国内で5年前に心臓移植を受けた40代男性は、西日本の企業の総務部門で管理職をしている。フルタイムで働き、残業もある。「もっと日常生活に制限があると思ったが、想像していた以上のことができる」と話す。
営業担当だった30代のころ、心臓の筋肉の収縮力が弱まり、血液を送り出す機能が低下する「拡張型心筋症」を発症した。移植を決意し、日本臓器移植ネットワークに登録してから約1年半後に提供を受けた。
待機中はベッドから動けなかったが、移植後数日で歩けた。「息切れしない。これからどんどん外に出られる」。移植後7カ月目に復職したころには体力に不安もなくなり、一時は週5日間は出張という激務もこなした。「移植後に仕事に困る人も多いが、健常者と変わらないくらいに働けることを知ってほしい」と訴える。
もちろん、発症前と全く同じではない。拒絶反応を抑える免疫抑制剤の服用や感染症予防などが欠かせない。「薬を持たずに出張し、家族に出張先まで持って来てもらった」。今は、4、5日分の薬を持ち歩く。服用を忘れないよう「朝と夜の8時に家中のアラームが鳴るようにしている」という。
だが最近、将来への不安を切実に感じるようになった。昨年の検査で慢性拒絶反応の初期の病変が見つかったからだ。冠動脈の動脈硬化が起き、進行すると再移植が必要になる可能性もある。薬や食事の配慮で進行を止めようとしているが、絶対に進行しないという保証はない。
今月の検査では、動脈硬化は進行していないことが分かった。少し安心したが、男性は万一自分が死んだ後の家族の生活を考えている。「社宅住まいなので家族の住む家をどうするかなど、これから本格的に考えようと思う」と話す。
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日本の移植医療のレベルは高い。243人が法に基づく脳死移植を受け209人(10月1日現在)が生存。日本移植学会によると、国内で心臓移植を受けた人の5年生存率は91・8%(今年7月10日現在)で、国際心臓・肺移植学会がまとめた世界1万6227人の5年生存率72・1%を大きく上回る。
福嶌教偉・大阪大病院移植医療部副部長は「日本では長い待機期間に患者自身が移植医療についてよく学んでいる。抵抗力が弱い就学前の子どもから感染症をうつされる可能性があるので、移植後3カ月は子どもや孫を抱かせないなど、移植患者には努力をしてもらっている」と説明する。
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ただ、移植後の患者の生活は決して順風満帆ではない。千葉県に住む毛利和代さん(40)の長男吉井貴哉さん(当時17歳)は00年に米国で心臓移植を受けたが、05年に死亡した。移植を受けたことで周りから好奇の目で見られた上、移植直後から心臓の機能が悪く、治療で苦労した。毛利さんは「安易に移植を決断したが、移植はゴールではなく闘病のスタートだった。万能の医療はないと思った」と振り返る。
いつまで移植した臓器が機能するかという不安も一生ついて回る。自身も腎移植を受けた日本移植者協議会の大久保通方理事長は「精神科医や臨床心理士によるフォローも大切だが、最終的には海外のように移植機会を増やし、必要な患者が再移植を受けられる体制が必要だ」と訴える。=つづく
毎日新聞 2007年10月14日 東京朝刊
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