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中年の団体職員 教員免許取得を目指している 名刺の肩書きは集団ストーカー評論家
http://diary.jp.aol.com/3tsffret8/
3月の終わりに、奈良県の県民相談室に行ったとある。相談員もきっと困ったことだろう
それはそうと、この方にはぜひとも早期に精神障害者手帳を取得することをお勧めしたいが、聞きはしないだろうなぁ
http://tokeisopassion.jugem.cc/
ここらへんは微妙な話になってくるだろうと思う
一つ指摘しておかなければならないのは、日本は敗戦後、海外にいる同胞、将兵も民間人も直ちに帰国させることが国家の方針として決定され、海外にいる日本人たちは帰国のための船に無料で乗って帰ることができた。
このとき、海外にいた日本人全員が帰国を拒んでいたなら歴史は変わっただろう。しかし彼らはほぼ全員が日本に帰国する道を選んだ。
しかし、後に在日と呼ばれるようになった人たちにはそのような援護処置は無かった。そもそも1945年8月の時点では自国の政府が存在していなかった(一部の裕福な在日コリアンに関しては、終戦直後の時点では福岡とプサンなど、民間旅客船の航路は国内航路として運航されていたので絶対的に帰国できない環境ではなかったといえようが)したがって多くの在日コリアンにとってはそんな選択の余地など、無かったというのが真相ではあるまいか