恥ずかしいのだが、鳴く虫には疎く、代表的なスズムシやコオロギさえ生態をほとんど知らない。いろいろな虫が鳴いていると思う程度だった。
虫たちの多くは、日暮れから草むらの中で懸命に羽をこすり合わせているはずだが、飼育以外では懐中電灯でも持ち出さないと鳴く姿は見えない。昆虫研究家たちは暗闇を恐れず、野原へ出掛けるのだろう。
少々不気味な光景だが、熱心な研究者たちの観察のおかげで虫の暮らしぶりが広く知られるようになった。「セミたちと温暖化」(日高敏隆著、新潮社)に、秋の鳴く虫について「今ではよく研究されているとおり、メスたちは自分と同じ種類の虫のオスの歌を聞くと、そのオスに近づいてゆく」とある。
鳴いている虫はオスで、歌でメスを誘い、子孫を残そうとしている。メスは鳴き声によって丈夫なオスを選ぶ。「だからオスたちは必死になって鳴く。メスが自分のところにきてくれるか、自分の子孫を残してくれるか、すべてをかけて鳴いている」のだそうだ。
今年は暑かったが、これから秋が本格化していく。九日は二十四節気の一つ「寒露」で、暦の本にコオロギが鳴きやむころとあった。夜、耳を澄ますと、まだ虫の音が聞こえてきた。それでも少し、弱々しかった。
最後の力を振り絞っているようでもあった。そう思うと、虫の音がいとおしい。