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建築家黒川紀章さん死去 参院選にも立候補 73歳

2007年10月12日17時06分

 東京・六本木の国立新美術館など「共生の思想」に基づく作品で国際的にも知られた、建築家で文化功労者の黒川紀章(くろかわ・きしょう)さんが12日午前8時42分、心不全のため東京都新宿区の病院で死去した。73歳だった。連絡先は東京都港区赤坂1の12の32、アーク森ビル13階。葬儀は親族のみで行う。妻は俳優の若尾文子さん。9日から入院していた。

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東京都知事選に立候補して、若尾文子夫人(右)とともに最後のお願いに立つ黒川紀章さん=4月7日、新宿駅西口で

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東京都知事選の投開票日前日、若尾文子夫人(左)とともに選挙カーで街頭を回る黒川紀章さん=4月7日、新宿駅西口で

 晩年は都知事選などの話題でも知られたが、建築家として20代から活躍し、スケールの大きな発想の建築を生み続けた。

 愛知県生まれ。京都大学建築学科を卒業後、東京大学大学院で故・丹下健三氏に学んだ。大学院時代に、時代や用途に応じて建築を増殖させることを唱えた「メタボリズム(新陳代謝)・グループ」を結成した。

 中銀カプセルタワー(東京都中央区)、国立民族学博物館(大阪府吹田市)など作品は数多く、海外でも、オランダのバン・ゴッホ美術館新館(98年)、クアラルンプール新国際空港(98年)などを手がけた。カザフスタンや中国で都市計画にも参画した。98年に芸術院会員、06年に文化功労者。

 今年4月、都知事選に立候補したが、落選。7月の参院選でも、自ら立ち上げた共生新党から夫婦で立候補したが、落選した。

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