小中高大と、体育が嫌いで嫌いで仕方なかった俺の話。
大学は週に1時間だからまだマシだった。
小中高は週に3時間もあったから地獄だった。
体育のある前日から、当日体育の授業の終わりのチャイムが鳴るその時まで、
ひたすら不安感がつきまとう。
寝ているとき、
「体操服を持って行き忘れて着替えの時に焦りまくる」
夢を10回以上は見た。
午後に体育がある日の午前中の授業中は、
ずっと胸が苦しくて苦しくて仕方がないのと同時に、
リア充同士の「あー早く体育の時間にならないかな!!」
って会話を聞くのが苦痛だった。
特に気分が悪くなるのが、
大抵の場合2学期はバスケ、3学期はサッカー、という風に学期ごとでやっていたように思う。
そうして、一年の大半は不安で苦しい日々を過ごすことになるわけだ。
どこにどう動けばいいのか、全く分からなかった(今でも全く分からない)。
なんであいつらボールを「さわれる」んだ????
未だに大きな疑問だ。
足を引っ張るからすごく申し訳ない気分になるんだよ。
大体2クラス合同(男子だけなら30から40人程度)で授業があり、その中で
チーム分けをする。サッカーは11人だからいいよ。
バスケはヤバイ。本気でヤバイ。今書いてて当時を鮮明に思い出して気分が悪くなった。
バスケって1チーム5、6人じゃん。俺があまりにも下手で、すげえ動けないのよ。
パスを回されてもとれない。ただオタオタしてる。本当によく分からない、状況が。
当然負ける。
先生がチームを適当に決めて総当たりのリーグ戦、ってのを何回もやるんだが、
俺のいるチームは負ける。面白いように負ける。
俺らの勝てるチームは、俺みたいな奴がいるチームだけだった。
試合後の俺を睨む目が忘れられない。あの目を鮮明に思い出した。
優勝チームは全員1軍だった。仲が良さそうで、チームが発表された瞬間
「うわー○○もいっしょかよーw 絶対優勝できるじゃん!!!w」
と調子に乗ってて殺したくなったが試合でコテンパンにされて泣きたかった。
よくよく考えると、スポーツできない奴の方が少なかった。
7人はそこそこorちょっと下手、残り3人、そう3人。
小中高と必ずクラスに「3人」は「全くスポーツの出来ない奴」がいた。辛すぎ。神よ!
本当の地獄はクラス対抗戦だった。女子が応援に来る、例のアレ。
俺のミスで相手に点を取られたときのあの哀れみの視線。
「あいつウザー」の視線。それで負けた後の申し訳なさといったらないよ。
クラスマッチなんて呼んでたっけな。そいつがある月はカウントダウンしてんのよ。
ひたすら。
「ああああ・・・・・あと10日で・・・・」
「あああ・・・来週の今頃は・・・」
「ああああああああ・・・・明日は遂に・・・」
1分に1回は頭をよぎっていたから、今思うと授業どころじゃなかったな。
言いしれぬ不安感で毎日が辛かった。寝る前も辛かった。
スポーツが得意な奴は女子にも好かれていたし友達も多かったしカーストも上位だった。
会話も面白かったし授業中に笑いをとれるしいつも明るい顔をしていた。
カーストも、スポーツの得意不得意で形成されている感じがした。
顔が良くてもスポーツが出来ない奴は1軍ではなかった。
スポーツができるというのは1軍になるための必要条件だったんだ、今思うと。
当然の如く、俺の友達は総じてスポーツが苦手だった。
嬉しかった。
話を戻そう。
あいつらはほとんどが1軍か2軍の上位層だった。
壁を感じた。話しかけてはいけない、つるんではいけない壁。
中一と高一の最初の体育の授業は、その後の3年間のカーストを決定づけた。
お互いあまり知らないため、ちょっと地味目で見た感じ俺と変わりないような奴でも、
体育で大活躍したら、その日以降「昼休みスポーツメンバー」という1軍への道へ招待される。
大学はというと、体育は週一でしかも1回生の時しかないから問題ないんだが、
ファッションと高校前に培ったコミュ力・恋愛経験値でカーストが決定されるから似たようなモン。
だって、体育できたらファッション以外は満たしてるから、1軍は無理かも知れないが
2軍の上位にはかるーく入れるんだよ。
嗚呼、スポーツ万歳!
全ての非コミュ・非モテ・非リア充・体育大嫌い人間に天罰を!一生の童貞を!一生の劣等感を!