脳死状態と診断されてから7年。関東地方に住む女性の長男(8)は、脳死後も心停止に至らない「長期脳死」と呼ばれる状態だ。3年前からは人工呼吸器をつけたまま自宅で暮らしている。女性は「元に戻るとは思わない。でも、この子は死んでなんかいない」と話す。
長男は00年、1歳の時に原因不明のけいれんを起こして入院。その日のうちに自発呼吸が止まった。脳波は平たんで、MRI(磁気共鳴画像化装置)検査などの結果、医師から「手の施しようがない。脳はすべて破壊されている」と告げられた。
小児脳死判定基準の5項目のうち、人工呼吸器を外して自発呼吸がないことを確かめる「無呼吸テスト」以外はすべて満たしている。脳内の血流は全く確認されない。
それでも、女性は鼻から管で栄養を入れる時、「ごはんだよ」と話しかける。身長は診断時より約40センチ伸び、体重は約8キロ増えた。乳歯は順次、永久歯に生え変わっている。
表情は変わらないが、手足が時々ピクンと動く。主治医からは「脊髄(せきずい)反射だろう」と言われているが、女性は「肩も動く。何かを感じているように思う」という。
いつまで生きられるか、介護を続けられるか、将来に不安はある。しかし、同じ家で暮らせるだけでうれしい。女性は「発症も突然だったのだから、明日何があっても不思議ではない。毎日を一緒に、一生懸命生きるだけ」と語る。
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国内で小さい子どもが移植を受けられるようにと、与党有志が昨年3月、脳死を「人の死」とし、15歳以上に限っている臓器提供の年齢制限をなくす臓器移植法改正案を国会に提出した。しかし、子どもの脳は障害に対する抵抗力が強いことなどから、脳死判定が難しいとされる。
小児脳死判定基準(対象6歳未満)は、旧厚生省研究班が00年にまとめた。12週未満は判定対象から外し、研究班の報告書は「世界的にも厳しい基準」とする。
しかし、長期脳死児は少なくない。研究班の報告書も「(長期脳死が多い原因は)今後の研究を待つ必要がある」と指摘したが、全国的な実態調査や研究は、ほとんど行われてこなかったのが実情だ。
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長期脳死の子どもが置き去りにされたまま進む法改正の動き。長男の主治医は「医学的には小児脳死判定基準は妥当」と話す一方、「医療としては、長期脳死児の家族が希望すれば治療を続けるなどの配慮が必要だ」と指摘する。
女性は「脳死は人の死とは思えないが、子どもが生きるか死ぬかの瀬戸際にいるという意味では同じだから、移植を待つ子の親の気持ちも分かる。脳死は人の死かどうかという議論をしても収拾がつかないかもしれないとも思う」と話す。そのうえで、こう訴えた。
「でも、悩むことから逃げてはいけない。大事な命の問題だから」
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16日で臓器移植法施行から10年。この間、61例の脳死臓器移植が行われたが、移植を待つ患者に比べて提供者が少ないとして、法改正の動きが進む。本人の同意がなくても家族の同意だけで提供を認めるか、15歳未満の子どもからの提供を認めるのか--の2点が改正の焦点だが、そのまま法改正を進めてよいのか、現状と課題を追う。=つづく
毎日新聞 2007年10月12日 東京朝刊