企画特集
第17回 連続企業爆破事件 1974年(昭和49年)8月30日 (4/4ページ)
午前6時10分、2人の刑事がやはり裏口から傘をさして出て来た。2人は止まっていたタクシーに乗り込み走り去ろうとしている。我々の乗った社の車は正面に待機させていたので、呼び寄せては間に合わない。刑事達が乗り込み、タクシーが走り出そうとしたその時、運が良く空車のタクシーが通りかかった。
正面に立ちふさがり停車させて乗り込んだ。運転手はためらったが「新聞記者ですが、前の車を追って下さい」の言葉に納得して走り出した。
あとは何処をどう走ったか定かではないが、途中で、一人の刑事がタクシーを降りた。私は、タクシーに乗った刑事を追うことにした。やがてタクシーは交差点に止まり、降りた刑事は反対側の建物に向かって赤信号を走り出した。
そこは駅だった。刑事は改札を警察手帳で通過した。私は走りながら、カメラバックからカメラ一台と腕章を取り出し、改札の駅員に言った。
「産経。取材っ」。駅員は呆気にとられていた。刑事が逃げた階段を駆け上がるとホームに電車が入ってきた。到着を知らせるアナウンスで国鉄の三河島駅と分かった。
午前7時過ぎ、電車の行き先は分からないが、私と刑事の距離はドアひとつ離れていた。私は刑事が車内に乗り込むまでドアの閉まるのを手で抑えた。車両のドアが閉まり、刑事が乗り込んだのを確認して、私は手で押さえていたドアの隙間から乗り込んだ。
電車は次の駅に着いた。刑事は降りようとしない。刑事からドアまでの距離は1メートル。車内もホームも空いている。「タイミングを見ているな」と思った私は、足でドアの閉まるのを抑える体勢を整えた。閉まる直前、刑事が飛び降りた。私も飛び降りたがタイミングが悪く、持っていた傘が閉ったドアに挟まれた。引き抜こうとしたが、引き抜けなかった。
電車が動き出した。「このままでは危ない」と思い、私は傘を車両に平行になるまで折り曲げた。刑事の逃げた方向を見ると何故か、刑事が私の様子を見ていた。
刑事の目と私の目が合った瞬間、刑事は一目散に階段を降りて行った。ところが改札の出口付近で、刑事の歩調が突然緩んだ。刑事とともに南千住駅舎を出ると黒のスーツ姿の複数の男達を発見した。さらに見渡すと常磐線高架下にも数人。地下鉄南千住駅前の路上では新聞を立ち読みしている男もいた。突然、私は背後から肩を叩かれた。
「もう、分かったよ。この周辺で捕まえるから…カメラなんて見せんじゃないぞ」
私は、「宜しくお願いします」と頭を下げた。瞬間、髪の毛から雨しずくと汗が顔を伝ってしたたり落ちた。
駅の軒下に雨宿りする様に、右手から流れてくる人混みに目を移した。その中に、先ほど、私に声をかけた刑事の姿を発見した。その瞬間だった。刑事が親指を立てて誰かに合図を送った。
「合図だ」−。駅舎から刑事の歩く人の流れに近づきながらバックからカメラを取り出そうとした。人が流れて来る方向を見ても犯人らしい姿が見あたらない。数秒は過ぎただろうか。長身のスーツ姿で細面の男を中心に人の輪ができあがっていた。
バックからカメラを取り出した瞬間、集団は駆け足になった。連続撮影が可能なモータードライブ付きカメラを回しながら後方から追いかけた。ファインダーを覗く余裕なんてない。囲まれた男は、髪の毛をリーゼント型にし、背広にネクタイの好青年。どう見ても爆弾犯人とは思えない。「俺、本当に、爆弾犯人逮捕の写真を撮っているのかな?」と錯覚した。
午前8時25分。集団は1台の車の前で立ち止まり、長身の男を車の中に押し込めた。車内で逮捕令状が執行されている。撮影するには露出を変えなければならない。レンズの絞りとシャッタースピードを見て驚いた。125分の1、絞りは8になっており、これまで撮影した写真は明らかに露出不足だ。背筋が凍った。神様を信じて赤電話で写真部に「逮捕した。撮影は成功」を知らせた。
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