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《詳報》米国の著作権保護期間延長は失敗−−米ヒールド教授が早稲田大で講演

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実証データから著作権保護期間延長の誤りを断言するヒールド教授

写真ヒールド氏
19日のセミナーでは、米ジョージア大ロースクール教授のポール・ヒールド氏が自身の研究論文「著作権を有する作品の財産権とその効率的利用:パブリックドメインおよび著作権保護のあるベストセラー小説に関しての実証研究」の内容を紹介しながら、米国の著作権保護期間延長が、同国のベストセラー小説の生産流通に与えた影響について考察した。

ヒールド氏はまず保護期間延長の経緯に触れて、98年に連邦議会が「著作権の延長は、古い著作物を改版するなど著作権者が作品を普及促進させるインセンティブを高める」と判断したこと、02年に連邦最高裁判所が、保護期間延長に対する議会の判断を支持したこと、また、シカゴ大のランデスとポスナーの両教授が「著作権保護がない場合、作品普及への投資インセンティブが損なわれる」と主張したことなどを紹介した。つまり、「保護期間の延長が著作物の入手可能性を高めるという新しい理論が構築された」とヒールド氏は説明する。

また、著作権の存在意義を裏付ける事例について「著作権の存在しなかった19世紀に、米国の出版社が英国の人気小説を挙って出版した結果、競争の激化による価格低下が初期投資費用の回収を困難にした」として、その後出版社間で非公式の著作権割り当てを決めたことを紹介した。

次に、実証研究に取り組んだ理由について「著作物の効率的な利用に財産権が必要かという疑問から着手した」として、著作権有無の分かれ目となる1923年を境に、13年から22年までのパブリックドメイン(以下PD、著作権フリー)の166冊と23年から32年までの保護期間(以下CR)にある168冊のベストセラー小説を比較したこと、アベイラビリティ(入手可能性)とエクスプロイテーション(個人利用)への影響を知る上で、作品の価値が長期間持続するベストセラー小説を選んだことを説明した。

◆動画1:ヒールド氏の講演1 Quick Time版(mov)
◆動画1:ヒールド氏の講演1 Windows Media Player 版(wmv)

〔以下、ヒールド氏の講演要旨〕

アベイラビリティの計測において最適な手段は販売データを活用することだが、出版社は公表しない。そこで代わりに、バウカーが毎年出している書籍情報「ブックス・イン・プリント」を使って、5年後との対象作品の発行状況を調べた。また、PDとCR、それぞれ20冊を選び、大手書店の書棚の在庫状況を調べた。

また、特定の年を選んで、その年のアベイラビリティを調べる方法として、88年におけるPD作品とCR作品を比較した。その結果、PDは59パーセント、CRは32パーセントが入手可能であることが分かった。

88年から06年まで毎年、PDとCRのアベイラビリティを調査した結果、88年から00年までは両者の推移に変化は見られなかった。ところが00年以降、PDが98パーセント(CRは74パーセント)にまで上がるという大変化があった。論文ではこの変化の理由を説明していないが、この時期にスキャニング技術などデジタルパブリッシングの進展があったためと推測する。というのも、旧作を再販する新期参入出版社もこの時期に増えているからである。従って、保護期間の延長がアベイラビリティを高めることにはならないと考えられる。

もう一つのアプローチは、17年に出版されたベストセラー18冊を追跡するというもの。60年後の77年、9冊が未だに出版されていた。しかも70年後の87年は11冊、85年後の92年には17冊とPDにもかかわらず増え続けている。

なお、調査において注意しなければならないのは、特定の年を選んだ場合、23年以降のCRについては、23年より前のPDよりも新しいために人気があり、作品の利用価値も高くなることも考慮しなければならない。これを著作権の有無という法的状態と混同してはならない。

一方、出版版数を見ると、PD166冊は千を超える版数、CR168冊は400余り、平均PD6版、CR3版という結果だった。

次に、最低平均価格ではPD166、CR168ともに20ドルだったが、両者の上位20冊を比べると差があった。

この調査結果についてランデス教授は「PD、CRとも対象作品が古く、もはや利用価値がないため、説得力がない」と評価した。そこで、PD、CRの2グループから18年の「ターザン」など最も人気のある20タイトルを選んだ。これらは平均17版、「マイ・アントニア」に至っては50版を重ねている。PDでありながら版が多いということは、保護期間の有無に関係なくアベイラビリティや利用価値がある証左と考える。

しかし、CR20タイトルの選出については、著作権者のライセンスへの関心が高くないなどの事情で再販されない場合もあり、評価が難しい。たとえば「くまのプーさん」は人気が高いにもかかわらず、3版にとどまっている。そこで科学的とは言えないが、文学の専門家にベストセラー20を選んでもらった。著作権の有無にかかわらず、両者の20タイトルはいずれも現在、入手可能であり、作品価値を維持している。しかも、PDでは平均26社が出版しており、CRでは10社のみが出版しているのは興味深い。

次に、三つの価格尺度によるアプローチをご紹介する。バウカーズのリストによる小売価格の比較では、PDが4.45ドルに対して、CRが8.05ドル。この内、大手出版社だけに限ると、PDが6.30ドル、CRが8.90ドルという結果だった。更に、アマゾンドットコムで調べたところ、PDの6.40ドルに対して、CRは9.90ドルだった。

しかし、PDが安価な理由として、紙の質が悪い、挿絵がないなどの事情も考えられる。またCRが比較的新しいために人気があり、有名であることも考えられる。そこで、アメリカの古典文学をシリーズ出版しており、紙の材質や装丁が変わらないペンギンクラシックスのPDとCRの48タイトル分のデータも利用した。

この方法では、PDが11.10ドルに対して、CRが14.60ドル、ページあたりの単価は前者が3セント、後者が4.7セントだった。興味深いのは300ページの書籍の場合、ペンギンクラシックスではPDとCRで55パーセントの価格差があり、アマゾンドットコムでの54パーセントとほぼ同じ値になることだ。

関連データで興味深かったのは、議会図書館による録音物の著作権に関する調査では、1890年から1964年までに制作されたアナログレコードの中で、CD化されたものは、CRが14パーセントにすぎないのに対して、PDは22パーセントと上回ったこと。

以上の研究から、私は「既存の著作物について著作権保護期間を延長することは、多くの人気作品をより入手しにくくすると同時に、その価格を引き上げる」という結論を導いた。

その上で、以下の三条件が満たされる場合は延長を正当化できることを付言したい。

1)初版の提供コストが高い、2)フリーライダーが追加的な複製を行うコストが低い、3)新しい版が独立して保護可能な要素を含んでいない。

これは、書籍の場合、PCやスキャナーを活用することで、読者は限りなく低いコストで作品を利用できるが、古い映画の初版を提供するには修復費用などのコストが必要になる。DVDなどの複製は容易で、違法コピーの横行が避けられないという事情を考慮した。

最後に、いわゆる「共有地の悲劇」や「市場の失敗」に属する「コンジェスチョン(混雑)」についてのエコノミストの主張として「過度の競争や過剰利用のあるCRの場合、作品の価値は限りなく減少する」という仮説があることを紹介しておきたい。

「マイ・アントニア」は現在、安価なペーパーバックから大活字、オーディオブックからプロジェクト・グーテンベルグで誰でも自由にダウンロードできる無償の電子版まで、有償では2ドルから108ドルまでさまざまなメディアで提供されている。これはとても健全なあり方だと思うが、自由競争、新古典派経済学のメッカであるはずのシカゴ学派に属するランデス・ポスナーの両氏が市場の失敗として、中央による管理強化を主張するのはおかしい。

◆動画2:ヒールド氏の講演2 Quick Time版(mov)
◆動画2:ヒールド氏の講演2 Windows Media Player 版(wmv)

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会場からの質問を受けるヒールド氏と金氏

講演後のフロアーとの質疑で、米国の保護期間延長の是非について問われたヒールド氏は明らかな誤りであったことを肯定した。

写真金氏
ヒールド氏の講演に対してコメントした慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授の金正勲氏は「文化庁の著作権審議会で欧米並みの70年に保護期間を延長すべきかという議論を続けている。国内では有効な実証的経済分析が乏しい中で、ヒールド教授の研究はまさにタイムリーで、日本の著作権論議に多大な示唆を与える。PDは過剰に利用され、価値を消耗するという議論もある。知識は共有されればされるほど価値が高まると思う」と評価した。

◆動画3:金氏のコメント Quick Time版(mov)
◆動画3:金氏のコメント Windows Media Player 版(wmv)

ポール・ヒールド氏の研究論文の全文(英語)はこちらからダウンロードして閲覧できます

《著作権》保護期間延長は失敗−−米ヒールド教授が早稲田大で講演

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【2007年9月27日 岩下恭士】


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