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アジアが変える日本
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韓国の不安(2007/10/1)

8月20日、ハンナラ党の大統領候補に選ばれた李明博・前ソウル市長
 韓国人が自らの反中感情を声高に語り始めた。ただ、それは中国離れの前駆症状ではない。逆に、中国の引力圏にとり込まれるのに伴う、一種の「通過儀礼」と思われる。

「秀吉よりひどい」

 「壬辰倭乱(文禄・慶長の役)より、その後の胡乱の方がわが国にもっと大きな被害を与えた」。

 最近、韓国の知識人が口々に日本人にこう語り始めた。「胡乱」とは成立前後の清王朝が、服属を拒んだ朝鮮に攻め込んで起きた戦争のことだ。400年近い大昔の恨みがいまごろ持ち出されるのは、このところ、韓国が「巨大化し横暴になった中国」にひれ伏さざるを得ない事件が相次いだからだ。

 7月末の駐中韓国公使の北京の病院での不審死。韓国メディアは一斉に「投薬ミスが原因」と報じたが、中国政府は「病死」と発表。韓国政府の公式見解も結局はこれに追従した。

 5月、韓国船が中国近海で中国船と衝突して沈没。韓国紙は「中国船の当局への報告が大幅に遅れた」、「韓国の捜索活動を中国政府が拒んだ」などと、乗組員の失踪を中国側の責任と批判した。韓国メディアの批判は  「中国にモノを言えない韓国政府のふがいなさ」にも向けられた。

 豊臣秀吉の「文禄・慶長の役」をわざわざ比較の対象に持ち出すのは、聞かすのが日本人であることもあろうが、「韓国で一番の悪役である日本と比べても、もっと悪い」ことを強調するためだ。ついに中国は韓国で、そこまで嫌われる存在となったのだ。

「日本と縒りを戻したい」

 「日本は対米一辺倒の外交をやめ、アジアとの関係を再定立せよ」。

 これまた最近、学者ら韓国の知識人が日本人に向かってしばしば語る言葉だ。あえて、とぼけてこう聞き返した日本人がいる。

 「日本の影が薄くなっていた東南アジアでは、FTAなどを通じ日本は巻き返し始めた。インドとは史上初の緊密な経済上、安全保障上の関係深化に乗り出した。中国とは、基本的には対立が深まりそうだからこそ、些事での対立を避ける努力を始めた。日本はアジア外交を確実に『再定立』している」。

 ここまで言われると、韓国人は頭をかきながら本音を告白する。要は「反日の盧武鉉政権の任期切れを期に日本と縒りを戻したい。でも、韓国からは言い出しにくいから、日本が関係改善を言い出してくれないか」ということだ。韓国人が難しい顔をして「再定立」などといった漢語を使う時、本音をそれにくるんでいることが多い。

 年末の大統領選挙では、保守派が当選する可能性が高いと見られている。そして、10年ぶりの保守回帰の波に乗り遅れまいとする学者が増える。「再定立論」は彼らの「新理論」として流行り始めた。

悪口雑言は心の準備

 こうした動きをもってして「次期政権になれば、韓国は従来の反米反日・親北親中外交を転換する」と見る人がいる。

 だが、少なくとも韓国の「親中」に変化はないと思われる。むしろ、外交的には「親中の度合い」が進む可能性が高い。

 胡乱をあげて中国を批判する韓国人に「では、中国と距離は置くのか」と聞いても、「そのつもりだ」と答える人はいない。逆に「今後、経済的にも政治的にも中国との関係が深まる一方だ」と全員が答える。

 一部の人はこう丁寧に説明してくれる。「韓国は千年以上、中国の華夷秩序体制の下にあった。日清戦争で中国の支配から離れた最近の100年間、ことに関係をまったく絶っていた朝鮮戦争以降の50年間が変則的な時期だった。何も驚くことはない。昔に戻るだけなのだ」。

 明治維新までの長い間、大陸とは外交的にほぼ没交渉だったと言っていい日本人に実感はわきにくい。だが、思い起こせば韓国は「地続きの超大国」と常に一緒に住みなしてきたのだ。

 では、今後、関係を深めていく大事な国の悪口雑言を、韓国人はなぜ一斉に叫ぶのだろうか。最近起こった事件ならともかく、400年も昔の話まで持ち出すとは不可解だ。

 答を探すには、韓国の歴史とそれに培われた韓国人の精神構造を思い出すべきかもしれない。中国の保護下にあった長い歴史で、韓国人は自尊心をしばしば傷めた。痛みを心理的に補償するには、仲間内で隣の大国の非、ことに共通認識になっている非をならすことが最良の方法となってきたのだろう。

 中国と比べれば「はるかに寛大でやさしい米国」に対してもそうだった。ほんの20年ほど前、米国に保護されていると自ら認識していた時期にも、韓国人は米国の悪口をしばしば語った。

 聞かされた外国人には「わざわざ指摘するほどのことではないのに、なぜ、憎憎しげに同盟国の小さな非をことあげするのだろうか」と不思議に思えたものだ。でも、聞いていくうちに、彼らの本当の憤りの対象は米国だけではなく、その非を米国に指摘できない自らの弱さや情けなさにあるのではないか、と思えてくるのだった。

 今、始まった中国への悪口雑言。よく解きほぐしてみれば、中国の非をおおっぴらに指摘できない韓国という国に向けられている部分が相当にあることが分る。そして、これこそは「傲慢な中国」とともにこれから生きていかざるを得ないことを民族が共に認識するための、心の準備の一環なのだと思われる。

日本を盾に米中の風圧防ぐ

 では、韓国人が一斉に語り始めた「日本との関係改善への希求」はどう読むべきなのだろうか。これもよく聞いてみれば、実は「中国への恐怖心」が根にある。

 数年前から、韓国は米国と中国の間で漂流し始めた。貿易も投資も、韓国の最大の経済パートナーはすでに中国だ。それを受け、師弟の留学先としても「米国より中国」というムードが社会に広まっている。

 韓国を米国につなぎとめる錨と考えられていた軍事同盟も形骸化が始まった。2012年には米韓連合司令部が解体される。米国や日本、豪州など「自由国家群」がテロ対策などを名目に開始した海軍の合同演習にも、米国が主導するミサイル防衛体制にも、韓国は中国への遠慮から参加しなかった。

 かといって、韓国には完全に米国から離脱し中国の傘下に入るほど思い切った決断を下す覚悟はない。揺れる韓国は今後、折にふれ米中両国から「立ち位置」を問われ続けるに違いない。

 韓国人の不安は増すばかりだ。そこで生まれた一つの解決案が「日本が米国寄りの外交姿勢を改め、韓国同様に中国に引寄せられれば、韓国が受ける米中両国からの風圧を減らせる」という夢だ。

 伏線はすでに張られていた。3年ほど前から同国のシンポジウムでは「日本が余りに親米だから、韓国が実際以上に反米に見え、その結果、我々は米国からいじめられるのだ。日本は米国偏重外交を改めよ」といった主張を日本に向けて真顔で展開する韓国人が登場していた。

 4か月後には韓国の政権が保守派に変わる可能性が高まり、日本でも突然政権が変わった今「日本に対し、中国寄りに姿勢を変えるよう要求するいい機会」と韓国人は考えているのだ。

「日本は拉致で譲歩せよ」

 9月23日付の東亜日報の社説「日本に新総理登場、期待される韓日関係復元」は、「日本を盾にすることで米中からの風圧を防ごう」という韓国人の願いを率直に語っている。社説は日本に訴える。

 「今後、東アジアが一世紀前のように列強による覇権争いの場になるのか、平和の中心になるのかは、日本にかかっている。そうではなくても中日、米中間の競争が結局はヘゲモニー争いに膨らむ、との憂鬱な展望も流れている。これを予め防ぐという確固たる意思を福田氏は見せねばならぬ。その初めの試験台が韓日関係だ」。

 中国の力が今後も増す以上、日本も外交により神経を使う必要が増すのは間違いない。だが、韓国の大方の意見を代表するのであろう、この社説の「日本は米国寄り外交をやめよ」、「日本は拉致問題で譲歩せよ」という主張に賛同する人は、日本にはさほどいないだろう。

 そもそも、韓国が確固たる信念を持って米中間で戦略的外交を展開しているわけではない。ある時は中国、ある時は米国の意向を伺って動いているにすぎない。そんな韓国の共同行動への呼びかけは、日本にとっては「一人で漂流するのは怖いから一緒に漂流してくれ」という「溺者の誘い」に映る。

 日本は韓国の「韓日関係修復論」の本質を見透かして、表面はともかくも実態的にはおざなりな対応に終止するだろう。その結果、日本に「錨」の役割を期待した韓国は、錨を得られぬまま海流に乗って、ますます中国に近づく可能性が高い。


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<以下は2003年までの掲載分>  

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