現在位置:asahi.com>社説

社説天声人語

社説

2007年10月16日(火曜日)付

アサヒ・コム プレミアムなら社説が最大3か月分
アサヒ・コム プレミアムなら朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しく)

少年調書流出―逮捕までするとは

 奈良県で母子3人が焼死した事件を題材にした単行本をめぐり、放火した長男を精神鑑定した医師が奈良地検に逮捕された。当時16歳だった長男らの供述調書を単行本の筆者に見せたというのだ。

 問題の単行本は、ほとんどが長男や父親らの供述調書の引用だった。長男と父親が精神的な苦痛を受けたとして告訴していた。その気持ちはよくわかる。

 だが、こうしたプライバシーの保護と表現の自由という二つの価値がぶつかりあう問題には、捜査当局は介入すべきではない。奈良地検が医師や筆者の家宅捜索をしたときに、私たちは社説で、そう主張した。

 刑事罰を科すようなことになれば、この事件にとどまらず、取材や報道に大きな影響を与えかねない。そうした心配はいまも変わらない。

 まして、医師は任意の事情聴取に対し、容疑を認めていた。その間も、勤務先の病院で診療を続けていた。地検は「真相解明に必要」と言うが、逃亡の恐れなどはなく、今回の逮捕だけをとっても、行きすぎだと言わざるをえない。

 医師は昨年10月、精神鑑定の資料として奈良家裁から渡されていた供述調書のコピーなどを3回にわたり、筆者の元少年鑑別所法務教官らに見せた。正当な理由がないのに職務で知った秘密を漏らした、という刑法の秘密漏示の疑いが持たれている。

 調書を見せたのは、筆者から働きかけを受けたからだという。筆者は出版社の社員らと一緒に医師の自宅で、医師が外出した間にカメラで撮影したようだ。

 こうした筆者の側にも、いくつか見逃せない問題がある。

 医師は「そのまま本に調書が引用されるとは思わなかった。撮影されていることも知らなかった」と話しているという。それが事実とすると、取材方法が正しかったか疑問がある。

 もう一つは、供述調書の入手を売り物に、長男や家族のプライバシーに踏み込みすぎたのではないか、ということだ。なぜ凶行に走ったのか。それは同じ年代の子を持つ親の大きな関心だが、もっとプライバシーに配慮すべきだった。

 さらに深刻なのは、取材源を守れなかったことだ。

 ジャーナリストにとって「取材源の秘匿」は鉄則である。供述調書の入手先について、筆者は「死んでも言えない」としているが、調書を引用したことで、いともたやすく地検に情報源を割り出されてしまった。これでは取材に協力してくれる人はいなくなる。

 取材源を守れなかったという落ち度があるとはいえ、このまま医師が起訴されていいわけがない。取材協力者もメディアも萎縮(いしゅく)し、報道の自由、ひいては国民の知る権利が脅かされることになりかねないからだ。さらに筆者が「身分なき共犯」で立件されるようなことになれば、その心配はいっそう大きくなる。

韓国大統領選―新たな時代を開く場に

 韓国で5年に一度の大統領選の投票まであと2カ月である。きのう、与党系を再結集した民主新党が鄭東泳(チョン・ドンヨン)氏(54)を立てることを選挙で決めた。

 国会の勢力で肩を並べる野党のハンナラ党はすでに、李明博(イ・ミョンバク)・前ソウル市長(65)をかついでいる。

 小政党や無所属も参入をうかがい、選挙の構図はまだ変わりうるが、2大政党が争う枠はこれで固まった。

 核問題など北朝鮮をめぐる状況が大きく動き始めたなか、来月末の公示へと大統領選のムードが高まる。韓国の動向は北東アジアの情勢にも響くだけに、この選挙に注目しないわけにはいかない。

 鄭氏はニュースキャスター出身だ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領を当選させた旧民主党が割れ、大統領派がウリ党をつくった。その党首も務めた。

 だが、盧大統領の人気が低迷し、ウリ党のままでは選挙に勝てそうにない。そんな焦りから、ウリ党と旧民主党の大半で急ごしらえしたのが民主新党だ。

 そういう思惑が国民に見透かされているからだろう、支持率ではハンナラ党に水をあけられている。鄭氏は厳しい戦いを覚悟しなければなるまい。

 鄭氏にせよ、李氏にせよ、次期大統領を狙うのは、外国にはなじみの薄い政治家だ。その分、韓国に起きてきた政治の変化と世代交代を実感させる。

 これまでの韓国の大統領選は、時代をそれぞれくっきりと画してきた。

 独裁か、民主か。それが1960年代からの軍事政権時代には最大の争点だった。独裁を維持しやすいように、国民の直接投票ではなく間接選挙もおこなわれた。そんな強権政治のもと、「漢江の奇跡」と評価される高成長も遂げた。

 20年前に直接選挙に変わったが、軍人出身の盧泰愚(ノ・テウ)氏が勝った。その政権政党に、民主化運動の闘士だった金泳三(キム・ヨンサム)氏らの政党が合流した。

 これがハンナラ党の源流だ。候補者の李明博氏は財閥企業の経営者出身らしく、経済路線を鮮明にしている。

 一方の民主新党は、民主化運動のもう一人のリーダーである金大中(キム・デジュン)氏の系譜に連なる。彼は7年前に金正日(キム・ジョンイル)総書記との初の南北首脳会談を実現した。

 きのう候補者に選ばれた鄭東泳氏も統一相の時、総書記と会っている。先の盧武鉉大統領による2回目の首脳会談の成果を選挙に生かしたいところだろう。

 韓国政治で金泳三、金大中の両氏に金鍾泌(キム・ジョンピル)氏を加えた「3金時代」が長く続いた。それを終わらせたのが盧武鉉氏だった。3金のようなカリスマに欠けても、落ち着きのある政治へ。そのことが今後もいっそう求められる。

 北朝鮮に対しては、和解に重きを置く民主新党と、まず米国との同盟を考えるハンナラ党という違いはあっても、かつての敵対から包容へと大きな流れが定着している。その具体的な政策を論じ合ってもらいたい。

PR情報

このページのトップに戻る