手嶋 九月以降の総裁選挙の絡みで、韓国、中国との関係を誰がどういうふうに改善していくのか、メディアの焦点があたっています。トゲになっているのは靖国問題です。麻生外務大臣の発言について、東京にいる外国のメディアのみならず、外交官もそれを読み解いて公電を打つわけです。しかし、麻生発言はどう読めばいいか、ふだんは補助線が引かれていないので読みにくいと皆いいます。それで、私は読んでいる文献が少し違うんじゃないかと、在京の外交官にアドバイスをしています。漫画の『常務島耕作』、それから『勇午』がポイントです。ま、これ、『中央公論』の読者でご存知の方はあまりいないかもしれませんが。これらのなかにこそ麻生外交を読み解くための一種の鍵が隠されている。日本のコミック誌を引用されつつ公電を打つと、受け取る側に大変知的に見えるのではないかと助言しています。
麻生 (笑)
手嶋 いま対アジア外交で、インスピレーションを受けられるのは、『常務島耕作』ですか。
麻生 「島耕作」は中国に進出している最中で、中国人のビジネスの話というのは、自分自身商売をした経験からいうとピンと来るものがありますね。
ただ、よく経済界の方が、あなたがたは儲かってるんだからといって、中国人にいろいろと要求される、それは政治関係が悪いからだというのですが、これはまったく違う。儲かっている人のところに来るものなんですよ。政治のせいだというのは間違っています。
手嶋 対中国外交でいいますと、大臣は就任早々アジア政策全般についての委曲を尽くした珍しく長文の演説を英語でおやりになり、「わたしは中国に関して前向きだ」の一文で始まる記事を『ウォール・ストリート・ジャーナル』へ投稿されたりもしています。中国の民主主義について、「それは必ずやってくる」といったトーンの記事でしたね。心ある一級の外交官は、それで明確に麻生外交、とりわけ対中国戦略が、どのように動いていくのかということを読み解いていますが、実は日本のメディアや国会が、それを読み解いているとは思えない。それはご本人もお感じになっていると思うのですが。
麻生 ええまあ。
手嶋 とくにこのウォールの記事は北京に一定のインパクトを与えて、確か報道官でしたか、教師まがいの態度を取るな、と言ったような記憶があります。中国にしてみれば「民主集中制」で、前から自分たちは「民主主義」だ、という彼らなりのロジックもあります。
麻生 外務大臣というのは宮仕えの身であって、会社でいえば上に社長がいるわけですから、社長が言っている話と全然別のことは言えない。総理大臣と、意見や対応の差があまりに大きい外務大臣というのは、職務を果たしていないわけで、どうしてもそうしたいというのなら、辞職しないといけないと思うんですね。
僕は、靖国に関しても基本的にずっと同じことしか言っていないんだけど、少なくとも国家のために尊い命を投げ出してくれた人たちに対して、最高の栄誉をもって祀るということを、禁止している国など世界中にない。靖国神社は、もともとは招魂社といって、戦争で天皇陛下、官軍側についた人を奉ったのが最初で、それに対して陛下が参拝されるということになっていた。それが戦後宗教法人になります。とくに宗政分離を定めた憲法との抵触が云々されるようになると、もう陛下はおいでになれません。
結果として、憲法上の問題、外交上の問題と、次々靖国がいわば「政治的」になってしまって、遺族や英霊の方々にすると、今はワーワーうるさいでしょうね。静かに祀るというのが、最も望ましい形態だと思います。そういう状況を作り上げるのが政治家の仕事です。
そもそもの間違いは、戦没者を祀るという大事なことを、一宗教法人に任せたまま、今日まできてしまったということです。
手嶋 いま非常に重要なことを言われたと思うのですが、本来、非宗教法人である招魂社の趣旨から外れて、いまや靖国神社というところが、国際政局の要を握っているといって過言でない。だとすれば、その現状は改めなければいけないということですね。
麻生 僕はそう思います。
手嶋 そういう提案ならば、日中外相会談でそれをおっしゃれば、中国側に一方的に言われる筋合いは、まったくないと思います。十二分の対話が、中国のみならず、韓国との間でも可能です。
麻生 靖国神社は、神社と名の付くものの中で、神社本庁に所属してない数少ない神社の一つです。あそこの宮司さんは、みんな民間上がりの方ですから。
手嶋 つまり、そのためにポリティサイズ(政治化)されてしまっている。それを元に戻すということですね。
麻生 明治十二年に招魂社から靖国神社に変わったのですが、今後あそこを維持するということを考えると、遺族の数はだんだん減るわけですから、お賽銭だけで保てますか。そういうことを真剣に考えないと、国としては恥ずかしい。
手嶋 非宗教法人に近い形に戻すということですね。大臣は、「天皇陛下が靖国に参拝なさるのが一番だ」とご発言されましたが、ここもまた補助線がまったくないものですから、さまざまに解釈されて、非常にネガティブに伝わりました。けれども、いまのお話は、天皇陛下は憲法上のお立場からして、政治的な施設にお詣りするわけにはいきませんが、非宗教法人なら可能だというふうに考えてよろしいですか。
麻生 いわゆる政宗分離が憲法に書いてありますから、途端に、私人ですか公人ですかというつまらない質問が出てくるんですね。当時の三木武夫首相が「私人です」と言った昭和五十年以降、昭和天皇の靖国参拝がなくなった。
A級戦犯分祀の話をされる方もいらっしゃいますが、基本的には宗教法人相手に、分祀をせよと政治が言うのは、間違いなく政治の、宗教に対する介入になりますから、それはできません。神社側が言わない限りはありえない。
一宗教法人に戦没者のお祀りを一任してしまったために、補助金が出せません。今後、遺族がどんどん減っていくことを考えたら、やっぱりきちんとしておかないといけない。お国のために命を投げ出すことにならざるをえない状態が、今後永久に訪れないなんてことはありませんからね。 |