■アメリカは60数年で変わることが出来たのか。
特措法関連報道で、また「反米・親米」論が出ていますが
本来は、打算と合理性からはじまった同盟関係なわけで
そこには感情論は入っていません。
もし、感情論を持ち込むなら、
先の大戦で、明らかに我が国が勝ち得た人種差別への転換点・・・
この視点から同盟国が進歩したのかどうかということでしょう。
沖縄法廷 軍命存在強調/「集団自決」訴訟
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200709101700_01.html
(沖縄タイムス)
「住民は崇高な犠牲精神で自ら命を絶った」などと主張する原告側に対し、被告側証人として渡嘉敷島で「集団自決」を経験した金城重明氏(78)が出廷。皇民化教育などを背景に、軍の命令や強制、誘導なしに「集団自決」は起こり得なかったことを証言する。
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こういった、「生き証人」というのは、いうなれば、強制性を否定している部分でもあって、
別件の欧米捕虜の虐待証言の多さも、謂わば逆の意味を持つのではないかと。
集団自決においては、
「残虐な米軍」つまり鬼畜米英などというのは
戦争鼓舞のためのプロパガンダであり、デマゴーグである
という刷り込みが戦後情報工作の見事な成果であります。
つまり、自決しなければ、みな、米軍によって保護されていたという
盲目的思いこみ。
「戦陣訓の悲劇」もまた然り、「捕虜となっていれば助かった」という
幻想でありまして、そういう洗脳は、先の大戦の本当の原因を隠蔽するものです。
以前紹介した「リンドバーグ戦時日記」もそうですが
米国人として米軍を見てきた記録は、人種差別の現実の記録です。
抹殺された日本人の現代史
-日本人が虐殺された歴史-
全貌社
9月14日、リンドバーグがハワイへ帰国した際に、入国税関吏は
「あなたのカバンに骨は入っていませんか」
と聞かれ、驚く。
「私たちはこの質問をしなければなりません。というのは、非常に多くの将兵がお土産として日本兵の骨を持って帰ってくるのです。ある兵士はカバンの中にまだ生新しい頭蓋骨をしのばせていました。」
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さて、捕虜にするとか、投降民間人の扱いであるとか、
根本的な人種偏見からくる扱いは総じて悪辣です。
現実の米軍の我が軍に対する扱いについて、リンドバーグは日記にて
記録しています。
抹殺された日本人の現代史
のリンドバーグ日記抜粋は正論誌でも紹介されていますので
以下拝借。
↓
米軍の残虐行為:リンドバーグの衝撃証言
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~ttakayam/beigunzangyaku.htm
・・・・・・・・・・・・・リンドバーグ日記の抜粋・・・・・・・・・・
*各地の太平洋戦線で日本人捕虜の数が欧州戦線に比し異常に少ないのは捕虜にしたければいくらでも捕虜に出来るが、米兵が捕虜を取りたがらないから。手を上げて投降してきても皆殺しにするから。
*あるところでは2000人ほど捕虜にしたが本部に引きたてられたのはたった100か200だった。残りのの連中にはちょっとした出来事があった。それを知った戦友は投降したがらないだろう。
*捕虜を取らないことを自慢する部隊がいる。
*将校連は尋問の為捕虜を欲しがる。捕虜1名に付きシドニーへの2週間の休暇を出すとお触れが出た途端に持て余すほどの捕虜が手に入る。懸賞を取り消すと一人も手に入らなくなり、つかまらなかったと嘯くだけ。
*一旦捕虜にしても英語が分かる者は尋問のため連行され、出来ない者は捕虜にされなかった、即ち殺された。
*捕虜を飛行機で運ぶ途中機上から山中に突き落とし、ジャップは途中でハラキリをやっちまったと報告。ある日本軍の野戦病院をある部隊が通過したら生存者は一人もいなかった。
*2年以上実戦に参加した経験がない兵が帰国前にせめて一人くらい日本兵を殺したいと希望し、偵察任務に誘われたが撃つべき日本兵を見つけられず捕虜一人だけ得た。捕虜は殺せないと嫌がるくだんの兵の面前で軍曹がナイフで首を切り裂く手本を示した。
*爆弾で出来た穴の中に皆四肢バラバラの状態の日本兵の死体を投げ込みその後でトラック1台分の残飯や廃物を投げ込む。
*捕虜にしたがらない理由は殺す楽しみもさる事ながらお土産を取る目的。金歯、軍刀はもとより、大腿骨を持ち帰りそれでペン・ホルダーとかペーパーナイフを造る、耳や鼻を切り取り面白半分に見せびらかすか乾燥させて持ちかえる、中には頭蓋骨まで持ちかえる者もいる。
*日本人を動物以下に取扱いそれが大目に見られている。我々は文明のために戦っているのだと主張しているが、太平洋戦線を見れば見るほど、文明人を主張せねばならない理由がなくなるように思える。事実この点に関する成績が日本人のそれより遥かに高いという確信は持てないのだ。
*リンドバーグはドイツ降伏後ナチスによる集団虐殺現場を見学した時の日記で「どこかで見たような感じ、そう南太平洋だ。爆撃後の穴に日本兵の遺体が腐りかけ、その上から残飯が投げ捨てられ、待機室やテントにまだ生新しい日本兵の頭蓋骨が飾り付けられているのを見たときだ。ドイツはユダヤ人の扱いで人間性を汚したと主張する我々アメリカ人が、日本人の扱い方で同じようなことをしでかしたのだ」と。
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つまり、
皇民化教育などを背景に、
軍の命令や強制、誘導なしに「集団自決」は起こり得なかったこと
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とかいう前に、米軍の残虐性について、広く知れ渡っていたことが抜けているわけです。
しかもそれは噂の類ではなく、現実に体験した多くの人々が伝えたことなのです。
「米軍に捕まると惨殺される」
これは事実に基づく恐怖だったわけです。
沖縄において、比較的米軍が人間的に行動したというのも
圧倒的優位で沖縄に上陸した米軍には、
凱旋の意味もあり、多くのプレス、カメラマンが従軍したからです。
戦中、米ライフ誌に見る、人種偏見
↓
米国人に 見せよう!!
http://miko.iza.ne.jp/blog/entry/131844/allcmt/
(これ 見逃すな・さん)
アメリカが日本に対して犯した戦争犯罪
http://www.medianetjapan.com/2/20/government/ikenaka/a.html
彼は戦場で見たものにショックをうけた。それは兵士が嬉々として敵を殺したからではなく、米兵が日本兵に対して抱く露骨な人種蔑視の念と、それに基づく残虐行為を目のあたりにしての苦悩であった。
たとえ敵味方に別れて戦い軍服に違いがあるとしても、敵の人間としての勇気は勇気として、兵士の使命は使命として認めなければならないにもかかわらず、太平洋地域の連合軍の中には、そうした感情のカケラもないことを発見した。
そこでは士官も兵士も日本人に対する人種差別、蔑視から自分達と同じ人間とは考えず、人間以下の単なる動物としか見ていなかった。
1944年(昭和十九年)六月二十一日の日記には、日本人捕虜にタバコをやり、気がゆるんだところを後ろから押さえ、のどを「真一文字にかき切った」というのを、日本兵捕虜殺害の一例として教えてくれたある将軍との会話を要約している。残虐行為に対するリンドバーグの異議は、嘲笑と「あわれみ」をもって軽くあしらわれた。 六月二十六日の彼の日記には日本兵捕虜の虐殺、およびパラシュート降下中の日本航空兵の射殺について述べている。降伏し捕らえられた二千数百人という日本兵捕虜のうち、捕虜収容施設に引き渡されたのは僅か百人か二百人に過ぎなかった。残りの者たちは殺害されたが、事故に遭ったと報告された。
「仲間が降伏したにもかかわらず機関銃で撃たれたという話が日本兵に広がれば、投降しようという者などまずいなくなるだろう」とリンドバーグは聞かされた。つまり黄色い猿に過ぎない捕虜を取り扱う、余分な手間や面倒がはぶけるという理由からであった。
七月十三日の日記では、「われわれの兵士たちは、日本人捕虜や降伏しようとする兵士を射殺することをなんとも思わない。彼等はジャップに対して、動物以下の関心しか示さない。こうした行為が大目にみられているのだ。」と記されていた。
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ある仲間のパイロットから直接聞いた話によれば、後ろ手に縛られた日本人捕虜達を輸送機に乗せて収容施設のある地域に輸送する際に、彼等を飛行中に突き落とす行為がおこなわれた。そして報告書には捕虜全員が自分から飛び降りたと記録された。(以上、第二次大戦日記、チャールズ・リンドバーグ著)
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この微妙な時期にこんなことを書くのはあれなんですが
なにも
「反米になれ!」
というわけではありません。
東京裁判の欺瞞はある意味、白人社会に自分たちの持つ
「人種偏見」に気付かせた部分もあるのです。
だから、戦後の再植民地化紛争は、失敗に終わります。
戦後、現在に至るまで、「文明」の名の元に
進歩しているのなら、まともな同盟の可能性はあるかもしれない。
では、中国はどうか。
通州事件、(本当の)南京事件、済南事件・・・・
といった我が国国民に対する「本当の」虐殺事件はなぜ起こったのか?
中国ナショナリズムと我が国に対する侮蔑意識、
つまり、民族性ですが
どうも進歩しているように思えません。
■無題
沖縄でも米軍は火炎放射とか、虐殺やってますけどね。毒ガスも使ってたらしい。沖縄の人も本土の無差別爆撃の惨状は知ってたから、鬼畜米英は嘘じゃないっての。投降すれば捕虜になって助かるなんて心理状況じゃないはずなのに、こういう事を無視して、いつから沖縄はあーなっちゃったんでしょうね?