推薦を集めた作品の作者にインタビューしました。
――デビューのときのエピソードをお聞かせいただけますか?先日発売された短編集『Present for me』のコメントでは、デビュー作は就職説明会から逃げてお描きになったとありましたが…
それ以前からずっとマンガ家にはなりたくて、一応、大学のマンガ研究会にも所属していたんですよ。でもあまり熱心に活動に参加していなかったもので、大学卒業までの残り時間がだんだん少なくなってきたときに、チャレンジしなかったことを後悔しそうになったんです。それでつい逃げ出してしまった、と。単に「就職したくなかった」という気持ちもなくはなかったんですが(笑)。
ともあれ、その逃げ出した勢いで描き上げたのが、短編集に収録されたデビュー作『ヒーロー』です。あのときは、これまでの人生で最大に熱血してたなー。
――『それでも町は廻っている』(以下『それ町』)が誕生したきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
ぶっちゃけてしまえば、連載開始前に担当の編集さんとやりとりをしているときに「もっと作品にキャッチーな要素を入れて欲しい。たとえば、コスプレ喫茶を舞台にして、エピソードごとにいろんなコスプレをさせるのはどうか」という提案をされたんですね。そこで散々悩んで「せめてメイド喫茶でどうでしょう」と。その代わり、店長はお婆さんで、舞台は下町、というようにささやかながら独特な要素を入れるようにしました。それがスタートですね。
――なるほど。そうしたいわゆる「萌え」の要素との絶妙な距離感が、今回も支持を受けているようです。そこから、嵐山歩鳥という非常に独特な登場人物はどのように誕生したのでしょう?
もとは『Present for me』には未収録の『探偵奇譚』という話に出てきたキャラクターだったんです。なんでもかんでもミステリに結びつけようとして余計なことをいっぱい考えるという、ミステリ好きな人間特有の性格をそのままキャラクターにした登場人物で、それが非常に気に入ったので、いつか連載にも使おうと思ってアイデアを暖めてあったんですが……短編のときはこんなにアホじゃなかったんだよなぁ(笑)。なぜか、勝手に動いて先につくったストーリー構成とは関係ないエピソードを増やすようなキャラクターになってしまった。
――そのほかの登場人物も個性的ですが、それぞれ誕生秘話が?
辰野(トシ子)は担当編集者から指示があって生まれたキャラです。もともとの設定では歩鳥はCカップくらいにするつもりだったんですけど、担当が「ヒロインの胸はもっと小さめにして、その代わりに友達に胸が大きい眼鏡っ娘をだせ!」と。いまだに何を根拠に主張していたのかまったくわからない(笑)。紺(双葉)先輩は、『探偵奇譚』で歩鳥とコンビを組んでいたキャラクターがベースです。もともとそのふたりのコンビでいろいろ話のアイデアをストックしていたので、『それ町』にも出さないとな、と。サバサバしたキャラをつくってるけど、意識レベルが低下すると地が出る、というところが気に入っているんですけど、紺先輩だけ人気が高くなってしまって、担当さんからはあんまり描くなとストップがかかってしまっています。
――パラレルワールドとなっている「COMICリュウ」(徳間書店)での連載『ネムルバカ』でも歩鳥と紺先輩のようなコンビを描かれていますが、『それ町』との差はどんなところでつけていらっしゃるのでしょうか?
『ネムルバカ』では二人が大学生なので、年齢制限なしに車に乗れるしお酒も飲める。そこで、まず話の幅が広がっています。あとは、『それ町』では意識的にイヤな人間を出さないようにしているんですが、『ネムルバカ』ではそうした人物も描いています。
――『それ町』ではどのような理由でそうした選択を?
何気なく何回も読み返せるようなマンガが好きで、『それ町』をはじめるときには、自分の作品もそういうものになったらいいと思ったんです。それで、実際に自分が何度も読み返しているマンガについて考えていったら、読んでて気分が悪くならないものだという風に思いつきました。
――石黒さんはどのようなジャンルのマンガやマンガ家さんがお好きですか?
藤子不二雄先生です。子供のころ、最初に買ってもらったマンガが『ドラえもん』で、それ以来ずっと。作品に出てくるSF的な要素は、ほとんど藤子先生からの影響だと思います。好きな小説のジャンルはミステリとホラーなので。あとは、中学時代に出会った大友克洋さんの作品から受けた影響は大きいと思います。自分では、多分そのお二方のちょうど中間くらいのところにある絵柄じゃないかなと思っているんですよ。
――映像作品ではどのような作品がお好きですか?
アニメの『AKIRA』には衝撃を受けました。大友作品との出会いはそこからですね。それと、押井守さんの作品が好きです。ロジカルなところと、自分が一生懸命つくった世界をいつもあっさりぶち壊すところに魅かれます。最初は「なんてひどいことをするんだ」と思ったんですけど、何回も観ているうちにだんだん気持ちよくなってくるのがすごい。一作を選ぶなら『ご先祖様万々歳!』です。露骨に影響を受けていると思います。
――では、いろいろと伺ってきましたが、最後に読者の皆さんにひとこといただけますか。
そうですね……とにかくまずは「応援ありがとうございます」という気持ちでいっぱいです。自分のリアルはとにかく机に向かって原稿を描く日々で、描いたあとの、出版されて売れていく過程というのにはまったく実感がわかないんです。それが、応援してくださる方々がいたおかげで、このようなインタビューを受けられて、読んでもらっているということをちょっとリアルに感じました。そのことを大変感謝します。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
――本日はお忙しい中、ありがとうございました。
石黒 正数 (いしぐろ まさかず)
1977年生まれ 福井県出身 大阪芸術大学 デザイン学科卒
『ヒーロー』(短編集『present for me』に収録)で講談社「月刊アフタヌーン」 2000年秋の四季賞を受賞しデビュー。2002年から「月刊コミックフラッパー」にて十数本の短編を発表。2004年より「月刊ヤングキングアワーズ」で『それでも町は廻っている』連載中。その他「月刊COMICリュウ」で『ネムルバカ』、講談社Webサイト上で『ドリスとマメ』を不定期連載中。
『それでも町は廻っている』(現在第3巻まで刊行中 少年画報社 YKコミックス)、短編集『present for me』(少年画報社 YKコミックス)が現在刊行されている。