2007年10月 6日 (土曜日)

兄は名医です(僕にとって)笑

   例えば、「うまいラーメン屋ってどこ?」

 み〜〜んな好みがあるので、「その店」を評価する人もいれば、しない人もいる。「味覚」は主観だ・・・・

 例えば、「名医は??」

 それぞれの人が、自分の「病気を治してくれた」「発見してくれた」お医者さんを評価するから、その「お医者さん」を「名医」と言う人もいれば、「ヤブ医者」と言う人もいる。

 あたりまえだが、「絶対」なんてない。強いて言うなら、統計上、実績があったり、あるいは、たくさんの人から評価されていることか。。。

 でも、うまいラーメン屋だとの評判で食べに行っても、「自分」がうまいと感じるかは別。

 そう、「名医」という評判で診察に行っても、「自分」の病気が治らなかったり、まして悪化などしたなら、そのお医者の責任じゃなくても、「ヤブ医者」だと思っちゃうかもしれない。

 

 先日からお騒がせしてた僕の「帯状疱疹」疑惑???

 その後、背中の10あった痛みが5になり、4になり、3になり。。。そして、今日ほぼゼロになった。つまり、「帯状疱疹」ではなく、ちょっとキツメの「神経痛」だった訳だ。

 僕のこの「不調」に関して、京都で医者をしている兄貴が心配してくれて数日前に電話をくれた。あまりにも痛みがキツかったので弱気になっていた自分だが、電話での会話(問診?)で兄貴は「心配ない!」と診断してくれた。帯状疱疹ではなくても、泌尿器科系とか腎臓とか肝臓とかの疾患ではないか??と心配する僕に、「症状」を聞きながら、詳しく教えてくれた。

 だから、その電話以降の僕は、痛みが続いてはいたけど「気持ち」は安心していた。ただ、電話でのやりとりだけだから、本当に症状が続く場合は病院に行け!という一言は忘れなかった兄貴だけど・・・。

 で、今日、あんなに苦しんでた背中の痛みは、ほぼ消えた!!2週間かかった!

……そう言うわけで、今んとこ、兄貴は僕にとって「名医」です(笑)

 今日から、近隣のお寺の「報恩講」という大きな法要にお参りに行っている。10月は近隣のお寺をまわり、11月のウチのお寺の「報恩講」まで続くのである。 それに法事、法要、月参り、などなどの通常の予定も重なっていく・・・・、毎年ながら結構忙しい日々になるので、一応「元気」になって良かったです。

 ま、体の不調が色々出てくるわ・・・・オッサンの俺だもん・・・・。

 実は、今、肩こり(首筋のコリ)が絶好調なくらいヒドイ・・・・。頭がつまるようなくらい具合悪い。で、「良いアンマさんは??」と色んな人や檀家さんにも聞いてみるのだが、やはり、これも答えはバラバラ・・・・。

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2007年10月 4日 (木曜日)

久々に朝ドラ

10月になり、テレビ番組が色々改編されている。

 また、僕の住む街あたりでも「地上デジタル放送」が始まり、僕のワンセグ携帯からもテレビが視聴可能になった。

 7月~9月には、綾瀬はるかの「干物女」のドラマ(http://www.ntv.co.jp/himono/)しか見なかった。というか、最近あまり見たい!と思うドラマがなくなってきて、ニュース番組と綾瀬はるか以外はテレビをつけなくなっていた(偏っている・・・・苦笑)。 さらに、大好きだった「時代劇」すらその50分間見続けるのが耐え切れず見なくなってしまっていた。 NHKの朝ドラも、その前の「いもたこなんきん」が面白すぎたので、4月からの「どんど晴れ」は、ヒロインの女優には惹かれたが(笑)、「NHK朝ドラ臭さ」に耐え切れずリタイヤして見なかった。

 テレビはハマリすぎてもしかたないが、まったく見ないのもサビシイものである。

 で。10月である。

 朝、お参りに出かける時間が日によって違うので、毎日見れる訳ではないが、今回のNHK朝ドラ「ちりとてちん」(http://www3.nhk.or.jp/asadora/は、「関西」制作なので見ることにした。おまけに、BS2だと朝7時30分から「ちりとてちん」、その後7時45分から引き続いて過去の朝ドラの再放送がある。今回からは、昭和61年10月から半年間放送していた「都の風」が再放送されている。京都が舞台なので見ることにした。昭和61年といったら、僕が高2で京都にいた頃。住んでた寮にはテレビがなかったのでこのドラマは見ていない。ただ「初代ミス映画村」だった加納みゆきが主演だったというのは覚えていたが・・・。(加納みゆきサン。今、何やってるかな・・・・)

 それでも、平成19年(2007年)と昭和61年(1986年)の朝ドラを続けて見ていると、20年の違いが番組作りにも表れているのを感じることが出来る。

 「15分」というドラマを毎日放送するという「条件」は同じだが、

 「今」のドラマは、次の日の冒頭部分にちょっとだけ前回の「復習」を入れている場合が多い。(ま、配慮といえば配慮なのだが・・・。復習が長すぎる場合もある・・・) しかし、「昔」のドラマの方は、前回のドラマの終わったとこから、復習なしに、スッと次の回のドラマが始まっていく。(ま、どちらも例外はありますが)

 あと、「今」のドラマは、そんな復習も入ってダルイ時もあるけど、ストーリー展開にはテンポやメリハリがあり、速い。逆に、「昔」のドラマは、復習なしに進んでいくけど、ドラマ全体としては、まった~~~り単調な気がする。

 今の番組の作り方は、視聴者をバカにしているのか、昔より視聴者が頭を使わなくなったのか、、、それくらいテイネイな気がする。例えばバラエティ番組などのCM明けの際の「復習シーン」が長いこと長いこと。おまけに、「字幕スーパー」で「視覚的」にも説明してくれるし・・・。

 ま、その2つの違いを楽しみに、朝は見れない場合が多いので、タイマー録画をセットしとかなきゃ(笑)

 あと、10月からは「金八先生」 http://www.tbs.co.jp/kinpachi/top.html)も始まるみたいなので、楽しみだ。

 久々に見るドラマがある秋。

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頑固なエエかげん・・・

 ひとつの立場を持ってしまうと、そこに当たり前になりすぎて、自浄能力というか、自己批判の精神が薄れてくる。 「お坊さん」の自分は気をつけなければ、と思う。

 だから色んな人に会った方がいい。

 でも、今までの自分を振り返ると、 僕はある意味「エエかげん」にやってきた。

●お寺の子なのに、子供の頃、神社のお祭りに出て「おみこし」を担いでた。

●お寺の子なのに、彼女いない時期は「バカップルめ!」と否定してたくせに、彼女がいると「メリークリスマス♪」をやってしまう。結構嬉しい・・・。

●お寺の子なのに、「お守り」なんて信じないくせに、知り合いがくれた「受験のお守り」を、「その人の思いが形になったもの」として大事にしてた。

●お寺の子なのに、学生時代、街中で声をかけられて、頭の上で手をかざされた事があるが、素直に応じていた・・・・

●お寺の子なのに、友人のチャペルの結婚式に出たら、「賛美歌」を大声で歌う。賛美隊のオネエサマには負けないわ(笑)♪いつくしみふか---きぃ-------

●お寺の子なのに、朝の情報番組での「占い」のコーナー。自分の星座「ふたご座」が出るまで待ってしまう・・・・

●お寺の子なのに、「ライブ衣装」としてチェーンベルトやペンダントをする場合が多いのだが、よく見ると、デザインが「十字架」である・・・・

●お寺の子じゃなくたって「戦争」には反対だが、そういう集会に行っても、その場の空気が「匂う」場合は名前は書かない。

●お寺の子じゃなくたって他人から批判されるのは怖いけど、面と向かって批判してくれる人が好き。でも超ムカつくぅぅ。だからやっぱりキライ(笑)

 なんて。。。

 だらしないけど、のめりこまない。距離は置くけど否定しない。あるいは肯定しないけど面白そうなら近づてみる。(でも、ハマルものには徹底的にハマルけど・・・。)

 そういう「バランス」でやってきた。そういう僕をバカにする人もいたけど。

 だから、色んな人と知り合えた。

 でも、本当の自分は、アレルギーが出るくらいに、大っキライな事もあるんだ。根っこではね。顔には出さんけど・・・・。 

 自分のスタンスは

 「それを肯定も否定もしないけれど、いまの僕の人生にとって本当に必要であるかどうか・・・・」

 そこに「私の感性」を当てはめていくことにある。

 例えば、「他の○○という宗教をどう思うか??」と問われた場合もそうである。

 自分のスタンスは、実は、エエ加減だが、頑固でイヤラシイ・・・・(苦笑)

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2007年10月 2日 (火曜日)

永代経について思うこと。

  永代供養お願いしたいんですけど・・・」

 「永代経って、おいくらなんですか??」

以上のような「ご質問」を最近よくいただく。僕の「嫌いな質問」のうちのひとつだ。色んな宗派の考えがミックスされて、また、坊さんの怠慢で、そして、皆さんの無理解によって、色んな誤解が生まれてきた。

  

 まず、「永代供養」とか「永代経」という言葉を、皆さんがどういう「定義」で使っているのか、ということである。 「永代経」つまり、「お経」って何か??ってこと。

 葬儀とか法事で坊さんがムニャムニャ訳分からんことを言っている(漢文なので)→→→訳分からんけど、たぶん死者への子守唄くらいになっているだろう・・・・・お経はホトケさんの何よりのごちそうだから(という檀家のバアチャンがいます)・・・・・

 そういうわけで、「お経」とは亡くなった人へ聞かせてあげるもの?!。よう分からんけど、お経を上げてもらったら、「供養」になっている・・・・

 なので、毎月、命日にはお坊さんに来てもらって「お経」をあげてもらう→→→「供養」の為に・・・・・

 やがて・・・・・、諸事情(お寺が遠い、高齢になった、病院がある、毎月めんどくさい、供養するという熱が冷める、宗教を変えるなど)で、お坊さんを呼んで「お経」をあげてもらうことが不可能になる・・・・・

 そこで登場するのが、「永代経」あるいは「永代供養」・・・・。

 それ相応のお布施を包んで、お寺に寄付。→→→そうすれば、毎月、毎年、わざわざ何かあることにお寺に行ったり、わざわざお坊さんを自宅に呼ばなくても、

 永遠に、永代にわたって、未来永劫、オートマチックに、お坊さんが「お経」を先祖の為に「お経」をあげてくれるぞい!!

 だから、いくら「お金」あげればいいの???

 ***************************************

・・・・・・・・・・・・以上は、すべてNG!!(苦笑)

このニュアンスを払拭すべく、説明をさせていただくのだけれど、以上の考えは、結構根強い。

 まず、「お経」って何か??ってこと。

 お経には「お釈迦様」が説かれた「教え」が書かれている。で、「教え」とは、生きている人間に向けて説かれた「正しくものを見る方法」、あるいは「悩み解決法」と言える内容である。

 つまり、「お経」は、死者ではなく、生きている人が聞く(学ぶ)もの。

 でも、中国から輸入された「漢文」のままで読んでいるので訳分からんから誤解が生まれる。だから、「儀式」としての「訳分からんさ」は仕方ないにしても、坊さんは「法話」という形で、自分の言葉で、自分の理解している内容を皆さんの前で語らなければならないのである。

 死者がどうでもいいのではなく、愛しい人の命の終わり(死)を通じて、自分の「生」を学ぶ。そこに、お釈迦様の「教え」、生きとし生けるものに呼びかけている「教え」との出会いが開かれてくるのである。

 死者の供養の為、、、死者の為の子守唄、、、そんな位置で立ち止まらず、もう一歩、踏み込んで、「私自身」の為に「教え」に会わなきゃならないのである。

 だから、「お経」とは、仏壇や本尊に向かって声を出しているので、「死者」の為に・・・・というイメージになってしまうかもけれど、実は、自分の唱える「お経」を、仏さまからの説法として自分の耳で聞く、、、ということになる。

 お経に説かれている「教え」を通じて、自分自身の人生を日々学んでいく、、、ということ。

 だから、「仏教徒」なのです。

 

 まとめ

 お経は「教え」。死者への呪文や供養のアイテムではない。

 で、それを「永代経」という言葉に当てはめてみるならば・・・

 「永代」にわたってウチの先祖の為に「お経」がオートマチックにあげてもらえる「システム」の為に、お金(お布施)を寄付する、、、というのではなく、

 これからも永代にわたって、後世の人も、この「教え」に学ぶ機会に恵まれる為に「この場(お寺)」が存続していきますように・・・・』

 という「願い」を寄付という形で表すものだと思うのです。

 そして、そのいただいた「浄財」を、お寺が存続する為、「維持」「護寺運営」の諸々の為に、有難くわせていただくのです。 

 だって、「永遠にお経があがる」なんてあり得ない。お寺だっていつ地震や火災の被害に遭うかもしれないし、老朽化もします。お坊さんだって生身の人間です。永遠にオートマチックにお経があがって安心!?そんな意味での「永遠」なんてあり得ません。

  やはり、これも8月2日の投稿で「はじめに教えありき」ということを書きましたけど、それと同じです。 http://minoyamakono.way-nifty.com/tomo/2007/08/post_a454.html

  ※ただ、以上のことをただエラソウに語っているだけでは、お坊さんは「裸の王様」なんですけどね・・・・・。

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2007年10月 1日 (月曜日)

mylife

mylife

『夕焼け空を一人眺めて歩いていると なぜかジンワリ涙が溢れ出してきて 私の人生どこから来てどこへ向かってる? にわか哲学者になる』

夕暮れ時、買い物の帰り道を歩きながら、ある歌のこのフレーズを口ずさんでいた。何の歌だったっけ??
あ、俺の「my life」というオリジナルの歌だった(笑)

今日から10月。

すっかり日が短くなった街の中を歩きながら考える。
「自分」について。「人生」について。「これから」について。遥かな記憶の向こうから浮かんでくる「顔」があり、蘇る「思い出」がある。

なんだか、「色んな人生」があったような気がして・・・。それでも色んな「分岐点」に直面しては「何か」を選び、「何か」を捨ててきた自分の「現在」を考える。

やり直すことも、繰り返すこともできない「唯一」なるこの道を進むだけだ。

『競う・比べる・羨み・妬む・嘆く・卑下する… それだけで歩いてきた道ならとても淋しいよ 夕焼け空を一羽のはぐれた鳥が西へ飛んでゆく…』

続けてそんな自作曲のフレーズを歌いながら、
「はぐれ鳥」は小さく呟く。

頑張ろ……

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2007年9月29日 (土曜日)

ウヌボレ確認。

    いやぁ、自分の体調の投稿に関して、このブログをご覧の皆さんからメールをいただきました。  ありがとうございます、暖かい言葉。  すみません、ご心配おかけしまして。

   右の背中に激痛を覚えてから1週間・・・、今のところ「疱疹」などの症状は現れてません。皮膚科でいただいた「痛み止め」の効き目があり、だいぶ楽です。忘れている時もあるくらいですから、日常生活に何の問題もありません。  しかし、気がつくと「微熱」があったり、夜になると「背中あたりの痛み」がひどくなる時もあります。 なので、まだよくわかりません。 今日、お参り終わったら午後から「病院」に行こうかな?と思ったら、今日は土曜日でした。。。このまま、痛みが「沈静化」しないかなぁ・・・と期待しているんですけど。  

 そんな訳で、日常は「元気」です。一応・・・。

  昨日は、午前中に市内のお参りを回り、午後は隣町の病院の「ホスピス病棟」に訪問し、入所者の皆さんの前でお話をさせていただいて、その後、夜はウチから車で2時間ちょいかかる「むかわ町」のお寺に学習会に行き、帰宅したのは深夜3時・・・。

 色んな場所で、色んな人にお会いできた1日でした。

そんな中、昨日の昼間に行った「ホスピス病棟」でのこと。

 近隣の本願寺派(お西さん)のお坊さんの「ビハーラ活動」というのに仲間入りさせていただいて(ちなみに私・KONOは大谷派(お東))、月に一度、市内の特別養護老人ホームに訪問している。入所者の皆さんの前で法話をしたり、なぞなぞをしたり、会話をしたり・・・、という活動なのだが、今年から、もうひとつ隣町の病院の「ホスピス病棟」にも訪問する事になったのだ。

 ホスピス病棟とは、末期の癌患者の皆さんが、自らの病気を承知の上で、痛みを和らげつつ、心穏やかに時間を大切に療養されている施設である。 そこの病棟には「茶話会」という午後3時からの時間枠があり、病棟の中央にあるスペースに患者さんが集まって、お茶を飲みながらひとときを過ごす。その場に色んなボランティア団体がお手伝いに来ており、その中の1団体として、我々お坊さんの「活動」が今年から始まったのだ。

 そして、昨日が僕が皆さんの前で「お話(法話)」を担当する日だった。

緊張した・・・・。

何を話したらいいのか、迷った。

とにかく緊張した。 

 いつもの、葬儀や法事やお寺での法話のようにお話できないのだ(←ま、これらの場合のお話がきちんと成立しているか分からないが・・・・苦笑)

 それでも約30分間しゃべり(長い??)終わってから、「俺も、そんなもんか・・・・」と思った。 

 そこには、「緊張」という名の「ウヌボレ」があったからだ

  この「ホスピス病棟」での活動が決まったとき、活動への参加を辞退した若いお坊さんがいた。「僕は、まだ癌患者の皆さんの前でお話なんてできません、とてもとても・・・・」 

 僕は、そんな彼に対してこう思ったのだ。

 ①「癌患者」の皆さんには「死」がハッキリと迫っている。しかし、この「私」は「健康・元気」である。だから全く別の地平に立っている。という図式があるとすれば、これこそ若く健康な者の「驕り・たかぶり」ではないか?

 ②確かに「癌患者」の皆さんは病を患っているけれども「今」生きている。そして、この「私」も「今」生きている。お互いこれから先、「一瞬先」はどうなるか分からない「人間存在」である、という1点で同じ地平に立っている。という図式があるのではないか。そこから状況の違いを認めながらも出逢っていける事はできるのではないか?

 活動を辞退したお坊さんを批判する訳ではないけれど、①と②をしっかりと確認すれば、ホスピスを特別視して辞退しなくてもいいのではないか?それならば、通常のお寺の日々でお会いする人々との中にだって①や②はある訳だし、ましてや「葬儀」という場面では「死」に直面したご家族の皆さんとお会いしなければならない訳だから、そんな「アマちゃん」のままでは、「坊さん自体辞めなきゃならんぞ!」と、偉そう~~~~~~に思っていた自分だった。 

 しかし、昨日、初めて「ホスピス」でお話を担当し、ものすごく緊張し、タブーな言葉を使わないように気を遣い、おろおろしている自分自身を確認して、思ったのだ。「なぁんだ、俺もそんなもんか・・・・」と。

 この俺も、いや、この俺にこそ①という「若く健康なウヌボレ」がしっかり存在していた、ということ。そして、その「ウヌボレ」こそが、患者さんの前でお話する自分自身をこんなにも「緊張」させたのだ。

 だからこそ、②ということは確かに「真実」ではあるけれども、①である自分には「キレイ事」にしかすぎないのだ。またそこには病に苦しみ、死に直面した人に真向かいになる「姿勢」がアヤフヤで、「一瞬先はどうなるか分からない」という「1点」にも元から立っていないし、到底立てないからだ。つまり「自分はまだまだ死なない」とウヌボレが、しっかり確認できた。 たとえば、病棟の患者さんに「また来月、来ますね!またね!」とふつうに挨拶できてしまう私・・・なのである。

 さ、それで偉そう~~~~~~な自分の「正体」が暴かれて、「ふりだし」だ。

 「ホスピス病棟」という場に限定しなくても、私の「日々」の場面にある①や②をどう考え、どう人と関わっていくのか??

 マヤカシやゴマカシではなく、まっすぐに厳しく、それでいて窮屈ではなく、真実を真実として受け止めていく具体的な「歩み」を、学びたい。

    

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