫と頚椎の間に強圧され、食道外膜出血を生ずるのが一般的であるが、そのような
 所見は見当たらない。
  これらのことから、加害者の供述内容と死体所見は一致しないので、Mさんの頚部を両手で全
 体重をかけて首を絞め続けたという状況下での犯行ではなかったことは明白である。」
 とあるとおり、被告人は、Mさんの頚部を両手で全体重をかけて首を絞め続けたことはないので
ある。
(4) 事案の真相(被告人は、何をしたのか)
  この点について、被告人は、弁護人に対し、
  「捜査段階での供述は、捜査官に強要され、虚偽の事実を認めさせられたものである。仰向け
 に引き倒したこともなく、馬乗りになったこともなく、両親指で被害者の喉仏付近を押さえたことも
 なく、また両手で被害者の頚部を絞めたこともない。
  真実は
  1) 被告人が、座椅子に座っている被害者に背後から抱き付いたところ、被害者に騒がれ、そ
  のまま重なった状態で一緒に仰向けに後ろに倒れた。被告人は、そのまま自分の体の上で仰
  向けになっている被害者の背後から左腕を回して首にかけ、プロレスの技であるスリーパーホ
  −ルドの形で絞め付けたところ、被害者は気絶した。なお、その時、被告人は、長袖の作業服
  を着ていた。
  2) 被害者が気絶したため、被害者を横に動かし、被告人は上半身を起こしてしばらく呆然と
  していたところ、いきなり被害者からキラリと光るもので殴られた。このため、被告人は、被害者
  を仰向けに押し倒しその上に自分の頭が被害者の胸あたりの位置で、被害者に重なるように
  覆い被さり、左右の手で、被害者の左右の手を広げるように押さえ付けた。しかし、被害者が
  大声を上げ続けたため、右手の逆手で相手の顎付近を押さえ付け、そのまま手がずれて首辺
  りを押さえ付けたところ、被害者はぐったりして動かなくなったものである。」(資料3)
  と述べている。  
   上記の被告の供述が事案の真相であることは、上野正彦医師作成の鑑定書(資料1)に、
    「本人の背後から加害者が左腕を回して首にかけスリーパーホールドの形で絞めつけたと
  ころ、気絶したという。
   肘関節を屈曲して首を絞めれば、左右側頚部に強い圧迫が加わり、そこを通る動静脈とくに
  静脈の流れが止ったり、停滞し、脳の酸素欠乏状態から意識を失うことは容易に考えられる。
  また、頚部神経叢の圧迫によって、心停止を生ずることもある。
   しかし、前頚部での気管の圧閉は少ないので、一時的に気絶することはあっても、窒息死す
  るようなことはない。
   本人は間もなく意識を回復した。加害者は本人を仰臥位に押し倒し、覆い被さるような姿勢で
  左右の手で本人の両手を広げるように床に押さえつけた。
   本人は大声を上げたので、加害者は右手を逆手にして右第1指をAに押しあて、残る右第2、
  3、4、5指を声を封ずるために口の上にのせた。そのとき加害者は仰臥位の本人の左半身前面
  の上に覆い被さり、顔は左乳房付近にあったから、右手は順手ではやりにくい姿勢であったの
  で、当然のことながら逆手になって口を塞いだものと思われる。
   本人は抵抗して顔を右上方に傾けたので、Aの右第1指はBに移動し、口封じの右第2、3、4、
  5指は口からCにずれた状態になりながら、右手に力を入れて圧迫を続けた。
   その間、加害者の左手は本人の右手を床に押さえ続けていたものと思われる。
   このような口封じの行為が強く持続した結果、頚部圧迫による窒息死を招いたと考えられる
  のである。
   このときの圧迫は本人の左前頚部Bと右前頚部Cにかけた外力が主であったから、舌骨や甲
  状軟骨骨折は生じなかったと思われる。
   このように考察すると、状況と死体所見はほぼ一致する。
   前述のように、扼頸の手段方法を種々検討してきたが、本人の死体所見に最も適合した状況
  は、やはり、加害者が右手を逆手にした、口封じのための行動が適切であると思われる。その
  手がずれて首を押さえ絞め続けた結果、死亡させてしまったと判断される。
   何故そのように考察するかといえば、Cの手指による4条の蒼白な圧迫痕を見ると判るよう
  に、1番下の蒼白帯が11,0×1,3cmと最も長いからである。これは右第1指と右第2指の手掌面
  が連携して丸い首回りに密着して圧迫したためで、他の指より長さが長くなっている。したがっ
  て、1番上の蒼白帯は3、2×1、0cmと最も短いのは、右第5指による圧迫と思われ、指の長さ
  から当然の紋様となったと判断されるから、右手の逆手であったことが判るのである。」(4頁)
   「このように扼頸の手段方法は種々あるが、被害者の死体所見に最も合致した状況を考える
  と、加害者は右手を逆手にして、口封じのための行動をとったが、抵抗にあい、手がずれて、首
  を押さえる結果となって死亡させた考えるのが、最も死体所見に合致した状況である。」(5頁)
  と指摘されているとおりである。すなわち、被告人は、被害者が大声を上げるのを止めさせよう
として右手の逆手で口を封じにいったところ、手が下にずれて、頚部を圧迫するに至り、被害者を
窒息死させるに至ったものである。
 このことは、甲9号証の鑑定書に、
  「例えば加害者が左手を被害者の右方に向けてあてがい、強く圧迫したために生起されたもの
 として、特別矛盾はない」(10頁)
 として、右手か左手かについて、また逆手か順手かについて誤認があるものの、第1審判決及び
原判決が認定するような「両手」ではなく「片手」による扼頸であるとしていることにも裏付けられて
いるのである。
(5) 被告人に殺意があったか否かについて
  被告人は、現在、「口封じをしようとしていて死亡させてしまったものであって、殺意はなかった」
(資料3)と述べている。このことは、今になって言い出したことではなく、既に、第1審の第4回公判
で、
  「問:あなたのその時(首を絞めたとき)の心理状態、頭の中はどんな感じですか。
   答:最初は考える力はありましたが、やっぱりすごく抵抗されるし、大声を出されるので頭の中
  が真っ白になるというか、何も考えられないというか、とにかく声だけを止めようというようなこと
  しか考えられなくなって、声を止めるにはどうしようかなという感じも、その時には冷静に判断が
  できなくて、首を絞める羽目になりました。」(質問115)
  と、大声を出されるのを止めようとしただけであって、結果として、首を絞める羽目になってしま
ったものであって、殺害する目的は無かったと供述しているのである。
 しかも、本件の真相は、既に述べたとおり、口封じをしようとしたものであって、決して殺害しようと
したものではなく、しかも手がずれて結果として扼頸になってしまったものであって扼頸を意図した
ものでもなく、しかも、その扼頸行為は、右手逆手1本による扼頸にとどまり、扼殺行為とは程遠い
ものであって、そこに殺意を認めることはできないのである(もし被告人に殺意があったとしたら、
当然に、最初から、端的に、両手でしかも順手で扼頸しているはずである)。
 よって、被告人に、殺意が無かったことは明白である。
 この点についても、上野正彦医師作成の鑑定書(資料1)に
 「本件は、殺意をもって、両手で前頚部を圧迫したような定型的扼死の所見にはなっていない。」
 (4頁)
 「頚部の内部所見も定型的扼死の所見を呈していない。」(5頁)
 「殺意をもって両手で前頚部を圧迫したような定型的扼死の死体所見になってない。」(5頁)
 と指摘されているとおり、法医学的な見地からも、本件の扼頸行為に殺意を認めることは困難な
のである。
(6) 小括
  以上の通り、被告人には殺意はなく、本件行為は傷害致死にとどまる。しかるに第1審判決及
び原判決は、誤って事実を認定し、本件が殺人に該当するとしており、それが著しく正義に反する
事実誤認であることは明白である。
2007/07/20up
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