☆情報や諜報は避けて通れない

手嶋 私の『ウルトラ・ダラー』という作品は、インテリジェンス、つまり彫琢し抜かれた情報が主題の小説です。そして主人公は、BBCの東京特派員にして英国秘密情報部員です。麻生大臣は、イギリスを情報大国たらしめてきた、英国流のインテリジェンスのさばき方を直接肌で知っている数少ない方ですね。

麻生 同じアングロサクソンでも、アメリカとイギリスとでは、情報の収集、分析、そして判断の仕方が違います。アメリカの場合は、大統領に入ってくる前に、けっこうスクリーニングされている。だからスクリーニングのときに判断を間違えると、大量破壊兵器をめぐる誤認みたいなことになる可能性がある。イラク戦争を見ても、アメリカのペルシャ、アラブ等々における情報収集能力が、組織的に落ちていたというのは否めない事実です。
 イギリスの場合は、MI6(現SIS。イギリス情報局秘密情報部)と、在外公館ネットワークを抱える外務省の二つが情報を上げてくる。それも、首相の執務室にいきなり入るというシステムになっている。だから首相が最終判断をする前のスクリーニングが一本化されていない。そこがミソだと思いますね。外務省のプロをもちろん信用しているけれども、全然別のルートの情報にも価値があるということを、過去の経験から学んで、ああいうシステムになっているのだと思う。
 同じものを見ても、それがアンテナに引っかかるか引っかからないかは、その人の普段からの意識や持っている感性によって違ってくる。日本では、防衛庁、公安調査庁、内閣調査室、警察庁などが情報収集をしていますが、冷戦時代には、はっきりした目的をもって情報を集めるということがあまりなかった。
 一九九〇年に西側では冷戦が終わったけれども、ユーラシア大陸の東半分には、相変わらず一党独裁体制が続いている国がある。その隣にいるとなれば、やはり情報や諜報といったものは避けて通れない。

手嶋 いまイギリスとアメリカという、西側同盟の両翼を担っている国の情報活動のいわば情報文化の違いについて言われました。アメリカは一般にはCIAに代表されるような、一種のプロフェッショナリズム。それに対してイギリスの場合は、情報機関から大臣、あるいは首相のところに直に情報が上がっていく。情報の仕事を日常の生業にしてはいない政治家がいわばアマチュアリズムの立場からインテリジェンスの真贋を見分け、最後は政治責任を引き受けています。

麻生 そう、全然違う。

手嶋 政策通の方々は、日本の政界にも人材はいらっしゃいますが、インテリジェンスといえばこの人だ、と名前を挙げよといわれても困ってしまいます。一般には、故後藤田正晴さんの名前が挙がるのですですが、警察のカウンター・インテリジェンスはちょっと分野が違うと思います。
 その意味で、いま現職の外務大臣たる麻生太郎という政治家は、失言が多いと言われ、一説によると、それはサービス精神がかち過ぎているからだともいわれます。その一方で、私の長いおつき合いから言えば、インテリジェンスそのものが麻生大臣のところから漏れたことは一度もないといっていい。これは別に褒めたりしている訳ではありません(笑)。僕らのようなジャーナリストの立場からいうと、商売に非常に困ります。いい加減にしていただきたい。しかしながら、そうした口の堅さはやはり、牧野伸顕、さらにその娘婿で大臣の祖父にあたる吉田茂のような、日本のエスタブリッシュメントのディスプリン(規律)を、ずっと見続けてきたから、ということなのでしょうか。

麻生 そうですね、門前の小僧みたいなものでしたからね。情報というのは、結果的には、その情報を人に漏らさず、ちゃんと使ってくれる人に集まるものだと思います。新聞記者も、聞いた話を書かなくなって初めて一人前じゃないんですか。聞いた話を裏も取らずに書いて、他紙より早かったとか言っている人は、新聞記者として先が見えていますよね。
 そういうことを考えると、まずは情報、インテリジェンスが大事だということが分かっていること。そして、情報が本当かどうか、裏を取ってみようという意識が働いて、こんな話を聞いたけど、と、裏が取れる人脈があり、そうした手間暇をかけること。そういうものを時間をかけて作り上げていかないとダメなんですよ。
 僕の場合、吉田内閣の頃はまだ小学生、中学生で、生の情報を聞けるところにいましたから、その話をペラペラ喋っていたら、新聞記者も特ダネを抜けたのでしょうけど、一番肝心なところは喋っちゃいかんというのは、自然と身につきましたね。
 「NHKです」とか言ってマイクを出されると、必ず立ち止まる政治家がいるでしょう。別にアポイントがあるわけじゃないから、さっさと行っちゃえばいいのに立ち止まる。ああいう人には、情報は集まらないだろうなと思って見ていますよ。

手嶋 私どもの前には、いま、破壊的にネガティブな教訓が転がっています。それは例の民主党のガセメール事件です。あれはシャドー・キャビネット(影の内閣)の首相が判断を間違った悲劇的な事例です。シャドー・キャビネットがあるということは、デモクラシーの基本です。しかし、そのトップが、しかも安全保障の専門家と言われていた人が、あれほどの間違いを犯してしまった。日本のシャドー・キャビネットがそんなレベルだったという事実を世界に知らしめてしまった。これでは日本とインテリジェンスの交換に応じる国など出てきません。この国の安全保障を危うくしてしまったといっていい。
 『ウルトラ・ダラー』の主人公はイギリス人ですが、大臣は彼がイギリス人以外にしてしまったのでは、話が成り立たないと発言しておられます。

麻生 設定がアメリカ人だったら、これはちょっとおかしいな、と思うところだったんだけどね。

手嶋 日本人でも、いまの現状ではリアリティーを欠く。

麻生 いるような気はするけどね。防衛庁なら防衛庁、外事警察なら外事警察の中にもいると思いますけど、要は、感性と品性の両方が備わっていて、この情報を使ったら何ができるかという価値が見抜けて、うまく利用するけれども、相手を貶めるためには使わない、ということができるかどうかです。そのためには、ある程度訓練が必要だし、長い経験もいる。

手嶋 インテリジェンスを国内政治と絡めて相手を貶めるために使うべからずというご指摘は、大変に重要です。現にフランスでは、大統領の座を争う政敵同士が、インテリジェンスを利用しているとして問題になっています。それがイギリス人の場合、自然にその感性、品性が磨かれていると言っていいと思います。

麻生 日本というのは、内緒話が絶対に通じない国でしょう。記者の人たちはカンオフ(完全オフレコード)とかいうけど、メールで流されたりする。この国では、喋ったら必ず、その話は外に漏れると思わなきゃダメ。村社会の典型ですね。

 
☆祖父・吉田茂の言葉

手嶋 大臣は、まさに吉田総理の横におられて、当時の国家機密を聞いていた。それを取材に来た大物記者たちのふるまいに嫌気がさして、それ以来、メディアとのコミュニケーションができなくなったという噂もありますが。

麻生 いやいや、あの頃吉田番として本当に入り込んでいた人というのは三、四人ですから。朝日の小島さんとか、独特の人でした。

手嶋 そういった方々は、みな本当の意味で書かない大記者ですよね。

麻生 絶対に書かない。吉田茂は長く海外にいて、戦争がはじまったら情報が遮断されてしまい、基本的に国内のことにはまったく無知だった。それがいきなり昭和二十一年に大命降下みたいな形で内閣総理大臣になり、新憲法下での初めての選挙が昭和二十二年の片山内閣のとき。どの政治家がどうだなんてまったく知らないから、朝日の小島さんからよく聞いていました。小島さんの情報と役人の情報の二つをかなり大事に使っていたように思います。
 じゃあ、小島さんの話だけで人物評価をしているかというと、全然違う。最後は自分の目で閣僚の人選などをしていた。巻紙に自分で法務、外務、大蔵とか書くでしょう。その下に名前を書いていって、僕に持たせて、読んでみろと言う。そして、朱の筆で書きかえて、これを渡しておけという。それが組閣名簿なんです。その名簿を知るために、新聞記者が凌ぎを削るのだけど、新聞記者も、お菓子一個でガキに取り入れば、スクープが抜けるんじゃないかというくらいの知恵はつく(笑)。

手嶋 現に大スクープ写真で、太郎少年が撮ったものがあります。

麻生 あれは、サン写真新聞の時任さんという人が、孫を取り込んだ(笑)。写真機を持たせて、撮り方を教えて、撮ってきた写真をどんどん新聞に載せたわけですよ。どうしてこんな写真が撮れるんだ、航空写真じゃないかとかいって、当時はけっこう話題になりましたね。吉田も孫に撮られているとは思わなかったでしょう。

手嶋 そうやって、明治時代からの流れの日本外交を見ておられて、外交については、ご自身の土地鑑をお持ちだったと思いますが、実際に外相として外務省に乗り込んできて、落差をお感じになられましたか。

麻生 昭和二十五、六年、日本が国際社会に復帰していくのは、朝鮮戦争が起き、第三次世界大戦が始まるのではないか、といわれた時代です。多数講和か全面講和かで国論は完全に二分されていて、多数講和を選び、西側につくという決断は、苦渋の選択でした。そのためには極東軍事裁判を受け入れないといけないし、沖縄も当分帰ってこない、ということでしたから。
 あれくらいいい加減だった吉田茂が、葉巻を辞めて事に臨むくらい真剣でしたし、あれは小学校の六年のときでしたか、私らに向かって、小村寿太郎と松岡洋右の話をするんですよ。小村寿太郎という人は、日露戦争が終わったあとにポーツマス条約を結んで帰国したら、石を投げられるやら、焼き討ちされるやらでえらい騒ぎになったという。国際連盟を脱退して帰ってきた松岡洋右は万歳、万歳で迎え入れられた。けれども、後世の歴史家は松岡を評価せず、小村寿太郎を評価するんだ、という話をするわけです。何の話だかよく分からないけれども、サンフランシスコから親父とお袋が帰ったら、俺のうちは焼かれるんだなというくらいの覚悟はありましたね。そういう時代だったんです。
 あのとき、経済復興に最重点をおいて、アメリカ側に属し、軽武装でいくという選択をしたから、今日の日本があるのだと思います。

手嶋 いまの大臣の発言は、大変意外な感じがいたします。麻生太郎という政治家のイメージというと、経済重視・軽武装を柱とする吉田ドクトリンというより、もっと武断派というか、そう思われていませんか。しかしいまのご発言からすると、吉田路線の正統なる嫡出子と言っていいわけですね。

麻生 いやいつも言ってます、「経済的繁栄と民主主義を通じて、平和と幸福を」が、戦後日本のモデルだった、と。大体これ、英語で言うんですけど。ともかく私は、小泉さんがアメリカとの関係を大事にするというのは、絶対間違っていないと思います。 

 
☆同盟の作法

手嶋 吉田ドクトリンが、今日のアメリカとの固い安全保障上の盟約につながっていることは、僕らも理解しています。ただ、それが、言われているほど万全なのかといえば、同盟のオブザーバーの一人として、かなり異論があります。例えば日本の安全保障理事国入りについて厳しく言うと、これを潰したのはブッシュ政権そのものです。日本が常任理事国入りを果たすことのできる案を、ついにアメリカは提示しなかった。これについては、アメリカにもっと強くもの言うべきです。なぜならば、日本はブッシュ政権の筋の悪いイラク戦争をいち早く支持し、いまなお危険な地帯に自衛隊を送っているのですから。アメリカはそうした振る舞いによって、アメリカ自身の国益を大きく損なっているということを、もっと自覚すべきだと思います。

麻生 それを考えるには二つのポイントがあります。国連絡みの問題については、ドイツの場合、イラク戦争反対の後遺症がありましたから、アメリカの空気としてドイツが常任理事国に入ってくるなんてとんでもないという意識があった。G4で出した案に代わる良い案はなかなかありませんし、日本はまた別の案を考えて、すでに話を進めていますけれども、その案でどうなるか、それが一点。
 もう一点は、同盟関係というものは、いざというときにきちんと作動するかしないか、難しいものだということです。契約書があってもその通りに契約が履行されるかどうかは、商売でもあてにならないのだから、ましてや国益に関係した同盟となれば、きちんと作動させるためには、不断の努力が必要です。一方に瑕疵がなくても、契約を切られることもある。たとえば一九七二年に日中国交を結んだときには、台湾側はまったく瑕疵がなかったけれども、日本は吉田書簡一枚で蒋介石との関係を切った。日本もそうしたことがあるんだから、いつだって切られる可能性があるという意識は持っておかないといけない。

手嶋 同盟を維持するための、双方の不断の努力が非常に重要です。だとすれば、同盟の作法としてアメリカ側に問題ありと言いたいですね。つまり、私は日米同盟を非常に重視する立場からあえて言っているのですが、ゼーリック国務副長官が日本側の外交官と会わないというのは問題です。そこで、麻生大臣は、シドニーでコンドリーザ・ライス国務長官に非常に正式な形で、「問題あり」と言われた。ライスさんがその時に顔色を変えたとアメリカ側から聞いています。かなりのインパクトがあったようですね。
 小泉さんは、確かにブッシュさんと、おそらく世界の首脳の中で一番関係が良い。だからこそ、小泉外交の基本である日米同盟の運営に問題はないのかと、堂々と注文もつけられる立場にあると思うのです。

麻生 普通の人間関係と同じで、耳の痛いことも言ってくれるのが良い友達だから、やっぱり言うべきところは言わないといけない。と同時に、力の強い奴というのはおべんちゃらしか聞きませんし、みんななんとなく、耳の痛い話ってしないでしょう。

手嶋 外務大臣のお立場からいうと、日米関係が空洞化しているとはおっしゃれないと思います。が、実際には、そのような危険があります。東アジアの安全を担保してきた日米同盟をより強固なものにしなければいけないと思います。

麻生 たしか鈴木内閣のとき、伊東正義外務大臣が「日米安保条約は同盟」と言っただけで辞任した。それから考えると隔世の感があります。日本人の中に同盟という意識が出てきた。あのとき宮沢官房長官が、「日米同盟には、軍事同盟という意味は入っていない」とかいって、何てことを言うんだと思った記憶がありますけれども。
 私が当選二回の頃、当時の金丸防衛庁長官に、ペルシャ湾が機雷封鎖されたら、日本に石油が入ってくるまでに六〇日かかる、その間の石油の備蓄はどうなっているのか、と聞いたことがありますが、そういうことが起こらないという前提で話をしなくてはいけないような状態でした。いまや現実に、それに近いようなことが起き、日本は掃海艇を送って非常に高い成果を上げている。
 テポドンや不審船、拉致もありましたし、日本人の意識も変わってきた。ミサイルに関しても、迎撃ミサイルのシステムに関して多額の予算をつけて、それがきちんと通っていく。それはやっぱり、こっちが先にやられるかもしれないという意識が生まれたのだと思います。

 
☆「天皇靖国参拝」発言の真意

手嶋 九月以降の総裁選挙の絡みで、韓国、中国との関係を誰がどういうふうに改善していくのか、メディアの焦点があたっています。トゲになっているのは靖国問題です。麻生外務大臣の発言について、東京にいる外国のメディアのみならず、外交官もそれを読み解いて公電を打つわけです。しかし、麻生発言はどう読めばいいか、ふだんは補助線が引かれていないので読みにくいと皆いいます。それで、私は読んでいる文献が少し違うんじゃないかと、在京の外交官にアドバイスをしています。漫画の『常務島耕作』、それから『勇午』がポイントです。ま、これ、『中央公論』の読者でご存知の方はあまりいないかもしれませんが。これらのなかにこそ麻生外交を読み解くための一種の鍵が隠されている。日本のコミック誌を引用されつつ公電を打つと、受け取る側に大変知的に見えるのではないかと助言しています。

麻生 (笑)

手嶋 いま対アジア外交で、インスピレーションを受けられるのは、『常務島耕作』ですか。

麻生 「島耕作」は中国に進出している最中で、中国人のビジネスの話というのは、自分自身商売をした経験からいうとピンと来るものがありますね。
 ただ、よく経済界の方が、あなたがたは儲かってるんだからといって、中国人にいろいろと要求される、それは政治関係が悪いからだというのですが、これはまったく違う。儲かっている人のところに来るものなんですよ。政治のせいだというのは間違っています。 

手嶋 対中国外交でいいますと、大臣は就任早々アジア政策全般についての委曲を尽くした珍しく長文の演説を英語でおやりになり、「わたしは中国に関して前向きだ」の一文で始まる記事を『ウォール・ストリート・ジャーナル』へ投稿されたりもしています。中国の民主主義について、「それは必ずやってくる」といったトーンの記事でしたね。心ある一級の外交官は、それで明確に麻生外交、とりわけ対中国戦略が、どのように動いていくのかということを読み解いていますが、実は日本のメディアや国会が、それを読み解いているとは思えない。それはご本人もお感じになっていると思うのですが。

麻生 ええまあ。

手嶋 とくにこのウォールの記事は北京に一定のインパクトを与えて、確か報道官でしたか、教師まがいの態度を取るな、と言ったような記憶があります。中国にしてみれば「民主集中制」で、前から自分たちは「民主主義」だ、という彼らなりのロジックもあります。

麻生 外務大臣というのは宮仕えの身であって、会社でいえば上に社長がいるわけですから、社長が言っている話と全然別のことは言えない。総理大臣と、意見や対応の差があまりに大きい外務大臣というのは、職務を果たしていないわけで、どうしてもそうしたいというのなら、辞職しないといけないと思うんですね。
 僕は、靖国に関しても基本的にずっと同じことしか言っていないんだけど、少なくとも国家のために尊い命を投げ出してくれた人たちに対して、最高の栄誉をもって祀るということを、禁止している国など世界中にない。靖国神社は、もともとは招魂社といって、戦争で天皇陛下、官軍側についた人を奉ったのが最初で、それに対して陛下が参拝されるということになっていた。それが戦後宗教法人になります。とくに宗政分離を定めた憲法との抵触が云々されるようになると、もう陛下はおいでになれません。
 結果として、憲法上の問題、外交上の問題と、次々靖国がいわば「政治的」になってしまって、遺族や英霊の方々にすると、今はワーワーうるさいでしょうね。静かに祀るというのが、最も望ましい形態だと思います。そういう状況を作り上げるのが政治家の仕事です。
 そもそもの間違いは、戦没者を祀るという大事なことを、一宗教法人に任せたまま、今日まできてしまったということです。

手嶋 いま非常に重要なことを言われたと思うのですが、本来、非宗教法人である招魂社の趣旨から外れて、いまや靖国神社というところが、国際政局の要を握っているといって過言でない。だとすれば、その現状は改めなければいけないということですね。

麻生 僕はそう思います。

手嶋 そういう提案ならば、日中外相会談でそれをおっしゃれば、中国側に一方的に言われる筋合いは、まったくないと思います。十二分の対話が、中国のみならず、韓国との間でも可能です。

麻生 靖国神社は、神社と名の付くものの中で、神社本庁に所属してない数少ない神社の一つです。あそこの宮司さんは、みんな民間上がりの方ですから。

手嶋 つまり、そのためにポリティサイズ(政治化)されてしまっている。それを元に戻すということですね。

麻生 明治十二年に招魂社から靖国神社に変わったのですが、今後あそこを維持するということを考えると、遺族の数はだんだん減るわけですから、お賽銭だけで保てますか。そういうことを真剣に考えないと、国としては恥ずかしい。

手嶋 非宗教法人に近い形に戻すということですね。大臣は、「天皇陛下が靖国に参拝なさるのが一番だ」とご発言されましたが、ここもまた補助線がまったくないものですから、さまざまに解釈されて、非常にネガティブに伝わりました。けれども、いまのお話は、天皇陛下は憲法上のお立場からして、政治的な施設にお詣りするわけにはいきませんが、非宗教法人なら可能だというふうに考えてよろしいですか。

麻生 いわゆる政宗分離が憲法に書いてありますから、途端に、私人ですか公人ですかというつまらない質問が出てくるんですね。当時の三木武夫首相が「私人です」と言った昭和五十年以降、昭和天皇の靖国参拝がなくなった。
 A級戦犯分祀の話をされる方もいらっしゃいますが、基本的には宗教法人相手に、分祀をせよと政治が言うのは、間違いなく政治の、宗教に対する介入になりますから、それはできません。神社側が言わない限りはありえない。
 一宗教法人に戦没者のお祀りを一任してしまったために、補助金が出せません。今後、遺族がどんどん減っていくことを考えたら、やっぱりきちんとしておかないといけない。お国のために命を投げ出すことにならざるをえない状態が、今後永久に訪れないなんてことはありませんからね。

 
☆平壌宣言をどう評価するか

手嶋 次に対北朝鮮外交についてお聞きします。私は、海外で取材をすることが多いのですが、およそ平壌宣言なるものを、肯定的な文脈で引用した人に一人も会ったことがありません。あの平壌宣言には、いろんな意味で大きな誤りがあります。先ほど、アメリカはいくつかの点で同盟外交の作法に反していると申し上げました。しかし、総理の初めての訪朝に至る過程で、日本側も同盟外交の作法を決定的にないがしろにしてしまった。なにしろ、同盟国たるアメリカに平壌訪問の決定を内報しなかったのですから。大臣はどうお考えでしょうか。

麻生 北朝鮮は、二〇〇三年にすでに核を保有していると宣言しているわけですから、こちらのほうがレベルとしては、いま濃縮度三・五%と言われているイランより、はるかに深刻です。平壌宣言においてはミサイル、核はモラトリアムみたいなことになっていますから、これがもし撃たれるということになったら、平壌宣言はその段階で破られたということになる。その段階で、こちらとしてどういう外交的な対応をとるかというのは、考えておかないといけないと思いますね。事実、われわれとしては、いろいろな対応を詰めて考えつつありまして、それは事実です。

手嶋 麻生大臣が小泉総理の外交について検証されるとき、対北朝鮮外交には大きな一章を割かざるをえない。その評価はどうも辛口にならざるを得ないのではありませんか。

麻生 少なくともあの外交で最も効果が大きかったのは、一国の国家元首をして、国家犯罪を犯しているということを認めさせたところです。それまで拉致なんてものはないと言っていたのを、あると認めたわけですから。拉致を認めたら当然帰すのかと思ったら、途端に帰さないというから、ちょっと待てという話になった。あれを境に、日本の世論も随分変わっていったと思います。五人の家族が帰ってきたという事実等々、それなりの成果が上がったという点は、評価しないと公平ではないという気はしますね。

手嶋 その一方で、まさに破られそうな平壌宣言を、しかもその中に拉致の問題が書かれていないものを出してしまった。当時よく一局長の責任に帰するような論評もありましたが、実際は総理と当時の官房長官が裏書きをして進めたわけです。そうした負の外交は、やはり広い意味で乗り越えられるべきだと思います。

麻生 そうですね。平壌宣言というのは破られれば、その段階でまったく別の形のものにならざるをえませんから。こちらとしてもその対応は考えざるをえません。

手嶋 中国を中心とした対東アジア外交では、相当新しい、麻生イニシアティブと言っていい路線が打ち出され始めています。それらを含めて、今後の東アジア外交をどう練り上げ、それによって新しい日本のあり方を示そうとされているのでしょうか。

麻生 アジアというのは、三〇年くらい前までは、貧しさとほとんど同義語だったと思います。世界六〇億のうち三六億人くらい、六割くらいの人が、このアジアに住んでいる。そのアジアの中でほとんど食えないような状態だった中国が食えるようになった。これは、二十世紀終盤の奇跡だと思います。食えるようになったことが、日本にとって脅威だという人がいるけど、そんなことはない。日本だけがアジアの中でやたらGDPが突出していたのが、そうではなくなったわけですから。また、人口一〇億のインドも出てきた。だから、アジアに関しては、私は中長期的に見て、けっこう楽観的です。

手嶋 ほう、そうなのですか。

麻生 いま問題なのは、年間二桁の割合で伸び、しかも透明性が全然感じられない中国の国防費です。いまの四兆円が一〇パーセントずつ一八年間伸びると二〇兆円になる。その内容が全然見えないと、隣国がちょっと待てというのは当然であって、言わないほうがおかしいと思いますね。日本が、じゃあうちもそうしますといったら、一触即発みたいなことになりますから。いま中国に攻めていこうという国があるはずはないので、そこに使う金があるんだったら、もっと他のところに使ったら? というのが、周りの国の正直な本音だと思いますよ。
 アレキサンダー大帝、サラセン、モンゴル、ナポレオンに至るまで、新興国の経済や軍事力が伸びてくれば、周りの国と摩擦が起きるのは歴史の必然です。日本と中国は、いままさにそうなっている。これまでは戦争で破局を迎えるという歴史が繰り返されましたが、そういうことにならないようにしないと、人間として進歩がない。
 そういった意味では、お互いに透明性を高くしておかないといけない。日本の核の技術は、IAEAのお墨付きがついているくらいだから、濃縮技術がこれだけ上がっても、何も言われずにすむわけです。

手嶋 おっしゃるとおりだと思います。

麻生 幸い中国の李肇成外相とカタールで会った時、ここら辺りもしっかり合意しています。安保面での交流もやっていこう、つまりお互いミリタリーを見せ合おう、ということです。どこまで実のあるものになるのか、過去にも合意してなし崩しになった経緯がありますから、これからですがね。

手嶋 今日は貴重なお話をありがとうございました。麻生外交、とりわけ中国外交について、いつになく「補助線」を引いて語っていただいたように思います。ここでの新たな麻生発言については、在京の各国外交団も早速公電の筆を執って報告せざるを得ないのではないでしょうか。

中央公論 2006年7月号
 

 


Copyright © Ryuichi Teshima All rights reserved.
無断転載はご遠慮ください。