労働新聞 2007年10月5日号 通信・投稿

自立生活支援を通して考える

北九州だけじゃない!
拒絶される生活保護申請

東京 川島優子

 私は、非正規社員として働きながら、ホームレス状況にある人が自立した生活を始めるための支援活動をしています。

ごまかし、嫌みを言い…
申請させまいとする職員

 私の活動の一つに、生活保護の申請のサポート、当事者が福祉事務所に出向き生活保護の申請をするのに付き添うというものがあります。本来ならば申請は二、三分もあれば済むものなのですが、実際には申請書を受け取ってもらうという「第一歩」のために二時間、三時間と当事者の横に座って職員と向き合うことになります。北九州市で生活保護を受けられず餓死した人がニュースになって以降、福祉事務所が申請書を受け付けない「北九州方式の水際作戦」が問題となりましたが、東京でもすんなりと受け取ってくれるところは一つもありません。
 まず、当事者とともに福祉事務所を訪ね、「生活保護の申請に来ました」と言います。この第一声で、いっせいにどの職員もこちらを向きます。ものすごくジロジロと見られます。どこでも例外なくはじめにこの嫌な視線を浴びることになります。
 そして、こちらが「申請に来ました」と言っているのですが、職員はまるでそれが聞こえていないかのように「ご相談ですか」と言い換えてしまいます。「相談ではありません、申請です」と念を押しても、「まあ、とりあえず相談に…」とはぐらかそうとします。
 しかし、本当に相談に乗ってくれるのであればまだマシで、中には「路上生活をされているのですか」と尋ね、「住民票がないので生活保護が適用されません」などと言う職員もいます。本当は住民票のあるところで申請しなければならない制度ではないのですが、それを知らない人が「そりゃそうだ」と帰ってくれるのを望んでいるのでしょう。余計な皮肉を言ったりなど嫌な思いをさせる人もいます。
 こうした対応は、場所や担当者によっていろいろで、以前は「新宿区が一番厳しい」などのことも言われていましたが、最近はどこでも厳しくなっているようです。北九州のことが問題になり、申請がスムーズになったという人もいますが、私の場合、逆に「(北九州の件で生活保護が焦点化して)最近、若い人の申請なども増えて忙しいんだよね」などと嫌みを言われたこともあります。

さまざまな人、多様な問題
多くの団体の連携が必要

 生活保護の申請は、あくまで自立生活のための選択の一つで、解決すべきことはたくさんあります。
 アパートを探すなどの入居支援もその一つです。保証人がいないなどの場合、有志による「保証人バンク」が保証人になり、いっしょに不動産屋を回ったりします。
 もっと多様な支援が必要な場合もあります。以前に相談に来た人は重度の難聴であるにもかかわらず、生まれてから一度も障害者手帳を持ったことも、公的なサポートを受けたこともありませんでした。口の動きでそれなりに人の発言を理解し、本人の人柄の良さも手伝った周囲の助けで、これまで何とかやってきたようです。親族との連絡、年金の手続きなど、いろいろな手伝いをしました。
 こうした支援をしていると、いや応なしににその人の人生やプライバシーなどが洗いざらい見えてしまいます。
 その中で感じることは、ひとくちに「路上生活者」といっても本当にいろいろな人がいて、いろんな要素が絡み、さまざまな問題を背負って路上生活に至ったことが分かります。
 こうした問題を解決するためには、例えば多重債務被害者、シングルマザー、障害者、DV(ドメスティック・バイオレンス)などの課題に取り組む団体や、労働組合など、さまざまな団体が連携をしなければ問題解決が難しいことを痛感します。また自分自身の提案の引き出しも増やさなければと思っています。路上生活相談会などでも、まだ自分には十分に対応できないため、今はビラを撒いたり看板を持ったりしていますが、私ももっと相談に乗れるようにがんばりたいと思っています。

「面倒、関わりたくない」
活動通して見方変わる
 この活動に参加する以前は、どちらかというと「日本の問題にはあまり関わりたくない」という思いがありました。関心がないわけではありませんでしたが、飢餓や砂漠化など、海外の問題の方がより深刻で先に解決すべき問題のように感じられたからです。もちろん、そう感じたのは、貧困など国内の問題をあまり報道しないマスコミにも理由があるのかもしれません。
 自分の中にあるイメージや偏見も影響していたと思います。福祉などの問題は、身近なだけに面倒くさく、できれば関わりたくないと思っていました。「暗い」という印象が強く、海外で井戸を掘るなどの方が魅力的に映っていました。同じ女性なのに、というより同じ女性だからDVなどの問題は、世の中のそういう側面を見たくなかったのかもしれません。ホームレスなどの人に対しても「働かないからだ」と、自分はできるのにという見方もありました。
 この活動を通じて、社会のさまざま面、特に今までは考えたくないと思っていた福祉に関心が出ていきました。自分か変わってきたのを実感しています。


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