江戸時代の禅僧・良寛の書に心酔した文人、芸術家は多い。「良寛を得る喜びに比ぶれば悪筆で恥をさらす位はいくらでも辛抱つかまつる」。明治の文豪・夏目漱石は書簡にこう書き記すほど思い入れがあった。
生誕二百五十年を記念し、倉敷市立美術館で開催中の「良寛展」をのぞいた。展示されているのは、終焉(えん)の地・新潟県長岡市の木村家が所蔵する遺墨を中心に約百七十点。
和歌や手紙などの遺墨を張った「貼(は)り交ぜ屏風(びょうぶ)」の中に、言葉の大切さを説いた「愛語」がある。細い線に秘められた意志の強さを感じた。自由闊達(かったつ)で変幻の妙がある漢詩の六曲屏風も見応えがある。
良寛といえば、“手まり上人”の柔和なイメージが思い浮かぶ。倉敷市・円通寺で十二年間修行した後は、清貧無欲の生涯を貫き通した。無駄をそぎ落とした書からは、気品を含んだ無垢(むく)の魂が伝わってくるようだ。
良寛を敬慕した芸術家たちの作品も並ぶ。日本画家安田靫彦(ゆきひこ)の和尚像は、細身で鼻が高く、目尻がつり上がっていたという特徴を巧みにとらえている。良寛がブームと言われて久しい。
作家の中野孝次さんは「物の過剰の中にあるからこそ、無一物の生に徹した良寛に、自分自身を映し出す鏡を見ているのだろう」(「風の良寛」)と分析する。良寛の深い精神性、高い芸術性が宿った書から学ぶべきものも多かろう。