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検証・脳死移植:法施行10年/6止 救急体制「最善」整わず

 脳死での臓器提供は、提供者が最善の治療を受けていることが前提だ。臓器移植法成立の際、参議院の「臓器の移植に関する特別委員会」は「(脳死判定は)あらゆる医療を施した後に行われる」と付帯決議をした。現状はどうか。

 今年1月の早朝、交通事故で意識不明となった男性(32)が、福岡和白病院(福岡市)のER救急センターに転送されてきた。事故発生から2時間半余り。頭と胸に傷を負い、肝臓や大腸から大量に出血して血圧はほぼ0で、緊急手術を受けたが間もなく亡くなった。

 「最初にうちに運ばれれば」。センターの医師はつぶやいた。転送してきた別の救急病院に到着した時の血圧は64。この時に血圧を保つなどの処置をすれば、救命の可能性は6割あったという。

   ■   ■

 99年に国内3例目の脳死臓器提供があった宮城県の大崎市民病院(旧古川市立病院)の大庭正敏・救命救急センター長は「この地域の救急医療体制は当時より改善されたが、救える可能性の高い患者全員を救える体制にはなっていない」と話す。

 同センターには半径約50キロの範囲から患者が来る。救急車で30分以上かかる地区もある。心筋梗塞(こうそく)などで心肺停止となった患者を助けるには、近くの病院が適切な応急処置をしてからセンターに送るしかない。しかし、心肺停止した救急患者のうち、半分以下しか受け入れない病院があるという。

 これは大崎市だけの問題ではない。九州大病院と福岡県は昨年、県内146の救急病院を調査した。心肺停止への初期診療マニュアル「ACLS」などの講習を受けた医師が1人でも勤める病院は50%。交通事故など外傷への初期診療マニュアル「JATEC」などの講習を受けた医師がいるのは25%にとどまった。JATECに従えば、容体を安定させ、手術など根本治療まで時間を稼げる。福岡和白病院に転送された患者には、これができていなかった。

 九大病院の橋爪誠・救命救急センター長は「患者がいつ来てもマニュアルを身につけた医師が診療する体制が必要。現状は不十分だ」と訴える。大庭センター長も「ACLSもJATECも大学の医学教育で教えてこなかった。救急対応に自信がなく、患者を受けない医師が多い」と指摘する。

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 救急医療の「最後のとりで」の救命救急センターにも課題は残る。

 大崎市民病院では、センターの専任医は実質1人。救急の当直は病院の医師全員で担う。大庭センター長は「当直に入る外科系医師のうち、JATECの受講者は半数程度。医師によって治療の質が違うとの批判はあり得る」と打ち明ける。

 救急医療に関する厚生労働省の研究班は今春の報告書で「救命救急センターは治療成績を公表し、厳しく評価されるべきだ」とした。班長の杉本壽・大阪大教授は「治療成績には大差があると思う。一定以上だと思えるのは、全国のセンター約200カ所のうち50カ所程度だ」と話す。

 16日から大阪市で開催中の日本救急医学会では厳しい報告が相次ぐ。「心肺停止患者の受け入れを10病院が次々と断った」「ここ7年で救急患者は8割増え、病院の医師は2割減だ」

 臓器移植法施行から10年。救急患者全員が「最善の治療」を受けられる状態にはまだない。=おわり

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 この連載は永山悦子、大場あい、高木昭午が担当しました。

毎日新聞 2007年10月18日 東京朝刊

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