違法か? 合法か? アンパンマンを自分の車に描いたら
ある
TV番組の見解について

「自分の車にアンパンマンの絵を勝手に手描きで描いたら罪になる??」

 こう聞かれたら、あなたはどう思いますか?

 まずゆっくり、自分の心の中で考えてみてください。

 法律がどうなっているか? ではなくて、「どうあるべきか」ということを。

 自分の車にアンパンマンの絵を勝手に描いたら罪になる??

 これは、あるテレビ番組で取り上げられた題材です。

 内容と答え(!?)は、こちらでご確認ください。

   http://www.ntv.co.jp/horitsu/  

   http://www.ntv.co.jp/horitsu/20030420/10.html



◆まえおき

 ある日「著作権のひろば」の掲示板で、この件についての情報がでていたので、この番組のホームページを見て確認したところ、私はびっくりしました。と同時に、なんて大胆なのだろう、と思いました。

 この件について、わたしが思ったことを述べさせていただこうと思います。 はじめにお断りしておきますが、これは一個人としての意見にすぎません。私は一市民として著作権のあり方に関心を持ち、それについて勝手に意見を述べたに過ぎないのですから、私の意見を信じ込んだり、あてにしたりすることにより、第三者を誹謗中傷することはどうかご遠慮ください。




自分の車にアンパンマンの絵を勝手に描いたら罪になるのでしょうか?

 

 罪になるかどうか? こういう質問はたくさん寄せられます。前述の番組では、自分の車にアンパンマンの絵を無断で描いて公道を走ったら、アンパンマンの複製権を持っている人(著作者ではなく)の権利を侵害したことになるから罪になる、と結論付けています。さらに、3年以下の懲役、又は300万円以下の罰金(当時の著作権法で)に処せられることがある、という説明まであり、「絶対にやめてください。」ということだそうです。絶対に? 絶対に・・・・・・・・?????

 誰かに権利を認めるということは、ほかの誰かの自由が制限されるということでもあります。著作権も肖像権も、市民と市民の利害が対立したときの一方のための権利ですが、権利は必要があって作られ、社会全体が納得のゆくように、そしてその目的のために必要な範囲でのみ認められるべきものです。この範囲を越えた権利行使は「権利の濫用」です。

 
 


違法と合法 専門家にとってどちらの答えが気がラクか

 市民と市民の間で利害が対立した場合には、相手が納得してくれればもめごとにはなりませんし、仮に片方が法律的に正しいことをしたとしても、相手が納得しなければトラブルになります。ですから、自分がこれからしようとする行為について、専門家等に「違法かどうか?」を聞いて、もし「合法だよ」という答えをもらったとしても、あなたがそれをしてトラブルにぶち当たらないとは限らないのです。逆に「違法だよ」という答えをもらった場合に、あなたが「違法ならやめよう」と考えればトラブルは起きません。ここで考えてみてください。これからアンパンマンの絵を自動車に描こうと思っている人から、「違法かどうか」を質問されて回答に悩んだ専門家にとって、「違法だ」と言うのと「合法だ」と言うのと、どちらがより勇気を必要とするか。
 一般的に考えると、相談者が一般市民である場合、「違法です」と言う方が気がラクです。なぜなら、「違法です」と説明をしておけば、その相談者はその行為をしないでしょうからトラブルが発生しないし、もし実行して何も問題が起きなかったとしても、「それは運が良かったのだよ」と説明することができます。それになにより、違法である可能性がゼロであるとは言いにくい以上、「あぶないからやめておけ」と言っておいて間違いではありません。もし相談者が大企業なら、ビジネス上の利益がかかわることですから、「よく調べたら合法だったじゃないか」とか、「せっかくのチャンスを逃して損をしてしまった」などと言われる可能性があります。しかし相手が一市民であれば、そういう心配はまずありません。法に無知な一般市民の日常生活の自由を制限することには、それを仕向ける側にとって心理的負担が少ないのです。つまり気がラクなのであります。相談者もそれで納得します。しかし、相談者は一つの事実に気がついていません。それは「自分の自由と人生の可能性が小さくなった」という事実です。



複製権侵害の考え方

 では、果たしてこのケースが複製権の侵害なのかどうか、考えてみましょう。著作物(アンパンマンのイラスト)を作った人は、著作権法では「著作者」と呼ばれます。著作者は、著作者人格権や著作権という権利を、イラストを作ったときに手に入れています。手続は必要なく、自然に権利が発生します。それらの権利の中の「著作権」という権利は、実は「権利の束」と呼ばれていて、たくさんの権利の寄せ集めになっています。そのたくさんの権利のうちの一つに「複製権」があります。複製権を持っている人は、著作物(イラスト)を複製(コピー)することを独占できます。つまり、複製権を持っていない人は、複製権を持っている人(複製権者)から許諾をもらわなければ、アンパンマンを複製してはならない、ということです。複製権をはじめとする権利たちは何のために存在するのでしょうか。

 

著作権法では、

第一条  この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。

 

と、なっています。
 もしあなたが芸術家だったとして、自分の作品が他人から勝手にコピーされ、その他人がコピーによって大もうけしていたとしたら、どのように感じるでしょうか。当然やめさせたいと思うでしょう。でも強制的にやめさせる仕組みがこの世の中に存在しなかったとしたら? そのような場合、多くの人は作品を作ることがバカバカしくなったり、作品を人に見せないようにするでしょう。 そうなれば文化は衰退してしまうと考えられます。これは社会全体にとって不幸なことです。これを防ぐために作者に権利を与えて保護する必要があるのです。つまり著作権は財産的な権利であって、著作権法の目的に沿って経済的な利益を独占することができる権利なのです。ですから著作権は財産として転々と流通できるし、担保にすることもできます。



複製権者の利益との因果関係

 要するに、複製権は複製権者に経済的利益を確保させるための権利、つまり財産権なのです。テレビ番組ではこのように表現されています。

 

「 ・・・車の外側にアンパンマンの絵を描いて、外に出しておいたり、道路を走った場合は、「複製権の侵害」という著作権侵害に当たります。・・・」

 

 複製権の侵害かどうかの判断が、「複製した後に公道を走ったかどうか」で違ってくると言っています。これは公衆の目に触れるかどうかの違いを意味しているのでしょうか。

 ではお母さんが子供のために編んだアンパンマンのセーターを子供が着て町を歩いたらどうでしょう?
 では、幼稚園児がアンパンマンの絵を描いて、それが学級で展示されたらどうでしょう?
カベの落書きならどうなのか?

自動車ではなく自転車や三輪車に描いたらどうでしょうか?


 複製権の侵害なのでしょうか。それで著作権者はどういう損害をこうむったのでしょうか? 著作権は財産権でしたね。
手作りのセーター、手書きの絵。こういったものが、著作権者にどういう経済的損失を発生させるのでしょうか。アンパンマンを利用したビジネスチャンスが多少なりとも失われたでしょうか?

 もし、ある企業が「車に貼って使えるアンパンマンのシール」を無断で販売したら、それは著作権侵害になりうると思います。また、塗装業者が業として車にアンパンマンを塗装して塗装代を請求する場合も許諾が必要でしょう。

 ですけれど、もし許諾を得て合法的に複製され販売されているアンパンマンのイラストを、市民が合法的に手に入れて無許諾で自分の車に貼り付けたら、これは違法ではありません。つまり、「世間にアンパンマンの絵を見せた」ことが問題なのではなく、「無許諾で複製した」ことが問題になるわけです。そしてアンパンマンの絵を描いたことが複製権を侵害したことになると言うためには、複製権者がこうむった経済的損失と、無断の複製行為との間に、因果関係があるはずです。ではアンパンマンを自家用車に描いたことで、複製権者にはどのような経済的な損失があるでしょうか。  

 


市民の自由と、著作権者の利益のバランス

 複製行為と複製権者の利益との間に因果関係があるかどうかを考えてみます。もし許諾料を払ってアンパンマンを自家用車に描かなければならないとしたら、許諾料を払ってそれをする人がいるでしょうか? しかも実際に許諾申請をしたときに、複製権者は利用者ひとりひとりのためにいちいち許諾料を(しかもごく低額の)徴収し許諾できるでしょうか。そもそも著作物の利用料金は、その利用によって利用者が得られる利益を想定して、または基準にして、決定される性質のものです。なぜなら現代社会は「自由で公正な社会」であって、経済的タダ乗りによって第三者が利益を得ることを防ぐ必要があるからですが、利益を生まないところに利用料を求めるのは別の特殊な必要性があるべきです。

 だから、シールメーカーや塗装業者がアンパンマンを利用するのであれば、それによって得られる利益の中から相当の対価を払うのは当然のことです。しかし、自家用車に所有者がアンパンマンを手描きで描く目的は営業目的や宣伝広告でもなく、自己満足にすぎません。インターネット利用(公衆送信)の場合のように、アンパンマンのイラストが瞬時に拡散されたり複製改変されたりするという特殊な可能性もほとんどありません。結局、手書きのアンパンマンを禁止することで複製権者の利益を確保することの実際的なメリットが見当たりません。

 

 つまり一般市民の利用の自由が、何ら反対利益(複製権者の利益)なしに(つまり意味がなく)制限されてしまいます。車が全く通過せず、信号が永遠に青にならない横断歩道で、渡った歩行者を信号無視だとして罰するようなものです。

 このケースのような行為を禁止することが複製権者の利益をどのように生み出すのか。このほかに道筋があれば教えていただきたいです。仮に複製権者にとって多少の利益が生じうるとしても、その利益と、一般市民が人気キャラクターを日常の中で使いたいという自由をはかりにかけたら、利用を認める必要性の方が低いと断定できるでしょうか。いずれにせよ、経済的損失の因果関係のことでさえ、これほど悩む問題であることは確かです。



◆セーターと自家用車と
 仮に、お母さんが子供のためにアンパンマンの刺繍の入ったセーターを手編みで縫ってくれたとしたら、これは違法でしょうか。著作権法では、セーターの場合と自家用車の場合とで、どこか違うのでしょうか。子供がセーターを着て公道を走り回ったら複製権侵害になるでしょうか。その場合、テレビ番組が言うとおり「3年以下の懲役、又は300万円以下の罰金に処せられる」可能性があるのは、子供ですか、母親ですか。複製権者の皆さん、あなたは告訴するときに、どちらを相手に選びますか? あなたはそれで正しいと自信を持って断言できますか?
 実は、このテレビ番組の中では、「今年3月、宮城県仙台市に、『仮面ライダー』や『ロボコン』など、石ノ森章太郎さんのマンガのキャラクターが描かれたマンガ列車『マンガッタンライナー』が登場し、子供たちに大人気。」と言う前振りを入れています。マンガ列車にキャラクターのイラストを描くのであれば、この場合は複製権者から許諾を得なければなりません。理由は簡単で、複製権者の経済的利益に直接関係するからです。列車にキャラクターを描くのは、その話題につられてその列車の乗客が増え、地域のPRにもなり観光収入が増える。つまり営利目的で利用しているわけです。この場合に、複製権者が利用料を徴収できれば、著作者の努力は経済的に報われるし、誰も文句は無いでしょう。もし無断でこのような複製行為が行われたら、誰が見てもれっきとした「タダ乗り行為」だとわかります。これは常識として理解できます。そして、列車の場合に許諾が必要なのだから、自家用車も許諾が必要・・・ ??? ちょっと待ってください。おかしいです。法律が苦手な人でも、どこがおかしいか、もうわかりますね。

◆常識的に考えてみて

 他人の作品を勝手に公衆の目に触れるところに置くのは良くない事だという意見があります。これは一理あります。しかし、すでに公表された著作物については、著作権法上ある程度の受任義務が生じるべきです。つまり、一度公表された以上は、一定の範囲で世間の目にふれることはやむをえない部分があるはずだということです。

 アンパンマンはすでに堂々と天下で販売されて、もう誰でも知っている見慣れたアンパンマンであって、そのおかげで著作権者はすでに著作権をもとに充分に経済的利益を得ているはずです。皆が親しみを感じたからこそ、売上がのび、経済的利益が確保されたのでしょう? 親しみが湧けば、当然に幼稚園児が絵を描くし、お母さんは手編みのセーターに縫ってあげる。これは人間としてごく自然な欲求だと思います。そうして描かれたアンパンマンをいまさら世間の目に触れないようにすべき理由がどこにあるのでしょうか。


 さんざんTVや広告で市民の目にふれさせておいて、それで親近感をわかせておいて、もうけたあげくに手書きも手編みも禁止? しかも幼稚園児の落書きやお母さんの手編みまで禁止にする?? これが著作権法が目的とする「文化の発展」のための利益の調整なのでしょうか。人間社会の常識の問題として、おかしいと思うのです。キャラクターの作者だって、そこまで望んでいるものなのか? 私も一面では著作者の立場ですが、どうもそういう考えにはついてゆけません。

◆複製権者の立場と利用者の立場のバランス

 複製権者は複製という利用行為を独占していますが、同時に著作権法は例外を定めています。その例外のひとつが著作権法第30条にあります。

 

第三十条

 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。  

    ・・・、以下省略・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 今回のケースの場合、「車が公道を走ったら・・・・」とありますが、著作権法30条では、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる・・・・」とあるから、番組では「公道は家庭内ではない」と考えたのではないでしょうか。しかし、この条文の解釈をもとに、家庭外での手書きや刺繍した服を着ることが制限されるべきだと言えるのでしょうか。

 

 

◆著作権法第30条の私的使用との関連

 この私的使用の条文は、複製技術の飛躍的進歩に併せて考え出された規定です。各家庭に録音装置が普及する状況に合わせてこの第30条を制定したのであり、レコードを自分が聞くためにカセットテープという高性能複製機を使って録音したりすることを想定していたと思われます。つまり、機械的複製についての例外規定であって、手書きで自家用車に絵を描くような複製行為を主な対象としたものではありません。実はキャラクターのイラストを手書きで自家用車に描くという行為は、録音などの複製技術が進歩する以前から当然に認められていたことなのです。旧著作権法の「第30条の第1」の規定には、


「既ニ発行シタル著作物ヲ左ノ方法ニ依リ複製スルハ偽作ト看做サス(「偽作」は著作権侵行為の意味)・・・・・・・・発行スルノ意思ナク且機械的又ハ化学的方法ニ依ラスシテ複製スルコト」


とあります。旧著作権法では、発行の意思がなく機械的又は化学的方法を使わないで複製することは著作権侵害にはならない、と書いてあるのです。「発行」というのは、複製して公衆に頒布する行為です。自己満足で絵を描くことが「発行」にあたるでしょうか。明治32年に制定された法律で、すでにこうした技術的手段によらない複製が認められていたのは、こういった行為が当然に許される行為だったからではないでしょうか。明治時代の立法よりも、平成の法解釈の方が、国民の権利を理由なく制限する(なにしろ犯罪者扱いですからね)という意味で、大幅な後退をしてしまうというのはどうも変です。
 アンパンマンを自家用車に描いた人は、かつては罪人ではなかったのですが、現代では犯罪者になってしまったんです。どうしてでしょうか? 自家用車に絵を描く行為に、過去と現代とで、どういう違いもないと思いますが、いつからこういう解釈になってしまったのでしょう。あの番組の中では、たしか、「3年以下の懲役、又は300万円以下の罰金に処せられることがある」というのです。そしてそれが世間で受け入れられています。いつの間に?

◆視聴者がびっくりするのはおかしい

 結局この番組では、「自家用車にアンパンマンのイラストを描いて公道を走ったら複製権侵害だ」と言うわけで、聞いてびっくり面白い話ですが、どうしてそんなことが言えるのか? おかげで普通の市民がびっくりして視聴率があがるのですが、ビックリするということは、その結論に問題があるという意味ではないでしょうか? だって、こんな身近で単純な話題でありながら、一般の視聴者がびっくりしているんですよ。それが現代社会における法のあるべき姿でしょうか。

 では、子供のセーターにアンパンマンの絵を縫ってあげたお母さん、又はそのセーターを着て公道を走った子供は、著作権を侵害した犯罪者でしょうか? クルマとセーターとで、どのように違うのか? クルマと三輪車ならどうでしょう。
 すくなくとも、これら全てをはっきり違法だとは言いにくいし、答えはひとつとは限りませんよね。弁護士さんだってTV局だって、もう少し悩んでいいのじゃないか。せめて、「絶対に止めてください」という言葉は使って欲しくなかったです。なぜなら、あの番組を見て、あれほど断定的に表現されたら、浅はかな人は、あれだけが真実だと思い込んでしまう。そして実際に小さくアンパンマンの絵を自転車に描いて走っている人はすでに犯罪者扱いかもしれません。でも、それが真実の法として、人として間違った行為かどうか、誰が判定するのでしょうか。
 こういう場合、あんなふうにテレビで自信をもって答える勇気はワタシにはありません。テレビ局はどうしてこのように簡単に、身近な行為を犯罪だと言ってみたり、社会の中でもとくに保護されにくい一般市民の自由や権利を制限するおそれのあることを、いとも簡単に、しかも視聴率を上げるという私的な利益追求のために、成し遂げられてしまうのでしょう。結果として、利用者側の自由や権利が不当に小さくなってしまった。それを許し、テレビの話を鵜呑みにしている国民の意識にも問題があると感じます。

 

◆「法」は国民の納得のゆく解釈であるべき
 要するに、著作物が世間に公表されたら、ある一定の範囲で私的に使用されることは当然のはずで、その使用にあたってのやり取りは、法律や国家権力がむやみやたらと立ち入るべき問題とは限らず、市民間の道徳やマナーに委ねられるべき場合もあるのです。著作権法第30条の規定は、もともと認められてきた手書きや刺繍といった私的使用の範囲を逸脱するものとして、高性能の複製技術による私的複製を家庭内などにとどめる目的で作られたと考えるべきです。つまり、著作権法30条があろうとなかろうと、手書きや刺繍による複製は原則として認められて当然なのです。

 もしこれが間違っていると思うなら、想像してみてください。「今日から著作権法第30条が削除されたので、すべての複製が禁止です」と言われたら納得がゆきますか? 今日から、学校の黒板に小学生がアンパンマンの落書きを書くと犯罪者です。 「冗談じゃない。おかしいじゃないか!」と思いませんか? その気持ちが重要だと思います。法や法律は、国民が自らの幸福のために、国民が作った社会システムの道具にすぎません。すくなくとも、そういう建前で、国民の代表者(議会)が法律をつくり、役人がその法律を守り、その法や法律が権力を構成します。しかし、作られたシステムが個人の権利を不当に侵害しないようにチェックするため、また紛争を国家の力で解決するために、裁判所(司法)があります。さらにつけくわえますと、議会・行政・司法をささえる法のシステム全体が適正に動いているかどうかをチェックするのは国民が自分でやるべきことです。国民が納得できない法律や法解釈や判例は、ダメなものなのですから、それに対して国民は服従せずに「ダメなものはダメだ」と主張をすべきです。

 

◆私的使用の範囲に関する法的判断は裁判で回答がでにくい。

 こういった問題が裁判所で争われることはなかなかありません。なぜなら、裁判当事者の一方は、何ら経済的利害関係をもたない一般市民になるからです。たとえば万が一、某キャラクターメーカの代理人が、「車に描いたアンパンマンの絵を消せ」と要求してきた時に、社会正義のために断固裁判で争う覚悟のある人が、普通の市民の中にいますか? せいぜいのところ、和解で済んでしまうのではないですか。司法の判断がでにくいはずのこのような問題については、マスコミが「絶対しないでください」と言ってしまえば、それがまるで法律のような強制力を発揮してしまいます。実際にあの番組を見た視聴者の一部は、「車に描いたら犯罪者」と思い、すでに犯罪者呼ばわりしているかもしれません。視聴率が高いほど、影響力は大きいです。そして、それを疑問を持たずに受け入れてしまう国民の側に重大な問題があります。少なくとも、多くの視聴者がびっくりしたはずなのですから、それを疑問につなげて欲しいのです。。。


◆どうも弱者に不利な回答が多い

 「著作権のひろば」の掲示板には、いろいろな質問が来ますが、違法かどうか?ということに皆さんの関心が高いです。けなげなものです。その「違法かどうか」は誰が決めるのですか? 学者ですか?弁護士ですか?裁判官ですか? では皆さんは彼等の考えを全面的に信じるのですか? それは国民自身が、みなさん自身が、まず考えて決めることではないですか? そして必要に応じて、冷静に議論をすればよいのです。影響力を持つ、エライ人たちの判断は、私から見ると、著作権者よりとか利用者より、ということでなく、政府や産業界にとって有利な判断をしているように感じることがあります。とにかく一般市民や零細クリエイターがいつも不利なのです。今回のTV番組の見解が絶対的に間違っているとは私は思いません。それはそれで一つの解釈ではあるでしょう。しかし、「絶対にしないでください」という表現は、心の中のどういう部分から生まれてくるのか。しかもこの解説は今人気のタレント弁護士先生の名をもって語られているのです。

弁護士法
(弁護士の使命)
第一条 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。

 「絶対にやめてください」という表現は、国民の自由が不当に制限されかねない不適切な表現ではなかったでしょうか。
 私はよく、著作権の質問を受け、悩みます。私は著作権者の味方でもなく、利用者の味方でもなく、法が社会の幸福のために合理的に運用されることを望んでいるだけですが、今回のようなケースについて、とても彼等のような大胆な断定はできないのです。このような問題は、良いことなのか、悪いことなのかを人間社会の道徳やマナーの問題として最初に議論すべきではないでしょうか。「テレビや弁護士や法律がこう言っているのだから、お前は犯罪者だ。」と決め付けることだけはやめていただきたいのです。それを伝えたくて、このように長々と書いてしまいました。ごめんなさい。

 

※ご注意を

 ここでは、技術的手段による複製や、営利や商業利用目的の複製、個人的自己満足の範囲を越えた複製については語っておりませんので、これらの行為までが合法であるという意味には解釈しないでください。また、このような問題が市民間の道徳としてどうあるべきかという結論は、この件とは別の問題になります。なお現行の著作権法の罰則は5年以下の懲役または500万円以下の罰金に改正されています。