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COMMENT | コメント |
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Nicky Hayden | ニッキー・へイデン | |
06年MotoGPワールドチャンピオン、現Repsol Honda Team ライダー | ||
「実際にノリックと一緒のレースで走った期間は短かったけれど、なんといっても忘れられないのは1994年の日本GPだ。当時僕は13歳で、アメリカでダートトラックをやっていた。まだアメリカではWGPのライブテレビ放送はなかったから、モーターホームの中のビデオであのレースを見た。そのときは、“あの髪の毛の長いライダーは誰なんだ! ワイルドカードだって? すごい!”って興奮した。だって、いきなりミックやケビンとトップ争いをしていたんだからね。何度もあのビデオを見たよ。ノリックがいなくなったことはとても残念だ。今はそれ以上、言葉もない」 |
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Mick Doohan | ミック・ドゥーハン | |
元WGPチャンピオン | ||
「ニュースを聞いたときにはショックを受けた。1994年の日本GPで突然ノリックが現れたときは、なんてクレイジーな奴だと思った。彼は信じられない走りをしていた。その後、彼はすぐにヤマハに移籍してしまったから、親しく話をしたことはないけれど、彼はパドックでみんなに愛されていた。サーキットでクラッシュしたことがほとんどなかったのに、交通事故で亡くなってしまうとは……。本当に悲しいし、残念なことだ。ノリックの家族に哀悼の意を表したい」 |
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Shinya Nakano | 中野真矢 | |
KONICA MINOLTA Honda ライダー | ||
「世界のトップで走るライダーとしてあこがれていました。同じクラスで走るようになってからはよきライバルでしたけれど、阿部さんの闘志あふれる熱い走りは印象的でした。事故のことを聞いて本当にショックでした。彼がいなくなってしまったことは、レース界全体にとっての喪失です。これから全日本を盛り上げてくれるのだろうと楽しみにしていました。本当に残念です」 |
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Alberto Puig | アルベルト・プーチ | |
現Repsol Honda Teamダニ・ペドロサのクルーチーフ。現役時代はノリックと一緒のレースに参戦 | ||
「ノリックとは、1994年に何度も一緒にレースをした。特にブルノで競り合ったのを憶えている。彼はコーナーの出口でマシンを起こすのがすごくうまかった。ストレンジなスタイルだけれど速かった。才能のあるライダーだった。シャイだけど、ナイスガイだった。僕もみんなと同じようにすごくショックを受けている。とても残念だ」 |
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Gilles Bigot | ジル・ビゴット | |
現Repsol Honda 250青山周平のチーフメカニック。04年にヤマハでノリックのチーフメカニックを務めた | ||
「ノリックとは2004年にヤマハで一緒に仕事をした。彼はサンデー・レーサーで、それまでは普通でも、日曜日になるとどんどんアドレナリンが出てきて集中するんだ。04年の末に一緒に仕事をした記念にヘルメットをくれた。今でも僕の部屋に飾ってある。バレンシアでレースがあったとき、ノリックが僕のうちに遊びにきた。そのとき、部屋に飾ってあった94年日本GPのときのノリックのポスターにサインを貰おうとしたら、あのレースのときのものは何もないというから、そのポスターをあげたんだ。ノリックがいなくなって本当に悲しい」 |
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