全国どこでも適切ながん治療が受けられることを目指す「がん対策基本法」の施行から半年。毎日新聞社がアフラックの協力を得て9月に実施した「健康と高齢社会に関する世論調査」では、がんに対する意識を重点的に探った。半数近くが「最も恐ろしい病気」と考えている半面、「がんは治る」「病気の進行を抑えつつ生きられる」と前向きにとらえる人も約8割で、積極的にがんと闘える体制の充実が求められている。一方では、都市か地方かを問わず、少なくとも3割の人が医師不足を感じており、医療の現状への不安は大きい。【世論調査室】
◆セカンド・オピニオン
◇認識広がり56%
患者自身が、病状や治療方法について担当医師以外の医師の意見も聞くセカンド・オピニオンを「知っている」と答えた人は56%で、05年の前回調査比で10ポイントの増加。この質問を始めた02年調査以来、初めて「知らない」との回答(42%)を上回った。02年は「知っている」が25%にとどまっていただけに、セカンド・オピニオンの認識が急速に広まっていることを示した。
年代別で見ると「知っている」は70代以上(38%)を除く各年代で半数を超えており、とりわけ30代と40代がともに65%と高かった。20代も前回比16ポイント増の57%で、若い世代に浸透していることが読み取れる。
また、がんなど重い病気の場合にセカンド・オピニオンを求めたいかを聞くと「求めたい」が86%(前回比5ポイント増)で、「求めたくない」の11%(同6ポイント減)を大きく引き離した。これまでセカンド・オピニオンを「知らない」と答えた人に限ってみても、「求めたい」人は79%に達した。前回調査の74%から5ポイント増で、人々の権利意識が強まっていることが分かる。
◆医師不足
◇「身近で実感」39%--「政令市・東京23区」でも3割
救急搬送中の妊婦・急患の受け入れが困難な事態や、産科・小児科の医師の不足が再三、問題になっている。「実際に身近で医師不足を実感することがあるか」を尋ねたところ、約4割が「ある」と答えた。子供を産み育てる中心世代にあたる30代女性では51%に上った。
「ある」と答えた割合を都市規模別に見ると「人口20万人未満の市」に住む人で45%と最も高いが「政令市・東京23区」でも3割を超えており、決して地方の問題ではないことが分かる。
医師不足を実感すると答えた人にその診療科を聞くと(複数回答)、多い順に(1)内科53%(2)小児科31%(3)産科30%。ただ60代以上の男性に限ると▽内科66%▽歯科18%、30代女性では▽小児科52%▽産科53%、20~50代女性では婦人科が30%前後と、いずれも全体の平均より大幅に高く、各診療科を実際に必要とする人々の間では、平均値以上に医師不足が実感されていると考えられる。
「日本の医師数は十分だと思うか」との問いには「全国的に足りない」が61%と圧倒的。「全国的に多い」はわずか2%に過ぎない。都市規模別でも回答に大きな差はなかった。「身近で医師不足を実感する」ことが「ある」人に限ると8割が「全国的に足りない」と思っているが、「実感することがない」人では「全国的に不足」(50%)と「一部の地方や診療科では足りないが全体では十分」(45%)に二分された。
◆医療費負担
◇民間保険・貯蓄で備え
少子・高齢化で社会保障費の増大が国庫を圧迫していることから近年、医療費の自己負担割合や、高齢者の医療費負担が増加。病気そのものだけでなく、病気にかかった際の医療費への不安も高まっている。「自分や家族ががんになったとき特に不安なことは」との質問(複数回答)にも、63%が「治療や看護にかかる費用」を挙げた。
◇「健康保険だけ」11%にとどまる
そこで、医療費に関してどのような備えが必要と思うかを複数回答で聞いてみた。「公的な健康保険だけで十分」と考える人は11%にとどまり、「民間の医療保険に入る」64%、「貯蓄をする」が57%と、圧倒的多数が特別な備えの必要性を感じていた。
とはいえ、実際にそうした備えを行っているかとなると「民間の保険に入っている」は60%で必要と思う備えの回答と大差ないが、「貯蓄」は26%と半分以下にとどまる。「医療費の全額を貯蓄で備えるのは難しいから、保険で対応しよう」と考える人が多いようだ。
医療費が高額となった場合、一定額を超えた分が払い戻される「高額療養費」制度がある。同制度を「知っている」は79%と、多くの人に認知されていた。
実際に同制度を「使ったことがある」人は全体の27%。「高額な医療費がかかったことがないので、使ったことはない」が最も多く、「制度を知らなかったので、使ったことはない」は15%だった。「使ったことがある」は年齢が上がるほど多くなり、70代以上は40%で「高額な医療費がかかったことがない」と同数で並んだ。
◆国民医療費
◇先進国で最低水準だけど…「高い」63%
診察費、入院費、薬代などを総計した日本の国民医療費は約30兆円。対GDP(国内総生産)比は約8%と、先進国の中では最低レベルだが、この金額を「高い」と感じる人が63%と多数を占めた。この質問では無回答が14%と他の質問に比べて高く、一般の関心の低さがうかがわれた。
今後の方向性については▽先進国並みに増やすべきだ28%▽現状程度32%▽更に削減に努める29%--と意見は分散。医師不足は日本の低医療費政策にも原因があるとの指摘があるが、調査結果からは医療費を増やすことに理解が得られているとは言い難い。
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◇予算配分や国民負担、大胆に見直す時期
「このまま医療費が増えつづければ国家がつぶれるという発想さえ出ている」。1983年、当時の厚生省保険局長が唱えた「医療費亡国論」の一節だ。「医師不足だが、国民医療費は多い」という世論の認識を示した調査結果は、今も医療費亡国論の考え方が広く信じられていることをうかがわせる。
では、日本の医療費はそんなに多いのか。OECD(経済協力開発機構)のデータによると、GDP(国内総生産)比で見た医療費はOECD加盟国平均にすら届かず、先進7カ国(G7)平均より2割も少ない。医師数も、日本の人口1000人あたりの診療医師数(診療に従事する医師の数)は2人(04年)で、OECD平均の3・1人に遠く及ばない。
医師の少なさは、医療現場で実感する機会がある。しかし、医療費の少なさについては、国は医療費抑制策を唱えるばかりで、実感する機会がない。調査では、若い世代ほど「日本の医療費は少ない」と考える人が多かったが、医療費抑制策を聞かされた期間が短いためではないのか。
医療現場を取材していると、日本の医療が崩壊の危機に瀕(ひん)していることを痛感する。低医療費政策を続けて医療が崩壊した英国のように、十分な医療が受けられなくなっては元も子もない。そもそも日本より医療費が多い先進各国の財政が破綻(はたん)しているわけではない。無限に医療費を増やせないのは当然で、無駄は排さなければならないが、医療費亡国論にしばられず、国の予算配分や国民負担のあり方などを大胆に見直していくことが必要な時期に来ている。【科学環境部副部長・鯨岡秀紀】
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◇詳細な報告書、来年発行
今回の「健康と高齢社会に関する世論調査」について、特集記事に加筆して詳細な集計データを添付した報告書を発行します。1部1400円(消費税、郵送料を含む)。08年1月に毎日新聞社から発行の予定です。
購入希望の方は、郵便振替で口座番号「00150・8・10678」、口座名は「毎日新聞世論調査室」で、希望する部数を振替用紙の通信欄に記入の上、お申し込みください。振替手数料はご負担ください。
問い合わせは平日午前10時~午後6時、世論調査室(直通03・3212・1339)へ。
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■質問と回答
全体 男性 女性
◆いま一番恐ろしいと思う病気はどれですか。
脳卒中 17 20 15
心臓病 5 6 4
がん 44 46 43
認知症(痴呆) 11 7 14
肝臓病 1 2 1
糖尿病 4 6 3
エイズ 5 4 6
高血圧 2 2 2
子宮筋腫など女性特有疾病 4 0 7
その他の病気 1 1 2
特にない 5 6 4
◆患者が自分の病状などについて担当医師だけでなく他の医師の意見も聞く「セカンド・オピニオン」という言葉を知っていますか。
知っている 56 52 60
知らない 42 47 38
◆がんなど重い病気の治療を受ける場合、セカンド・オピニオンを求めたいと思いますか。
求めたい 86 86 85
求めたくない 11 11 11
◆将来の医療費負担に対してどんな備えが必要だと思いますか。(いくつでも)
貯蓄をする 57 52 61
民間の医療保険に入る 64 65 63
公的な健康保険だけで十分だ 11 11 10
◆実際にしていることは。(いくつでも)
健康診断を定期的に受けている 60 66 55
貯蓄をしている 26 24 29
民間の医療保険(生命保険の医療特約やがん保険を含む)に入っている 60 58 62
特にしていることはない 13 13 14
◆公的な健康保険の「高額療養費」制度を知っていますか。
知っている 79 76 82
知らない 20 23 17
◆この制度を使ったことがありますか。
使ったことがある 27 28 26
高額な医療費がかかったことはないので使ったことはない 56 53 58
制度を知らなかったので使ったことはない 15 17 13
◆日本の医師数は十分だと思いますか。
全国的に多い 2 3 2
一部の地方や診療科では足りないが、全体では十分 34 35 33
全国的に足りない 61 60 62
◆身近で医師不足を感じることがありますか。
ある 39 37 41
ない 58 61 56
◇<「ある」と答えた方に>具体的にはどんなことですか。(いくつでも)
近くで診察を受けられない 32 32 33
診察の待ち時間が長くなった 66 67 65
予約や手術で待つ期間が延びた 23 23 23
診察を担当する医師が代わった 25 21 28
診察にかける時間が短くなった 27 25 28
医師の応対が悪くなった 17 18 16
休日夜間の救急医療が中止された 22 24 20
その他 9 9 10
◇それはどの診療科ですか。(いくつでも)
内科 53 59 48
外科 27 31 23
小児科 31 29 33
産科 30 25 34
婦人科 20 13 26
眼科 16 15 17
歯科 11 11 10
心療内科・精神科 10 8 11
救急救命センター 16 17 15
リハビリテーション科 9 7 10
その他の診療科 13 13 13
◆診察費、薬代、入院費などを総計した日本の国民医療費は約30兆円で、対GDP比約8%です。これを高いと思いますか。
高い 63 65 61
安い 23 25 21
◆国民医療費は対GDP比で先進国中、最低レベルです。どうすべきだと思いますか。
先進国並みに増やすべきで、そのためには税金の負担が重くなっても仕方ない 19 22 16
先進国並みに増やすべきで、そのためには個人の医療費の自己負担額が増えても仕方ない 9 10 8
現状程度でよい 32 32 32
さらに医療費削減に努めるべきだ 29 28 30
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◇調査の方法と表記
全国300地点から20歳以上(9月30日現在)の男女を層別2段無作為抽出法で選び出し、9月7日から9日までの3日間、調査員が訪問し、回答してもらう面接聴取方式で実施した。対象者4581人、回答者2504人、回収率は55%だった。
回答者の内訳は、性別では▽男性47%▽女性53%、年代別では▽20代10%▽30代18%▽40代17%▽50代20%▽60代18%▽70代以上18%。
「質問と回答」の数字は%。小数点第1位を四捨五入し、無回答は除いた。0は回答者はいるが0.5%未満。複数回答は合計が100%を超える。
毎日新聞 2007年10月19日 東京朝刊