【北京・大谷麻由美】中国の胡錦濤総書記(国家主席)が15日に始まった中国共産党の第17回党大会で発表した中央委員会報告(政治報告)は、総書記就任後5年間の経済成果を誇示すると同時に、格差や環境破壊など社会矛盾にも焦点を当て、中国の光と影を映し出した。国民の不満は広がり、体制批判へと転化する可能性は高い。あらゆる分野でバランス良く持続的発展を目指す「科学的発展観」に基づいて、「和諧(調和の取れた)社会」を実現させることは急務だ。
◇ひずみ是正が急務
「党中央の行った重要な政策決定は全く正しかった」。胡総書記が自らの提唱する科学的発展観による過去5年間の執政を評価すると、会場の人民大会堂に拍手がわき上がった。しかし、壇上中央に座る江沢民前総書記は不満を表すかのように微動だにしなかった。
胡総書記が03年に打ち出した科学的発展観の理解と普及は当初、順調に進まなかった。
「過去は非科学的だったというのか」と疑念をもたれ、江前総書記に対する批判と受け止められた。また、経済成長至上主義から抜け出せない地方幹部は、発展モデルを転換し、資源節約や環境保護を重視する政策を「成長を遅らせるだけ」と軽視した。
しかし、今の中国は急速な経済発展によるひずみが随所に噴出し、「和諧社会」からは程遠い。胡総書記は「経済成長で払った資源と環境の代償は余りにも大きかった」と振り返った。
地方に実態調査を任せて対策を練ろうにも、データの偽造がまかり通っている。胡総書記は「党の執政能力は新しい情勢下の新任務にまだ完全に適応しておらず、改革・発展・安定の重要な問題についての調査研究が深く行われていない。末端における一部の党組織が弱体化している」と批判した。
中国では、中央の政府系シンクタンクの研究者が専門とは関係なく、地方で教育、医療、環境など社会問題について全国調査を実施している。ある研究者は「中央からは『評価はいらない。本当のことを報告するように』と言われている」と明かす。
胡総書記は幹部の育成について「科学的発展を指導することに長じた力強い指導グループを築き上げる」と強調。人事制度の改革についても、科学的発展観は重要な位置づけとなりそうだ。
◇1人当たりGDP、「4倍目標に」
【北京・大塚卓也】胡錦濤総書記は政治報告で、国民1人当たりGDP(国内総生産)を2020年までに00年(7858元=現在のレートで約12万3000円)比で4倍にする目標を掲げた。
1人当たりGDPは、現行の第11次5カ年計画(06年開始)で、最終年の10年に00年比で同2・5倍前後にする目標が示された。06年の段階ですでに00年比2倍前後に達したとみられ、新たに示した長期目標は、10%以上で爆走する足元の経済をより緩やかな成長軌道に修正することを念頭に置いた目標値といえる。
胡総書記が党大会という重要舞台で、従来のGDP総額ではなく、1人平均の数値目標を掲げたのは、経済成長を強調するよりも、むしろ規模の拡大だけでは解決できない富裕層と貧困層の格差是正などに比重を移し、「人を基本とする」政策を実践するとの意図があるとみられる。
報告は環境保護に配慮した経済運営と同時に、「高すぎる所得を調整し、不法所得を取り締まる」と力説。所得分配制度の改革で格差拡大の傾向を徐々に転換させると言及した。党内に異論が根強い相続税の導入や、累進課税の強化、所得の把握・課税執行など、遅れる制度の整備に布石を打つ発言とみられる。
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■ハイライト・北京発
◇「熱烈歓迎」空回り
今回の党大会では国内外のメディアへの「熱烈歓迎」ぶりが際立つ。大会専用のウェブサイトを開設し便宜を図るほか、北京五輪会場などへの見学ツアーも盛んだ。
国内で開くイベントすべてが北京五輪の予行演習となる。党大会のプレスセンター主任は「中国と中国共産党がより民主的、開放的になった表れ」と強調。メディア対応もスムーズになって便利だが、落ち着かない気分が続いた。
だが、15日朝、胡錦濤総書記が読み上げる政治報告書の配布で状況は一変。配布の要領の悪さで、記者らは奪い合いの大混乱に陥った。「これぞ中国」という現場を踏み、なぜかホッとした。【大谷麻由美】
毎日新聞 2007年10月16日 東京朝刊