「ちゃんと喋りたい」とお悩みのあなたへ
やっぱりこういう仕事をしていると、「どうやったらちゃんと喋れるようになるんですか?」風の質問を頻繁に受ける訳です。この場合の「ちゃんと喋れる」という言葉のウラには「滑舌よくテキパキと」という意味もあれば、「きちんとした発声方法で」という意味もあれば、「自分の思いをしっかり伝えたい」という意味まで色々なニュアンスが含まれています。これまで私はそういう質問をされた時、相手の年齢や職業、性格などを考慮した上でこれぞと思う訓練法を具体的にアドバイスしてまいりました。しかし、そうした訓練法はアナウンサーとしては当たり前の手法でも、一般の方たちにしてみればかなりマニアックな手法として受けとられるようで、結果的に難しいアドバイスになってしまっていました。
そこで私は近頃、方針を転換しました。「ちゃんと喋りたい」と願うすべての人に私は常にこうアドバイスするようにしたのです。『自分の声をカセットテープに録音して、ボリューム大きめで再生してみて下さい』と。子供の頃に誰もが一度はやってみたことがある<自分の声の録音&再生>。「ウワッ! 何て歯切れが悪く、こもった感じのダミ声、いやダメ声なんだ!」と落ちこんだ筈です。あれを今一度やってもらうのです。で、やっぱり再び落ちこんでもらうのです。
でもそこからが違う筈です。単にダミ声(ダメ声)だとガッカリしていたあの頃と、「ちゃんと喋りたい」と願う今とでは認識のしかたが随分違うからです。そこには、何がどう悪いかを分析しようとする前向きな姿勢があるからです。
では、「ちゃんと喋りたい」とお悩みの方の現在の喋り方を分析すると次のようにまとめられます。
①声が小さい ②抑揚がない ③口が動いていない 以上の3つに集約されます。
説明します。①混んでいる居酒屋では声が小さいと店員さんを呼べません。ここで言う店員さんは会話の相手です。相手はいつもあなたのことを気にしている訳ではありません。交通量の多い国道を隔てた20メートル先にいる人に向かって話すつもりで言葉を遠くに投げかけるように喋って下さい。声が強くなります。
②人間は本来、強調したいフレーズの音は高く出します。それができない人が増えています。抑揚の乏しい喋りは強調したいことが何もない退屈な話と受けとられてしまいます。抑揚と強弱をつけて喋りをカラフルにして下さい。
③スピーカーの前に障害物を置いたら音はこもった感じになってクリアに届きません。折角、声帯を震わせても、口をきちんと開閉しないと音が口の中に吸収されてしまいます。鏡を見ながら喋ってみて下さい。口が怠けていることに気づきます。
さあ、以上3つのことを意識して今一度<録音&再生>をしてみて下さい。するとどうでしょう。思ったほど、というよりほとんど改善されていないことに激しい自己嫌悪を抱くことでしょう。ハイ、それでいいのです。実は今回のエッセイのテーマはそこなのです。
ズバリ<自分が意図していることは思ったほど形になっていない>のです。言い方を変えれば、<極端なくらいに表現をしないと自分の意図は形にならない>ということ。
「ちょっと風邪気味で鼻声なのぉ」とか、「カラオケで歌いすぎて少し声が枯れちゃってねぇ」とか、言われてもわからない位の微妙な変化を訴えられたことが誰しもある筈です。自分ではその日の髪形があまり決まっていないと気にしていても、周囲の人はその微妙な違いには全く気がつきません。目が少々腫れぼったくても、化粧のノリが少々悪くても、寝不足で頭の回転が悪くても、そんな些細な変化に相手は気がつきません。先程も言いました。相手はあなたのことばかり考えているわけではないのですから。
自分としては随分、声を大きくし、抑揚をつけ、口を開閉しているつもりでも、それを<録音&再生>してみるとほとんど変化していないのです。機械は客観的で冷酷です。もっと極端に声を大きくし、自分でも笑っちゃう位に抑揚をつけ、腹話術の人形のように口を大きく開閉させて下さい。それでようやくわずかに改善します。
メールの方が自分の思いを伝達しやすいと感じている若者が増えています。彼らはおしなべて繊細で、「何故、自分のことをちゃんと理解してもらえないのだろう」と日々悩んでいます。そうした皆さんに申し上げます。あなたの揺れる思いや考えは10分の1も相手に伝わっていません。もっとわかりやすくストレートに、もっと大きな表現をして下さい。メールはあくまでも記号です。文字のフリをした記号です。どんなに絵文字を使おうともそこにあなたの体温を込めることはできません。体温を込めたつもりでも相手にその温度は10分の1も伝わりません。だからあなたは悩むのです。喋るんです! ちゃんと喋るんです! さあ、今すぐ押入れの中からテープレコーダーを出して下さい!