医療過誤訴訟では対立関係にもなる医師と弁護士。「医者だけではできない仕事」をテーマにした第98回患者塾(毎日新聞社後援)は、医師と弁護士が市民の福祉のために協調して何ができるのかを議論した。虐待の問題や医療制度についても話が及んだ。
◆医師と弁護士の連携
<提起された問題>
福岡市医師会と福岡県弁護士会が協力していろんな仕事をすると聞きました。医療過誤訴訟に備えて医師と弁護士が連携し、患者がますます非力になることはないですか。(福岡県、71歳男性)
◇法律家の知恵が必要
小野村さん 福岡市医師会と福岡県弁護士会の協力関係について、誤解もあるようです。
宮崎さん 両者が2月、パートナーシップ協議会を設置しました。医師と弁護士は意見が対立することも多いのですが、医療現場では高齢者の成年後見制度や児童虐待など、法律家の知恵を借りなければならない問題がたくさん出てきています。医師と弁護士が協力することで、市民の役に立てるのではないかと思い、両者で話を始めたところです。医療事故をどうこうしようという意図はまったくありません。
羽田野さん 00年に成年後見制度や介護保険制度ができました。弁護士会でも高齢者や障害者の権利擁護について議論していますが、弁護士は医療や介護の現場を知りません。そこで、福岡市や福岡市医師会、施設と一緒に対応困難な事例の検討会を開きました。高齢者や障害者、児童の権利の問題については、医師会と弁護士会は同じ立場で、市民の福祉のために一緒にできることがいろいろあります。
例えば、認知症の人が成年後見制度を利用する時です。医師が判断能力の程度を診察する必要がありますが、その際、生活保護を受けている人などに、医師会と協力してある程度費用を支援できないか、といったことです。医師と弁護士が結託して医療過誤事件をどうこうしようということはありません。
宮崎さん 医師会と弁護士会の考え方が違う点もあり、お互い理解を深めていければいいと思います。やっとスタートしたので、前向きに進めていきます。
小野村さん 小児科医の男性(35)から「来院した子供が虐待を受けている疑いがある時、児童相談所や警察に通告して、もし違ったら親から名誉棄損と言われませんか」という質問も来ています。
羽田野さん 児童虐待防止法では、学校、児童福祉施設、病院などに通告義務を課しています。「転んでできた傷には見えない」など合理的な根拠があれば、遠慮なく通告すべきだと思います。名誉棄損にはなりません。
虐待の問題では、高齢者や障害者に対するもののほか、医療従事者が患者からセクハラや暴言を受ける問題も起きています。患者からの暴言の問題は、訴訟までする必要はないと思いますが、他の患者に迷惑をかける場合もあります。あまり頻繁でひどいケースは泣き寝入りすべきではないと思います。
大病院なら専門部署をつくり、個人病院は医師会で対応するなどして積極的に対策を考えるべきではないでしょうか。弁護士会としても対応しなければならないと思います。
◇最終的には市民のため
小野村さん 「医者だけではできない仕事」をテーマに議論してきましたが、最後に感想を。
羽田野さん 司法試験の年間合格者が2500人、3000人の時代が来て、弁護士も専門分野をつくらねばなりません。医療問題を専門にしようとしても、現場を知らなければできません。
医師会と弁護士会の提携は、医師にとっては弁護士に医療現場の実態を見せることになり、もろ刃の剣かもしれません。だが、医療に詳しい弁護士の養成に役立ち、病院にとっても法的な助言を受けることにつながります。最終的には市民のためになると思います。
仲野さん 医療過誤訴訟の原因の一つに、医療従事者がプロ意識を持って協力しあわないことがあると思います。ある病院では、若い看護師が医療機器の取り付け方を間違えたのにベテラン看護師も注意せずに済ませてしまい、損害賠償訴訟を起こされました。病院全体で対応しなければ解決しないと思います。
小野村さん 急性型病院に入院中の方から「『落ち着いたら退院してもらいたい』と病院から言われたが、転院先が見つからない」との相談も来ています。
宮崎さん 急性型病院は入院日数が少ないほど収入が増える仕組みで、ある程度日数がたつと赤字になってしまうので「退院してください」となります。一方、療養型病院はいっぱいで入院できない。病気の治療と介護をどう取り持っていくのかが課題です。
公開中の米映画「シッコ」(マイケル・ムーア監督)で、米国の医療がいかに金持ちのためのものであるかが描かれています。米国には日本のような国民皆保険制度がありません。米国と日本に半年ずつ住み、日本の国民健康保険に入って「病気は日本で治す」と話す米国人学者もいます。医療費がどんどん削られ、産科や小児科、外科、救急がほとんど崩壊の状態になっている現状を分かってほしいと思います。
羽田野さん 私は毎年、海外の司法制度の視察に行っています。若い医師も海外の医療制度を研究するといいかもしれません。
◆世界の医療制度
◇英国・医療サービス原則無料/スウェーデン・税方式で公営サービス
日本の医療は国民皆保険制度が柱。世界各国の医療制度はどうなっているのだろうか。
厚生労働省の「2005~2006海外情勢報告」によると、米国では現役世代の多くが雇用主を通じて民間の医療保険に加入。公的医療保険は、65歳以上の高齢者や障害年金受給者らを対象にした「メディケア」と、低所得者が対象の「メディケイド」があるが、何の保険にも加入していない国民が人口の15・7%に当たる約4582万人に達し、問題化している。また、医療費がGDP(国内総生産)に占める割合も高く、15年には20%に達すると見込まれている。
英国は、リハビリや疾病予防を含めた医療サービスが原則無料で、財源は税金。しかし、診察は救急を除き、あらかじめ登録した一般家庭医で受けた上で、必要に応じて専門医を受診しなければならず、日本のように自由に医療機関を選ぶことはできない。
「高福祉」で知られるスウェーデンは、税方式による公営サービスが中心。日本の県にあたる広域自治体が医療施設を設置、運営し、費用は自治体の税収と患者の一部負担でまかなわれる。多くの自治体では、20歳未満の自己負担額は無料になっている。
OECD(経済協力開発機構)のデータによると、04年のGDPに占める総医療費支出の割合は、英国が8・3%、スウェーデンが9・1%。日本は8・0%で「先進国の中でも低い」との指摘もある。
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■記者から一言
「真実を明らかにしたい」。医療事故の訴訟を取材すると、ほとんどの原告がこう言う。事故の理由を説明し、もしミスがあったなら謝罪してもう二度と繰り返さないでほしい--。原告の願いは多くの場合、賠償金よりもそうしたことだと思う。
だから、今回の患者塾で、羽田野節夫弁護士の「患者や遺族にいたわりの気持ちを持つことが、訴訟にならない近道」という話に深くうなずいた。羽田野弁護士によると、事故当日に賠償金の見通しを尋ねてきた医者もいたとか。「患者側に十分説明するのが先」といさめたそうだが、患者の願いと医者の対応に隔たりがあることを感じた。
福岡市医師会と福岡県弁護士会の連携は、医者が訴訟をうまく運ぶためのものではない。でも、事故が起きた時の対応など、患者のために医者が学べることは多そうだ。連携が、患者と医者のよい関係作りに役立つことを期待したい。(や)
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◇出席された方々◇
元福岡県弁護士会長 羽田野節夫さん▽福岡市医師会長 宮崎良春さん▽北九州市立八幡病院外科主任部長 伊藤重彦さん▽同市立医療センター精神科部長 夏目高明さん▽八屋第一診療所(福岡県豊前市)外科 仲野祐輔さん▽つだ小児科アレルギー科(同県水巻町) 津田文史朗さん▽RKB毎日放送ディレクター 宮川直子さん
司会 おのむら医院(同県芦屋町)内科・小児科 小野村健太郎さん
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■患者塾への「おたずね」
◇患者塾事務局「おのむら医院」内
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FAX093・222・1235
◇毎日新聞福岡本部患者塾担当
〒810-8551(住所不要)
FAX092・721・6520
毎日新聞 2007年9月30日