安倍晋三辞任劇と「舞台から姿を消す人々」
9月12日、突如として安倍晋三は、心労を理由に首相辞任を表明した。このときから日本政府は機能停止状態に陥ってしまった。10日以上経った23日に自民党総裁・福田康夫が誕生、25日には臨時国会で首相指名を受け、同日夕、新閣僚を選出。翌26日午前中に皇居での認証式を終えて、福田内閣が正式に発足した。9月中旬の約2週間にわたり、日本はいわば外国との関係を絶ったかのような状態に置かれていた。
世界は今、激動のときを迎えている。恐ろしいスピードで、さまざまなものが壊され、新しいシステムが構築されている。そんな世界にあって、日本はこれからどう動いていくのだろうか。
激動の世界情勢
9月13日――安倍晋三が辞任を表明した翌日、ブッシュ米大統領はイラク政策に関する国民向けTV演説を行い、来年(2008年)夏までに駐留米軍の兵力を段階的に削減する方針を表明した。翌14日には、米政府はイラク政策に対する評価報告を提出、「イラク情勢に進展があった」という項目が増えた事実を示しながらも、駐留が長期的になることが必要だと論じ、イラク問題が次期政権(2009年1月誕生)に持ち越されることを公表した。イラクは混乱の中、多国籍軍の支援を徐々に減らされ、なお混乱混迷の時代を生き続けなければならないことが明確になったわけだ。
イラクよりも予測不能な状態にあるのがイラン情勢である。9月13日の米ワシントン・ポスト電子版は、「北朝鮮がシリア国内の核関連施設に協力している可能性がある」と報じた。
2日後の9月15日に同紙電子版は、「シリア北部の研究施設でウラン抽出が行われている疑いがあるとしてイスラエルが動向を監視」していたと報道。さらに、「9月3日に、北朝鮮から船で、シリアに核関連機器が到着した」ので、6日に「同施設に空爆が実行された」と報道した。
9月16日の英サンデー・タイムズ電子版は、イスラエル筋の話として、「シリアの核武装阻止のために、北朝鮮から運ばれた核関連物資を納めていた地下施設を空爆で破壊した」と報じている。さらに同日の英紙オブザーバーは、「イスラエルによるシリア空爆は、イラン攻撃の予行演習だ」との記事を掲載している。
この1週間後の23日、今度は米ニューズウィーク電子版が、「イスラエルがイランの核施設、ミサイル施設の空爆に踏み切る可能性が高まっている」と報道している。
北朝鮮とシリアの核に関するさまざまな疑惑が報じられていた最中の9月20日、シリアを支配するバース党のダウドォ組織部長の一行が、まるで誇示するかのように北朝鮮を訪問。翌21日には、金永南(最高人民会議議長)との会談を行っている。明らかに北朝鮮は、シリアとの関係を国際的にアピールしている。
ブッシュ米政権は、北朝鮮の核保有を追認するかのような姿勢で、このままでは、ほぼ間違いなく年内に米国は北朝鮮を「テロ支援国家指定」から解除し、米朝国交正常化が軌道に乗ることになるだろう。
こうした国際状況を勘案してみると、世界中の常識とされるものとは異なった結論が導き出される。すなわち北朝鮮は、米国の使い走りとなって中東混乱を演出しているのではないか――という結論だ。北朝鮮を巡る6カ国協議は、明らかに、米国の意向を得た北朝鮮主導ペースで進行しているように見えるのだ。
北朝鮮と中東との関連が世界のメディアを賑わしている最中の9月12日、日本の安倍晋三は突如として首相辞任を表明した。
その同じ9月12日、ロシアでは、フラトコフ首相が解任され、内閣が総辞職。安倍辞任表明とフラトコフ解任に、ある意味での繋がりがあることを日本のメディアはどれほど気づいただろうか。
ロシアの新首相に任命されたのは、大方の下馬評イワノフ第一首相ではなく、ビクトル・ズプコフ金融監視局長だった。これは有力閣僚ですら驚愕したサプライズ人事だった。プーチンが無名に近い金融監視局長を自分の後継者に指名したようなものだが、これはロシア国内の資金が一部政治家や実業家の手に握られることがないように手を打ったものであると同時に、プーチンが大統領職を抜けた後も、強力な院政を敷くというメッセージだと考えられる。(詳細は省くが、ロシアでは「院政」という用語は適してはいない。ただ、憲法改正によって大統領より首相権限を強化するなど、無限に考えられる手法を勘案したうえで「院政」という表現を使用した。)
2012年にAPEC首脳会談がウラジオストックで開催されることが決まっている。このために周辺地域開発が盛んだが、中国はこれに絡んで、北朝鮮の清津港開発に着手している(平壌政権ではなく北京政府が清津開発に着手)。ロシアはすでに、ウラジオストック周辺開発に39億ドルの予算を投入。中露両国の間に立って、北朝鮮が漁夫の利を得ようと足掻いていることも国際的に知られている事実である。さらにこの延長上に、中国東北部の遺棄化学兵器処理問題も絡み、日本の政官民をも巻き込み、魑魅魍魎の生霊たちによる、血みどろの「生き馬の目を抜く」国際戦が繰り広げられている。
朝鮮半島の統一までは、なお紆余曲折があるだろうが、38度線が撤廃されるのは時間の問題。中国北京政府は、平壌武力侵入すら考慮に入れて、朝鮮統一を阻止したい意向だが、東西冷戦の残滓である半島分裂は、やがて解消される。それは日本にとって、途轍もなく重大な事件でもある。ロシアとの北方領土問題、そして北朝鮮による日本人拉致問題を解決しない限り、日本は国際政治の舞台に上がれない現状を突きつけられることになるのだ。
こうした状況を十分理解しているのがプーチンであり、それゆえにズプコフ新首相が指名されたのだ。そのことを日本人は真剣に考える必要がある。
安倍晋三辞任劇の真相
9月12日の安倍晋三の辞任表明は、日本国内だけではなく、世界中に衝撃となって発信された。いったい、何があったのか……。世界中が、辞任の真相を求めた。
公式的には、心労により肉体的限界に陥ったと説明されている。しかし日本の新聞TV週刊誌メディアは、凄まじい勢いでその内情暴露を行った。
それらによると、一説には「麻生+与謝野の官邸クーデター」だとされる。実際、某TVの臨時ニュースの生放送中に「麻生にやられたというコメントがあった」などという表現も流されたほどだった。また一説には、日本TVの氏家と読売の渡辺による「福田擁立劇」があったとの話もあった。
その他、奇々怪々の噂も飛び交ったものだが、奇妙なことに、どのメディアも「外国との関連」には触れることがなかった。だが常識的に考えて、APEC首脳会議直後の辞任表明のウラに、外国からの圧力があったことは明らかだろう。
麻生や与謝野が結託して蠢いた事実は、たしかにあった。氏家・渡辺ラインが画策した可能性もたしかに存在する。しかし安倍晋三に辞任を決意させたのは、ブッシュ大統領からのひと言だったと思われるし、プーチンの囁きが大きかったとも考えられる。それを裏付ける材料も存在している。
9月10日の国会での所信表明演説で、安倍晋三は、「拉致問題の解決なくしては、日朝正常化はあり得ない」と発言する予定だった。ところが外務省の強い圧力により、これを明文化することが拒否されたのだ。いったいこれは、何を意味しているのか。米朝国交正常化を急いでいるブッシュ米大統領は、APECでの安倍に対するひと言だけでは安倍の翻意は無理と判断し、文官を使ってその意思を突きつけたのだ。外務省官僚までもがブッシュの駒になっている現実を知らされたところで、安倍は戦意喪失となったのだろう。
安倍晋三が掲げた「戦後レジームからの脱却」とは、現在の日本にとって最重要課題であったことは間違いない。そして安倍は、小泉とは違って着実にその成果を上げていった。
防衛庁を省に格上げし、教育再生、憲法改正への道筋を切り拓いていった。日米豪印の集団安保体制にも先鞭をつけ、高邁な政治姿勢を内外に知らしめた。また一方では、公務員の天下りを阻止すべく、公務員法の改正にまで着手した。だがそれは、公務員、官公労の怒りを買い、公務員による「年金問題」という自爆テロを誘発させった。これを後押しし、安倍叩き、安倍降ろしに積極的に加担したのが朝日新聞を中心とするメディアだった。
たしかに正直なところ、安倍晋三には二世政治家のひ弱さが感じられた。平たく言えば、お坊ちゃまが仕事を放り出したとも表現できるだろう。だが、安倍晋三が掲げた「戦後レジーム(体制)からの脱却」という言葉は、すでに勢いをもって政界を呑み込み、社会全体を揺さぶり、あるいは政界再編の引き金になろうとしている。
福田首相体制は、それほど長くはないというのが、大方の見方だ。本紙記者も国会答弁をTV映像で眺めていたが、細々と数字を羅列する首相の姿は、総務部長どころか総務課長、係長といった雰囲気を漂わせている。それでも現状の自民党の支持率を考えれば、解散総選挙は来春以降夏までの間と読むのが一般的らしい。ただし、古賀が「年内解散もあり得る」と語っている通り、予想を超えたサプライズが起きる可能性は山ほどあるのだ。
安倍辞任、福田政権誕生というストーリーのなかで、日本は世界の動きから取り残されてしまった。9月に世界中の首脳たちが「地球温暖化問題」について語り合っている舞台には、日本の首相は存在しなかった。世界が「対テロ戦争」で意見をぶつけ合い、言論闘争を繰り広げている間に、日本では誰が首班になるかといった話題ばかりが先行してしまった。
10月に入ってすぐ、韓国の盧武鉉大統領が平壌を訪問。金正日との南北会談で、「南北関係発展と平和繁栄のための宣言」に合意し、署名した。宣言は8項目からなり、休戦状態にある朝鮮戦争の終結に向け、米中を含む当事国会議の開催を模索することや、11月に首相、国防相会談を開くことなどが盛り込まれた。また、南北の軍事境界線を横断する京義線の貨物鉄道を定期運行することで合意した。宣言では「朝鮮半島の平和、民族共同の繁栄と実現について虚心坦懐に協議した」とし、「双方はわれわれ民族同士の意味と力を合わせて民族繁栄の時代を築く」と述べている。
この会談の席上、金正日は終始盧武鉉を見下げた態度を取り続け、格の違いを明確に表現していた。
プーチンが当分の間支配を続けるロシア、胡錦涛の中国、金正日の朝鮮半島……と見渡したとき、正直なところ福田康夫首相では対応しきれないような不安感を覚えてしまう。だが実のところ、日本の首相は歴代、世界と渡り合えるだけの資質、胆力を持ち合わせているわけではなかったように感じられる。そうした日本の首相のひ弱さを、現実に支えてきたのは皇室の持つ見えない力だったのかもしれない。それは「霊力」とでも表現したら良いのだろうか。
日本には皇室が存在している。――この圧倒的な存在感こそが、今日まで日本を支えてきたのではないだろうか。
大相撲界スキャンダルの背景
10月4日、大相撲・武蔵川部屋(東京都荒川区)のちゃんこ番の元力士に「指導」と称して暴力を振るいけがをさせたとして、警視庁荒川署が部屋付きの山分親方=元小結・和歌乃山=を傷害容疑で書類送検していた。
これより前、9月24日には、時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊さんが時津風親方の暴力により死亡していたことが発覚して大騒動になったのはご存じの通りである。
日本の国技である大相撲界に、醜聞が連続している。このままでは、大相撲界は天皇賜杯を返却するのではとか、大相撲が国技ではなくなるとか囁かれている。ここで大相撲界のスキャンダルを時系列に沿って眺めてみよう。
まず話題にすべきは朝青龍問題だろう。
7月10日から17日まで、浩宮皇太子殿下がモンゴルをご訪問。このとき皇太子殿下は朝青龍の父君とお会いになられ、親交を深められている。そして皇太子殿下ご帰国の1週間後に、朝青龍のサッカー問題が暴露されたのだった。骨折を理由に巡業に参加しなかった横綱が、母国モンゴルに帰ってサッカーに興じているとは、そもそも何なのだ。大相撲を嘗めているのか、日本の国技を馬鹿にしているのかといった批判が続出。週刊誌もTVも、連日のように朝青龍問題を取り上げた。
その朝青龍問題もどうやら下火になった秋場所の9月22日。日ごろから大相撲が大好きだと公言されている愛子さまをお連れになって、浩宮皇太子ご一家が大相撲をご観戦された。
天皇陛下、あるいは皇太子殿下が大相撲をご観戦されることは、決して珍しいことではない。愛子さまがご観戦されたのも今回が2度目である。
天皇陛下、皇太子殿下がご観戦になられた当日、陛下が退席されるまで、一般客は足止めされる。それは従来からずっと行われてきたもので、何も指導や放送がなくとも、誰もが頭を下げ、拍手で陛下ご一行が退席されるのを待つのが当然のことだった。ところが今回のご観戦の最後に、足止めされたごく一部の客から「もう来るな」といった心ない野次が皇太子ご一家に向けて飛ばされている。皇太子ご一家に対して公然とこのような野次が飛ばされたことに、些か疑念を感じるのは私のみだろうか。
その2日後、時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊さんが親方の暴力により死に至ったという悲惨なニュースが明らかにされた。
斉藤さんが死亡したのは6月26日のこと。この力士についての情報は、すでに一部週刊誌にも載っているが「札付きの不良」だったという説もある。親方は「マリファナをやっていた」と言っているが、これは確認されていない。ただし、中学生時代から陰湿なイジメを繰り返す途轍もない不良で、親も諦めていたような人間だったとの情報もあるのは事実だ。
死んだ者の悪口を書き立てることは気持ちの良いものではない。また、たとえ本人に落ち度があろうと、死に至るほど陰湿残虐な暴力行為というものは決して許されるものではない。だが6月の事件は、時津風部屋と親との関係においては、一応の決着を見ていた。なぜ皇太子ご一家が大相撲ご観戦をされたことに合わせて、3カ月前に起きたこのような醜聞が暴露されなければならないのか。
皇室の権威失墜を狙って動いている勢力が現存しているという推測が成り立つ。この推測が、間違いであることを祈っているのだが。
舞台から姿を消す人々
9月26日、東京・表参道の一等地を巡る事件で、東京地検特捜部はフリージャーナリストの二瓶絵夢(31歳)ら4容疑者を、有印私文書偽造・同行使と詐欺未遂の疑いで逮捕した。4容疑者に対しては、委任状を偽造するなどして、不動産会社社長から11億円をだまし取ろうとした疑いがかけられている。また同時期、知人の女性宅のマンションに無断で立ち入ったとして、フリージャーナリストの若宮清容疑者(61歳)も逮捕されている。
彼ら2人のフリージャーナリストは「北朝鮮」という単語で括ることができる。そしてこの単語で括ると、今年(2007年)3月に逮捕されたレインボー・ブリッヂ小坂浩彰から、6月の緒方元公安調査庁長官逮捕事件、「現代コリア」廃刊、安倍晋三辞任……と、いくつもの人名、事件名が浮上してくる。そこには瀬島龍三の死まで絡むかもしれない。
――と書くと、賢明なる読者諸氏からお叱りを食らうだろう。「二瓶の逮捕は二階に絡むもので北朝鮮とは関係ない」とか、「現代コリア研究所の閉鎖は政権に偏りすぎた誌面体質の変遷そのものが理由だ」と怒る方々もいるかもしれない。その通りだろう。こうした一連の事件は、相互に連関しているものではない。だが、もし百年後、二百年後の歴史学者が、今年の一連の事件を分析した場合には、単純にこう言うだろう。――時代の激変期に、北朝鮮に絡んだ人々が一斉に舞台から放り出されたと。
緒方重威の事件にしても、二瓶絵夢の事件にしても、表面的に語られるものより遥かに深い裏事情があるということは、本紙も理解している。しかし、そうした裏事情よりも何よりも、いま世界は大変な激変期を迎えており、昔の名前で出ているような人々が呆気なく姿を消すという状態のほうに興味を感じてしまう。
恐らくは読者諸氏の周辺でも、かつての名声だけで生き続けている人々が、その化けの皮を剥がされ、アッと言う間に舞台から引きずり落とされるような状態があるはずだ。あるいは企業で、あるいは商店会や町会の内部で、劇的変化が起きていると思われる。安倍晋三が「戦後レジームからの脱却」と語った内実が、いま現実に起こりつつあるのだ。そしてそれは、間違いなく「下克上」の大混乱を生み出すだろう。
現状を冷静に分析すれば、もはや批評家や観察者であることは許されないということが理解できるはずだ。
政治・経済・社会、あらゆるところで時代が変わろうとしている。年金問題や相撲界の惨状に限らず、さまざまなところで身勝手で残虐無比な破壊活動が繰り広げられている。こうしたなか、傍観者だったり批評家だったりすることは、犯罪加担者と変わりがない。いや、現実に自身の手を使わずに、いい子ぶって傍観者でいることは、犯罪者以下である。当事者にならなければいけない。
政治に対し、経済に対し、社会に対し、自らの意見を主張する必要がある。いきなりそれが無理ならば、最初はまず、車内で煙草を吸ったり化粧をしたりする者に対して、断固たる態度を見せるところから始めよう。
激動の時代に生きている限り、それが使命だと感づいていただきたい。■
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