シェフのひとりごと

日記とレシピ
本心じゃないですから〜訴えないでね!

いろいろあった。

ありすぎた。

そう言えば、アムールを閉めた時、
別に店がうまくいってなかったわけではない。
その頃の常連さんがいまだにいると言うのが
その証拠。
人に言えない事情があったから。

その後一流レストランのシェフの話もあった。
この業界の重鎮、それもフランスでも力のある
重鎮に言われた。
軽く馬鹿にされた様な、完全に上からの言い方。

近藤シェフは、まぁ若いわりに、まぁうまいものも
作れるんでしょ。

はぁ、あなたよりはね。

その一言でこの業界を干された。

生活が出来ない俺はいろんな事をやった。

最終的には、何でも屋と言うか探偵まがいの仕事を始めた。

仕事は無い・・たまにの依頼は犬猫探し・・
犬も猫も探した。

それでも食えないから、知り合いの家に半居候した。
新婚の家に堂々と。
なぜか新婚旅行も一緒に行った。
俺は只者ではないと悟った。

でも生活は出来てなかった。

海へ行った。
毎日が日曜だった。
でも社会からは必要とされてなかった。
精神のコントロールが大変だった。
でも海で学んだ。


小さい頃から格闘技をやっていた、
また始めた。
多分居場所が欲しかったのだろう。

そのお陰で仕事につけた。

ボディーガードだった。

死ぬかと思った。
しかも、毎日。


少し金が出来た。
ようやく飲食の世界に戻れた。
居酒屋を出した。
でも居酒屋だ・・でも、必死にやった。
今思うとあの居酒屋は伝説だな。


その後別のルートでこの業界の裏の支配者的人物に
話がつき、やっとの思いでフレンチに戻れる事になった。

当時やっていた居酒屋をたたむのが条件で、
残っている借金全部背負って。
あるレストランを立て直す為に、必要とされた。
そこの支配人自ら居酒屋の俺の所に頭を下げに来た。

やっと戻れる。

ところが店までたたんだのに、最後の最後で話はちゃら。
俺にかかわった人間まで当時勤めていた店を首になった。

封建的なこの業界。
うらなんてそんなもの。

もう、俺は誰も信じない事にした。

プライドも何もねぇ、チェーン系居酒屋みたいな所の
コンサルを始めた。
そりゃあ必死にやった。

どんな仕事でも包丁もてる仕事だから。

でも一年が限界だった。

金もなく、認められず、先など見れず。



必死の思いで出した店、カイユ。

これまた、立地のせいなのか、
避難ばかりの毎日・・・

それでもなんとかやった。

今度は従業員の失踪・・・

応援してくれる人もその頃にはいた。

でもほとんどは真実なんて知らないから
避難の声だった。

やはり、もう、誰も信用しない。
自分の力と感性だけで生きて行こうと決心したのも
その頃。

この辺から人生が変わってきたのか、
本当の常連さんというか、理解者が増えてきた。

嬉しかった。

小説であっても、ウソだろ!って感じ。

でも事実。

死ぬ気で挑んだ銀座の物件。

獲った。

死なないですんだ。

が・・


今度は大企業か・・

いちいちうるさい。

自分らの落ち度なんて、全くお構いなし、
全力で潰しにかかってる。

でも、もうこっちには、強い見方がいる。
関係ないね!



日本一を獲るために、レストランでは最高値の
シェフおまかせコースを35000円で始める!

ところが、もう情報は漏れた。

どっかの凄いレストランがシェフおまかせ
コースを35000円で始めた。

おいおい、あんたん所は26000円だったじゃんかよ!

頭にきた。

うちは五万円のコースもやる事にした。
別に五万でも十万でもいくらでもやるよ。
それ以上価値のある生きた食材と
値段以上の感動を作るよ、俺は。

俺は世界のいろんな国の料理を現地で見てきて
たどり着いたのが、ここ日本なの。
最高の食材は日本なの。
それを極める為に、海にも山にもいて自給自足の
生活したの。
まぁ仕事がなかったからだけど・・・

フランス人シェフよ、そしてフランスに呪縛されてる
日本人シェフ達よ、日本人をなめるなよ!

ふん!

どうせ、このブログもカイユのホームページも
あと数日で抹殺されて無くなるんだから
最後に言いたい事いったるわい!




やったろーじゃんかよ、!



| chef | シェフの日記 | 23:36 | - | - |
無題
無題


カイユ最後の日、本当は予定より数日早く
閉める予定であったが、毎週金曜日、六時過ぎに
必ず来る常連がいたため、予定の週の金曜日まで、
営業する事にした。

やはり、十年来のお客様で、私が居酒屋をやっている
時など、週三回は店に来ていたが、さすがにカイユに
なってからは、懐具合もあるので回数は減ったものの
毎週必ず来ていた。

この方、実は東大卒で大企業に勤めているにもかかわらず
人生の楽しみは美味しい料理と美味しい酒、がモットーで
口癖は出世を諦めたサラリーマンほど楽しいものはない!
とよく言っており、毎週末にカイユにきては、一人料理を
堪能していた。
凄い事に、この十年来、店にきてメニューを一度も見た事が
無い。
折角メニュー書いてるんだから!と、言っても
メニューで選ぶより、シェフに任せたほうがいい!
毎回違うものが出てくるし、その日の私の体調や気分も
自分よりシェフの方が考えて料理出してくれるし。

この方、ちょっと変わったタイプの人で、自分と会わない
人は一切寄せ付けないタイプ。
携帯電話をもったのも、そう、ついこないだ。
カイユで最後に会った時、いよいよ、携帯買ったんだよ、
と見せてくれた。

そして、カイユ最後の週の水曜日、携帯から電話があった。

もしもし、シェフ!あのさぁ先週食べられなかった、
シェフの新作の鴨のロティ、金曜日絶対食べるからさ、
とっといてよ。

えっ、いいすよ、て、言うか電話してきたの初めてじゃん。
そんな事、電話しなくても、金曜は必ずきてんだからさ
まぁ携帯買ったから、電話したかったんでしょ!

実は、その時すでにカイユを閉める事になっていたのだが、
銀座の事がどうなるかわからず、結局閉めることを誰にも
いえなかった。

金曜は銀座で打ち合わせがあり、営業するつもりは
なかったのだが、木曜の夜中から朝まで仕込みをして、
その方の料理だけやるつもりだった。

しかし、銀座での打ち合わせは、難航し、時間はのびに
のびて、結局船橋についたのは午後七時。

そう、毎週決まって、六時過ぎに来ていた、その常連は
もう、帰った後だった・・・

やむにやまれぬ事情でカイユを閉め、お客様には
メルマガで配信すれば、みんなわかってくれると思っていた。

しかし、その常連、携帯買ったばかりで、メルマガの
存在すら知らない。
そこは、そこ、この常連、私の兄の居酒屋にもたまに
顔を出すので、そのうち会うからいいかと。

銀座の店は決まり、いまやオープンに向けて
必死になってあれこれ進めている所。

ようやく、ショップカードのサンプルが出来た。

何か、ひとつ形になると今は少しほっとする。

毎日毎日ぎっしり詰まったスケジュール・・・・・

明日は早朝から浅野の畑と房総へ行かなければ
ならない、体がしびれる程疲れていた私は、
好きなワインも飲まず、早めに就寝する事にした。

夢を見た。

夢なのか定かではないのか。

カイユでこの常連との最後の日の事だ、
カウンターの中の私、カウンターで食事する
その常連・・いつもの様に談笑している。
その情景と内容はくっきり覚えている。
なんせ、私の中ではカイユで会うのが
最後だとわかっていたからだ。
全くその時の会話状況がそのまま夢に出た。

あれ、俺まだカイユやっていたのか?
と、思って、また同じ事話てら・・



今日は新作の鴨の料理があるんだよー

ええ、シェフ先に言ってよ、もうお腹いっぱいだよ

大丈夫だよ、しばらくやるよ、来週でいいじゃん。

そうだね、これで一週間楽しみが出来るよ、
それにシェフは毎週毎週腕があがるのかな、
どんどん美味しくなるから、だから来ちゃうんだよな
まったく全然貯金がたまらないよ。

ははは、そうね、おらっち天才だから!

そうだよ、シェフは天才だよ、美味しいもの作る人って
他にもいるだろうし、人によってはフランス料理
キライな人もいるでしょ、だけどシェフの料理は
一人で食べてても嬉しい気分になるし、
感動するからね、僕なんて毎週嬉しくなるし
感動してんだから、シェフは必ず日本一になるよ。

おお、珍しいね、そんな事いうの、別に褒めても
何にも出さないよ。

別にそんなんじゃないよ、でも凄いよ、シェフは
僕は始めシェフと会った時は居酒屋でしょ、
居酒屋の料理人がさ今はフレンチのシェフでしょ
シェフが居酒屋の前にフレンチのシェフだったって事知らないで
来てた事だしさ、これからシェフが日本一のフレンチシェフに
なろうが、世界的なシェフになろうが、また居酒屋のシェフに
なろうが僕は客として行きますよ、シェフの料理が食べたい
んだから。
そんな事客に思わせるんだから、それは凄いよ、
天才だよ。

あああ、そそうすか・・嬉しいけど・・
そう言う事は綺麗な女性にいわれてぇなーははは。

現実での話し・・
そして全く同じ夢をみた・・


それから、三ヶ月・・・

メルマガしらないだろうから、ちょっと連絡するか
って、携帯番号しらねぇや・・・
夢にまで出てきちゃあ、しょうがねぇ、
自宅知ってるから、ちょっくら行くか。
新しい名刺も出来たし!

訪ねた家・・部屋の電気もついている。
おっナイス、いるな。

出てきたのは初老の夫婦、



どなたですか?

あ、すいませんいきなり、わたくし船橋で
フランス料理のシェフやっていた近藤ってものですけど・・

えっ・・・シェフですか、

はい、そうです、ちょっと店移転するんで、
その挨拶で来たんですけど、今いますか?

はいっ・・
いますよ。
シェフの話はいつも聞いていましたよ。
ちらかってますが、どうぞ中に・・・

はい。




初老のお父さんが、私に渡した。
小さな額に入った一枚の写真。



すみませんねぇ、わざわざ来て下さったのに・・・
うちのせがれは、こんなに小さくなってしまって・・・




えっ!えええ!



七月に事故で・・

ええええええ!



仏壇の前で初老の夫婦は小さな肩を落とし正座して
ゆっくりと、その時の状況を私に語りだした。

あの子は、一度大怪我してから、人生を変えたのです。
東大も会社も関係なかったみたいです。
それでも東大のボート部に所属してた事が
あの子にとってのアイデンティティだったんでしょう。

そ、そうですね、酔っ払うといつもその話してましたよ。

だからもう楽しく生きたかったんでしょう、話はいつも
その話ですから、それと毎週シェフの事いってました。
凄い店があるんだって。
でもいきなり店閉められたそうで、行くところなくなった
って・・でもシェフはそういう人間だし、すぐまた違う
場所で店やるだろうから、そのときの為に寿司屋
でも行って味覚を鍛えとかなきゃいけないって。

すすいません・・



仏壇にさっき出来た新しい名刺を置いてきた。
とうとう、俺、肩書きがグランシェフになったよ。
まだ、これからだけどさ、約束した事は守るよ。
必ず。
それと新作の鴨のスペシャルは一番初めに
シェフズテーブルに置いとくよ、晴れてれば
テラスのがいいか、オープンは冬だけどさ、
もう、寒いの暑いの関係ないもんな。
もうすぐだから、少しばかり上のほうで
感動する準備しといてくれよな。


帰りがけに、お母さんが俺に言った。

あの子は毎週日曜日にオムレツ作ってくれたの。
シェフに教えてもらったんだって。
毎週毎週、何年も・・
その事もあの子のアイデンティティだったのよ。

もう、何も言えなかった。
深々と頭を下げて、俺はそこを後にした。


人生って重い。
誰の人生だって、みんな重いはず。
でも俺の人生って本当に思い気がする。
それを全部真正面から受け止めて、
生きていかなければならない。
そしてそれが・・・我が人生をかけて
感動する料理を作る。
それが俺のアイデンティティか・・・・・


| chef | シェフの日記 | 22:32 | - | - |
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2007 >>

このページの先頭へ