伏見憲明『欲望問題』（ポット出版 2007年）の検討
―――差別問題を否定せず、スピリチュアルなレベルの差別問題に発展させていこう
イダヒロユキ
（2007年3月）
伏見憲明氏が「命がけで書いた」本だという。同性愛者への差別問題、セクシュアリティの解放運動（ゲイリブ）の先頭を走ってきた著者が、90年代よりも思考が進展した結果を示している（根源的な問題提起）と自負する。
だが、私の正直な感想は、一読して、「うーん、どうしたんだ、伏見さん」と思った。一部は問題意識を共有する。いいように読めば、かなり言いたいことはわかるし、近いところもある。だけど、私の本のニュアンスとかなり違う。フェミニズムへの共感、不十分なところも含めて寄り添う感じがあるかないかだ。えらくつまらぬ理屈にこだわって、実践的には「はてな」とおもうところまでいっている。
しかも、彼が自画自賛的に「根源的に」といっていることについては、そんなに根源的にすごいことを言っているようには思えなかった。そんなこと、すでに僕（や他の人）は考えていて、たとえば私なら、私なりのバランスある答えを出している。なのに伏見さんともあろう人が、「社会運動か個人の性愛的幸福か」というような単純問題設定にしてしまって、二者択一の罠に自らはまって、結果、“つまずいて、混乱し”て、バックラッシュ派程度のことと近いことまで言ってしまい、政治的な影響として、ちょっと困ったところまで言ってしまっている（政治的に影響があるかどうかは知らないが）。そんな本だ。
そんなことをいうと、伏見さんからは「せっかくの突っ込んだ問題提起が全然わかっていない」という反論がくるだろう。「だから伊田さんは単純なオールド・フェミなんだよね」なんて分類されるかもしれない。「がっかりだよ」と嫌われるかもしれない。
というのは、伏見さんはもちろん、主観的には、性差別に反対のスタンスは保持しており、保守的なバックラッシュ勢力などとまったく一線をかくしているからだ。その上で、フェミ運動内部の単純さ、正義ヅラらの危険性を指摘し、もっと生活感覚とあう、成熟した運動になるよう提言しているつもりだからだ。だから彼の問題提起に賛成しないボクの以下のような反論は、「正義を引きずった古い教条的フェミニズム」のままなんだよナーと思われるかもしれない。
でも、運動内部の意見／スタンスの違いを論争（思想的討論）するとき、その言説の現実社会への影響を考えないのは、政治的にナイーブ過ぎると、やはり思う（本人も意識はしているが）。伏見さんの本は、問題設定が観念的かつ過剰に単純化されていて、その結果、表現や結論がフェミニズム批判になっているという客観的結果をもたらしている。だから私は本稿のように評した。伏見さんの提起を尊重して言うなら、私は、伏見さんが「差別問題から欲望問題へ」というのに対して、「差別問題を否定せず、スピリチュアルなレベルの差別問題に発展させていこう」と応じたい。
私はこれまでの伏見さんからの刺激的な論考に刺激を受けてきた者だし、今でも尊敬しているが、この本はちょっと“勇み足”的なものも感じたので、率直に苦言を呈したい。伏見さん自身、「あとがき」（p184）でちゃんとした批判なら歓迎するという旨のことを書いておられる。そこに素直に応答したい。長い批判になったが、最後まで読んでもらえれば、伏見さんの「あとがき」に応えようとしたことがわかってもらえると信じている。
ただし、伏見さんのこれまでの仕事全体を思い起こせば、非常にセクシュアリティの解放、ジェンダー平等の推進に貢献してきたすばらしい人だし、これからも活躍されるだろう。今回の本も、彼の思考の展開の一つのバージョンで、（少し問題表現があろうとも）基本的には、前向きに、よりみんなが幸せな社会、そして人権擁護の社会が来ることを願っての作業だとは思っている。いいように理解すれば、表現がまずくて誤解されがちなものになっているが、言いたい本当のところはとても面白い問題提起の本ともいえると思っている。それは伏見さんの生きるスタンス全体への信頼があるから、そのようにいう。
だから本稿では、一応、この本の表現にそって苦言を呈しているが、それはあくまで、この本の表現の問題点を指摘してジェンダー平等運動の進展を願ってのことであって、伏見さんの本を題材にしているだけともいえる。つまり伏見さん個人への批判ではない。（もちろん、今後、数年のなかで、その活動全体を見て評価を変えるかもしれないが、今のところ、この本1冊をもって、伏見さんのこれまでの貢献を忘れることはできない）
以下、章ごとにコメントしていく。
「1章 差別問題から欲望問題へ」 について
第1章では、「差別／抑圧されている被害者／弱者」＝「正義の側」という構図はよくないという問題提起だ。私は、これには一部賛成する。この点については、拙著『スピリチュアル･シングル宣言』（4章）の中などで、「新しい人権論がいる」という主張を私もしている。これまでの人権運動の成果を一定認めつつ、これからは差別や苦しみなどがなくなることだけを求めるのでなく、もっとイキイキと生きる高い水準からして、そうなっていないということ、つまり自己評価が低い非エンパワメント状態の多くの人こそ、人権侵害されているととらえるような「人権論にレベルアップすべきだ」「そうしないと多くの人にとって説得力ある人権論、自分の問題ととらえる人権論にならない」と私は主張した。加害者、差別側もスピリチュアルに高まってこそ、エンパワメント的に高まってこそ、差別反対運動の成果は達成されるとした。だから訴え方をスピリチュアルな水準にしようという提起だった。
つまり、運動する側が、「敵側だけが悪い、差別者だ」と非難すればいいのではなく、自分がもっと豊かに生きるという課題を背負っており、その地平においてこそ、差別者への語りかけも可能になると私は考えた。ここで短く言うだけでは伝わらないと思うのでぜひ拙著や私のHPの各論考をみてほしいが、被差別者もまた差別する秩序に加担していることをみつめ、そこから離脱する方向を志向する主体になろうという提起だった。
だが伏見氏は、私のようなスピリチュアリティ概念などを付加して、従来の運動をバージョンアップの人権論にしていくというのではなく、従来の運動を「差別、正義」の運動とかなり切り捨て、そうではない「欲望実現のための営為」にしていけばよいという。これが論理的な整理だという。
だが私には、伏見氏の頭の中の“混乱”を見せられたが、実際の運動の現場感覚から離れてしまっているように感じた。つまり不要な対立を設定しているとおもった。「差別問題」（＝対象は主にフェミ）を、低レベルに理解しすぎなのだ。「良い（正義）／悪いを根拠なく人に押し付けるものだ」というように低く描いてしまっている。
ここで、伏見氏は悪しき相対化論に足元をすくわれているようにみえた。つまり、「何が正義か、何が良い／悪いかはいえない。なのに運動側は、弱者被害者の名のもとに、自分たちを正義だと押し付ける」というのだ。左翼、人権論を批判する人たちがよく言う論理ととても似てしまっている。
だが、私は、1998年の拙著『シングル単位の社会論』ですでに「善悪を言えるか――フェミニズムの正当性の根拠」と題して基本の考えを述べている。つまり自動的絶対的に女性側（マイノリティ側）が正義だなどとはいえないが、だからといって善悪がいえないのではなく、当事者が「私にとってそれはひどいことだ」とはいえるし、それは大事なことだという話だ。ここには立場性というものがかかわる。二者の善悪の価値体系は、論理では決着はつかない。それぞれが主張するだけだ。それは闘争を通じて、当面どちらかが勝つというだけの話だ。
つまり、文脈によっては、「良い（正義）／悪い」をいうことも必要だと私は思っている。「差別問題」と立てることも必要だ。ことさら全否定する必要などない。
「人は抑圧を感じていても、すぐにその大元をどうにかしようとは思ったりしません」（ｐ３５）というのは、事実としてそうだ。だが、根本的な変化を求めることを切り捨てる（軽視）のは、極端から極端への移行だ。やり過ごしたり妥協したりすることもあるが、根本的な解決があったほうがよいことはいくらでもある（普通の人にとっても）。例えば、非正規雇用の低賃金問題がそうだ。大元改革の議論を否定すべきではない。一挙に大元からの解決はたいてい無理だが、大本に向かっての一歩2歩の改革は可能だ。そのとき、大元の方向性を見渡せる見取り図がいる（今年、普通の若年労働者たちが組合を作ったという話がある）。その大きな見取り図の中で、当面のやり過ごし方やずらし方を考えるという手もある。単純な糾弾闘争への反省から全否定的になるのは、現実の中でバランスよく模索しつつ運動している現場感覚から離れすぎている。
この極端すぎるブレは、「オカマ問題」（p46−）でもでている。私は論争に参加しなかったが、基本的に「伝説のオカマ」とタイトルをつけたことは別によかったと思っている。だがそれにクレームをつける人がいてもいいし、その言わんとすることもわかる。どっちかだけが正しいというより、この議論を通じて両方の言い分のよいところを吸収すればよい。それを通じて、反差別運動の側の説得性が高まればよい。
だが、伏見氏は、「弱者至上主義」だとクレームをつけた側を全否定的に描いている。それはいいすぎだろうと私は思う。運動に「弱者至上主義的」な要素が入るとき、それが単純化しすぎないように、成熟発展していくのが望ましいと私も思うが、差別された当事者という立場性はやはり大事にしたい要素でもある。
抽象的に「何が差別か、差別でないかを判定するのは当事者だけにあるのではない」「痛み／差別の脱本質化」などというのは、一面そのとおりだが、それを言ってしまうものでこぼれるものをみておかないと、実際の運動の足ひっぱりになることもある。単なる相対化は、「何も絶対的にいえない、反差別運動は決め付けだ」というバックラッシュ的な言説と同調してしまう。
ジェンダーフリーを擁護するかどうかでもあったことだが、実際の運動には、ちょっと単純化すぎる側面やちょっと言葉足らずのことがよくある。それをより発展するカタチでフォローするならいいが、その「単純さ／論理整合性の足りなさ」をあげつらって批判するのは、現実的なバランスある姿勢とはいえない。だから「論理を徹底していくと弱者至上主義になる」というような切り捨て方で、実際の運動をけなすのはやめたほうがよいとおもう。だがこの1章では残念ながら、実質上、運動けなしになっている。
これは、理論的な問題としては次のようになる、つまり伏見氏がえらく気に入っている「痛みの訴えだけではダメ（正義ではない）で、社会の中で議論されて事後的に正義が決定される」「『正しさ』は、人びととの生活実感の集積の中に根拠が置かれる」（p180）（これと同じことを2章ではジェンダーフリー／フェミの評価で述べている。ｐ１１９，3章でもp149など）というのは、理屈ではいわんとすることは分かるが、現実的にははっきり言って間違いであるということだ。
というのは、これは、中立・客観の装いをもって結局、社会の中で多数派が納得しないものは正しくないという、強者の側の論理に事実上なっているからである。「正しいこと」は一つだという前提の議論になっている。だが私の世界観では正しいことはひとつではない。ある意味、「正しさ」を抽象的に議論する必要などない。ある人と他者との共感の中で、正しいことが決まるなどというのは、部分的真実に過ぎない。いつまでたっても意見が合わないということがある。思想や立場が違うということがある。多数が正しいとは限らない。永久に少数派である正論もある。意見が合わないとき、「私の痛みや主張を言うこと」はダメなのか。「正しい」などが大事な問題なのではなく、私は、誰の〈たましい〉の声に共感するかが大事だと思っている。私にとってはそれがリアルだ。伏見さんのリアルとは違っているようだが。
野口＝伏見氏の見解は、「議論」への過剰な幻想をベースにしている。政治観に階級、権力がないというようなことと結びついている。議論で決着がつく問題など少ない。多数派も納得するのは、力関係で受け入れざるを得ない場合や、すでにほぼ流れが決まっているときであって、まだまだその問題提起が多数派に受け入れられないときというものが、必ずある。しかし、多数派が受け入れなくても、少数派がイヤだ、と叫ぶことには意義がある。それを「全体の話し合いで事後的によい悪い、差別だ、解消すべきだなどは決まる」等というところに力点を置くのは、ダメな学者のよくやることで、まったく実際的には反動的である。
伏見氏ともあろう人が、なぜこのようなところにまで口を滑らしてしまうのか。どうも引用している数人の学者さんたちの論理に影響されすぎたようにも思える。ヘリクツこねる人はいくらでも知っているが、実際の落としどころでのバランス感覚がないとどうにも実際には使えないのだが、伏見さんが影響を受けている人の論理には、私には違和感がかなりあった。
「自分たちの“正義”を押し付けるやり方は、人々の本当の意味での共感を得るのは難しい」などという表現も、全然ラジカルなパンクじゃない（伏見さんは「あとがき」で本書はラジカルなパンクだといっているので）。もちろん、ボクも正義の押し付けは大嫌いだ（だからスピリチュアルなアプローチを試みている）。でも、みんなから理解してもらう、共感してもらうということを基準にすれば、とめどなく妥協的になる。媚びになる。「みんな」って誰だ？ 自民党のオッサンも、経団連のおっさんおばさんも、バックラッシュやっている右翼主義者たちも、「みんな」に入るのか。
「みんな」に理解・共感されることが大事か？ 理解されなくても叫べばいいじゃないか。その叫びをききとめるような感性を私はスピリチュアルなものと思っている。「みんな」なんて幻想だ。「正義の押し付け」と、「〈たましい〉の叫び（その感受）」の区別をつけることが大事なのに、伏見氏はそこを混同している、と私ならまとめる。マイノリティ（秩序下位・弱者）の声とマジョリティ（強者）の区別を忘れて、「みんな」など言うべきでない。言い換えれば過去の運動の「マイノリティの〈たましい〉の叫び」という積極面を見失い、過去の運動（フェミニズムを中心にして過去の左翼的な運動）を全面的に「正義の押し付け」レベルとけなしてしまっているのではないか。それは事実に反する。
「女性（弱者側）の声に最初から正義」であるわけじゃないからといって、「多様な人が声を出して話し合って正当な訴えと理解してもらう」というのが唯一のルートだというのは絶対に違う。多数にならなくても、理解されなくても、「私」にとっての叫ぶべき「痛み／正義」はある。マイノリティの声はしばしば、怒りや嘆きや糾弾や批判の形を取る。時には「行き過ぎ、感情的」なこともある。でもだからといって、それを「暴力的だ」とみるのは、秩序上位者（強者）の感覚だ。
例えば解雇闘争などで、ユニオンが、社長が不誠実な対応をするので、会社前や社長の自宅前でビラを配ったりマイクで訴えることもある。それは社長自身や「普通の人」にとっては、過激派の暴力的行為に見える。でもそもそも、不当解雇などをしていることが暴力であり、団交に誠実に応じないようなことが暴力なのだ。強者（社長）に理解してもらえないからと、マイノリティの闘争の少しの未熟さや荒っぽさを「非難」するのは足引っ張りであり、立場性が問われると思う。
「正義の押し付け」「悪い意味での糾弾闘争」がダメなのは当然だ。だからこそ、参加型学習、エンパワメント概念、スピリチュアル概念などを私も必要としてきた。つまり過去の運動の発展的継承だ。だが、伏見氏（彼が依拠する野口氏など）は、これまでの運動＝「差別を受けた人間以外はその痛みはわからない」等という過剰にゆがんだまとめ方をして、客観的には従来の運動に対して悪意をもった伝え方をしている。まるで共産党の「部落解放同盟非難」と同じではないか。それはいきすぎというものだろう。
「差別を受けた人間以外はその痛みはわからない」という言葉も時には正しいし、時には間違っている。まともな意味では、当事者性の尊重の概念である。だが、近年のように、運動感覚を現場で学んでいない人が増えると、この言葉の積極的な意味もわからないだろう。わからないから、学者的な輩が抽象的理屈をいう。理屈ではどうとでも批判できる。
解放同盟の運動には、近年も暴露されているように、問題もあった。しかし、まともな部分もたくさんあった。糾弾闘争にも意義はあった。が、共産党はずっと過剰にその全体を否定してきた。それは世間の部落差別意識に便乗する側面さえあった。人権運動全体を発展させるという面で、共産党のこれについてのスタンスは、足引っ張りだった。そのバランスの悪さは、共産党への支持をためらわせるものであったのではなかったか。いったん組織で決めると全否定的に相手を切り捨てるのはバランスが悪すぎる。私はそういうスタンスで現実の運動との距離を測ってきた。
伏見氏は「社会を利害が対立し調整する場」ととらえる野口氏に賛意を示している。だがこの規定などもあぶなっかしい。階級やジェンダーや民族をみれば、単なる対立と調整ではない。そこには力の不均衡、権力・暴力・支配の問題がある。政治は、単なる「公的意思決定過程にかかわる人間・集団の行為や相互関係」などではなく、権力行為でもある。政府の施策には強者の論理にのったものも多い。そうしたなか、「誰もが正義ではなく、ただ多様な立場の人の利害の調整、後は話し合い」と見るのは、中立・客観的なようで実は自分の立場や視点、弱者の立場を抜きにした記述に過ぎない。権力関係、秩序の中の「力をもつもの」と「持たざるもの」の差異をみていない。それは事実上、強者の側に有利な政治観だ。
例えば、自民党は、選挙で勝ったから民意を反映しているので国会で好きなことをしてもよいという。だが選挙制度一つとっても、自民党に有利なように設計され、選挙制度改革に自民党は反対し続ける。権力を持ったものは権力を維持できるようなルールをつくる。メディアも議会も話し合いも選挙も公平ではない。「マイノリティ」の側は、話し合いを対等にできない状況におかれている。聞いてもらえない。
そのような、従来の「運動側の論理」と距離があるようなところに伏見氏が至ったのは、一定の成功をおさめて発言力も持ち、「マイノリティの側から叫ばざるを得ない」というひりひりしたところから離れたからなのか？ そんなことはないだろうが、そういう推測もしたくなるような文章が多い。あとでも再び言及するが、伏見さんは今の日本社会への違和感がかなり減ったようだ（そのように見える記述をしている）。そうしたことが影響しているのかもしれないが、そうだとしたら、これは大きな問題だ。
「僕はこの社会を他の人たちとシェアしている感覚」（ｐ５５）などと余裕で言うのは、とても保守的な感覚だと思う（言いように取れば、もちろん、対等な感覚で好ましいが、それでも、この表現にある鈍感さをボクは感じる）。一見まともなバランスの取れた謙虚で冷静な感覚のように思う人もいるだろう。だが、この言い方には、「価値によい悪いはない、AさんもBさんも等価だ」、という抽象的な「悪しき客観主義・相対主義のにおい」がある。現実の政治抜きの学者的一般論としては、ある意味「正しい」が、現実にはまったくパンクじゃない。ラジカルでもマイノリティの政治論でもない。マイノリティの運動論ではない。
「シェア」？ それは対等なものの間の言葉だ。実際はもっとぶつかっていないのか。やられていないか。悔しいではないか。怒りがあるのではないか。カネが一番と思うような人。ダイエットして整形して美人がいちばんということを煽る人。憲法を変えて戦争できる国にしていきたいと思っている人。非正規雇用を維持し、自分は金持ちの人。そういう人と、たんにこの社会をシェアしているのか。
NHK「慰安婦・国際戦犯法廷」番組改ざん問題で、NHKや安部などの政治家は嘘を言い続け、真実が隠蔽され続けている。東京都をはじめとして国旗・国歌が強制され、反対する教員が処罰されている（『君が代 不起立』をみよ）。天皇制に鈍感な人がたくさんいる。差別主義者石原都知事を応援する人がいる。「拉致」問題をダシにしてひどい北朝鮮批判をくりかえし、軍事国家化を進める人が増えている。君が代が嫌なら日本から出て行け、公立学校教師になるな、というような意見が増えている。憲法改悪のために、国民投票法案への道を強行採決している。南京大虐殺をなかったというような主張が増えている。教科書から「従軍慰安婦」記述が抹消されている。民法改正論議はとめられたまま。核保有議論をする政治家やジャーナリストが増えてのさばっている。地球温暖化は進んでいるが、日本やアメリカは京都議定書違反を推進している。お笑いでは「差別的なくすぐり」がはびこっている。教室ではいじめがはびこっている。1日5000円でたまねぎ加工をひたすらせねばならない、日雇い派遣のような労働（苦汗労働）がたくさんある。ワーキングプアは、本当に多い。月300時間という通常の倍の長時間労働を強いられている労働者がたくさんいる。ワーキングマザー、シングルマザーは本当にたいへんだ。生きがいが見えず、リストカットをして苦しんでいる人がたくさんいる。うつ病など精神的疾患の人もおおい。おかしいことをおかしいと思わない、自発的に体制に順化（隷属）する人が増え、「ジェンダーフリーバッシング」系の本、「嫌韓流」をはじめとした排外主義的な本、右翼的な本が本屋に山積みにされている。相互監視し、左翼的な批判精神を封殺する、全体主義的空気が醸成されている。ホームレスをかわいそうに思ったり、社会の問題と思わず、ホームレス個人の責任にし、彼らを排除しようとする社会になっている（大阪市の排除、住民票剥奪）。靖国神社というものが「復活」し、それに反対するほうがおかしいようにおもわれている。韓国人遺族ら肉親の靖国合祀をやめてくれという正当な声を日本は圧殺している。世界の先進国では死刑廃止が潮流だが、日本は復讐・厳罰主義の声が大きくなっている。etc. ・・・
つまり、実際は、この社会で激烈な闘争が繰り広げられている。抑圧がたくさんある。AさんはBさんに無関心であったり暴力的であったりしている。
それでも、伏見さんは、日本はまあまあいいというのだろうか（そんなことはない、日本のダメなところは知っているが、と、本書では繰り返し書いている）。日本社会で苦汁をなめさせられている人々、「社会的弱者」の痛みへの共感があるのか、ないのか。
私は、今の日本を「まあまあいい」と思って「政治に無関心・無反応」になっている人が多いことを、なんとか浮き彫りにし、対応を取る方向性を指し示そうとして、〈スピリチュアル･シングル主義〉という表現を提出してきた。日本は、スピリチュアルなものが見えなくなっていると評してきた。
それに対し、伏見さんは「今の社会が、性差別に満ちていて暗黒の状況だというリアリティは共有しない」（p123）「人間社会には、人間社会の、それまで積み重ねてきた合理性も意味もあるのだから、・・・全否定する権利は一方的にはない」（p161−162）という。エクスキューズをつけるが、こうした実感が、本書には影響しているように思える。
もちろん、私も日本社会にもいいところはたくさんあるとおもっているし、私も幸せに生きている。でも、これは直感に関わるのかもしれないが、今の日本で、伏見さんのようにいうことはやはり、私とかなり現状への感性が異なると思える。
部落差別も障害者差別も、「女人禁制」も、ある意味、今までの社会で積み重ねてきた合理性も意味もある。だがそれを変革する欲望を持った勢力も、わいてくる。そして社会は変わっていく。古い秩序に郷愁や利益を持つものには、変革を求めるものが暴力主義者、破壊者にみえる。伏見さんはどこに自分の立場性をおいているのか。やはりそこを問いたい。
伏見さんは「対立」という言葉を使ってもいるが、そこにリアリティがないから「シェア」という少し腑抜けた表現になってしまっているのではないのか。
伏見さんは「腑抜けた」というような勇ましいレッテルがいやになっているのかもしれない。穏やかな心持ちになっているのかもしれない。だが「社会の成り立ちと維持」に目をむけるような「上から全体を俯瞰するような立場」は、やはりマイノリティの〈たましい〉の叫びから距離ができてしまっていると感じずにはいられない。
私は、アナーキーな感覚をもっている。「全体」「社会」などを考えるという選択自体に、政治的決断があるという立場だ。マイノリティ運動や労働組合運動は、必ずしも全体のためにあるのではない。目の前の一人の労働者／市民の悔しさに共感するところから闘うことがある。そういうのを大事にしたいと私は思っている。「全体」「社会秩序」を言うのはやばい。こういうことを今、伝えていくことが大事だと、私は思っている。
説得力を高めないといけない、「敵」にもわかってもらわないと目標が達成できないというのは、とても危険な発想だ。そういうスタンスをとる人がいるのはわかるが､伏見さんはそういう人だったのか？ フェミやセクシャル・マイノリティの解放運動は、そんな「穏健なもの」だったのか。
「単純化した構造から現実を裁断する」のでなく、「高みに立つのでなく」、「自身の痛み」を重視するのではなく――それはフェミの姿勢だった（と伏見氏は言う）――、それぞれの「欲望」を等価に尊重しあいましょう、そして説得しあい共感しあい、一緒に検討していきましょうというような構図（ｐ124）、つまり「差別問題から欲望問題へ」は、私には伏見氏が、社会主流派の立場にスタンスを移してしまった世界観――中立主義という名の強者の世界観――になっているように思える。むしろ「差別問題」の積極性を残しながら、過去のマイナスを減らすということができなかったのかと思う。
ｐ５７には、この古い運動（差別問題）批判という文脈で、フェミニズムのミスコン反対運動を例に挙げている。だが、バックラッシュ派がいうようなミスコン運動批判――痛みを感じる人がいるからミスコンはすべてよくないと一方的に正義を押し付けるのが、フェミのミスコン反対運動だったいうまとめ方――になっている。どうしたんだ、伏見さん。フェミニズムをいつからそんなに見くびるようになったの？
「世間一般で美の価値を競うこと自体は否定されてはいない」からどうだというのか。それは世間一般に大いに問題があるのではないのか。「痛みでさえ、人々の納得や共感を得られなければ、解消すべきものとして妥当とはみなされない」「痛みを他のことに優先させる理由はない」というような表現は、やはり言いすぎだと思う（この論理については本稿の各所で批判）。
現実は、この日本社会では、多くの人のフェミへの理解がまだまだ不十分で、このミスコン問題も深く理解されていない。「馬鹿なフェミ女が文句いってやがる」という嘲笑がほとんどだ。だからこそ、ミスコン批判は、ムツカシイ微妙なことも含みつつ、しかしぜひ訴えていかねばならない大事な問題提起だと思う。おかしいという人が声を出したとき、嘲笑されていいのか。多くの人が「人（特に女性）は外見が大事」と思っている。テレビではダイエットや整形番組が幅を利かせている。女性タレントは豊胸手術をしないと売れなくなっている。児童ポルノまがいの、少女系の水着写真などが大量に出回っている。若いタレントは、言われるがままに、胸やおしりを強調するように、水着でポーズを取っている。
私は、〈性貧困秩序〉があると思っているから、拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』でも次のように書いておいた。
水着で売り出すグラビア・アイドルは、ある程度売れてくれば、水着姿でなくてもよいようになります。それは、彼女たちの「地位」が上がったことの表れです。水着姿だけのほうが、セミヌードよりも、さらにはフルヌードになるよりも、女性としての「地位」が高いとされています。多くの場合、ヌードになることは「落ちぶれたこと」とみなされます。周りの扱いが、「脱ぐ女」扱いから、「脱がない女」＝「女優」｢タレント｣扱いになることが、「地位」が上がることなのです。「脱がなくなった」女性たちを、「脱ぐ女」扱いすると失礼に当たるという暗黙の了解があります。その前提には、「脱ぐ女」さらにはセックスワーカーをさげすむ（意識的あるいは無意識的な）価値観があります。一見、表面的にはグラビア・アイドルやヌードモデルやＡＶ女優や風俗嬢たちが、以前よりも「市民権」を得ているように見えますが、そこには「妻・母になる女制」を頂点とする序列が依然として維持されています。（ｐ７９）
私が問題にしている〈性貧困秩序〉とは以下のようなことである。
性的解放を非・道徳主義的に追及したいです。でも同時に、「心をこめる」ということを私は大切にしたいのです。セックスであれ、何であれ、そのあたりにいちばん興味があります。でも巷にあふれているのは、「夫婦（恋人）なんだからやらせて当然」「やったった」「女はやってしまえばこっちのもん」「プレゼント買ってやって甘い言葉でもささやいてやったら、女はイチコロ」「女は本当ははやられたがっている」「あいつは好き者の女だ」「女は本当はカネが欲しいだけ。そのためにもったいぶっているだけ」「カマトトぶりやがって、このメス犬め」「女は汚い」「淫乱だ、汚らわしい女だ」「短小、早漏、包茎、不能（インポ）だ」「不感症だ」「どうせ男はやりたいだけ」「早くセックスをさせちゃダメ」「自分を安く売っちゃソン」「どうせ寝るならお金持ちがイイ」「気持ちいいフリして我慢しておけば、男は満足する」「フェラチオが嫌い、あんなもん舐めたくない。でも男が喜ぶから好きなフリしてやる」「寝てやる」「水着やヌードは目の保養になるから、いっぱいあって何が悪い」「キャンギャルやアシスタント女性もいたほうが華やいでイイじゃないか、カタイこというなよ」「ミスコンで美しさを競っていいじゃないか、美しい女はそれだけで価値があるんだから」「セクハラなんてたいしたことないじゃないか」「レイプなんてたいしたことないじゃない」「ばれなきゃいい」「商売女とは適当に付き合えばいい」「金を払ったんだからこっちの求めるプレイをしてもらわなくっちゃ困る」「きれいな女は何をいっても許されるが、ブスには黙っていて欲しい」といったようなひどいと思える状況です。そうしたイヤな価値観があふれています。
一言で言って、貧困な性の状況ではないでしょうか。カネで支配する雰囲気、一方的にジェンダーにのっとった、相手を無視したスタイルの横行、女性がとくに性的に抑圧されており、女性を若さと美しさだけで序列化する文化があり、性暴力を容認あるいは軽視する文化があるようにおもえます。そうした文化に染まっていると言う意味で、男制の性も疎外されているといえます。私は、ここで述べたような「金や権力や暴力で他者を支配してもいいという考えとジェンダー規範・セクシュアリティ規範をベースにした、今の貧困かつひどい“性にまつわる秩序・文化”」を「性貧困秩序」（＝性差別秩序）と呼びたいとおもいます。
そういう状況に対しては、ひとりひとりが自分に恥じないような水準で性についても向かいあうようになればいいなと思います。社会への影響を考えてできるだけ性差別の秩序を再生産しないようにすることとか、できれば、性差別に反対して、対等・平等な性の意識や関係がひろがるようにすることができればいいなと思います。これは正しいか間違っているかの話ではなくて、自分として望むか、望まないかの話なのです。あなたはどうですか。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』ｐ６４−６５）
だからこそ、ミスコンに関しても、もっとフェミの言わんとすることを深めていくこと、豊富化して伝わるよう援助すること（発展させること）が伏見さんに求められているのに、フェミは「一方的押し付けだ」「一つの感受性、私の正義でしかない」とレッテルはりするのは一体なんのためだろう？ どこにスタンスをおいているのかな？ 伏見さんの問題意識は、性愛を楽しむとかファッションを楽しむとかである。それはわかる。私もそういうのは楽しいなと思う。で、ミスコン反対運動は、ファッションを楽しむ、化粧を楽しむことと対立するか？ 対立させないようにバランスを取るのが大事と僕は思う。なのに、フェミニストは化粧否定だみたいな構図にするのは、反フェミ的になりすぎてないか？ こんなことを言うためにこの本を書いたのか？ そうだとすればまったくズレているよ、といいたいと思う（そんなつもりはないのはわかっているが）。
繰り返すが、「何が正しいか」などについては、細かい抽象的議論はいくらでもできる。だが現実の運動と切り結ぶ中では、適度なバランス感覚で議論も吸収しなくてはならない。マイノリティの側の「一つの感受性、私の正義」の正当性を豊かに説得的に示すことこそ必要だ、というのが私の強調したいところだ。多くの人の「共感」を得ていくのはもちろんめざすことだが、伏見氏の議論は、痛み自体は正義でないといって実際の運動の足を引っ張り、（社会全体／多数派からの）共感がない場合、それはそのマイノリティの主張が「正しくない」ことになると事実上いっている。これはあきらかに「思考」の結果、行き過ぎた結論になっている。頭で考えて、現実とのバランスを失っているようにみえる（よく言っても『勇み足』）。私から見れば、伏見氏の“混乱”だ。
以上の意味で、「差別問題」から「欲望問題」へと設定する試みは、1章において失敗していると私は読んだ。私には、納得できなかった。最初にも述べたが、私が伏見さんの問題意識を前向きに受け止めるなら、「差別問題から欲望問題へ」というのではなく、「差別問題を否定せず、スピリチュアルなレベルの差別問題に発展させていこう」というだろう。
「正義」という言葉を選んだところからして、微妙でヤバイ。正義というだけで批判したくなるからだ。もちろん、ボクも「正義」に警戒的だ。例えば、次のように書いたことがある。
私は、本書で基本的に｢大枠としてのフェミニストの立場｣を擁護していますし、性差別に反対する主張に共感しています。しかし、フェミの中にも意見の違いがあるのは当然で、中にはかなり「正論・正義を鈍感に語りすぎているな」と思える議論もあると思っています。
とくに性・セクシュアリティを語るときに、どうもその人のホンネとか弱さや矛盾や身体性が見えてこないがゆえに、「道徳主義臭いな、うそ臭いな、困った人だな」という感じをもってしまう人（主張、著作）にも出会います。
私たちは、規範としてのジェンダーやセクシュアリティに規定されています。セックスワークやポルノなどの性商品において、売られているのは「ジェンダー」つまり、「イメージとしてのオンナ（オトコ）」という面があります。自分はそうしたものと無関係でしょうか。そうしたものに囚われていないでしょうか。そうした「イメージとしてのオンナ（オトコ）」に欲情していないでしょうか。欲情されるような「イメージとしてのオンナ（オトコ）」になりたいと思っていないのでしょうか。自分が恋人や結婚パートナーを愛しているというとき、そこにはジェンダーからまったく離れた、一点の曇りもないキレイな欲求だけがあるのでしょうか。
そんなわけないですよね。そんなのは気持ち悪いです。
だから私は、「愛のあるセックスだけがよい、愛のあるセックスだけをしている」とはいわないです。私は、恋愛的な親密な関係やセックスが好きですが、支配的依存的関係＝家族単位感覚はきらいです。しかし、性欲や恋愛欲において、ジェンダーに囚われており、かなり「イメージとしてのオンナ」に欲情します。そこにおいて、「女ジェンダー、女らしさ」を好むということは、男性上位意識・支配欲求意識・所有意識とまったく無縁だとはいえないと思います。嫉妬の感情もあります。
一人を好きだから他の人には恋愛感情も性欲も持たないかというと、そんなことはないといえます。むしろかなり多くの女性に性欲の端緒を持ちます。しかし、実際はややこしいので、実現させないだけです。セックス関係がなくても豊かな関係があるとわかっており、体は一つで、時間は限られており、他者の気持ちも尊重したいので、そうしているだけです。年齢をとってきたということもあるかもしれません。
それと同時に、レイプ、セクハラは絶対許せないという、強い感情があります。自分は絶対それはしないようにしたいと思う気持ちがあります。それは、暴力被害者の痛みを学んできて少しはわかってきたからです。しかし、ポルノなどの性商品に欲情する自分もあります。
このように矛盾していますが、そうした矛盾した側面を多様にもっている全体が私なのです。そしてあなたもそうだと思います。
だから、自分のセクシュアリティを見つめない、語らない感じの「正論・正義論」では、大事なことは伝わらないと思います。ジェンダーやセクシュアリティについて、議論したり学んだりするとき、気をつけたい点です。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』大月書店、2006年、ｐ１１２）
だがこのように書く僕は、同時に、時には「正義」「正論」が大事だとも思っている。というのは、「革新・左派」などの運動が低調になった日本で、「正論」等はバカにされる対象になり、まじめに考えたりすることが軽視され、人権に鈍感になっているからだ（社民党や共産党などがバカにされるようなこととつながっている）。だからときには愚鈍ともいえるかも知れないが、理想をめざしてがんばっている活動家、運動している人の側を応援したい、自分もその愚鈍な立場を選びたいと思っている。
そうしたボクにとって、中立のように語る理屈はつまらない。「話し合いで事後的に決まる」などと学者的な「普通の人にはわかりにくい理屈」を言うのはとても庶民の現実からはズレていて、スノッブで、スクウェアで、「一つの感受性」の立場で突っ走るパンクやヒップの正反対のように感じる（伏見さんは、キャムプという笑いの戦略を取っていたのに）。
本書は、「少年にしか性的興味を持てないという人」への共感から話を始めている。そして他者の欲望を尊重するということも入れて、いろいろ考え、一応、小児性愛は否定せざるを得ないとするが、それは社会の維持に必要だからということなので、そこからとってかえして、社会の守るべき価値を大事にしなくっちゃいけないので、自分だけ好き勝手なことを言う（マイノリティが正義を語る）のはダメだとしていく。
えらく保守的な問題の立て方と回答だ。性・セクシュアリティには闇があることも入れて、私も関連することを考えたことはあるが、もう少しフェミの運動なども踏まえて、違う結論を書いている。
性（セクシュアリティ）は、大事なもので、人の人格の一部であり、優劣つけることなく尊重されるべきで、他者（社会や制度や医療も含む）から強制されたり奪われたりしてはならないものです。他者のセクシュアリティを十分に理解することは難しいし、実は自分のセクシュアリティをちゃんと把握することも難しいものです。
性的欲望は多様ですが、多かれ少なかれ皆にあります。性的快楽を求めること自体は悪いことではありません。「いやらしい」のは楽しいこと！ オープンに、もっとオープンに！ 人生は一回だ、楽しみましょう。
しかしいつも相思相愛だとかセックスぴったりの相手がいるなんてことはありえません。自分のファンタジーに素直になるしかないし、それは悪くないと思います。でも多くの人は自分の思うように十分には自分の性的ファンタジーを満たせないのが普通だと思います。そんな相手をみつけるのは難しいし、出会うのは難しいし、勇気もいります。社会への影響も特定の相手個人への影響も考えなくてはなりません。ジェンダー的縛りも強くあります。
だから基本は、性的欲望を自分の頭の中に閉じ込め、どんなことも他者に強要しないこと、相手の自由を侵害しない範囲で自分なりの性的快楽の追及を自己決定で行おう、性もシングル単位で考えましょうということがいえると思います。性的欲望を満たせることも権利ですが、性的にいやなことを強制されない、セックスなしに幸せに生きていくことも権利です。性行為をたくさんしたから幸せというような単純なものではありません。セックスとはその程度のものです。
「合意のないセックス・性行為」は禁止です。性の取引視・客体視・貞操視・淫行視・猥褻視・所有視・男女２分法視・ジェンダー視（ステレオタイプ視）をやめ、多様性に寛容となり、楽しい性、気持ちのいい性、生き生きとした性を取り戻し、「性を楽しむ権利と嫌なことをしなくてもよい権利」の両方を自己コントロールの下で実行できる性的主体になる必要があるでしょう。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』ｐ６５−）
性にまつわる幻想（セクシャルなファンタジー・イメージ）をどうもつかは各人の自由です。個人的ファンタジーを外から無理やり変えることはできません。しかし幻想を私的空間に限定すべきは当然で、生身の誰かの人権を侵害してはならないという条件が絶対必要です。「性の商品化」全体を否定するべきではありませんが、各人には、ミスコン賛成とか性商品の購入（製作・販売）などといった行動の、社会的影響への責任はあります。だから、性貧困秩序への加担を減らし、性貧困秩序を解体していく発言や社会的活動をしていくことが各人には求められていると思います。
私も、マスターベーションするとき、ポルノなどの性商品を利用してきました。しかしポルノがあるからといって実際に、女性差別や暴力を行使・容認する気にはなりません。差別はなくすべきだし、性貧困秩序を減らすべきだとおもいます。
しかし、それは私がフェミニスト的価値観に触れたり、人権意識を持つ契機があふれた環境に育ったせいであって、みなが自動的に性貧困秩序を減らす欲求を持つ保障はありません。だからこそ、性暴力への無関心や誤った性知識を払拭していく、豊かな性教育がいるといえます。（この点でも、性差別商品を放置しつつ、性教育を後退させようとするバックラッシュ勢力は、現実的には、その主観とは裏腹に、性犯罪と性暴力の被害者を増やすこと、望まない妊娠や性感染症の増加をもたらすことになるでしょう。）
「性の商品化」を批判する議論で問題になる「女性のモノ化」は、人間が労働する限り、その労働力商品の売買を行っている、労働というサービス商品を買っているという点で、ポルノに限らずいたるところにあるといえます。男性のモノ視もあります。結婚や恋愛も、私が拙著で分析してきたように、容姿や経済力や自分への利益サービス提供度など、相手への総合得点の高さで行っているのであり、それはある意味、相手を「モノ」として計算しているともいえるわけです。
ですから、「人間のモノ視」一般が悪いとはいえないと思います。しかし、まともなフェミニストたちが言わんとしてきた真髄は、具体的な人の痛みへの共感、人権侵害への怒り、すなわち、スピリチュアルな感覚の上での、より高い人間関係のあり方への希求でした。それを、「人をモノ化」することへの批判として表現してきたのです。ですから、性貧困秩序への批判という意味で、「“女性のモノ化”に反対する」という言い分には正当性があると私は思います。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』ｐ101−102）
ここには、日本という社会の維持などという要素は入っていない。人権の観点がある。人権を基準に、小児性愛、子どもポルノには反対を明確にすればよい。ひとの欲望は無限だし、自分の欲望と小児性愛者の欲望を絶対的には区別できないのは事実（どこからを小児・子どもというかというのもムツカシイ）だが、レイプしてはいけないように、小児性愛もいけない。頭の中だけでとどめるしかない。作品作りも、実際に子どもが出るようなものは作ってはならない（実際の線引きの難しさの問題と、そもそも根本としての性暴力反対を区別すべき）。
この基本に至るまでにえらく回りくどいのは、性暴力加害者への怒りというようなものの程度の差があるからではないか。フェミニストには怒りが強くある。伏見さんが小児性愛者の例を持ってきてえらく迷うのは、誠実さもあるが、この“怒り”が弱いという面もあるのではないか。そうした事がフェミニズムを評するときのニュアンスとしてにじみ出る。本書でえらくフェミに冷たい（！）のは、結局、伏見さんは狭義のゲイリブに自己限定して、フェミを自分のものとしてひきつけて理解していないからではないか（とさえ思う）。広義のセクシュアリティの解放とジェンダー平等にあまり当事者性をもっていないのだろうか（ここは聞いてみたいところ）。
本書に関する限り、伏見氏の立論は人権ということを中心にしていない。それどころか、「日本の悪いところを挙げればたしかにキリがありません。・・・けど、自分の経験から、ぼくはこの社会は自分の理想に近づく可能性を残しているのではないか、と直感しています」という。回りくどいが、「日本社会が好きだ、それほど悪くない」といっている。それがこの本を通低している音色だ。だから実際、保守的になっている。けっしてパンクじゃないと思う。そこに私の違和感がある。
先ほども触れたが、やはりこの、日本社会へのスタンスが大きく本書に影響しているようだ。繰り返すが、ジェンダー平等に関わることは、大きく人権意識に関わる。伏見氏は非正規雇用の実態をどう思っているのか。DVの実態をどう思っているのか。テレビで「不細工な人、太っている人」をけなし、整形・ダイエットしてキレイになるよう煽る番組が多くの人に影響を与えているとき、どこに痛みや人権侵害、悔しさ、怒りをもっているのか。「教育基本法を変えよう、憲法を変えよう」とする政治家が、どのようなことをたくらんでいるのかをみて、北朝鮮を憎むような報道が幅をきかし、日本軍「慰安婦」問題でそれをないことにしようとする風潮があるとき、どこに日本はいい国だといえる要素があるのか。そんな政治のことは庶民の生活には遠いというなら、それは違うと思う。そうした感性が、日常での性差別、いじめをもたらしている。「痛み」等というが、こんなに日本がいいというようなら、えらく狭い「痛み」にしか聞こえてこない。ここは根本問題だ。
「社会全体にノーを言い立てる」（ｐ６５）ことをえらく非難しているが、一体、誰のどのような言動を念頭においているのか。私はある意味、この無関心になっている日本で、スピリチュアルなことを基準に、皆がもっと繊細に人権を考える豊かな社会になった方がいいとおもっているので、「日本社会にノーをいう」のも時にはとても大事と思っている。今はあまりに反逆や抵抗や批判が少ない、と思っている。
なお、伏見氏の“混乱”は、伏見氏一人のものでないことは、もちろん了解している。ある意味、よくある立場だ。社会経験、抑圧体験、マイノリティの運動などを知らない学生などが、しばしば中立を気取ってわかったように言うこととも、少し重なっている（私はそれが腹立たしい）。運動に関わっていない学者さんの多くが言う意見だ（私はそれが嫌いだ）。だが、現場を持っている伏見氏ほどの人でも少し“つまずく”とこうなるのか、とおもった。 ということで、本書は、世間の多くの人の「差別問題」への誤解や無理解と重なる点でもあるように思う。だからこそ、この本の問題提起を受けて、議論と運動が前向きに発展すればいいと私は願っている。
「2章 ジェンダーフリーの不可解」について
2章では、伏見氏自身が、昔、提出した「〈性別二元制〉批判＝性別をなくす＝差別をなくす、政治的に正しい主張」という観点を反省し、そうした観点は、今のジェンダーフリーと近くて、理念で究極を求めていたが、そんなことは、実際の自分の性愛的な幸せにはむしろじゃまで、だから「性愛を取るか、差別をなくすか（政治的正しさ）の二者択一」で言えば、自分は性愛を重視するといい、差別をなくすという戦略を変更して、〈性別二元制〉批判やジェンダーフリー的な過激なことをいわない、というような主張をしている。「フェミニズムは性差別をなくすために、性差解消を主張している。つまりジェンダーフリーはやはりジェンダーをなくすジェンダーレスの主張になるのではないか」「性別二元制を批判してきたが、そんな単純なものじゃないと思うようになった。性の二元制がなくなると性愛的に楽しくない」というような点から、「ジェンダー（フリー）の立場／フェミニズム」に疑問を出しているのだ。「人は差別をなくすことのみに生きているわけではない」（p179、副題）などという言い方で。
もちろんいろいろなエクスキューズを書いているが、基本主張はそうなっている。私はこの2章を読んで、愕然とした。フェミを知らない人が言うならわからないでもない。でもあの伏見さんが・・・と思った。フェミを追求しつつ、性愛も楽しんだらいいじゃないか。そのバランスを現実の多くのフェミニストはとっているのに、原理抽象的にフェミニスト＝〈性別二元制〉否定＝ジェンダーフリー＝快楽否定、と決め付け、その結果当然それを批判する。ちょっとマッチポンプ的な構図にしている。
伏見さんが言いたいことはわかっているつもりだ。楽しく生きたい、生活を大事にしたい、普通の人が普通に生きていることを尊重しよう、差別反対運動が生活の中心になっちゃいけない、それで肩に力が入って、自己弁護のために余裕がなくなって、「庶民」の生活を否定してしまったらだめだよ、ということだ。「人は差別をなくすためだけに生きるのではない」というのは、副題にも選ばれているように、一番言いたいことだろう。
その感覚には、実は僕はとても共感する。本当だ。でも、それと、フェミを対立させたくないと思っている。フェミ理論では、性別をなくすことを目標にしたいると読めるとして伏見氏はフェミを批判する。ここが決定的に違う。本稿はほとんどそれだけを言っている。伏見さんは“言い過ぎ”ている。
伏見さんがここまでいってしまうのは、はっきり言って、伏見さんがジェンダーとジェンダーフリーについては、かなり表層的な理解に陥っているからだと思う。ここで言う「表層的」とは、「私（伊田）のジェンダー概念の整理」の水準を踏まえていないという意味である。たぶん私の本など読んでおられないだろう。みていてもざっとみて、ぬるくて薄い本だと思っているのだろう。私はそれほど「賢く」ないので、短い言葉でピシっと言い切れていない、素人的な日常用語の文章をだらだら書く。なので、洗練された学者的な文が好きな人には評判が悪いと思う。
でもだらだらでも、自分としては、伏見さんの疑問と批判には、すでにほとんど答えていると思う。でも伏見さんには伝わっていない。日本女性学会・ジェンダー研究会編『Ｑ＆Ａ 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―――バックラッシュへの徹底反論』（明石書店）（以下、『Ｑ＆Ａ』本と略す）と拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』、および「『ジェンダー概念の整理』の進展と課題」（イダヒロユキHP掲載、大阪経済大学『人間科学研究』第1号）を、もしちゃんと見ていただければ、伏見さんはこの『欲望問題』という題の本を書かなかっただろう（2章はもちろん、1，3章も）。「差別問題」と対立させたカタチでの「欲望問題」という必要がなくなるからだ。書くとすればフェミ批判ではないような、もっと違ったものになっていただろう。
だが、伏見さんが私の書いたものを読んだかどうかわからないが、伏見さんの立場としては、伊田がすでに答えているとは思っていない。だから本書を「根源的な問いを突きつける」本だ、「命がけで書いた本だ」と自負している。うーん、困ったな、と僕は思う。偶然、この本の書評をという依頼がきたので、この際、少し時間をとってまとめてみようということになった。
まあ、以下、私なりの応答を書いてみたい。
まず２章の表題が「ジェンダーフリーの不可解」だ。バックラッシュ状況がある中で。これをこの様な表現で取り上げるのはある意味、確信犯。 で、スタンスは、「『過激な性教育』、『性を中性化する』、『バックラッシュ』、『完全な誤解』といったレッテルばりや非難しあうこと」はやめて、「ジェンダーレスとジェンダーフリーの線引き」などを「冷静に議論」するのが大事だよと、止揚した第3の道を提唱する立場（ｐ１１５）。バックラッシュもダメだけど、フェミニズム側もダメだよねえというニュアンスが強く出ている。本書2章は、事実上、バックラッシュ派への批判はなく、もっぱらフェミ側への批判となっている。
日本女性学会・ジェンダー研究会編『Ｑ＆Ａ』本を、どうも伏見氏は「バックラッシュ派をすべて誤解とする一部のフェミニズムやジェンダーフリー派」と見ているようだ。つまりジェンダーフリー擁護には回らない。うーん。あらら。この程度の理解で改めてそこまで書かれてもねぇ、という感じだ。
ジェンダーフリー擁護派を選び取った私としては、伏見さんの2章にはいくらでも突っ込みどころがあるが、まあ、「誤解だ」だけでは伝わらないだろうし、伏見さんも実はわかっていることは多い。その上での記述なのだろうから、私もマジメに応答するしかない。多くの人は私の文章をみていないだろうから、適度に以下、書いていく。
ただし、彼が根拠として引用している有名なフェミニストの言説には、確かに一定の問題があり、伏見さんの主張はそこも問題としている（例えば、伏見さんがp176で引用している上野千鶴子氏の「ミソジナスでないゲイという存在を、私は想像することができません。」という発言などはむちゃくちゃであると私は思っている。上野さん批判については拙稿「『ジェンダー概念の整理』の進展と課題」参照）。つまりバックラッシュ的な批判にさらされてそれに反撃／対応する中で、フェミニズム側の主張の曖昧なところが出てしまっているという状況は、やはりあると私は思っている。それが影響して、伏見氏ほどの人でも混乱／誤解している。しかし、だからこそ、私はフェミニズムを平易な言葉でバランスよく説明するという作業を行っており（「『ジェンダー概念の整理』の進展と課題」参照）、ま、それを伝えることをここでも少ししてみたい。
★ ★
まずモテるには、「性愛は男女というジェンダー・イメージをめぐっての欲望」なので、典型的な男、女にならなくてはいけないというような話が最初にある（ｐ７０−７１）。だが、それは単純すぎるまとめ方で、半面でしかない。人を好きになる、欲望する、というのは、単に2種類のオンナ／オトコにだけではない。
私の恋愛論では、恋愛とは、ＮＯ１を選び、その人と一体になり、その人だけを大事にする行為で、そのときの要素を「恋愛の８要素」としている。その「評価項目表」は、人によって違うものの、知的要素、性的要素、なじみ要素（ほっとする要素）、地位達成要素、生活便利要素、恋愛ゲーム要素、支配欲求要素、スピリチュアル要素といった項目から成り立っていると、私はみている。
だから欲望するのは、伏見さんが書くほど単純じゃない。例えば異性愛者であるボクは、女性に欲情するが、女性なら誰でもいいわけじゃない。深津絵里や藤原ノリカはまあ好きだが、飯島直子は嫌いだ。工藤静香にも欲情しない。宮里藍や藤純子や優香や江角マキコや天海祐希や叶姉妹だって、好きな人と好きでない人にわかれるだろう。背が高い女性をセクシャルと思う人もいれば、そうでないと思う人もいる。セクシャルな魅力は1種類だけではないし、外見だけではない。表情、はなし方、動作、考え方、ファッションなども関わる。
僕たちの欲情するシステム、好きになるシステムには、いわゆる化粧品CMが推奨するような典型的なジェンダーに基づいた面があるのはわかる。でも、化粧品・服飾会社によっても傾向の差異はあるし、年齢をとるにしたがって、単純な外見などではなく人を好きになったりもする。男といっても多様ということや男と非男の境目が曖昧であること、男Ａと男Ｂが異なって、その違いに基づいて欲情する場合があること、Ｘという性のあり方に欲情することもあることなどを踏まえる必要がある。したがって、欲情するのは、「男ジェンダーと女ジェンダーの2つ」と大ぐくりでみてしまうことに問題がある。
また自分のなかに「差別的」な感覚があるとしても、それを躊躇なく表出することを抑制する。それはできるだけ限定し抑制すべきだ。それはできることだし、すべきだ。今の差別的な秩序にどのようなスタンスを日常で取るかが、社会を形成していくのだ。タテマエも時には大事だし、本音がいつもいいわけじゃない。ここが大事なところで、居直って、「性愛は結局、ジェンダーバリバリがいいのよ」と、美人、美男子、セクシーの秩序の再生産に加担するのは、間違いだと思う。自分に正直になるというのもよしあしだ。そして実際、僕らは微妙な差異で、まともに人を区別するということもある。恋愛している人が皆、単純に美形を求めているわけではない。
だから僕たちが性愛を追求しても、単純にいつも〈性別二元制〉に加担するとはならない。だから「性愛は差別を元にして成り立っている欲望」（p74）「性愛を生きようとすれば差別を再生産し、差別をなくすためには性愛を断念しなければならない」（ｐ７３）までいうのは、現実から離れた過度の観念的思弁的単純化だ。「どんな男と女かではなく、男と女に分けられていることから発生する快楽」（p130）だとして、その面をとくに重視するのは、偏りすぎている。「人は差別をなくすことのみに生きているわけではない」（p179）というまとめ方は偏りすぎている。
差別とも関わっている面もあるがそうでない面もある。まともなフェミは、その隘路をちゃんと追求している。その意味でまともに〈性別二元制〉（男女２分法）の超克を追及している。「差別をなくす」ということをしているからといって、楽しく生きていないわけではない。昔の伏見さんは、もう少しバランスを考慮して「折衷案」を出していた（ｐ７５−７６）。今、伏見さんはそれは不十分だったと切り捨てるように総括しているが、私は、昔の折衷案のほうが現実的でまともだったと思う。伏見さんが設定した、「性愛をとるか、差別をなくす正義を取るか」の二者択一というまとめ方が間違っている。
「論理的に突き詰めれば・・・」というのは時には必要な作業だが、時には不必要、時には害悪だ。何のためにその作業を行うのか。結局、現実の社会（運動）への影響を考えることが大事だ。そこを忘れた思考や記述は、オネボケだ。いつの間にか、ジェンダーフリーは性愛の根拠をなくす（ジェンダー・カテゴリーをなくす）かのような議論にもっていくのは、大きな枠組み（バランス感覚）を見失っている姿勢といえるのではないか。
例えば、ボクは、性・セクシュアリティを語るときのバランスとして以下のように書いたことがある。
支配的な考え（きれいごと、たてまえ）を相対化するためには、各人が自分の｢偏った｣セクシャリティを語ることがいるのではないかと思います。そうすれば一つの正しい価値観に彩られた性の秩序による抑圧からの自由が増えていくことでしょう｡
そもそも性（エロス）を自信いっぱいに語ることなどできないという感覚が私にはあります｡ヘテロ（異性愛者）である私はどうして、異性である女性に欲情するのでしょう｡しかもある特定の身体や動作や表情などに｡全人格的なコミュニケーションがセックスだというきれいごとがいえればラクですが、その論理で言うなら欲情する相手が特定の男や女に限定されていることが「おかしい」ことになります。
つまり私は生まれる前の時点かそれ以降かはわかりませんが、刷り込まれた欲情のシステムに縛られています｡それは理性的な関係性とは別物です｡性（エロス）の論理とスピリチュアルな関係性の論理とはとりあえずは別のものであり、ただときどき重なることもあるというだけのことのような気がします｡愛のあるセックスもあれば、愛のないセックスも、時には憎悪のセックスもある、多様であるというだけのことなのではないでしょうか。
必要なことは、自分の「正しい性」を語ることや「あるべき性に向かって、今の自分に内面化されたものをすべて捨てること（無理やりの禁止･抑制）」ではなく、まずは優劣なく多様な性を語り合い、認め合い、性の秩序――自然（及び道徳）という名の性と愛とのヘテロ的結合――を相対化するほどの知性をもち、その上で抑圧・人権侵害を減らしていくことでしょう｡
つまり、「答え」でなく、多様性を示し、選択肢を示し、自由を示し、失敗や苦しいことや分からないことや分かっているのにやめられないこともあることを示し、そういうことをひっくるめて性を深く肯定的に語るということが求められている気がします。自分の情けなさや失敗など、そういう「弱さ」を示すことこそが､実は、上下優劣を決める秩序を解体し、権威･権力を否定していくというスピリチュアルな実践、これからの人権教育の核だと思います。そしてその上で、ともに「求めるもの」として、双方が繊細な感受性をもち、相手に敬意と感謝を感じるようなスピリチュアルな関係を作っていくことを追求していければなと思います。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』p111−）
こうした、「迷いながらもバランス」というのが、ボクの至ったところだ、しかし伏見さんは、そうではなく、性愛か差別かと二者択一の単純化した構図にしていく。P73で、まるでフェミ的な主張は、化粧もパーマもフェミニンなスタイル（スカートなど）も全否定で、薄汚い格好をしろといっているかのように書いている。なんと浅はかなフェミ理解かと思う。これは、客観的には、フェミニズムを悪く描いて、反フェミを増やす言動になっている。
もちろん、化粧など「美」をめぐる点で曖昧な意見も矛盾もあるし、十分に解明されていない点もあると思うので、伏見さんの問題提起はわからないでもないが、あまりにバックラッシュ的なものとの自己区別なく、浅い記述をしすぎだ。
例えば私は簡単にだが、フェミの立場からの、ファッション、ダイエット、整形など「美」についての見解を『続・はじめて学ぶジェンダー論』（p121−）ですでに述べている。そこではもちろん化粧などを単純に否定などしない。だって楽しい文化、営みじゃないかと思っている。ファッションをどんどん楽しんだらいい。ただし、差別秩序があるなかで、以下のようなバランス感覚が必要だということだ。
ファッション(化粧)や「美しさ・カッコよさ追求」(話し方、立ち振る舞いなどを含む)というものは、自分の格好・スタイルを自分の好みにする自己表現のアートといえます。それを、自由な立場で選択しているのか、ジェンダーや規範や道徳や他者の期待に囚われて、事実上の強制のなかで行っているのかで、評価は異なります。エンパワメントの上での自己表現なのか、非エンパワメント（とても自分に自信がない状態）の上での、あせった行動なのか。他者（性的指向の対象者、異性）の目を気にするのでなく、自分らしくイキイキと表現しているでしょうか。・・・略・・・
ジェンダー平等、男女共同参画社会、人権擁護社会を構築していこうとする現代において、「人間、特に女性を容姿で判断する」ようなことをなくしていく意識的な動きが必要だと思います。女性は自分が幸せになるために男性に頼る必要も縛られる必要もないのです（「男はときどきいればいい」って感じのシングル単位！）。性差別的な男制に欲望を抱かないフェミニスト女性こそが男制には脅威ですが、そうしたジェンダーフリーでシングル単位的な女性が増えることは希望です。多様な人がそれぞれ、自由になり、自分のからだをそのまま愛することができるようになるフェミ感覚が広がることを、私は願っています。
そういうこととあいまってこそ、各自が自分の好きなスタイル（ファッション、化粧、ダイエット）を追求していくということが真に権利として確立されていくのだと思います。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』ｐ１２３−）
つまりジェンダーフリーとは、皆を中性にすることではない。100人が100通りの好きなファッションをすればいいということだ。人をさまざまな要素で区分することはある。そのとき、過剰にいつも男女２分法を中心化すること（男女性別の特権化）、過剰に典型的なモテ服に合わせようとすることをやめるということだ。男女の分割線は「常に完全廃棄」なのではなく、残るし、残す、なくさない（なくすことなでできない）。だが、その比重を落とす。その他の面、その人らしさに焦点を当てる。そのような別の「分割線」をたくさん入れる。「女性」を１色・１タイプに収斂させようとせず、いろいろな「女性」のあり方ができるようにしていく。画一化、１つのセクシー、１つの性のあり方というものを、もっと幅のあるものにしていく。従来の性秩序を強化するようなことに注意深くなる人を増やす。結果、一人一人の個性に敏感になり、皆がオンリーワンになるからシングル単位感覚。男�，斑豊◆△修梁召琉磴い鯊砂鼎垢襪茲Δ砲靴討い�。その意味での多数派の解体。
現実には、以上の原則で、その場その場で、応用的に対応する（野口氏のような仕分けの原理を考える人がいてもいいが、それが完成しない限り実践的には何もできないというのはまったく間違い。空想的未来SF小説を書きたいなら思考実験もありだが、現実は、適切に人を男女だけでなく多様に見ていこうとする実践は可能だし、すでに実践されている。クオータ制の検討もこれに関わるので、「ジェンダー重視時代の新しい政治」畑山敏夫・平井一臣編『新 実践の政治学』法律文化社 ２００７年４月を参照のこと）。〈性別二元制〉＝ジェンダー規範は、多くの多様な人を2色2種類のファッションにするということだから反対している。その過程で、皆が模索しつつも、適度に実践できている。そこが大事で、「ジェンダーフリーとジェンダーレスの区分が判らない」から何もできなくて立ちすくんでいるわけではまったくない。
以上の説明では、例えば「男女の境界線を残す」といように、ある種“固定的”に書いたが、付け加えておきたいのは、私たちの行為・実践の中で、私はなんらかの私、例えば「シングル単位感覚の男性」「男らしさ追及しない、おしゃれ、明るい性格、性分業反対、異性愛、ボーイッシュ女性好き、セックスにあまり興味なし、非論理的で感情的な男性」などになっていくということだ。行為の前から生物的男性はすべて１種類の男性であるというのではなく、家事を少ししてみる、人の話を聞く、ファッションをカジュアルなものに変えてみる、政治について勉強して考え方が変わる、職業を変える、恋人が変わる、（ゲイであると）カミングアウトする等という行為を（意識的／無意識的に）選び取り、重ねていくうちに、自分というものが変化し続ける。その結果をある瞬間切り取って「男性」というかもしれないが、別の属性・切り口もある。あらかじめ、固定的に男性／女性という主体が行為の前にあり、行為後も不変というわけではない。
従来、家族単位的に生きてきていても、部分的に、２分法ジェンダーを乗り越えるジェンダーフリー的言動をとるということもある。男女２分法ジェンダー意識をもっていても、生活形式として独身、離婚、単親家庭、同棲など非標準になっていることで、意識が変化していくということがある。フェミに触れて影響を受けて、意識的にシングル単位的言動を増やしていくということもある。その結果のある局面のある人を複雑に全体で見れば、単純に、男性か女性かの２種類に分類できるかというと、できない（あえて分類しても意味がない）。男女で分けようとおもえば大方の人はあえて分けられるが、細かく見ればもっと細かい分類になるし、最終的には一人一人違うということ。つまり、男女２分法（男女境界線）は、存在し続けるであろうが、もっと各人の個性が際立つ。「従来の男ならこうしろ」というジェンダー規範からの逸脱も増える。そういう社会はまともだろう。そういうことをフェミは実践している（こういう理解があるから、男性はフェミニストになれない、男性が女のことに口を出すな、などと本質主義的なことをいうのは、私はとても古くて固定的なフェミだと批判する）。
ちなみに、過去、「男性か女性かの２種類」に入らない人には名前がなかった（存在を承認されていなかった）が、いまや、インターセクシャル、トランスジェンダー、FTXのTG、サードジェンダー、トランスヴェスタイトなどと名を持つようになってきている。多様な人が多様な差異を保持したまま承認される社会に近づいている。〈性別二元制〉は永久不変ではない。フェミはそのことを言ってきたし実践してきたのであって、伏見さんやバックラッシュがいうような「中性化」「性別否定」を求めているのではない。
こんな基本の基本に対し、フェミニズムの主張を豊富化する文脈ならわかるが、フェミニズムを見くびるような記述の中でジェンダーフリーを「中性化」「性別否定」だと、バックラッシュ的な言辞で言ってしまう感覚には、ちょっと引いてしまった。伏見さんはどうしたんだろうとやっぱり思う。
性愛を、差別を再生産するようなものにしないためにこそ、フェミは100人100様の性愛に変えていこうとしている。それはもちろん簡単にすぐできるというものでもないが、不可能でもない。事実、伏見氏は、ゲイ男性同性愛において、「ホモっぽくない人」がモテていたが、最近は「いかにもホモっぽい」（イカホモ）がもてるから、性愛も変容すると認めている（p125−128）。ある人のセクシャルファンタジーにおける性的対象は、「男らしい意匠の裏側に女性性のようなものが織り込まれている」という場合もあるのだ。とするなら、伏見さん自身が〈性別二元制〉だけじゃないと認めているのだ。いかにも典型的な「オトコ／オンナ」だけがもてるというのはあまりに大雑把な議論だ。どうしてこんな現実に当てはまらない理屈を伏見さんが言ってしまうことになるのか。伏見さんの個人的な経験の影響もあるのだろうが、それを普遍化してフェミ批判されちゃあ困るというものだ。
★★★
「何のために、そのことを言うのか」。そこがいちばん大事である。
一般論として、自分が幸せで文句がなく、今の社会を変える必要もないというなら、黙っていればいい。少なくとも苦闘しているマイノリティの社会運動の足引っ張りはやめてほしいと思う。
伏見さんの目標は何なのか。伏見さんにとってフェミは遠いものになったのか。
僕は男性だけれども、ボクの理解するフェミ＝ジェンダー平等論＝ジェンダーフリー論は、ボクの解放論、私のリブであった。自分がイキイキと生きるためのフェミだったし、多くの男性や女性が生き生きと生きていけるようになるためのフェミ（いい人間関係にするためのフェミ）だった。だからフェミを高所から批判するような立場はとらない。
伏見さんが、バックラッシュ言説がある中で、あまり注意深く学ぶことなく、ジェンダーフリーを批判するのは、一体何のためなんか。伏見さんにとってのフェミが問われていると思う。
ボクにとって、例えばフェミの提起は、自分の男性性を見直すという意味を持っている。
そのことを次のように書いた。
私は学生のころから男女平等は当たり前だと思うような人間だった。だが、論理で相手に勝つようなこと、堂々としていること、リーダー的であること、輪の中心的であることといったようなことを悪いとは思っていなかった。そうした｢相手に勝とうとする｣ようなこと、ある種の「強さ｣自体が問題なのではないかと徐々に思うようになっていったが、なかなか自分のあり方を変更することはできなかった。得意になって、早口で相手をねじ伏せるようなところがあった。本当にそれが問題だとは、あまりわかっていなかったのである。
しかし、歳をとり、いろいろ経験し、失敗から学び、理論的にも少しずつ考えを進め、ジェンダーの問題をより深くわかっていく中で、「男性的＝暴力的である」ということの反対の生き方をしたい、それが自分の課題だとより明確に思うようになっていった。
ここで「男性的」というのは、もちろん、生物学的な男性がすべてそうだという意味ではなく、男女二分法のなかで男ジェンダーに割り振られた特質としての暴力性という、理念的・構造的な意味である。女性より男性は優位に立つべきだ、負けてはならない、力の論理で生きる、生産的・現実的であることが大事、というような男ジェンダーの見直し。私にとっては、その意味で、男ジェンダーからの離脱、非暴力こそがジェンダーフリーである。
・・・略・・・
「議論する、論争する、競争する、努力する、今の社会で生産性を重視し、がむしゃらに働く」ということがいいことのように思っている人は多い。もちろん、民主主義社会において、意見を言い合い、話し合うことは大事である。だが、私の関心は、そのことのもつマイナス面にある。
というのは、差別や格差や排除にかかわることは、能力主義的な競争や闘いの論理だけでは解決できない場合が多いからである。「機会の平等」だけではダメだということがここにつながっている。負ける人、能力主義的に強くない人は、能力主義の土俵上では不利を被る。その人に、がんばれ、努力しろといっても、勝てないから、どうしようもない。皆が勝てるわけではない。皆が論争できるわけではない。勝てないから｢差別される側｣にいるのだ。能力主義的な勝つ側の秩序があるからこそ、誰かが差別されている。
では、どうしたらいいのか。そのとき、むしろ、「弱さ」の立場に立つからこそ見えてくるものがあるということが突破口になる、と私は思っている。今までの能力主義的秩序にのっとっているだけでは、みえないもの。そこに光を当てることで、｢負けていた人｣が、「勝つのでも負けるのでもない」ような、新たな地平が見えてくる。エンパワメントの思想とはそういうものであった。
私がこの10年ほどスピリチュアリティを組み込む人権論を提唱してきたのは、こうした視角があるからである。「弱さ」をもった人、喪失した人、負けた人、傷ついた人、そういう人がスピリチュアルな領域を感じやすくなる。スピリチュアリティの説明をここで簡単にはできないが、今の社会の表面上では見えにくい、微細な領域であり、つながりの覚醒の感覚であるとひとまずいっておきたい。
必ずしも皆がそうなるわけではないが、勝っている人、うまくいっている人は、今の社会の表層世界の論理に疑問を持ちにくい。それに対し、うまくいかなくなって、ある種の｢危機｣に出会ってこそ、自分の限界の自覚、それまで信じていたものの危うさへの気づき、底が抜けた感覚にいたり、自分の深層心理、生きる意味、大事なもの、いのちのつながり、生かされている歓び、一言で言って〈たましい〉に近づきやすくなる。
実際、喪失した人、負けた人、傷ついた人など、「弱きもの」がぎりぎりの地点から絞り出すように声を出すとき、ある種の大事なもの、〈たましい〉が伝わるという感覚が、私にはある。そういう人が自分の傷に気づき、それを抱えながら他者に関わることで、他者も自分も癒されていく。旧約聖書の中に「その打たれし傷によりて、我らは癒されたり」という救世主のイメージがあるそうだが、思い起こせば、ガンジーもひどく殴られ逮捕される姿を皆に見せることで、多くの人には“何か”が伝わったのだった。その微細な“何か”を伝えていくようなことが、男性ジェンダーから離脱すること、非暴力闘争の鍵なのだと思う。
話を戻そう。私は、自分の男性ジェンダーを見直すという話をしていた。それは、自分の囚われを脱ぎ捨てる実践である。それは具体的には、私のジェンダーフリー的な解放の一つのスタイルは、私が“傷つきやすく”なることである、という逆説的なことであった。そう、私は、弱くなりつつあり、負けつつあり、元気いっぱいでなくなりつつある。社会的な勝ち組、エリート、生産的ではなくなりつつある。それは表層世界においては、傍目には、マイナスであろう。が、私の人生プロセスにおいては、それは“成長”である。まだまだ囚われは多いが、徐々に、その方向に自分を移動させつつある。
それは、自分を他者、世界とつなげていくという自己の意識の拡張のプロセスでもある。自分が不十分な存在であって、その不十分な自分を受容できてこそ、不十分な他者をも受容できる。不十分な自分もまた、〈たましい〉の存在であり、つながっており、存在意義があると思えてこそ、人権論は深みを増したものになっていくだろう。私は“つながっている”からこそ、私ができることをすることで、世界をピースにする一部を担える。
相手から学ぼうとか、妥協点をみつけようとするのではなく、相手に勝つ、相手を痛めつけるという視点で挑発し、論争的に話し、相手を否定する。相手の話をあまり聞かず、自分のほうが話の主導権を握ろうとし、相手の発言をさえぎって自分の話をしていこうとする(田原総一郎的な姿勢)。賢しらに、自分が論理的だという態度をとり、相手の｢バカさ｣を嘲笑する。
私は、そうしたものを嫌悪する。恥ずかしい生き方だと思う。だが、そうした｢強者のあり方｣こそ、男性ジェンダーであったのではなかったか。私もそれと無縁ではない。 ・・以下略・・・
（拙稿「攻撃的であることを見直す」ジェンダー・学び・プロジェクト編集『ジェンダーの視点から社会を見る』解放出版社、２００６年１０月）
つまり、私は、ジェンダーフリーをこのように積極的に理解して自分の生き方に取り入れている。伏見さんは、本書でジェンダーフリーを批判している。そのとき、フェミの中でのまともなジェンダーフリーの使い方をちゃんと視野に入れているのか。上野千鶴子氏など一部学者のはなしばかり引用していて、そこにジェンダーフリーを運動に使っている生活現場の匂いが見えてこないのはなぜか。
「ジェンダーレスとジェンダーフリーの線引き」、「性別消去かどうか」などを云々することの、現実的な足場が見えない。どっちもどっちといいながら、バックラッシュ派の土俵にえらく取り込まれているではないか。私は、2章を読みながらそう思わずにはいられなかった。
P77からの「『中性化』は誤解なのか」の節以降では、「ジェンダーフリーが性差否定だというのが誤解だとは単純にはいえない」としたうえで、結局フェミ＝ジェンダーフリーの主張は、中性化、性別消去（ジェンダーレス）ともいえるといっている（p110あたりでも）。昨今のバックラッシュのなかでのジェンダーフリーの議論が、実はフェミの主張の欠陥を反映しているので、ジェンダーフリー擁護派の議論は単純だと批判して、ジェンダーフリーについての議論（難問？）をいろいろ展開しているという構図になっている。
私が指摘したいのは、伏見氏がどこを向いた議論かが自分でも明確になっておらずに混乱しているという点である。男女混合名簿が、実践的には、先生自体が自分のジェンダーの無意識を自覚し、生徒たちもそこから考えているという事実、混合名簿でもちゃんと現場が回るという事実から、意図的にバックラッシュの立場に立たないなら、混合名簿を否定する必要はまったくない。
また「男性は君、女性はさん呼び」の見直し（p110）も、ちゃんと現場教師のまともな報告からから学べば、積極的試みだとわかる。先生自体が自分のジェンダーの無意識を自覚し、自分がえらそうになっていたこと、「さん」と呼ぶことでていねい／対等になることなど、しばしば示されている。私の理解では、呼び方には大きな意味がある。シングル単位論の私としては、「さん」呼びから入りつつ、将来的発展的には、各人の呼び方を個々人皆と話し合い、対等で親密で多様な呼び方が追求されていけばいい。100人100様ということの意味だ。だからまず、男女２分法を壊しつつ、公平・多様性を追求する過渡期の具体的試みとして、「さん」呼び化はある。
だから現場から豊かに学べば、ジェンダーフリー教育の実践を否定する必要はない。バックラッシュ派はなにも知らずに、あるいは意図的にその積極性を隠蔽し、悪行だと言い立てる。で、伏見さんの記述は、このジェンダーフリー教育の「呼び方、名簿」についてどちらかというと、「ジェンダーフリー＝性別消去中性化」の表れとしてバックラッシュ的になってしまっている。女性の教師がスカートをはくのもいけないのか、男性の教師が男言葉を使うのもダメなのかなどと低レベルのことを言う（p110）。残念だ。
ジェンダーフリー教育は何も「女性、男性」という自己認識を全否定などしない。引用しているフェミニストの言葉尻から「性別解体」と無理に引き出すのは、やりすぎだ。上野氏など有名フェミニストの記述のなかに、現実的なおとしどころとしての曖昧な点があるのは私も認める。だから私は私なりのフェミを展開しているが、伏見氏は、結局、フェミニズム＝ジェンダーフリー＝性別解体＝中性化と導き、それを批判している。強引過ぎる結論、といえよう。何のためにこの「強引さ」を伏見氏は選んでしまったのか。無意識の彼の意図と、客観的な影響への責任が問われる。
「性の非対象性をなくす」等の文言を悪く取ればそれなりの批判はできるが、悪くとらずに現実と結び付ければなんら問題のない表現である。
伏見氏の混乱、強引な議論の根底には、ジェンダー概念の理解が不十分という問題がやはり横たわっているとおもう。
伏見氏が結局言いたいのは、「既存の性愛を全否定し、ジェンダーによらないセクシュアリティのほうがいいとするのならば、それは多くの人々にとってどうでしょう」（ｐ８７）「理想状態として、性の非対象性、性差ひいては性別解体をも理念的に追求している」（ｐ９０）という『フェミ批判』である。これを言いたいがためページをかなりさいている。
彼のこの問題設定について、私なりに答えよう。
まず「既存の性愛を全否定し、ジェンダーによらないセクシュアリティのほうがいいとする」というまとめ方が極論であり、フェミに対して不公平で不当なまとめ方である。「既存の性愛を全否定」などしていない。「ジェンダーによらないセクシュアリティのほうがいい」というのは、場合による。セクシュアリティとジェンダーは絡まっている。私たちのジェンダーもセクシュアリティも自分の意思では簡単には変えられない。変えられる部分もあるが、変えられない部分もある。
ジェンダーの意味には、性差別につながるような規範や権力関係の意味がある。差別につながるような自分の中の意識については、変えられる部分は変え、変えられない部分でも、個人的な頭の中にできるだけとどめればいい。居直って公表して、それでいいじゃないかと、既存の〈性貧困秩序〉（後述）を強化することに加担しないようにすればいい。
このスタンスは、現実を知っていれば当然である。伏見氏のように難問だと悩まなくてもよいと思うのだが。例えばDV関係はダメである。しかし私たちの恋愛感情には、DVにつながるようなジェンダー、セクシュアリティがかなり絡まっており、まったくDV的要素のない恋愛はとてもまれ（希少）だろう。でもDVを学び、できるだけDV的にならないように努力する。ジェンダーフリー的な自分になるように、していく。
ジェンダーには権力的な関係や抑圧的規範の意味のときがある。だからジェンダーフリーとは、そうした抑圧的なジェンダーから離れて生きていこうとする姿勢であったり、考え方であったり、制度設計であったりする。ジェンダーフリーは、時にはめざすべき方向性である。そういう使い方があるから、ジェンダーフリーを言うからといって、「男女性別をなくす＝性愛でも男女をなくす」などといっているのではない。そんな極論への誘導は、批判のための間違った誘導である。
そもそも、ジェンダーには、「� �単なる性別としてのジェンダー、�◆Ъ匆馘�性別・性質としてのジェンダー（価値中立的なもの、性のアイデンティティも含む）」の意味もある。そのときのジェンダーをなくして、中性化にする、人間から男女の区別全部をなくしていく、などということを私のフェミ（日本での多くのまともなフェミ）は一度も主張していない。
しかし、ジェンダーの意味の「�５�範および参照枠組みとしてのジェンダー、�ぁ�「性に関わる差別／被差別関係、権力関係・支配関係を示す概念としてのジェンダー」という意味の使用方法もある。そのようなジェンダーはできるだけなくしていこうとしている。これをジェンダーフリーという。そこを混同してバックラッシュ派は、ジェンダーフリーを�´⊆�体の否定と宣伝している。伏見さんは、私のジェンダーのまとめをご存じないがゆえに、結果的にバックラッシュ派と同じようなことをいってしまっているのだ。
そもそも、フェミニズムがジェンダーという概念を打ち立てたのは、中性化をめざしてのことではなく、「そうした性に関わる差別・支配関係・規範的抑圧を解消する」ことを目指してだった。そこをわかっていれば、バックラッシュ派とフェミ側のジェンダーフリーの議論の渦中にあって、「性愛の否定になるか」の問題と絡めるのは、問題設定自体が“混乱”しているといわれても仕方ないのではないか。
先ずジェンダーフリーの議論については、私や日本女性学会・ジェンダー研究会編『Ｑ＆Ａ』本のように適切にまとめた上で、つまりフェミ（ジェンダーフリー）擁護にまわった上で、フェミの主張全体の中で、性愛の豊かなあり方をともに探るという姿勢が必要だろう。
フェミ擁護の立場にたちつつ、性愛の豊かな将来像を考えるのは必要だと私も思っている。だから私は、不十分ながら『シングル単位の恋愛・家族論−ジェンダー・フリーな関係へ』（世界思想社1998年）を書き、その後、それをかなり修正発展させて、講義や講演で紹介している。近著でも結婚論の本（たぶん今年の夏ごろ、新書で発売される）において、それを展開している。
男女の区分全体がなくなることはないだろう。大きく分けるということの有用性、文化という重みや豊かさ、身体の規定性などがあるからだ。でももっとシングル単位的に多様性を尊重していく感覚が広がっていくだろう。ジェンダーフリーとはその方向性だ。具体化は、各論でいろいろ今後展開されていくだろう。今は過渡期だ。オトコのボクは、女性に性欲を持つが、女性の中にも差異を見出すし、狭義性欲だけではなく広い意味での「好き」という欲求をもつ。性愛は広くて複雑な感情だ。セックスしない豊かな関係もある。異性愛のボクにも、男性を好ましく思う気持ちや、かっこいいな、ステキだな、セクシーだなと思う気持ちもある。「男女２分法」〈性別二元制〉を壊していく実践は、ボクにもできるし、他の人にもできるし、現実の世界でなされている。私たちは、その生き方によって、性のマイノリティの生き方になり、性の秩序を揺るがす実践をしていくことになる（私の「性の多様性の表」を参照のこと。拙稿「『ジェンダー概念の整理』の進展と課題」添付）。
フェミはそのようなことを目指していろいろ試みている。でもそれは、性別を完全になくし、皆を1色の中性にし、性愛行為ができなくなることではない。フェミは「女性の解放に求めるものを男性にも求める」のであり、「女性」「男性」の枠を超え、あらゆる人がジェンダー平等になっていくことを求めている。それは男女性別をなくす中性化ではないが、ジェンダーフリーではある。僕や伏見さんに求められているのは、フェミを浅く批判することでなく、フェミがみんなにとって魅力的なものとなるように発展させることである。
伏見さん、こんな「現実的には明白なバランス感覚」を失ったような、抽象的極論を「ラジカルな問題提起」というのは、すこしバランスを失っているのではないですか。私はそういいたい。
★★★
なお、2006年に出された「東京国分寺市の上野氏講師はずし事件」に対しての「抗議声明」がp92に引用されており、それに伏見さんは文句を言っている。
この「抗議声明」は若桑みどりさんが最初に起草し、時間がないなか、ML上で少しやり取りされてできあがったものである。はっきり言って、私にも不満はあるし、他のフェミニストも疑問を呈していた。でも時間がない中、妥協の産物で、結局、少し意見を踏まえて、若桑さんがまとめ、他の人も、とにかく抗議声明を出すのが必要だから、細かい差異には目をつぶって賛成したものだ。短い文書で、みなの意見をすべて入れることはできない。各人のジェンダー理解にも差異があった。でも抗議を示す必要があった。その産物に過ぎない。
私も、最初の起草文ではあまりに問題が多いとおもったので、少し意見を出し、それが少し反映されて修正の声明になった覚えがある。最初、「女らしさ」「男らしさ」ということ自体に問題はないというようなニュアンスがあったので、それだけにならないように「ジェンダー」の説明として「性別に関わる差別と権力関係」という文言を入れるようにした。
つまり、若桑さんがいいたいのは、伊田の定義�△琉嫐�でのジェンダーの否定や解消ではないということであったが、他方、「女らしさ」「男らしさ」が「伊田���ぁ廚砲覆襪海箸發△襪里法△修海悗量槐曚蠅�なかったので、それもあるよといれて、一応間違いではないようにしたのだ。
そういうことがわかっていれば、つまりジェンダーには、文脈によって� 銑い琉嫐�があることがわかれば、この「抗議声明」も理解できる。
抗議声明に「したがってそれは、「女らしさ」「男らしさ」という個人の性格や人格にまで介入するものではない」と書いてあり、これがわからないというが、伊田�△琉嫐�で言っているとわかれば、これも受け入れられる。
その前のジェンダーフリーの説明が、ジェンダーの意味の���い�らの離脱だと説明していることも間違いではない。
だからこの声明の文章は短くて説明不足ではあるが、間違いではない。伏見さんが「わからない」「矛盾している」と批判し文句をいうのは、あくまで「ジェンダーフリー＝性別解消」と読み込みたいので、混乱しているだけである。つまりここでの伏見さんの議論は、私の提起するジェンダー概念整理がわかっていれば必要ないものであった。
同じ意味で、フェミは「個人的なことは政治的である」として「内面に介入」するものだから、この「抗議声明」の「人格などの内面に介入しない」というのがおかしいという（p94）のも、不必要な議論になる。ジェンダー平等運動は、生き方・意識変革（啓発・教育）に関わるのだから、当然文脈によっては内面を問題とする。そのことはまったく問題がないし、また「抗議声明」の文言もそれと対立矛盾しない。
また伏見氏は、p94とp96で上野千鶴子氏の言説に触れ、上野氏の主張「ジェンダーフリーを使わない」ということと、事実上、上野氏の主張が「ジェンダーフリー＝性別否定」のようになっているということの矛盾を問題にしている。だが、私から言わせれば、上野氏がジェンダーフリー批判をすることが間違いであり（拙稿、「『ジェンダー概念の整理』の進展と課題」参照）、上野氏の主張全体はフェミの立場として積極的で、だから上野氏をジェンダーフリーと一体としてみればいいということである。その上で、まともなジェンダーフリーを理解していれば、伏見氏のようなこだわりは必要なくなるということである。
★ ★ ★
伏見氏は、今のジェンダーフリーをめぐる議論・対立を、先に見たように、どっちもどっちと切り捨てていたが、p96でも「ジェンダーフリーをめぐる議論の本質は、性の非対称性自体をいかに考えるのか、性差、性別を解体することが目標なのか、あるいは、何をどこまで平準化すべきなのかといったところにある」としている。P97では「保守対革新、弱者対体制といったありがちな対立図式の中に落とし込んでしまうのは、問題を本質からそらしてしまうことにしかならないと思います」といっている。
これは、まったく間違いである。これは自分の関心にひきつけすぎて、全体をみずに矮小化している。また背景には、今の日本社会をどう見るか、それにどう向かうかの立場性に関わっている。客観的には、性教育批判もジェンダーフリー批判も一体となって、バックラッシュ勢力が、憲法を変えたい、左翼を潰したい、拉致・北朝鮮問題をダシにミリタリズム、ナショナリズムを進めたいという動きとしてある（『Q＆A』参照）。そこを見ないで、そういう見方は「ありがちな対立図式」だと切り捨てるのは、中立を気取る学者がよくとる立場だ。「ありがちな対立図式」というような冷たい言い方をするのは運動しているものたちに失礼である。わかったように、フェミニズム勢力を「単純なジェンダーフリー派」のように位置づけ、自分たちはもっと本質的なものが見えているというスタンスは、無責任過ぎるように思える（私は、現実を１ミリも変えず、自分は高い地位に安住している、存在価値のない愚かな学者をたくさん知っている）。
バックラッシュ派の人々は、伏見さんが言うような「ジェンダーフリーとジェンダーレスの線引き」の冷静な議論を望んでなどいない。聞く耳を持たない。そうした状況が見えずに第３者的に冷静な議論をというのは、学者的過ぎる。もちろん悪い意味での。
そうした感覚で、野口勝三氏の議論を持ち出して、ジェンダーフリーが「誤解や問題を生じている」とp94−９５で述べているが、野口氏の意見は、私から見れば、今のジェンダーフリー論争の現実的本質を見失った抽象論だと思える。
「性別に基づく不合理な差別＝性差別というが、何が不合理かの基準の明確化がいる」（ｐ９５）「合理と不合理を分ける根拠が不明確」「議論が不徹底」「雰囲気に流されてさまざまな実践や主張がなされて混乱を引き起こしている」「ジェンダーフリーの名の下に、新たな男女の規範が行政や公教育によって強制されることに関して、強く批判を加える」（ｐ１１３−４）というような野口氏の意見を伏見氏は持ち出しているが、それは文脈としては、「フェミ＝ジェンダーフリー派は、そこを明示していないので、主観的な、間違った、幼稚な意見だ」と批判しているということである。私は、野口氏に、「よく知りもしないで見下さないでください」と文句を言いたい。
哲学とか論理学とか倫理学とか、まあ、議論すれば、正義とか公平とか差別とか権利とか人権とか平和とか、非暴力とか、いろいろ議論はできるし、意見は分かれている。普遍的な福祉政策とそれを支える正義の理論とは何か、多文化政策とそれを支える多文化主義の理論とは何か、その両者の関係、すなわち個人の権利（あるいは一般の権利）と集団の権利（あるいはマイノリティの権利）との関係をどうとらえるかなどいくらでも議論できる。「障害者の権利条約」において、「合理的配慮が求められる」となったが、何が合理的かはいくらでも議論できる。フェミニズムにおける家父長制の理論やマルクス主義の階級理論などが、十分普遍性を持っているとは言いがたいのも事実だろう。
大事なことは、無限に議論を続けることでなく、現実の制度政策というおとしどころと調和させながら理論も精緻化することである。伝統的理論装置にいろいろ問題／限界があるとわかってきたとき、それを発展的に継承し、豊富化することが必要だ。当時の時代の中での豊かさを知りもせず、わかったように切り捨てるのはよくある姿勢だが。
理屈をこねれば、「兄弟よ、吾々の祖先は自由、平等の渇迎者であり、實行者であった。陋劣なる階級政策の犠牲者であり、男らしき産業的殉教者であったのだ。」などという「水平者宣言」もいろいろ突っ込めるだろう。だがインテリ学者さんが、まともに関わる意義があるとすれば、足引っ張りでなく、その足りないところを補い、文脈の後に隠れたもの読み込み、その積極性を膨らますような作業をするときだろう。「嫌韓流」を書いた山野車輪氏も、理屈をこねる。理屈をこねる程度には頭脳がある。問題は、頭脳をどの方向で使うかだ。
さて、野口氏がどうなのか。少なくとも伏見氏は、野口氏の議論をうけて、えらくジェンダーフリーの未熟さ批判のように使っている。
P95ではバックラッシュ派の「世界日報」の上野氏の理解は間違っていないと引用するが、バックラッシュ派は「ジェンダーフリーという用語は使わないという政府」とフェミ（ジェンダーフリー擁護派）を対立させているだけだ。私は政府の定義と姿勢が間違っているとおもっているし、ジェンダーの定義に「差別や権力関係」が含まれているのは当然だと思っている。だからこんなジェンダーを間違って理解している「世界日報」をここで引用する必要はまったくないと思う。だが伏見氏はこれを批判もなく持ち出し、結局、（伏見氏の主観はともかく、）伏見氏の主張が「世界日報」の主張と近いものであるかのような使い方をしてしまっている。
伏見氏は、抽象理論と生活の場でとのギャップを問題にする（ｐ９７）が、家事を男性もするとか、男女平等賃金の運動をするとか、生活の場でそれを適切に使っているのがフェミである。伏見氏は、ただ性愛の場での「もてる」こととジェンダー論の〈性別二元制〉批判とがつながらないといっているだけだ。
子育てにおいても、現実は、適度にバランスよく実践がなされている。子どもに「男らしさ、女らしさ」をあまりいわないように、多くのフェミ的な人が子育てや教育をしている。その子らしさを伸ばそうとするし、男だから／女だからとつい思い込む子どもに、そうではないよと伝えていく。男の子でも家事をするようにしていく。学校でも女子にリーダーをやらせたり、男女一緒に協力させたりする。しかし実際は当然、社会の影響もあり、多くの子どもはジェンダー２分法を程度の差はあれ内面化していく。その中で、必ずしもそうでないよという情報が入って、各人が悩みながら複雑に成長していく。結果、男女平等意識の程度が高い人になっていく。シングル単位感覚が増える。誰も完全中性に育ててなんかいない。ジェンダーフリーということを服装も話し方も何もかもまったく中性にしようと思ってやっているひとなどどこにいるのか。伏見さんは、現実実践から離れすぎている。観念的になっている。そのなかでジェンダーフリーを批判している。バランスが悪くなっている。
P99では、こうした単純化／観念論がすすんで、「差別をなくすことが何よりの目的なのか」という問いにして、そうでないから「性の非対象性の解消を言うフェミ」は間違っているとする。つまりフェミを生活から切り離し、差別闘争至上主義のものに描いている。これは偏った記述だ。
P100では、橋爪大三郎氏の言葉を肯定的賛同的に引用している。しかし私から見れば、橋爪氏自体がジェンダー平等を理解していない。名のにそれを用いて、伏見氏は橋爪氏と同じ無理解になっている。
例えば橋爪氏は「今、男性／女性という伝統的なやり方で、それなりにうまくいっているのに、これをすべてなくして一から始めよういうことになると、そこから利益もあるのでしょうが、当面ものすごいコストがかかる」という。ここには彼の無理解がよく出ている。
第一に、「男性／女性という伝統的なやり方で、それなりにうまくいっている」とみるのは、橋爪氏の立場・世界観であって、普遍的真実ではない。フェミニストはまさにその認識において、橋爪氏と立場を異にする。「それなりにうまくいっている」とは思っていない。するとコストとベネフィットの天秤もかなり変わってくる。伏見氏は、「男性／女性という伝統的なやり方で、それなりにうまくいっている」という橋爪氏と同じような認識をもっているのだろうか。
第二に、フェミニストは、「これ（男女区分）をすべてなくして一から始めよう」などといっていない。ここが、ジェンダーフリー理解のまったく無理解の典型のところである（内容は繰り返しになるので略）。どうして伏見氏はこの程度の橋爪氏の言葉を引用するのか。それは同じような認識になっているからとしか思えない。
次に、野口氏の「性別に基づくゲームが存在してはならないという超越的な根拠は存在しない」「差別をなくすために性別自体を解消する、のような一種のユートピア的絶対平等の考え方は、・・・その実現は強大な権力というものを前提条件としますから、そうした権力の行使に万人の同意が取れるはずがないんです」（p100−101）という言葉を紹介しているが、このまとめ方自体が間違いである。思うに、伏見氏の今回の本『欲望問題』の基本コンセプトはこの野口氏の考え方そっくりだ。つまり、野口氏の影響を多大に受けて伏見氏はこのような本を書くことになったのだろう。
「性別に基づくゲームが存在してはならないという超越的な根拠は存在しない」ということは、まるでフェミニストがそういう超越的主張をしているといわんがばかりではないか。そんな単純なことを言っていないのに、そう見えるのは、野口氏自身が社会運動の感覚を持ち合わせていないからである。及び、フェミの豊かさやこれまでの運動実績を知らないからである。
フェミは「差別をなくすために性別自体を解消する」とも言っていないのに、そうまとめている。フェミの主張を実現するには、ポルポト政権のような強大な権力がいるというように見てしまう（そんなことをフェミは言っていない）のは、悪意に満ちた把握というしかない。フェミの主張だと「生活から面白さとか楽しさ，艶っぽさというものを一切排除」しなければならなくなる（p101）、「快はほとんどジェンダー・カテゴリーを基盤」としているから、ジェンダーフリーになると「生きていることの楽しみが相当奪われて、モノクロの世界になる」（ｐ１０２）、というのも、間違っている。これでは俗流のフェミ理解、バックラッシュ言説と紙一重ではないか。私の講演でもおじいさんが、「男女平等だと楽しさがなくなるのでは」と質問されたことがある。だからわかりやすく説明しているが、それはジェンダー／フェミについての、イロハのイだ。伏見さんともあろう人が言うこととは思えない。
何か大事な記憶を消失したのか。伏見さん、どうしちゃったの、とやはり思う。少なくとも、本稿の全体を見てもらえば、このようなまとめ方をすることの偏りが自覚されるはずである。この本を書いたときには、それが見えなくなっていたのだろう。ぜひ、伏見さんが以前のようにバランスよく記述されることを望む。
恋愛は楽しい。これからも続くだろう。ただし、ジェンダーフリー感覚が広がるほど、多様性に基づく感情になっていくだろう。「尽くす女／従順な女」が好きな男（異性愛）がこれまで多かったが、ジェンダー平等教育が広がれば、そうではない女性を好きになっていく人が増えるだろう。美人がいいという「ホンネ」もあるだろうが、美人といってもいろいろだし、美人がいい、美人だからいいとあからさまに言うような人が減るだろう。まわりの人も美人かどうかで躊躇なく褒めたりけなしたりすることが減るだろう。現実はすでに微妙な変革を積み重ねている。ゼロか100かというような記述に無理にして、フェミの主張だと快楽がなくなるなどと極論をいう（それを「欲望問題」だという）のは、現実のバランスを見失って書いているとしか思えない。伏見氏の最初の論理図式、すなわち〈性別二元制〉ということ自体の理解が、ゼロか100程度で浅かったということなのかもしれない。
（ジェンダーフリーとジェンダーレスの線引きをしないままの）「なんとなくの性差別反対論では、現在叫ばれている『性教育批判、ジェンダーフリー批判』のような、性別そのものを否定しているのではないか、という疑念から生じている反発に、根本的に答えることができない」（p115）というのが、結局、伏見さんの2章の結論である。
だが、このような認識自体がまったくジェンダーフリーをわかっていないということだ。日本女性学会・ジェンダー研究会編『Ｑ＆Ａ』本を読んだのだろうか。あれでは答えていないと思うのだろうが、私はそうでないと反論できる。バックラッシュは、「性別そのものを否定しているのではないか、という疑念から生じている」のではない。フェミが言っていることは、「なんとなくの性差別反対論」などではない。
伏見さんは、フェミを、自分たちの感性の押し付け（差別だ、権力関係だという決め付け、ノーをいうだけ）のようにまで言ってしまっている（P116）。
伏見さんは、知らぬ間にバックラッシュ派と同じようなことを言っている。
★ ★
以下、同じようなことが繰り返されるので、そういうところは省略する。小浜逸郎氏など、もともとから反フェミニズムの人を引用（p111）するのにも首を傾げたくなる。
次に、ジェンダー論は、社会構築主義の立場の理論だ。で、「社会的に構成・構築されたものだから、それはよくない、なくすべきだ」、とはいっていないのに、伏見氏はまるでそういっているかのように問題を立てて検討する（ｐ１０４−）。これもフェミへの理解のバランスの悪さが出ている。
しばしば引用される野口氏の意見のうち、「ジェンダーフリーの名の下に、新たな男女の規範が行政や公教育によって強制されることに関して、強く批判を加える」（ｐ１１４）というのは、野口氏の立場をよく示している。感覚として、フェミニズムに共感するより、国・行政などによって規範が押し付けられるのが危ない、というようなところに実感を持っているのだ。だがこれは、バックラッシュ言説と近い。実際は、ジェンダーフリーが行政や公教育によって強制されているのどではまったくない。現場を知らないのだ。ジェンダーフリー感覚は洗脳できるような類ではない。私がジェンダー平等教育をしているからよくわかる。本当に、一人一人の生き方と結びあわせて、考えてもらおうと苦闘しているのだ。でも多くは、メディアや親や社会的雰囲気、慣習、制度などによって、ジェンダーの再生産、カップル単位の再生産がなされている。行政や公教育はまったく、ジェンダー平等に熱心ではない。表面的啓発だけだ。野口氏の危惧感覚にはリアリティがまったくない。暴力ポルノの規制議論で、「表現の自由を制限するな」というよくある意見程度だ。
★★
伏見氏は、日常での性愛に充実を感じている人たちの目で見たとき、男女関係は必ずしも支配と被支配の関係ではない、現実は必ずしも一つではない（p119）、「〈性別二元制〉の批判はある面の男女関係を全体に敷衍した乱暴な見解だった」（p121）などということが、あたかも従来の差別理論の欠陥をいいあてている大きな発見のように言っているが、私からみれば、こうした記述一つ一つが、すべて伏見さんの過去の単純化の問題なんじゃないの、という気になる。
私の理解するフェミでは、男女関係のある側面が支配と被支配の関係ではないのは当然である。すべてが支配と被支配だなんていうのは、マッキノンとドウォーキンといった一部のフェミニストの主張の悪い面だけを言うレベルのフェミで、私にとっては間違っているものである。
で、普通の人が、支配関係だといわれてもぴんと来ないのはよくあることだが、ジェンダーについていろいろわかってくれば、自分でも気づいていなかった支配関係、抑圧、無理、などが見えてくることがある。単純に、価値観の違いと切断するものではない。伏見さんは、差別を解消したいという理想と、性愛を楽しみたいという気持ちと、性別役割（ジェンダー）に充実を感じているということを、並立させ、それぞれ「欲望」に過ぎない、優劣はないとしている（p120）。これは、マグロが好きか、サンマが好きかといったような、平面的切断的な分類にしてしまっているということだ。
でもそうか。多様な価値観があってもいいが、フェミニストが、多くの人に、隠された権力関係を暴いていくという試みをするとき、それは、サンマからマグロに好みを変えろと強制しているわけではない。無意識のうちにジェンダーを前提にし、「不利や抑圧」を「不利や抑圧」とも思わずにあきらめていたような場合に、あきらめる必要はないんだよ、怒ってもいいんだよ、とエンパワメントするのがフェミだ。
だが伏見さんの記述では、そうしたフェミの魅力が消されて、まるである人の「特定宗教」のような思いを正義の名の下に押し付ける（洗脳）ようなものに描かれている。全体主義や共産主義の失敗を例に、フェミは人間を幸福にしないというように言う（p121）。それはフェアな姿勢ではない。
伏見さんの議論は、結局、野口氏の議論にひきづられて、フェミの主張に賛同する人が増えないからダメだ、単なる思い込みだ（p120）というだけだ。男女の区別をなくそうという主張には共感が広がっていないということをもって、事実上、フェミニスト批判をしているのである。
伏見さんは対案のようなものとして、倫理的な批判でなく、こっちの水が甘いよと楽しさが伝わるように訴えていこう、生活で快のある関係をつくっていくのがよい（p122）などといっているが、もちろんそれはそうだと私は思う。それは別にフェミがやっていないことではないのではないか。どんな社会運動もそういう方向を模索している。その実行は簡単ではないが、それはフェミも模索している。伏見氏がフェミにはそういうものがないように描くこと自体が偏っている。フェミを応援してよと思う。
ボクがフェミ擁護に回るのは、日本の反フェミ状況を踏まえてのことである。例えば、すばらしいフェミ映画『スタンドアップ』（ニキ・カーロ監督2005年／アメリカ）の日本語パンフレットに、「この映画はセクハラや男女平等を謳うものではない」などと書いている人がいる。日本では、闘うこと、フェミであること、男女平等とか言うことがとても、ダサくて、ダメなことのようで、そうではない映画ですよという面ばかりが強調されるのだ。だから映画の宣伝でも、フェミの側面がかき消されていた。ダサくて古くて恐ろしくて、男から嫌われる、フェミニストではないよという「言い訳」が大好きな人たちばかりなのだ。伏見さんは、そういう状況を考えて、もう少し配慮して書くべきだったのではないか。
結局、伏見さんの問題提起の核心は、性愛的に楽しく生きたいということで、それには僕もまったく賛成だ。怖い顔して運動だ、糾弾だ、差別だと叫んでいて、自分の私生活に彩がないようになったらだめだと僕も思う。でも、それを言いたいがために、いろいろ理屈をつけてこんなにたくさんフェミ批判しなくてもいいジャンと思った。フェミ＝差別糾弾の怖い人というような構図にするのがおかしい。現実を見れば、フェミは性別を完全になくして人間を中性化することを目指している、などと言えるわけがない。そのように見えるというのは、現実を知らずに、悪意を持ってフェミを読んでいるといえる。伏見さんが挙げておられる人たちをみると有名なもの書き・学者さんたちだ。フェミを知らない人が言うならともかく、フェミをよく知っているはずの人が、こんな「初歩的」なことをいうから、私も細かく反論した。
理論より生活感覚というなら、僕はあえて伏見さんに言いたい。「つまらぬ本を読みすぎだよ」と。つまり、もっと運動や生活のバランスある面に眼を向ければ、引用された本の抽象的な文言の数々に過剰に振り回されないと思う。本なんて読まずに、楽しく生活して、適度の社会運動を大切にすれば、「差別問題」否定にはならないんじゃないかな。
「第3章 アイデンティティからの自由 アイデンティティへの自由」について
3章は、アイデンティティ、共同性についてだ。
まず、ある集団、及び自分のアイデンティティとして、差別されているとき、そうしたカテゴリー化自体をなくせば差別がなくなるというのは、大きな方向性として反・差別論である。多数派が共同性＝普遍性を標榜するとき、その共同性に拒否を示すことも大事だ。そうしたことを脱共同性、脱アイデンティティ、脱カテゴリーといってもいいだろう。
で、伏見さんは、3章で、過去の運動ではそうした脱共同性のようなことを言ってきたが、共同性（アイデンティティ、カテゴリー）も大事なんじゃないの、と迷い、過去の運動を批判するというようになっている。
これは、私がシングル単位論を提唱するとき、すでに整理している問題に近いと思う。つまり、男性、女性というような規範的抑圧的ジェンダー（イダの定義���ぁ砲�ら離脱しようとする個人を私は「シングル」と呼んだ。多数派による画一化に抵抗する、主体としての「個」のことだ。そうした個人は、以前の差別秩序の中の位置、抑圧的な集団カテゴリーを必要としないだろう。そうしたものから離脱する自由人だからだ。だが、一挙に皆が秩序から離脱して、ジェンダーフリー的な「個」的主体になるわけではない。
実際は、秩序自体を揺るがすことが大事だ。社会の上下（差別）秩序があるとき、下位に配置されている集団、カテゴリー（社会的マイノリティ）は、そのマイノリティのアイデンティティを尊重して、多数派に抵抗することには、差別秩序を揺るがすという意味で、積極性があると見る。つまり、そのとき、マイノリティ・カテゴリーに基礎を置く運動において、単なるマイナスのカテゴリーではなく、積極的なカテゴリー、積極的なアイデンティティとなる。
ただし、ときには、ある共同性（共同体集団）が、そのなかの個人の差異を尊重しないこともあるので、マイノリティの集団としてのカテゴリーを尊重しつつ、さらにそのなかの個人の差異も尊重することが大事だ（シングル単位感覚＝多様性感覚）。そしてその結果、第2段階として秩序に基づくカテゴリーなどが徐々に無意味化していく。そうした方向を求めていく。こうしたことを私は、拙著『シングル単位の社会論』で「二段階戦略」として述べておいた（ｐ256−7、121、247、269）。
このバランスがわかっていれば、後は、現実の運動が、過度に本質主義になっていないか、差別秩序を揺るがす方向に作用しているか、を見ていけばいい。多数派の解体、画一化の解体の方向にプラスに作用するものは、積極的に擁護したらいい。
具体的には、日本人だ、男性だ、○○会社の社員だ、○○大学の学生だ、といったアイデンティティが、排外的に抑圧的になるなら、あるいはその集団の内部の差異の抑圧になるならそうしたアイデンティティ（共同性）の批判をするのは一定有効だ（シングル単位感覚）。でも、日常生活で、そうしたアイデンティティが別にマイナスの作用を持たないならそれはかまわないし、反差別運動などで有効なら、そのカテゴリーは当面、積極的な意味がある。ただし、未来永劫そのカテゴリーが大事かどうかは不明だし、一人の個人のアイデンティティはさまざまな側面の束なので、一つだけで観ることには注意がいる、相対的に軽くなるということもある。などなど、・・・
以上のことは簡単に言いすぎたために、初めての人にはわかりにくいだろうが、伏見さんなどわかる人にはわかるはずだ。
で、それが整理されていれば、同書の3章の主張も不要な部分がかなり出てくる。伏見さんは以前は、「脱共同性」などというのももう少しバランスの中で理解／主張していたように思うが、本書では、「間違いとまでは言わないが。とらえ方が浅い」（p139）「短絡的だ」（p164）というように批判的になっている。
で、ゲイというようなアイデンティティも、自己肯定感を持てるというが、それは当然だろう。共同性を求める欲望があるのも事実だろう。「今ではそれ（ゲイという共同性）を解体すべきものとも、抑圧的な記号だとも思っていません」（p154）というのも、伏見さんが言いたい意味では当たり前だ。
それをあえて「新しくわかったこと」のように言うのは、伏見さんがその逆にフレすぎていたから（過度に単純に理解しすぎていたから）に過ぎないのではないか。適切に上記のバランスがわかっていれば、改めて言うほどのことでもないと思う。
私は、多様性ということをシングル単位感覚を入れて理解してきた。
違いを尊重すること。違いを楽しむこと。相手の中の小さな声に耳を傾けること（繊細な感覚）。相手に興味を持ち、尊敬し、共存すること。あるグループをひとかたまりの均一的なものとみず、常にそのなかの各人の違いにまで目を向けること（シングル単位）。優劣を争わないこと。そうしたことの全体が多様性です。「私の勝手だろ」といって、他者に関心を示さず、異質を排除するようなことではありません。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』ｐ１７ 詳しくは、拙著『はじめて学ぶジェンダー論』ｐ７６−７７）
またマイノリティの理解も整理しておいた。
マイノリティとは、「少数派」「少数者」という意味です。しかしそれは単純に数の多さ（数的量）の問題ではなく、権力の問題です。つまり、社会における地位の低さ、力関係における「弱い立場」、支配される側、暴力を受ける側といった、人権において、不利にされている側の総称です。数が多くても時の権力に支配されている側、力を奪われている側はマイノリティです。だから人類の約半数である「女性」も大きな構造の中では、基本的にマイノリティのグループです。
差別問題の難しさのひとつは、社会の秩序は、権力をもっている側（強者）が作り出し、組織・教育・メディア・宗教・慣習などを通じて、秩序の下位の側、すなわちマイノリティにも、その秩序を内面化させ、自分たちが支配されていることを納得させるような仕組みがあることです。
マイノリティの人々も強者の価値観が貫いている社会に生きています。そのため、マイノリティ自身が、強者の価値観（世間の価値観）を内面化させて自己否定感、コンプレックス、自己嫌悪感を持つことが多いのです。強者の秩序・価値観の中で、マイノリティ（負け組、被差別者、社会的弱者）は、差別され、自分の存在が否定されているように感じます。
それに対して、差別する側が悪い、主流秩序が悪いと思う人は少なく、むしろ、主流秩序に寄り添いながら、その中で、自分だけでも差別されないように、がんばろうとする人が多くなるのです。被差別者は、秩序を疑うのでなく、それを前提に差別から逃れようとして自己の存在証明に躍起になりがちなのです。
しかし、みなが強者になれるはずがありません。そうなれないからこそ、マイノリティなのです。偏差値は必ず真ん中が50で、約半分が50以下で、みなが偏差値70にはなれないのです。したがって、既存差別秩序（能力主義）を前提に、その中で自己の肯定性を証明しようとするので、結果的に差別秩序は揺るがず、逆に強化されるという皮肉なことが起こります。差別から脱出しようとする行為がまた差別秩序を強化し、自分に跳ね返ってくるのです。結果的に、勝ち組になれないので、自信を失い、自己否定感を持ち続け、自分が悪いと思い、抵抗も反抗もなくして、支配されることに甘んじるようになります。存在証明などせず、比較もせずに、ありのままの自分でOKとおもえるエンパワメントに至ればいいのですが、差別があるがゆえに、存在証明に必死になり結局諦める（非エンパワメントになる）という構造なのです。問題は、個人の能力や努力不足にあって、社会構造の側にはないと思い込ませる。まさにこれこそが、強者が望む社会のあり方なのです。
また、マイノリティとは、「生きやすさ」における不利な人々のことでもあります。多数派（主流派、マジョリティ）は、何も意識しなくても生きていけます。自分の常識はみなの常識であり、自分と異なるような人々がいると意識する機会がとても少なく生きていけます。だから自分が多数派だ、権力を持っている側だと自覚さえしないのです。しかし、マイノリティは常に自分がマイノリティであると思い知らされて生きざるを得ません。同性愛者やトランスジェンダーの人は、異性愛・男女２分法を微塵も疑わない「男制・女制」のなかで、「正体」がばれないか、ばれると排除されたりいじめられるのではないかと思い、話をあわせて生きていかねばなりません。心無い差別的言動を笑って受け続けなくてはいけません。マイノリティは生き難い。このことを、社会の誰もが心に留め、常に多様性の意識で関われるようになることがない限り、マイノリティはマイノリティのままなのです。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』p18−20）
さらに、平等と多様性の関係ということで、以下のようにも書いておいた。
フェミニズムの理解にもよるのですが、一部の女性解放やフェミニズムが単純化され一面的になって、「女の連帯、女の解放」を一元的・同質・同化的に見たり、「ポリティカル・コレクトネス」（ＰＣ）と呼ばれるような「“正しさ”の鈍感かつ強引な押し付け」のようになったり、「被害者・被差別者・女性の言うことが何でも正しい、それにひれ伏せ、男が悪い」というようになってしまっているとしたら、そうではないような、もっと多様なもの、深みのあるものをめざそうという意味で、「ポスト・フェミニズム」とか「第3派フェミニズム」といわれることがあります。
女性といっても多様性があり、女たちを一元的に見ず、民族や国家や階級や文化やセクシュアリティや個人における差異をみて、そうした諸側面との交差によって総合的複雑的に把握すべきは当然です。カップル単位批判をする私の観点では、カップル単位システムにのっている男制だけでなく女制も、批判の対称ですが、これも、女性を単純に一枚岩にみない一つです。浅い意味で「男女平等」などといえば、それは簡単に、軍隊における女性兵士、企業などにおける女性の男性化、エリート女性の男性並み上昇、新自由主義的能力主義などに取り込まれてしまうでしょう。・・・略・・・
私の立場は、「平等」と、「多様性、それぞれの多様なアイデンティティ、みんなユニーク」ということの両方が同時的に達成されることが大事というものです。「平等」を、「個人差や階級差、国家や民族の違い、文化的差異、セクシュアリティの違いなどをみずに、画一的・同化的になることと捉えること」はまちがいだと思ってきました。換言すれば、それぞれの多様なアイデンティティを包含した「平等」でなくてはならないのであり、私のフェミではもちろんそうした意味で「ジェンダー平等」を使ってきました。「画一的平等から多様なものの平等へ」というのは、あまりにも当たり前です。でも過去の運動をそれこそ画一的に「画一的平等を求めただけのものだった」と決めつけ、自分の主張はそれより上等だというのは、相手を都合よく貶める論争の仕方であって間違いです。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』p20−21）
こうしたことが頭の中でバランスよく整理されていれば、伏見さんのように、「共同性を解体すべし、というのはいきすぎだ」「マイノリティに正義があるとは限らない」（p155）「マイノリティだからといって、その存在のありようがそのまま認められるべきだということにはなりません」（p160）というようなカタチで過去の運動をまたまた一面的に批判するということにはならないはずだと思う。１，2章で述べたことなので繰り返さないが、結局、今の社会の権力関係に対するスタンスをちゃんと保持できるかどうかだ。
最後に一言。伏見さんとは少しニュアンスの違うカタチで私は、フェミの発展・展開を考えている。その精神を伏見さんにわかってもらいたいなと思う。そうすることで、私の「『欲望問題』批判」という本稿も、ためにする批判ではなく、伏見さんの「あとがき」にあるような気持ちで書いたことがわかってもらえると思うからだ。以下、そうした私のフェミの一例を掲げる。
性暴力の話の場合、あまりにも「正義」が明確なので、話が一面的になりがちです。しかし、一方で、話としては正論なのに、現実はその正論が通じず、本当にセクハラ、レイプ、ＤＶといった性暴力があちこちで見られます。このギャップを埋めなくてはなりません。
だからこのテキストで述べてきたような原則の話（正論）は大事なのです。ただ、その上で、読者の皆さんには、自分の問題として性の問題、性暴力の問題に向き合ってほしいのです。明らかな暴力（性暴力）には皆さんも反対でしょう。でもＤＶ、レイプ、セクシャル・ハラスメントには、グレーゾーンがあります。
「男は暴力的＝加害者＝それが暴力の構造」というような一面だけを表層的に理解していると、浅い議論になってしまいます。「男制」という抽象的な意味では、構造的にオトコのジェンダー自体に問題があるとはいえますが、その話と個々の男性とが混同され、大雑把な議論で済まされてしまうと、無用な反論・混乱が起こり、また、多くの男性自身が自分と切り離して「暴力を振るうオトコがダメ」、だから自分には関係ないと思ってしまうのです。
「浅い理解」になってしまうかどうかの境目は、加害とされている側が囚われているものは、実はみなが囚われているジェンダー、家族単位思想とつながっているということをみているか否かです。男制ジェンダーが問題だということは、それと表裏一体である女制ジェンダーも、そして異性愛中心主義・カップル単位制度自体も問題なのは当然なのです。ですから、本書では、ＤＶの項でもセックスワークの項でも、女性も含めて、自分の問題として、本音の部分での自分が囚われているジェンダー構造をみようとしてきました。
男性自身が、「男のしんどさ」「自分のしんどさ」をみつめることが必要です。自分の深いところの矛盾を含めて本音を出し、しかし、「居直り」にならないために、自分の〈たましい〉に目を向けることが大事です。論争的・効率的・威圧的・暴力的なコミュニケーションしかできず、しかもそれを自覚もせず、それでいいと思っているような自分、社会的役割に囚われた自分から離脱し、「個」にもどって、自分はどんな生き方がしたいのか、それを考える水準です。
自分自身が抑圧されている。狭くされている。感じる力，優しい気持ちを奪われている。自分が抑圧された結果，人を抑圧している。人の痛みや苦しみに鈍感になっている。自分がいらいらしているのはなぜなのか。なぜＤＶ的なことを悪いと思わずしてしまうのか。なぜその人とセックスしたいと思うのか。レイプやDVやセクハラしたいと思うのか。目の前のこの人をリスペクトしているか。この人と出会えたことを喜んでいるか。この人がそばにいることに感謝しているか。その人から学ぼうと思っているか。この人の〈たましい〉を傷つけていないか。そうした気づきこそ、自分の「暴力性」に気づくということなのです。〈スピ･シン主義〉で言いたいのは，そういう繊細なレベルの必要性なのです。
非暴力とは、ある意味“繊細である”ということです。ここにジェンダーに「センシティブ」であるということが関係します。
個別の各人の現実は、親の個性、民族、階級、ジェンダー、職業、メディアなどさまざまな関係性の網の目の中にあります。その中で成り立っている自己のアイデンティティは、複合的な性質をもっており、変化の中にあるものです。
非暴力的に関わる（生きる）とはそうした相手（／自分）、その人その人の複合性や動態を感受し、自分や社会（世間）の圧力・力関係を見抜き、常に相手（／自分）の「目に見えないもの、声にならない声」を聴くようなことだと思うのです。これはムツカシイです。私はなかなかうまくできていません。
しかし、そうした意識で、知らぬ間に自分が持っている「こうすべきだという考え」「暗黙の前提」「疑わずにいた思い込み」「固定した立場／役割」を自覚してそれに囚われないよう、繊細かつ自由に生きていきたいと思います。暴力をなくすには、そうした“旅”にみなが踏み出すことが必要なのです。
非暴力的であることのもう一つの側面は、〈弱さ〉――失敗、後悔、喪失、劣等感など――の重要性に関わります。世間の秩序に沿って安全にくらして、マイナスがない生き方がいいのではないのです。失敗、トラブル、挫折、苦しみなどがあってこそ、深みが増します。そういうマイナスがあるのが当然だし、むしろ恵みです。旅で、トラブルがあってこそ面白いように。失敗こそ、学ぶ源泉です。「健康」は秩序に適応して内省しないことに繋がりやすいものです。いつも元気だと、元気がない人のことがわかりません。どうしたらマイナスやトラブルから脱出できるかもわかりません。他人の何がしんどいのかもわかりません。人生がしんどいこと、陥りやすい穴があることを知ることは、その意味で豊かなのです。
「暴力」から遠く離れるためには、オトコ的な強さや成功や論理・効率中心から離れることが多分、大事なのです。フェミで「自由とかエンパワメントとかポジティブとか夢とか誇り」とか、元気よく書いたり語ったりするとき、常に、忘れずに付け加えたいなと思うのが、この〈弱さ〉の点です。しんどい人が「自立や自由」などを聞いて、余計にしんどくならないか。一面的すぎることへの警戒。いいよどみの大切さ。
だから、同時に次のように思います。今の社会の勝ち組志向、市場物質中心主義っておかしいよね。しんどいときは、ゆっくりゆっくりしたらいいよね。まずは自分が回復すること、ラクになること、世の中をサバイバルすることが大事、だと。お気楽でいい。苦しんだ経験、苦しんだことで見えたことは財産だから、ほんと人生には結局無駄がないんだから。励まさず、友人としてそばにいるようでありたいなと。そうした“旅”に、私も、みなも踏み出していければ、きっと暴力は減るでしょう。
（拙著『続・はじめて学ぶジェンダー論』ｐ232−235）
おわりに
「何のために、そのことを言うのか」。そこがいちばん大事である。
そこを忘れた抽象論は困りものだ。自分の発言の客観的影響（位置）が見えないと困ったことになる。
で、本書は、多くの人の私的な生活の幸福と運動全体の発展を願っての発言だから、私も、そこを共通に持ちつつ、かなりはっきりと、「マイノリティの立場に立った記述にすべきだ」というようなことを繰り返し述べてきた。伏見さんの「差別のためだけに生きているのではない」ということの言わんとすることはわかるが、表現がまずすぎる。差別反対で動いている人はえらいと僕は思う。伏見さんの本が、その主観的意図とは違って、客観的には、積極的なマイノリティの運動までも批判するものになっているのではないかと批判した。過去の差別反対運動の教条主義、倫理主義を批判したいのはわかる。だが、そのためにこれまでの運動を一面的に悪く言いすぎだよ、マイノリティの立場性というものの積極性を否定しすぎだよ、というのが私の批判だ。
伏見さんのこれまでの全体からは、彼が信頼するに足る、マイノリティ運動側の人だと思っている。だから、本書を「悪く読みすぎた」のかもしれない。だから、私には迷いがある。どこまでが伏見さんの主張の本質的な間違いで、どこからは「まともな問題提起だが少し表現が悪い（下手な）だけ」の部分なのか。
本稿ではとりあえず、本書の表現に沿って、本書の文言に限っての「批判」をした。伏見さんに失礼があったら悪いなと思う。私の文章でも過去、言いすぎたり勇み足だったり、不十分記述で誤解されやすいところがあった。それに対し、伊田の全体の積極性を認めつつ批判／指摘してくれた人には感謝しているが、私の全体性を見ず、悪意をもって瑣末な文言を取り上げ、まるで最初から「極悪人」「バカ」「詐欺師」「敵」のようにののしるような「批判」「嘲笑」「あざけり、からかい」には、冷笑や哀れみや対抗心や悲しみしか生まれない。そのような「批判」はしたくないなと思っている。そうなっていないことを願う。
本稿は、伏見さんの本を契機として、結局、私のジェンダー論を展開／紹介したことになろう。この本への批評を求められ、最初は何も言わないでおこうかと思った。だが、伏見さんは「あとがき」で誠実に語っておられる。その姿勢にはスピリチュアルなものを感じた。だからマジメに応答してみようという気持ちになった。その伏見さんなら、私が、本稿を書いたことも、伏見さんにレッテル貼りしてバカにするために書いたのではないことをわかってくださると思っている。そのように、積極的な意味で読んでもらえたら、伏見さんにも失礼ではないと思っている。
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