社説(2007年10月12日朝刊)
[高齢者医療費]
抜本的見直しが必要だ
来年四月から予定されている高齢者医療費負担増の凍結をめぐる論議が大きなヤマ場を迎えている。
自民、公明両党の協議で、自民党側は七十五歳以上からの新たな保険料徴収の凍結期間を半年とする案を提示したが、結論を持ち越した。
参院選での与党大敗を受け、福田康夫首相は、負担増に対する批判が強い高齢者医療制度や、障害者自立支援法について見直す考えを表明した。
高齢者医療費について、与党は法改正を行わず、負担増部分に国費を補てんする方向で調整している。
格差問題に福田政権はどう対応していくのか、国民が注視する中で、凍結論が浮上してきたのは当然の流れだろう。しかし、先送り後の負担増は必至だ。凍結もその場しのぎの印象は否めない。
新たな制度では七十五歳以上になると、夫に扶養されている妻も、夫とは別に保険料を払う必要がある。新制度が年金で暮らす高齢者世帯などを直撃するのは確実だ。経済的な理由による受診の抑制を招き、弱者切り捨て、新たな格差につながる可能性がある。
凍結論にとどめることなく、より抜本的な医療制度改革の見直し論議へつなげていく必要があるのではないか。
医療制度改革関連法が昨年六月に成立し、新たに高齢者医療制度が創設されることが決まった。
七十―七十四歳の一般的な所得者については、窓口で支払う患者負担が一割から二割に引き上げられる。
七十五歳以上については後期高齢者医療制度を導入し、国民健康保険加入者と家族の被用者保険加入者を統合。都道府県の広域連合が主体になり、対象となるすべての高齢者から新たに保険料を徴収することになった。
一方、七十歳以上の現役並みの所得者については、昨年十月から窓口負担が二割から三割に引き上げられた。
与党内では、来年四月実施予定の窓口負担引き上げ、新たな保険料徴収―の二点の凍結が検討されているが、約千七百億円の財源が必要とされる。
医療制度改革関連法は、与野党の全面対決を経て成立した経緯がある。与党側が今になって凍結を決めるだけでは政策の整合性を欠くことになる。
「老人いじめはやめて」という高齢者の悲鳴を重く受け止めるべきだ。
重要な政策課題は、高齢化が進む中でいかに医療費の無駄を除去し、安心できる医療制度を再構築するか。制度の見直し論議も不可欠ではないか。
与党の対応が凍結論にとどまれば、総選挙で国民の歓心を買うための弥縫策と受け止められても仕方がない。
社説(2007年10月12日朝刊)
[富山・冤罪事件]
自白偏重を猛省せよ
何故、誤認逮捕され、誤判されたのか。その真相が闇に葬られたままでは、到底納得がいくはずがない。
真相を解明することが冤罪を防止する手だてになる。司法はその判断を放棄したに等しいといえよう。
富山県の冤罪事件の再審判決公判で富山地裁高岡支部は、強姦罪などに問われ約二年間の服役後に無実と判明した柳原浩さん(40)に無罪の判決を言い渡した。
判決理由は真犯人の存在を断定した上で「柳原さんの自白に信用性がなく、犯人でないことは明らか。起訴事実は犯罪の証明にならない」と述べた。
柳原さんは無罪を勝ち取ったわけだが、決して心は晴れない。弁護側は柳原さんの自白が虚偽だったことを証明するため、取調官の証人尋問を二度申請するなどずさんな取り調べに迫ったが、裁判所はこれらを却下した。捜査当局の取り調べや、有罪を言い渡した審理の問題についても言及しなかった。
冤罪事件は自白偏重の捜査で起きているのがほとんどだ。今回の事件も柳原さんが否認したにもかかわらず、警察は執拗に自白を迫った。検察、裁判所も自白の不自然さを十分、吟味しなかった。
現場に残された足跡、アリバイの成立など数々の物的証拠を捜査当局が慎重に捜査していれば、冤罪を避けることができた。弁護人にも冤罪を防げなかった責任がないとは言えない。
富山県の事件と被告十二人全員が無罪となった鹿児島県の公選法違反事件について最高検は今年八月、問題点を検証した結果、「客観証拠の脆弱性」を認め、自白偏重が冤罪の主な要因とする報告書を公表している。
自白偏重の捜査では冤罪を生みやすい構図があらためて明らかになった。警察、検察、司法に猛省を促したい。
一般市民が刑事裁判の審理に参加する裁判員制度は二年後に始まる。審理を客観的に見極めるためにも、捜査、裁判は今回の事件を教訓に、自白重視から脱却する必要がある。
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