中国共産党の第17回党大会が始まった。内外から注目されている指導部人事は、大会直後の中央委員会総会に待つことになるが、今後5年間、中国は「調和」を基調とする胡錦濤総書記の時代に名実ともに入った。
胡総書記は、大会冒頭の政治報告で「科学的発展観」理論を徹底させると語った。党規約にも書き込まれる。科学的発展を形而上(けいじじょう)学的に論じることではなく、目の前に存在している「非科学的発展」を是正するという意味だろう。一種の調整政策だ。
この5年間、胡総書記は、江沢民前総書記時代から続く経済成長至上主義の中で、「社会主義市場経済」システムの制度疲労に直面してきた。
中国経済は驚異的な高度成長を続け、世界第3位の規模になるのは目前だ。来年は北京で五輪も開催される。そのかわり中国は、膨大な資源の浪費と深刻な環境破壊という犠牲を払った。
国土から緑の耕作地と山林が消え、「世界の工場」になった。そこから排出される有毒物質や有機物で、土も水も空気も汚れ、中国人の健康が被害を受けた。資源確保のためのがむしゃらな外交姿勢が、国際社会に中国脅威論の種をまいた。
中央政府が無計画な開発計画にブレーキをかけても、不動産の転売益を手にしたい地方政府は面従腹背を続けている。満足な補償もなく強制立ち退きさせられた都市住民や農地を失った農民が新たな無産階層を形成している。
中国社会の“光”は、目がくらむばかりだ。26歳の不動産会社の女性役員が約1兆8000億円相当の株を所有しているという。13億の中国人のうち800人の資産がGDP(国内総生産)全体の16%を占めているという計算もあるそうだ。
「社会主義市場経済」で勝ち組になるのは簡単だ。親が共産党の幹部として許認可権限を握り、子どもが企業家となって市場経済の果実を独占的に享受するという分業ができればいいのだ。
が、その結果、中国人の心の中で共産党統治への信頼が崩れ、社会は不安定になった。胡総書記が直面しているのは、不公平な「非科学的」成長がもたらした体制危機にほかならない。
「科学的発展観」は、たんなる調整にとどまっていては意味がない。「社会主義市場経済」の原理を問い直さなければならない。政治体制の民主化による権力監視を進めることである。
胡総書記は「思想の解放」を力説する。「社会主義」の看板が、実際には頑迷な官僚主義にすぎなくなっていることを理解しているのだろう。
古い硬直した思想を解放するのは容易なことではない。党内には、毛沢東思想の時代の社会主義公有制への復帰と党の統制強化を主張する左派イデオロギーも台頭しているという。
胡総書記の言う「調和」は協調主義的な手法では実現できない。大胆に踏みだす時だ。
毎日新聞 2007年10月16日 東京朝刊