ホームレスの97%は男性、という数字は、ここで見たのが初めてだったと思う。
あまり関係ない話。私は「乞食」に出会ったことがない。両親の幼少時には、夜な夜な街をさ迷い歩き、夕飯の準備をする勝手口に現れて、一膳の食事や小銭を恵んでもらう人がいたのだという。1950年代、愛知県平野部での話。
高度成長とともに乞食は消え、オイルショックの不景気でホームレスをよく見かけるようになった。続発する爆弾テロ、恐るべきインフレーション、街にあふれる失業者、汚れた空に薄ぼんやりと浮かぶ太陽、70年代の東京はひどかった、と父は回想する。
ホームレスの話題となると、こうした話がセットで語られることが多かった。それがふつうのことではなくて、70年代でさえ「昔はよかった」の「昔」に含める人がたくさんいることに私が気付いたのは、高校生になってからのことだったと記憶する。
ここで本題に戻るけど、古いニュース映像を見たり、70年代の本を読んだりする限り、当時の日本が今より素晴らしいとは、とても思えない。自立志向の強まりが云々、と雨崎さんはいう。いつの時代と比較して、どう悪化しているのだろう。
社会生活を拒否する者を救わないのは美しい国ではない、と雨崎さんはいいたいらしい。生活保護は過酷な選択を迫る(2006-07-02)で書いたことだけど、結局のところ「では、あなたは彼らのために、どれだけの負担をすることができますか」という話なんじゃないか。
こういうことをいうと、すぐ「無駄遣いをなくせば」云々と返す人が多い(雨崎さんがそうだとはいってない)。私はゲンナリして、最近はもう反論する気にもなれない。
このところ数冊、地域格差関連の本を読んだのだけれど、その中では、これが一番よかった。提言の章に入ると何だかよくわからなくなってしまうのだけれど、前半~中盤の状況整理は簡潔かつ分かり易い。倫理的な悪をどこかに見出して叩き溜飲を下げるというパターンを脱すると、視界はクリアになる。
大抵の問題がそうだ、と感じてる。(……にしても「地方自治体壊滅」ってタイトルはどうかと思う。でも何冊かパラパラしてみた感じ、神野さんって、基本的に暑苦しい系みたい。冷静に状況を見てるっぽい印象を受ける本書前半の方が例外なのかも)
これで終ってもいいんだけど、もっと本題に寄せた感想を少しだけ。
女性のホームレスが異様に少ないという事実は、そもそも男性がホームレスになる必要が全然ないことを意味していると思う。雨崎さんは、社会が男性に自立を押し付けてホームレスにしているんだ、さらには脱社会的志向の人間も社会は救うべきなんだ、という考えのようだけど、私は賛成しない。
所詮は個人の価値観の選択の問題に過ぎないわけで、筋さえ曲げれば死なずに済むわけだ。生きるより大事なことなんか何もないとという人がホームレスをやっているなら、乞食がもっとたくさんいていいはずなんだよ。生死がかかっている状況下で、なおも自立や脱社会を望むという人に、それ以上何ができるんだろう。
私の知る限り、「社会に戻っておいでよ」「困ったことがあったら頼ってくださいよ。あなたに死なれちゃ困るんですよ、私も」みたいなことは、政府もボランティアの人々も、散々やってきているわけで。まだまだ足りない、ですか? その匙加減だけが争点なのかなあ?