子守革命 投稿者:水闘委
投稿日: 1月24日(土)03時10分32秒
30年前の連合赤軍関連記事で、『子守革命』というのが有りました。生まれたばかりの赤ん坊をおんぶして、雪原をさまよう、新米看護婦の記事でした。新聞か週刊誌かは、覚えていません。それは、赤軍からの脱出行でした。赤ん坊の母親は、総括と言う名で、虐殺されていました。そして、彼女の看護学校の同級生も殺されていました。その他多くの、同士であったはずの人たちも、しかり。この事実は、あの銃撃戦の数週間後に発覚した。1971年3月、『白衣の天使拒否宣言』なるビラを最後に、音信不通となる。彼女とその同級生達は、全共闘を名のることは無かったが、民主化闘争を立派に闘った。
日大高等看護学院に関わる、微かな記憶よりーーーーーーーー
・・・・・・・・。 投稿者:理工OB
投稿日: 1月24日(土)07時37分18秒
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ーーーーーーーーーーーーーーーーーつらい・・・・・、知らなかった。
水闘委さん、貴重な話ありがとう。
水中のみずすまし さん 投稿者:薮
投稿日: 1月24日(土)22時56分9秒
ご意見をありがとうございました。
連赤が結成された事情のあれこれ、結成後の云々は世間で公表されている程度ですが
知っております。みずすましさんが、おっしゃるまでもなく非道の限りです。
私が望んで学生運動[とやら]に参加した時、党派闘争と連赤で仲間を求めてもわずかでした。
それでも、連赤に参加した皆の初発の志だけは否定したくないのです。
どれだけ醜悪な過程を経て、どれだけ悲惨な結果を残したとしても。
佐々には加担したくない。
>東大闘争
反帝学評と社青同国際主義派は総力で立て篭もったようです。
当時の公判集でみてとれます。
夢 投稿者:理工OB
投稿日: 1月27日(火)17時33分22秒
秋田さんには1999年の理闘委同窓会で逢った。
30年ぶりだった。
短く刈り込んだ白髪交じりの頭。
柔和になった表情。
山本義隆さんの近影が新聞に載っていた。
白髪で白いひげをたくわえていた。
ラフないでたちだが、言いようの無い風格が感じられた。
この30数年、二人とも時代への発言を一切拒んできたと言われている。
何かの会で今井澄参議(東大全共闘、安田講堂防衛隊長で逮捕2002.9.1逝去)が、「山本に出てこいと言っているんだが、彼は頑として首を縦に振らない」と嘆いていた事を聴いている。
秋田さんもしかりだ。
私の死ぬまでの願いは、二人が時代に再登場する事だ。
小泉なんてくそくらえだ。
菅直人なんてめじゃない。
オジサン、その時きゃ命賭けていい。
藪さんへ 投稿者:催涙 三郎
投稿日: 1月29日(木)21時59分34秒
きわめて、生々しく、それでも、ここでの事実は報告しなければならならない。
戦後初めての大衆闘争らしき大衆闘争、
共産党も、CIAも、社会党も、日大闘争の既得権が欲しかった。
あらゆる方法で、日大全共闘に彼らは接近した。
日大闘争の中心は、日大全共闘である。
しかし、日大闘争はあらゆる人々を巻き込んだ。
敵古田だって多くの人々との接点を強要された。
ましてや、日大闘争の代表を名乗った秋田君、田村君、佐久間君、大塚君、酒井君、田村君、
鳥越君、あと、いくらでもいる。
彼らはマスメディアで有名人となった。
今、全共闘世代の息子たちは、彼らが世界に踊り出た年頃だ。
なんと、息子たちはひ弱に見えるであろうか。
しかし、そうではない。
当時、みんな、ひ弱な青年だった。
ずば抜けて、天才でも、秀才でもない。
そのように仕向けたのはマスメディアだ。
それよりも、それを支えた、学生諸君だ。
もう、彼らを解放すべきだ。
むしろ、彼らのを表に立てた、われわれがその任務を担うべきだ。
それが仁義である。
息子たちは、ひ弱い。
しかし、時代がくれば、彼らもまた、英雄になる。
時代は、訪れつある、
日大闘争に突入する時代も長かった。
しかし、それを待っていた多くの人々がいた。
その多くの人々に支えられた日大闘争であった。
すべての人々が、日大闘争に結集した。
その敗北は、やはり、結集力が足りなかったと反省する。
私にも赤軍の誘いはあった。
私は、彼らが、全共闘闘争から逃避することを批判した。
しかし、そのベクトルは同じであると信じた。
ともに戦うことを約束した。
彼らは、そのあと、連絡してくることはなかった。
逆に、多くの私の仲間が赤軍に参加した。
そして、悲劇が始まった。
彼らの目的は兵士である。
鉄砲玉となる兵士である。
それは、すべての新左翼を政治党派が同じ道を過ぎた。
日大全共闘は兵士の草刈場であった。
残念ながら、党派連合東大闘争、全国全共闘は、その役割を担った。
それを阻止できない我々のひ弱さは明らかだった。
あのとき、日大全共闘が、全国全共闘結成集会で、
内ゲバ反対で、日比谷野外音楽堂のステージを占拠したことを覚えている。
その指揮は、今は亡き、連合戦線の横浜君であり、
その戦闘部隊が、理工闘争委員会、経済闘争委員会であったと
記憶する。
この時に、日大闘争は、名実ともに、東大闘争、全国全共闘との決別を決意するのである。
悩みは消えた。
しかし、同時に日大闘争はマスメディアから消えた。
マスメディアはいい加減な記事を流布した。
我々は、事実を知っている。
それを知らせる義務がある。
息子たちのために。
催涙 三郎さん 投稿者:催 涙太郎
投稿日: 1月30日(金)02時10分6秒
日大全共闘の終末の始まりは、全国全共闘がもたらせました。
三郎さん…。良い記事を載せてくれました。
「けいとうい」では、ここ数日、くだらない「おじさん しりとり合戦」をやってます。
転載してください。
全共闘残党の皆さんへ・… 投稿者:経済OB
投稿日: 1月30日(金)02時49分19秒
秋田、山本再会あるかもよ・…
それは,水すまし君の今後の采配次第です.
水すまし君,貴殿は,その領域に迫っています。
「つくる会」がんばってください,無理をせずに。
何でしたら‐ーーーー小生と,Tg.T君が…お手伝いできるかモしれまん。
2004年2月をご期待ください.
メディアを人民の手に 投稿者:遅れて来た全共闘世代2
投稿日: 1月30日(金)07時29分19秒
めいめいがメディアを持ち国家と対峙いたしましょう
団塊の世代の皆さん、私は「遅れて来た全共闘世代」の1人です。私は仕事のかたわら、ボランティアで、コミュニティFM放送の番組を制作し、出演しています。またその内容を個人のホームページに掲載しています。休みはそれでつぶれています。
最近イラク派兵を契機に日本政府は、本気で「憲法を改正し」「徴兵をし」「海外派兵を常態化」させようとしています。私たちが「黙して語らなければ」その事実経緯は追認したことになります。
とくにテレビ・新聞各社のマスメディアの「従軍報道」はひどく、国民世論をコントロールしようとしています。とくに最近露骨です。このBBSでも催涙三郎さんがご指摘のように、マスメディアのいい加減さは当時もそうだったとのこと。であるならば、私たち人民自身が情報を発信し、ネットワークし、運動体を再構築する必要性があります。
私たち世代もまた、団塊の皆様がた同様「アナログ世代です」。アジテーションやビラ配布、立看とデモ行進といった広報手段しか若い頃親しんでいませんでした。紙媒体は得意でもデジタルの世界は苦手でした。
私は「ホームページ作成100時間講習」を受講しました。だから自分でhtml、方式でサイト構築は出来るようになりました。しかし更新作業は手間隙がかかり、大変です。
昨年は仕事の関係と個人の関係で約500ページホームページを作成しました。慣れても作業は大変です。個人のページです。
html方式の
(ホームページ) http://www.nc-21.co.jp/hoeru/
http://www.nc-21.co.jp/dokodemo/
このたび、掲示板へ投稿する手間と同じで、自分のホームページが出来るblogというシステムが昨年末から日本に現れました。私は1月1日からしています。
その特色は、
1)ホームページ作成ノウハウがなくても作成できる。
2)更新作業が実に楽である。
3)多彩な双方向のしくみがある。
4)すぐに交流ができる。しかも安心して(相手のサイトがわかるからです)
先週からこの1週で2人の人のサイトを開設するサポートをしました。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/4511(川田メダカ農園)
http://hataai.cocolog-nifty.com/(愛ちゃんの市議会日誌)
上の人は元自民党県議(昨年の選挙で落選)現在は農業者。昔は労働者反戦で、全国動員で街頭闘争と三里塚闘争に参加し2回逮捕されたとか。2時間程度でサイトをこしらえ、飲みに行きました。酔いが廻るとワルシャワ労働歌を歌いました。
したは共産党の市会議員の人。一番若い議員ということでラジオ番組に出演していました。若いから先輩議員から「けんちゃんはトロやったんで」とか言われても「?」という感覚。こちらも2時間程度でサイト開設しました。キュートだから日共でもなんでもいいではないですか。
情報を人民に取りもどすために、blogをやりましょう。
( blogによるサイト) http://dokodemo.cocolog-nifty.com/ http://www.doblog.com/weblog/myblog/3440
掲示板に書き込む手間隙で、ホームページが更新できます。しかも双方向。コストはココログ(ニフティ)が年額3000円で、他は無料です。ソフトもいりませんし。
昨年12月に日本で急速に普及してきました。わたしも1月1日から始めたばかりです。
従来インターネットは「オタク系の」若者の世界でした。取得技術が不要になりましたので、全共闘世代や、遅れて来た全共闘世代は、「言いたいことがたくさんあるので」うってつけのメディアであると思います。
そういうことで、皆様に呼びかけたいと思います。
困ってます・・? 投稿者:管理人
投稿日: 1月30日(金)07時59分18秒
みなさん熱くなっているとき突然すみません。
管理人にメールで出版社からこのホームページのURLを紹介したいが如何か、という問い合わせが入っています。
この出版社は若者向けの女性の裸がメインのいわゆる**雑誌ということです。
管理人は判断に苦しんで!?います。
如何なものでしょう。
Re;困ってます・・? 投稿者:水闘委
投稿日: 1月30日(金)09時08分13秒
裸の雑誌でも、かまわないのではないでしょうか。
若き日々、皆さんも、お世話になったでしょう。
おかしな輩がはいりこむかも知れない。しかし、安全なデモなんかなかったでしょう。
若者達が、このHPを見る事が大切と、考えます。
催涙 三郎さん 投稿者:薮
投稿日: 1月30日(金)21時00分35秒
感謝、です。よろしく、です。
私の胸の内で答えさせてください。
ありがとうございました。
赤軍バカヤツラメ 投稿者:何を言うか
投稿日: 1月31日(土)02時12分57秒
お前らみんな死ね
死ななければ俺がぶっ殺してやる
日大の恥知らずだ
日大愛国戦線 小俣哲郎
**雑誌とは此れいかに 投稿者:水中のみずすまし
投稿日: 1月31日(土)03時47分45秒
管理人曰く
>>URLを紹介したいが如何か、という問い合わせが(中略)…。この出版社は若者向けの女性の裸がメインのいわゆる**雑誌ということです。管理人は判断に苦しんでいます。如何なものでしょう。
まじめだなあ、管理人さん。
「いわゆる**雑誌とは」が定かでないが、いわゆる「**」が何の何なら、おかしな読者の書き込みが殺到するのではないか…。「この出版社」が札付き業界ならず者業者なら即刻断るべきであろうか…等々思慮しているのかと想像する。
基本的には、「水闘委」の提案に賛成。ただし、掲示板の閉鎖に結びつくような混乱は避けて頂きたい。
しかしながら、公開掲示板を公表した以上、清水寺から飛び降りるのも人生の因果。不特定多数の発言発表は直接民主主義の原点。
OKしちゃったら…。不貞のやからの追い出し書き込みは、水闘委他、理工OBシンパが引き受けますよ。
愛国戦線 小俣 様 投稿者:理工OB
投稿日: 1月31日(土)06時54分57秒
小俣哲郎 さん
実名?での書き込み、その気合ありがとうございます。
元日大全共闘残党の巣窟へのご発言、さぞ決心がいったのではと推察しています。
何せ貴殿らの先輩とは百戦百勝の兵で、且つ貴殿らと区別のつかない様な輩が数多くたむろする掲示板です。
過去幾たびか、無謀にも日大全共闘の掲示板に書き込み「袋たたき」状態でいたぶられたかたもおられます。
ご存知でしたか?。
貴殿のような書き込みをがあると、みな胸がワクワクするのです。
それに私達のかわいい後輩にあたるのですよねえ。
日大愛国戦線さん万歳!
さらなる精進を願います。
PS.革命戦士「日本赤軍」について賛否は述べませんが、気合と根性だけは貴方たちの集団より勝っていました、もう少し勉強されたほうが良いと思いますが
僕は賛成です。 投稿者:Syuugoro
投稿日: 1月31日(土)06時59分18秒
おはようございます。
**雑誌掲載の件。
「荒らし」が始まったら、「荒らし」と闘うのも、また権力との「闘い」だと思います。
もともと「権力」との闘いという意味では、「全共闘」も「**」も同じ道。
・ ・ ・ ・
山本義隆さん、「大仏次郎賞」を受賞されたんですね。新聞で読みました。
頭が下がります。しかし今の社会状況に対して発言して欲しいですね。
高橋和巳も亡くなって30年以上になりますが、生きていたら72歳ですね。
もし彼が生きていたら、今メディアに現れているような作家や専門家には決していえな言えないような、
独自の視点で、現代の見通しを示してくれたような、そんな気がするんですが・・・・。
愛国戦線 小俣 様(U) 投稿者:理工OB
投稿日: 1月31日(土)07時30分21秒
>あのとき、日大全共闘が、全国全共闘結成集会で、
>内ゲバ反対で、日比谷野外音楽堂のステージを占拠したことを覚えている。
>その指揮は、今は亡き、連合戦線の横浜君であり、
>その戦闘部隊が、理工闘争委員会、経済闘争委員会であったと
>記憶する。(催涙 三郎さん 投稿日: 1月29日)
この話をよんで、先日水闘委さんと昔話で聞いた話を思い出した。
この集会でのブントの内ゲバで傷つき血みどろなって倒れていた赤軍の学生?を助け
水闘委さんはステージ裏の救対に担ぎ込んだらしい。
気がつくと回りはこの赤軍に敵対する戦*派の連中がゴロゴロいたらしい。
さすがにヤバイ雰囲気を感じ、持っていた日大全共闘のヘルメットを被って周りを見返したと言う。
戦*派の連中はそれ以上手出しはしなかったらしい、手当てが済むと水闘委さんは彼を庇ってその場を離れた。
聞き語りなので詳細は正確でないかもしれないが・・・。
日大全共闘はセクトに対し全方位360度の位置を維持して逸話だ。
日大愛国戦線 小俣さん
多分貴方以上に日本を愛し、日の丸掲げるのを憚らなかった日大全共闘。
農闘委の最先鋭の貴方の大先輩が赤軍を庇った逸話です。
日大高等看護学園の大先輩は、赤軍で粛清された仲間の赤子を背負って雪中の逃避行を続けました。
農闘委の大先輩は気合の入っている方は右も左も大好きな方です。
少し教えを乞うたらいかがですか。
日の丸と、ピンクの校旗 投稿者:水闘委
投稿日: 1月31日(土)12時25分0秒
私は、日大闘争を愚弄する輩は、一切許さない。
愛国戦線 殿
日大全共闘は、その初期、貴方のようなポン大生の集合体でした。
この掲示板管理者も、私も、しかり。特に、貴方は、35年前の私自身です。
日の丸と校旗を掲げ,校歌を歌い、官憲に突撃していった。機動隊の腕は、私の太ももより太かった。そんな奴らに,たちうちできるはずなどある分けない。でも、突撃は繰り返された。『母校の自由と、日本の正義のために。』ここの書き込みが、貴方の自由意志なら、お話いたします。しかし、どなたかの入知恵であれば、話などいたしません。貴方が、永遠なるポン大生となるだけです。
小俣君に質問です 投稿者:全学赤化防止同盟
投稿日: 2月 1日(日)04時32分11秒
日大愛国戦線 小俣君
1968年、母校の不正を正し、民主化を成し遂げる為に、決起した。
大同小異、我々は日大全共闘と行動を供にした.別名、全共闘右翼と呼ばれた。
我々は、こよなく日本国を愛する。しかし、現況はどうであろう。売国奴小泉は、米帝国主義者の操り人形と化している。そして、自衛隊を米国の尖兵として、イラクに派兵した。日本は、米国の属国であろうか?
そこで貴方に質問です。
貴方の言う愛国とは、いかに。愛しい後輩よ、答えてください。
派兵をどう考える 投稿者:元中大生
投稿日: 2月 1日(日)12時25分50秒
人道主義の美名に隠れ、オランダ軍の庇護のもとに遂に自衛隊がイラクに派兵されます。
武力攻撃には反撃してはならない、という暗黙の了解が隊内にはあるそうです。
政治の犠牲といえばそれまでですが、なんともやりきれない気持ちです。犠牲はいつも
兵士たち、この関係は階級社会がある以上無くならないのかも知れません。
戦後の保田與十郎や吉本隆明の絶対平和主義をとれば自衛隊そのものの存在を否定すべき
だと思います。「侵略を内乱」の立場をとれば本音の部分では情勢の到来として期待と確
信がそして自分がとるべき態度への責任感がわいてくるのだと思います。
70年以降30年余にわたって何も考えなかった私が、このサイトに偶然出会って先ず考えた事はこの事でした。
元全共闘へ 投稿者:赤軍バカヤツラメ
投稿日: 2月 2日(月)02時12分8秒
諸君らは,誤解している。君たちの後輩だとでも思っているのか。
かの4・20あれを企画し,指揮したのは、自分である。
なめるなよ,全共闘!
機動隊導入のガセネタで右往左往した貴様たちのへっぴり腰の様子が校舎の外からよく見えたぞ。
懐かしいです 投稿者:新登場の全共闘OB
投稿日: 2月 2日(月)06時35分42秒
今は故き小俣哲郎 さん
貴方は既にお亡くなりになったと聞いておりましたが。
余りの全共闘憎さに地獄から帰ってきたのですね。
それとも日大付属の現役職員さんかな。
あなたのような方が登場するといままで登場しなかった私まで登場したくなるじゃないですか。
「67年4.20」経済学部での新入者歓迎会はあなた方の熱い歓迎を受けて大盛況でした。
あれがあったから日大闘争が爆発的に始まったといっても過言ではありません。
そうですか、あの時のみなさんが今はそこここの付属に勤務されているのですね。
貴方の素性は何人かに絞れます。
お勤め先もほぼ分かります。
もっともっとここで熱く語ってください。
あなた方から語る全共闘史というのもおつなものです。
赤軍バカヤツラメ殿 投稿者:mmm
投稿日: 2月 2日(月)10時44分16秒
今ごろ、日大OBの中に、全共闘=赤軍と勘違いしている御仁がいるなんて。
是非、詳しい事情をお知らせください。
見え張りました 投稿者:理工OB
投稿日: 2月 2日(月)10時48分59秒
そうですか・・・、同輩だったんですか。
後輩かと思ってつい「百戦百勝」なんて見栄を張ってしまいました。
そうなんです、貴方たちには初期にすいぶんいじめられましたし、泣かされました。
負けっぱなしだったです。
私の仲間は日本刀で切りつけられたんですよ。
まあ、借りはきっちり返したらしいですが。
でもある時期から立場変わりましたよねえ。
大学内を大手を振って歩くのは私たち、
こそこそしているのは貴方たち。
「新登場の全共闘OB]さんへ、
ご登場ありがとうございます。
>貴方の素性は何人かに絞れます。
>お勤め先もほぼ分かります。
いろいろ思うところはあると思いますが、個人情報の暴露の仕合はここでは勘弁願います。
当掲示板のルールで、具体的な個人情報が記載された場合は削除させていただきます。
どうしても、と言うなら日大ホームページなど他の掲示板でご自由にどうぞ。
赤軍バカヤツラメ殿 投稿者:水中のみずすまし
投稿日: 2月 3日(火)04時01分51秒
>>かの4・20あれを企画し,指揮したのは、自分である。
上記の書き込みは、67年4月20日、経済学部新入者歓迎会への応援団他による殴り込み・袋叩き事件のことなのでしょうか。
もし、その時を指すなら、先輩から聞いた話では、参加学生の目前で会場を物理的に破壊した上、学生会執行部学生を単独で下の階に引きずって行き、袋叩きにしたのだそうですね。
なぜ、そんなことをしたのでしょうか。教えてください。
故人となったと聞いている「小俣氏」の名前を騙るのなぜなのですか。
当時、大学の自治活動は文部行政の中でも当然なシステムであり、大学は教える教授と教わる学生との学問探求の場であったはずです。
大学本部・古田会頭としては、他大学のように政治的セクトによる学生自治組織取り込まれ状況は警戒したのでしょうが、日大当局の不正経理・暴力的検問体制などまで実施していた事実は、貴兄も疑問を感じていたはずです。
少なくとも日大は大学だったのですから。
理不尽なシステムを在校生に強要し、おかしいと思い発言する学生を「あか」と称して鉄拳を振るうのは、大学・大学生として恥ずべき行為であったとは感じませんか。
もし、それが正当であれば、当時の入学案内に「大学体制に逆らう奴は血祭りにする」と記載しておくべきでした。現在の日大でも同じことしているのでしょうか。
貴兄が右翼を名乗るなら、5.15事件、2.26事件に於ける決起派士官諸君の決起目的を読んで頂きたい。当然、国賊扱いをされ靖国に展示もされていないが、体制腐敗を弾劾するものは当時は「右翼あるいは左翼」と呼ばれ社会体制から排除された。
反体制派の取り締まりは、時の軍務局や内務省特高警察が担当していたが、小生が知る限り、現在でも2.26事件の遺族に対して公安がリストアップ警戒しているのをご存知か。天皇専制体制に逆らった右翼か左翼の親族だからであるとのことで。
現代の右翼かぶれが信仰する2.26事件の先導者は体制批判ゆえに死刑抹殺された。こんな国でよいのだろうか。
日大闘争当時の自称右翼は、不正・金せびりの輩でしかなかったのだろうか。やってることは日共のような自称左翼と何ら変わらず、現体制のボスを擁護することしかしなかったように思う。
いかがか。
赤軍バカヤツラメ殿 投稿者:薮
投稿日: 2月 4日(水)20時30分47秒
私は東北の農家近辺の出です。あの頃の状態を祖母に聞いてます。
[5.15事件、2.26事件]の根底にあるのは、私が申し上げるまでなく東北農村の飢饉・都市の
困窮でした。頼るべきは帝のみ。哀れ慟哭の涙と共に決起した青年将校は帝の名の元に処刑
されます。まさに、水中のみずすましさんのおっしゃる通りです。
「右翼」ですと?とんでもない。あなたは、日大当局という権門の番犬でしかない。
「青年日本の歌」をご存知か?あなたが唄う歌ではないが。
まして亡くなられた方の名を騙るとは、不敬もいいところだ。
それだけで、あなたが右翼では無いのがよく分かる。
p.n小俣さんへ 投稿者:経済OB
投稿日: 2月 5日(木)03時45分19秒
あなたは、●学部のK●さんではありませんか?
ご無沙汰しております。お元気でお過ごしの事、何よりです。
H●氏には、以前ばったり神保町路上で会った事があります。。
その折あなたの消息も聞きました。
かつて乱闘服に身を固めた姿を…それが日大闘争で乱闘服を見た最初でした。
かの人の回想の中では、あなた方も「日大斗争」を、私どもと逆の立場ではありますが、戦ったのでしたよね。
匿名で、このホームページか、「けいとうい」のホームページに、手記を寄せてみたらいかがでしょうか?
あなた方も、今でこその,言いたいこともあるのではないでしょうか?
故人たちのいい弔いにもなるかもしれません。
期待してます。
愛国心 投稿者:理工OB
投稿日: 2月 6日(金)23時41分41秒
ここんとこアクセスカウンターの上がりピッチが早くなっている。
日大愛国戦線の小俣さんの登場以来だ。
皆、再登場を息をひそめて待っている。
この私もだ。
昨日の朝日に西部邁さんの論説記事がのっていた。
今のアメリカは急進的な左翼国家であり、「自由と平等」という価値を個人的・競争的に実現しようと追い求めている国。
一方、ソ連型の社会主義は集団的・計画的に「自由と平等」を実現しようとした。
どちらも左翼であり、米ソ冷戦は左翼同士の内ゲバであったと。
ちょっと待ってくれ単ゲバの元全共闘には頭がこんがらがって来る。
アメリカの新保守主義・ネオコンの思想的ルーツはトロキズムといわれている。
自らの理想とする「自由と平等、博愛」を武力を持ってでも押し付け実現しようとするアメリカ。
これはラジカルな(左翼?)思想だ。
すこし分かってきたような気がしだした。
かつて何処かのセクトが言っていた「世界同時革命」に近似しているかも。
じゃ右翼は何なのだ・・・・。
ソビエト信奉者が革新であり左翼的で、アメリカ支持者が保守で右翼的だったら、アイゼンハワーを歓迎するため動員された日大応援団は右翼だよな。
でも論客の西部邁さんは、アメリカは左翼国家であると言っている。
右翼が攻撃して止まない日教組の教育方針は、「教育基本法」が根本になっており、それはアメリカの肝いりで作られている事実。
また分からなくなってきた。
右翼は本当に愛国的なのかなあ・・・・。
日大愛国戦線は「日大反米愛国戦線」と変えたら、グ〜ット心情的に親近感が出てくるのに。
これは茶化しているのではない。
理工OB殿(1) 投稿者:mmm
投稿日: 2月 7日(土)14時44分4秒
理工OB殿、ちょっと長いですが。
日大愛国戦線の小俣さん、愛国者西部邁さんの
難しい難問を引き受けての解説、ありがとうございます。
日大全共闘の流れで考えると、
当時、古田体制は磐石であり、それに味方するは右翼であり、
それに歯向かうは左翼と錯覚されたようです。
ここところが、誤解されて、
国家体制に歯向かうは、左翼であり、赤軍であり、日大全共闘も同じ穴の貉と
思われる不幸になったようです。
もともと、左翼右翼などは、赤尾敏の振る舞いのように自ら名乗る必要はなく、
体制側の論理に基づくもので、西部邁もまた、その一人です。
今のアメリカが覇権主義を唱え、磐石な支配を築こうとし、
世界中を戦争の恐怖に陥れている事実は決して許すことはできません。
それを「急進的な左翼国家」であると表現しても、
「自由と平等という価値を個人的・競争的に実現しようと追い求めている国」としても、
人々は、決してアメリカそしてアメリカ人を許すことはできないでしょう。
それが日大闘争の原点です。
それは同じく、共産主義社会についてもいえることで、ソビエト国家が、
磐石の体制で世界覇権を狙い、世界の人々を恐怖に落とし込んでいた事実は、
「ソ連型の社会主義は集団的・計画的に自由と平等を実現しようとした」としても、
「米ソ冷戦は左翼同士の内ゲバであった」と論じたとしても、何らの説明力にはならない。
だから、「単ゲバの元全共闘は頭がこんがらがって来る」のではなくて、
日大全共闘は、こうした形而上学を実践的に破壊したのではないでしょうか。
すなわち、日大闘争は古田体制への反逆であり、右翼、左翼の言辞に
迷わされず、戦い抜いて、一時の勝利を得た。
ましてや、右翼左翼の形而上学を知らずに、負けたという党派やマスメディアの
論調に乗る必要はないと考えます。
「アメリカの新保守主義・ネオコンの思想的ルーツはトロキズムといわれている。」
ここでトロツキーがレーニン・スターリンに対抗してののユダヤ主義、世界主義、
赤軍主義を引き合いに出すのはおかしいと思います。
当時のトロツキーは圧倒的貧しい南部農民からなる赤軍を、
当時のロシアの主人公にするための、ドイツ派遣を企てたのであり、
既に、当時のロシアにおいてすら、反体制派であり、
事実は、南部農民へのスターリンによる虐殺、トロツキー自身の
悲劇を見れば明らかです。
これを極左主義と呼んだのは、当時体制派のレーニン、スターリンではなかったかと思います。
このことは、「自らの理想とする自由と平等、博愛を武力を持ってでも押し付け実現しよう
とするアメリカ」、「ラジカルな(左翼?)思想」と同じにするには、
状況認識としてもおかしいのではと思います。
現在のアメリカは覇権を維持しています。
当時のロシアはドイツ帝国の占領から開放されたばかりです。
ましてや、ロシア内の体制は、レーニン・スターリンに牛耳られていました。
日大闘争が、右翼・左翼のレッテルにめげずにスクラムを組めたのは、
磐石の古田体制維持派とその体制に疑問を投げかける反体制派の激突、
正義を争う戦いであったと思います。
理工OB殿(2) 投稿者:mmm
投稿日: 2月 7日(土)14時46分39秒
このときの正義は、「自由、平等、博愛」という高尚な言葉を
持ち得なかったが、戦う中で、「自由、平等、博愛」が何であるかの実感を
得たのではないでしょうか。
「自由、平等、博愛」を戦うことなしに、評論する輩は信用できなかった。
これは、赤軍などが述べた「世界同時革命」という、とってつけてきた
表現も同じで、日大全共闘が、古田体制への接近なしに、
こうした美辞麗句が他人事に思えたのではないでしょうか。
右翼とて、同じではないですか。
愛国心といいながら、腐敗の限りを尽くす古田体制には我慢できない人々がいた。
ここでは右翼、左翼は関係ない。
愛国心とは何かなのだと思います。
少なくとも古田体制が示す愛国心は、真の愛国心とは違うのではないか。
「ソビエト信奉者が革新であり左翼的で、アメリカ支持者が保守で右翼的だったら、
アイゼンハワーを歓迎するため動員された日大応援団は右翼だよな。」
というのもおかしな話である。
日大古田体制は、日本での体制維持のために、日大生を動員した。
敵対国ソビエト、同盟国アメリカへの対応は当然決まっている。
決して、古田の主義主張と矛盾するものではない。
問題は、日本の道が、アメリカ同盟でよかったのか、
ソビエト敵対でよかったのか。今なお、その選択は、ずっしりと重い。
もし、日大闘争が勝利していたら、この問題を引き受けねばならない。
論客の西部邁が「アメリカは左翼国家であると言っている」ことと、
「右翼が攻撃して止まない日教組の教育方針は、教育基本法が根本になっており、
それはアメリカの肝いりで作られている事実」こととは根本的に違う問題だ。
左翼・右翼の話は、日大闘争は超越できた。
日本の国の将来を考えれば、憲法、教育基本法は、西部等論客から、
いじめ尽くされているが、それは、かってない大量虐殺を伴う戦争体験で
獲得された時代精神である。
この精神をちょっとした形而上学で否定するは、党派、マスメディアが日大闘争を
ないがしろにする行為と同じに見える。
日大闘争は、日大の100年以上の歴史、その中での戦争体験を
背負っての、腐敗古田体制への正義の戦いである。
「右翼は本当に愛国的なのかなあ」ではなくて、右翼であろうが左翼であろうが
愛国者である。むしろ、右翼・左翼の形式を乗り越えて愛国者が存在する。
日大愛国戦線が日大での愛国精神を発揮してくれれば、素晴らしい。
それは決して、現在の日大のあり方、大学のあり方を許さないだろう。
「日大反米愛国戦線」と名を変えたとしたら、
日本共産党のような反米主義の間違いを起こしかねないし、
現在のアメリカ覇権主義への世界中での戦いに水を差すかもしれない。
現状での「反米」への「グ〜ット心情的に親近感が出てくるのに」ことは理解できるが、
我々の政府の、売国行為、国民への利敵行為、
それはアメリカ覇権主義を利用した、利己主義に基づくゆえに、
かって、古田を許さなかった気持ちで、今も小泉を許すことはできない。
思うのですが 投稿者:薮
投稿日: 2月 7日(土)22時09分59秒
理想をもっていた*らしい*石原莞爾のような奴が暴走し、一等兵と罵られた東條が物知り顔で
尻をふきそこねドボン。右翼にしろ左翼にしろ、なんなんでしょうね。
理想と正義を語るたびに、理想と正義で行動するたんびにコケまくる、、。ように、思います。
でも絶望はしてません。
いんちき右翼、コマッタ様 投稿者:水闘委
投稿日: 2月 8日(日)02時13分10秒
招待状
故人の名を騙る、ポン大インチキ右翼コマッタ様(小俣と書いて、こまたと読む。デモ、貴方は、コマッタ君。)
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5328/
こちらもご覧ください。パソコンに不慣れな様なので、一番下のURLをクリックしてください。それなら、迷子にならないでしょう。なにせ、いい年こへて、ポン大生なのだから。今けいとういHP、TOPに君らがびびりまくった、農獣医学部のむしろ旗がUPされています。昔を思い出して、ションベンちびるなかれ。ついでにBBSにも,顔を出してください。来ないと、鶴高の山Oと上Oに言いつけるよ。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5328/
名句 投稿者:薮
投稿日: 2月16日(月)22時25分38秒
構内に眠る名句百選 より
<右翼学生が書いた落書き>
○ 日大バンザイ(墨)
○ 日大のことは日大生でやる、だが君達は全学連など一部活動家のいい−−(墨)
○ 君達は赤い手先だ(墨)
○ 赤(墨)
私的に好きな一句 燃えました!
○ 我々は今、学生となった
最も(?)有名な句を一発
○ 卒業のみやげとして、今までの日大をつぶすこと!!
二十数年間生きてきた中で俺にできる唯一の生産的
な仕事
叛逆のバリケード より
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