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2007年10月12日(金曜日)付

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野球特待生―行きすぎを正す契機に

 高校野球の特待生問題を論議していた有識者会議が、特待生制度を条件付きで認めるという答申をまとめた。

 野球特待生が広がっている現状を認めたうえで、野放図にならないように枠をはめようということだろう。妥当な判断と評価したい。

 日本高野連は基本的に答申を受け入れる方針だ。これまで野球特待生を認めてこなかった原則を転換することになるが、野球に取り組む高校生の才能を伸ばすとともに、公正な仕組みにするよう知恵を絞ってもらいたい。

 生徒の多彩な才能を育むには、「一芸」を評価することが大事だ。無理のない範囲で特別な待遇をすることは、生徒の自覚や意欲を高める。ほかのスポーツでも特待生制度がある。それらが特待生を認めた有識者会議の理由だ。

 そのうえで、有識者会議は次のような条件を付けた。

 特待生の基準や優遇の内容を公表する。対象にするのは入学金や授業料の減免にとどめ、寮費や用具などは除く。選手集めを仲介するブローカーの暗躍を防ぐため、申請の窓口は中学校に絞り、校長の推薦を義務づける。

 だれにも開かれた制度にし、行きすぎを防ぐには、いずれも必要な条件だ。

 有識者会議はさらに人数枠にも踏み込んだ。特待生は1学年5人以内に限るというのだ。ガイドラインだから拘束力はないが、その人数にした理由を学校は報告しなければならない。

 1校当たりの人数を制限すれば、金にあかせて優秀な選手をかき集めたり、遠くから無理に呼んだりすることに歯止めがかかるだろう。

 こうした答申をもとに、高野連は11月末までに新制度をつくる。その際、考えて欲しいことがいくつかある。

 まず、新しい制度をきちんと守らせるようにすることだ。ルールをつくっても抜け道を探す人は絶えない。違反した場合に罰則を科すことが必要だ。

 これまで特待生制度はこっそり行われていたこともあって、生徒がケガなどで部活動を続けられなくなった時、退部や退学にまで追い込まれた例も聞く。教育の機会まで奪われることがないような仕組みを求めたい。

 その一方で、野球部を離れれば特待生でなくなるといった恐れがあることも、学校ははっきりと示しておくべきだ。

 今回の答申は、ほかの競技でも特待生を考えるたたき台になる。きちんとしたルールなしに、特待生制度を運用すれば、その弊害は大きい。ほかの競技も、この際、特待生制度のあり方を見直してみたらどうか。

 高校野球の特待生問題が表面化したのは半年前のことだ。選手がプロ球団から金を受け取っていたのがきっかけだ。

 この半年間の様々な論議を無にしないためにも、高校野球にふさわしい新しい仕組みをつくっていきたい。

富山の冤罪―弁護士の責任も重い

 「無罪判決をもらっても、真実が闇に葬られたままなので、うれしくない」

 無実の罪で2年余り服役した富山県の40歳の男性は、富山地裁高岡支部の再審で無罪を言い渡され、こう述べた。

 この男性が問われたのは、強姦(ごうかん)と強姦未遂の罪だ。別の事件の被告が犯人であることを認めたため、検察が再審を請求した。だから、結論は決まっていた。男性が知りたかったのは、なぜ自分が犯人に仕立てられたのかということだ。

 しかし、判決は冤罪の原因について何も触れなかった。裁判長は「無実であるのに有罪判決を受けて服役したことを誠にお気の毒に思う」と述べたが、5年前に同じ裁判所が間違った判決を下したことについて謝罪はなかった。

 裁判は有罪か無罪かを判断すれば足りるということなのだろうが、あまりに市民感覚からかけ離れた考え方だ。

 今回の冤罪の特色は、男性が捜査段階だけでなく、裁判になっても犯行を認めたことだ。やっていない罪を男性に認めさせ続けたものはなんだったのか。その原因をえぐり出さない限り、同じような冤罪が再び起こる恐れがある。

 男性によると、やっていないといくら言っても、取り調べの警察官は取り合ってくれなかった。「親族が『おまえに間違いないからどうにでもしてくれ』といっている」と何度も言われた。そんななかで、犯行を認めてしまったという。

 それでも、男性は逮捕された後、検察官や勾留(こうりゅう)質問の裁判官、接見した弁護士に犯行を否認した。

 ところが、警察の取調官から再び、犯行を認めるよう迫られ、「発言を覆さない」という念書を書かされた。裁判で否認しても信じてもらえないとあきらめたという。

 男性は犯行現場の部屋の見取り図も取調官に無理やり書かされたという。念書や見取り図の問題について、警察は否定しているが、真相はどうなのか。

 再審裁判で、男性側は取り調べた警察官の証人尋問を求めた。しかし、裁判所は認めなかった。真実の解明に目をつぶったと言われても仕方ない。

 当時の弁護活動にも重大な問題がある。接見で否認していた男性が再び自白に転じたことに、国選弁護人はなぜ疑問を持たなかったのか。そもそも被告の言い分に十分耳を傾けたのだろうか。

 弁護士は被告の権利を守るのが仕事だ。その責任を果たしたか疑わしい。

 日本弁護士連合会は当時の弁護活動が適切だったかを調査する。遅きに失したが、徹底的に解明して公表すべきだ。

 1年半後に市民が刑事裁判に参加する裁判員制度が始まる。そこでは迅速な審理が必要なため、法廷での供述がこれまで以上に重視される。その法廷で、強制された自白がそのまま出てくるようでは、誤った判決につながりかねない。

 弁護士の責任はいっそう重くなることを肝に銘じてほしい。

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