禁煙?いや、吸わないだけ

おんぞう (19)
心の伝道セラピストおんぞうのブログ 禁煙で苦しんでいるかた、たばこを吸わなくなりたいかたに “吸わないだけ”の意識をお伝えします♪
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元米副大統領アル・ゴア氏『不都合な真実』 | NEWAYS 2007/01/17 12:24
http://myhome.cururu.jp/onzou/blog/article/91000745145

地球の温暖化、自分たちが想像している以上に深刻。

アル・ゴア氏のメッセージは、真っ直ぐすぎて恐ろしい。

 

どんな小さなことでもいい。

まず、ポイ捨てしないことから始めてみる。

ちょっと慣れてきたら、燃えるゴミと燃えないゴミをわけてみる。

これは当たり前のことだけど、

この当たり前のことから始めるべきときにきている。

 

レジ袋を断ることくらいで、温暖化が正常になると思えるか?

答えは“イエス”なのだ。

可能性としては0.00何%の話かもしれない。

実はそんな低い可能性じゃないんだけど、

それくらい可能性がないことだとあきらめてしまっている人は多い。

ポイ捨てしないことなんて、人間として当たり前のことだ。

当たり前のことを当たり前にできることがいかにすごいことなのか。

言葉ではなんとでも言える、ようは、実際ポイ捨てしないこと。

実際、レジ袋を断ってみること。

 

コンビニでペットボトルの飲み物を買わずに、

空になったペットボトルに水を入れて持ち歩けば何も問題ないわけで。

たばこを吸うなら、携帯灰皿をファッションにして、

たばこを吸える場所でゆっくり味わったら道はきれいになるわけで。

 

そう、すべては“ココロ”の問題なのだ。

簡単に人を殺してしまう、または自分を殺してしまうのも、

愛を感じれない”ことに対する欲求不満からくる。

好きなことをして、笑顔いっぱいのときに、

誰かを殺したい”なんて発想、出るはずがない。

自分が幸せを感じているその雰囲気を伝えたい、そう感じるものなのだ。

 

世の中、お金さえ持っていれば、いろんなものを手にすることができる。

必要なもの、必要じゃないもの、関係なく。

買っていいもの”と“買ってはだめなもの”の区別ができなくなり、

買うべきではないものを買ってしまうことで環境を汚すという

何とも情けないことを無意識にしてしまっている僕たち。

いいことをしてると素直に信じる人たちを騙す企業。

すべては“お金”のため。

 

お金で愛は買えない

 

高価”と“高級”の意味を勘違いしている大人をみて、

純粋な子供たちは間違った価値観で生きる。

 

不都合な真実』という映画がまもなく公開される。

今のままでいくと、100年後には神様の怒りがくだる。

もっと早いかもしれない、気づけないと。

 

小さなことにありがとうを思える生き方を大切にしたい。

何が地球に優しいことなのか、

メディアでは決してあかされない不都合な部分に

しっかり意識を向けて、人間らしく生かされたいものだ。

 

2007/01/16

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永伊智一監督~大切なあなたに伝えたい~『怖い製品』 | NEWAYS 2006/12/18 03:31
http://myhome.cururu.jp/onzou/blog/article/91000640270

クリスマス礼拝が終わり、帰って昼食のあと、

まちねとせいこちゃんとタクシーで福祉プラザへ向かった。

13時30~16時、永伊監督の講演会は、とても充実した時間だった。

 

動物実験”の具体的な恐ろしさを感じた。

動物同士の弱肉強食の世界と、

人間が、たかが日用品を作るために動物を残酷に殺す世界は話が異なる。

 

動物実験で国が安全を証明しているんだから、

反対する意味ってないんじゃない?

 

という人はたくさんいると思う。

 

マスコミでは取り上げられない、表に出してはいけない情報があり、

そのせいで本当に恐ろしいことを知らずに僕は生きてきた。

信じられない、信じたくないことが実際に起こっていて、

つい目をそらしたくなる映像のなかで、

悲鳴をあげながら死んでいく犬、ねこ、さる、うさぎ・・・。

人間の実験で大量に犠牲になっていく動物たちから生まれるものが、

国の標準を満たしている安全な日用品”だということ。

 

シャンプー、リンス、ハミガキ、口紅、ファンデーション、化粧水・・・。

有害なものが入っていないもの”を探し出すとしたら、

テレビCMをしていない、それこそ有名じゃないものに意識を向けないと、

いくら探してもみつけることはできない。

 

中身のない、パッケージと宣伝費だけにお金がかかったものを使い、

真実を知らない人たちは当たり前のようにメイクをし、

悲鳴を上げ死んでいった動物たちと同じように毒を入れ、

自分の体に異変が起こったとき、病院を頼り薬で治そうとし薬漬けになり、

奇形児が生まれたときに泣き叫び神に文句を言うということを繰り返している。

 

何がやっかいかと言うと、“すぐに異変が起きないこと”だ。

何の問題もなく、ごく普通に生まれてこれたようにみえる人間の場合、

溜まるに溜まった毒が表にでてくるのは、

10年、20年という年月がかかってしまう。

そのとき、原因が何なのか知ろうとしたくても、

国が安全を認めているもの”に疑いの意識を持つことができなければ、

癒されることがない薬に頼る人生を選ばざるえないことになりかねない。

 

母の胎内にいるとき、母親が有害なものを使うことで子宮が汚れるため

胎児は一生懸命羊水をキレイにして母を支えているという。

しかし、胎児にも限界がある。

無知な母親は自分が毒を体に入れていることに気づかず、

ただひたすら元気な赤ちゃんが生まれてくることを当たり前に信じている。

そして、待ちに待ったわが子とのご対面・・・感動のはずが、

手がない、足がない、目がない、皮膚がおかしい・・・。

という結果だったら・・・、最初に神に文句を言いたくなるに違いない。

 

あの映像は二度とみたくない、それくらい、強烈だった。

そして、企業のトップから圧力をかけられながら、

命をかけて取材をしてきた体験を語るその姿は、とてもかっこよく見えた。

 

何を信じたらいいの?

 

目に見えない真実を信じたらいい

 

まあ、こういうことを言えば、オカルトだとかなんとか騒ぐ人はいる。

それなら勝手に騒がせておけばいい。

ただ、真実からココロを背ける生き方はどうかと思うけど。

 

動物の悲鳴が、イエスの悲鳴に聴こえた。

何も悪いことをしていないのに、人間の勝手な都合で殺される。

それも、企業の業績のため、お金のためだけに・・・。

そんなことが許されていいのか?おかしいだろう、普通に。

 

2006/12/17

 

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kakaさんとキョウコさんとガストでお話 | NEWAYS 2006/11/17 01:37
http://myhome.cururu.jp/onzou/blog/article/91000535929

二人と話してると、なぜ青森でNWを知ったのか不思議になる。

別に、東京で知ろうと思えばNWを知っている人はいた。

しかし、“タイミング”じゃなかった。

手荒れが酷くなってもステロイド命と思い込みながらしっかり塗りまくり、

手放すことなんか信じられないというくらい必要な薬だったのに、

青森にきて、ある日塗ろうとしたら全くみつからず、恐怖を感じ、

そんなときにkakaさんを通してキョウコさんがハンドクリームをくれた。

あの感動は忘れることがない。

僕と似たような感じの人が結構いるという話しを聞かせてくれたから、

ものすごく安心感を持てて、すべてを任せれる思いになった。

 

薬には必ず副作用があり、市販で売られているほとんどの製品には

人体に有害なものが含まれていて、環境を汚しているということを聞いた。

僕も、ある程度は聞いていたけど、想像以上に深刻な問題が起きている。

しかし、体に何も悪いところがなく、何気なく生活している人たちは、

そんなこと、別に興味がないといわんばかりに無関心。

そりゃそうだと思う。必要に迫られていないときって、そんなものだ。

 

ちょうど一年がたとうとしているこのごろ、

手袋をしながらPCを触っていたときもあったのに、

気づくと皮膚が細かく落ちることもなくなっていた。

 

手がかゆいのに耐えながらエッセイを書いていたときを思い出すと、

今いかに贅沢な環境に変えてもらえたのか・・・、感謝感謝。

 

2006/11/15

 

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製品説明、とても楽しかった♪ | NEWAYS 2006/11/14 06:37
http://myhome.cururu.jp/onzou/blog/article/91000527017

NWの集まりでは、本当にいろんな話が聞ける♪

なぜ、表では騒がれることがないのか。

僕が感じるままに一言、誰も、“理解できない”からだ。

理解したくない”というほうが正しいかもしれない。

人から人に伝わることって、直接想いを聞ける。

噂から噂で伝わることって、どうしても間接的になる。

噂を信じちゃいけない”とは本当で、

真か否かを確かめるのには直接聞いたり確認しないと、

誤解のまま、それが真実だと思い込んでしまう。

 

なんでもそうなんだけど、

外側の情報”からは“秘密”が全くわからないものだ。

秘密を知りたければ、内側に入り込む必要がある。

僕のセラピーも同じ。

メール配信で想いは伝えているけど、

具体的にどうすればいいのかというのは

直接会って語り合う必要があるのだ。

会えなくても、メールや電話でもかまわない。

メール配信している内容と語り合う内容は似ていても、

時間をかけてゆっくり伝えるべきことがあるからだ。

 

知りたい情報に関して、伝えてくれる人を信じれなかったら、

その人に伝えてくれた人に話しを聞きに行く。

それでもまだ納得できなかったら、

納得できる人から話を聞けるまで自分の足で捜し求める。

最終的に、情報を発信している本人にたどりつき、

そこまでいくと、本人からしか聞けないことも聞ける。

ようは、本当に求めているか、いないか、それだけの違い。

 

僕は、神様を信じたい、感じたい人たちが

少しでも愛を感じれたら素敵だなという想いでエッセイを書いている。

そういう想いになり、書かされている。

僕の文章表現がいまひとつだとしても、

誰もが必ずみことばを目にし、知ることはできる。

そのみことばは、聖書を開けば書かれている言葉だから、

僕のエッセイがつまらなくても、聖書をパラっと開いてもらえれば、

いつでもみことばに出会えるということなのだ。

別に聖書じゃなくても、みことばを感じれる素敵な本はたくさんある。

自分の心が何によって癒されるのか、幸せを感じれるのか、

大切なのは、自分の声に素直に耳を傾けるということだと思う。

 

禁煙”に関する情報も、ものすごく溢れている。

しかも、そのほとんどに“お金”の臭いがする。

たばこを吸わなくなるのにお金はいらないはずなのに。

500円とか1000円とかの話じゃなく、万単位。

でも、たばこをやめたくて必死の人は、すがってしまう。

いかに、必要ない物が溢れ、本当に大切なものが見えなくなり、

心を感じることを忘れてしまった生き方になっているかだ。

 

こんな世の中だから、伝えるべきことがたくさんある。

課題が多いということは、ありがたいことだ。

まだまだ成長できる、どこまでも成長できる。

この世に生かされていることに、つくづく感謝なのだ。

 

2006/11/13

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政策情報誌にNEWAYS | NEWAYS 2006/09/25 07:43
http://myhome.cururu.jp/onzou/blog/article/91000359658

まちねとせいこちゃんを東京駅で見送ったあと、

大手町の丸善に向かった。

NW関連の本を入手しに行くために書店に入ると、

そこにあの、国会でしか売っていない情報誌があった!

しかも、僕が初めてNWを知ったときに見せられた特別号もあった♪

ついついテンションが上がって4冊も買ってまった(笑)。

あとからきたおじさんも3冊買っていったんだけど(笑)。

いかに世のために貢献している会社かを感じる。

 

テレビやマスコミでは取り上げられない世界。

言葉を返すと、取り上げられるほど“安くない”のだ。

 

僕が思うに、“ネットワークビジネス”の常識は

この数年の間にガラっと変化する。

政治家が変化させるんじゃなく、

政治家を支えている僕たちが変化させることになる。

たとえば僕はクリスチャンだけど、

NWの創立者トム・マウワ氏はクリスチャンじゃない。

クリスチャンじゃない”という表現はおかしいんだけど、

目が曇っている人”から見た目はそうなのだ。

神様から視るトム・マウワ氏は輝いていると感じる。

意識ではなく、言葉や肩書きで物事を視る人にとって、

NWは他のネットワークビジネスの会社となんら変わりなく、

お金儲けしたい人が誰かを誘う仕事

という偏見の目でしか視れないのだ。

偏見の目で物事を視る人というのは、

途中で夢をあきらめてしまう人に違いない。

確かに世の中間違った情報や偽りのものが多くある。

しかし、悪は必ず滅ばされることになっている。

真実なものは曲がることがなく生き続けるから、

あきらめないで信じ続け求め続けるのなら、

必ず真実に出会うことはでき感動が待っているのだ。

一人や二人から怪しい話をされたくらいで偏見の目を持つことは、

とても危険で損を選ぶことになる。

ようは、相手が言うことを丸呑みで信じるのではなく、

その情報に対し自分が納得するまで追い求めるということが

何にたいしても必要になる意識だと僕は思う。

 

たとえば成功者は世の中で1割くらいだという話、

これが一体どういうことなのか。

人を踏み台にして儲けている”という意識でとるか、

世のために貢献している”という意識でとるか。

たぶん、自分たちからお金を吸い上げている人が

その1割に入っているんだという意識のほうが

強いんじゃないかと思う。

理想の人生”が“成功”だとするなら、

そうなることはとても簡単なことなのだ。

ただ一つ難しく感じることがあるとするなら、

それは、誰しもが同じ意識で生きているわけじゃないということ。

ようするに、自分のイメージと共感し合える人に触れ、

その人と一緒になり動くということでそれは実現可能になる。

寝食を共にする”という意味じゃなく、

心を一つにして”動くことが大切だということ。

人は一人で生きているんじゃないんだから。

 

なぜNEWAYSが国会雑誌に登場するのか、

それも、一度や二度ではなく、毎回登場する。

なぜテレビで政治家たちが何も話さないのに、

こういう雑誌に登場するのか。

こんなことは理屈頭で考えるのではなく、

それこそ感性で捕らえるべきなんだよな。

いいか悪いか、必要かそうじゃないか。

 

自分の体が危険にさらされている状況を知ることは大切で、

それが自分だけの問題で済まされないということを

シックスセンスで感じ取る生き方が必要だと思う。

自分の知識が無知なあまりに、

自分の愛する人が知らないうちに危険にさらされ、

原因不明という告知を医師からされガッカリする患者とその家族。

余命を告げたにも関わらず奇跡的に復活した患者に対し、

現実ではありえない“超常現象的”なものを魅せられ

意味がわからなくなり混乱する医師。

僕たち人間は、霊によって生かされているということを

心に命じて忘れてはいけないのだ。

 

頭でいくら考えても答えはでてこない。

悪いことを考えると悪い結果になり人間は神様に文句を言う。

心があり、そして肉体があるという順番を、

まず硬い頭に知識として入れ込んで、

感じて生きる人生を選べるように”意識を向ける。

はっきり言って、目に見えるものを信じるより簡単なのだ。

それくらい人間が持っている潜在能力はすごいんだから。

 

僕はこの会社に出会えて心から感謝している。

もちろん、神様が導いてくれたことに違いはない。

すべてに意味があり、それは必然なことなのだから。

何より僕の体はそれを感じていて、

心がすごい喜びを感じていることが証拠だろう。

日本に生かされていることにありがとうなのだ。

 

2006/09/24

 






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エリミネーター | NEWAYS 2006/08/17 06:40
http://myhome.cururu.jp/onzou/blog/article/91000228302

ともが指を怪我した。

回転椅子の交換をして、回るかどうか試していたところ、

手を滑らせ怪我をした。

思ったより傷口が結構深く、一瞬どうしたらいいのか考え、

部屋に置いてた救急道具から綿と包帯とテープを取り出し

傷口をエリミネータで消毒し、綿にテンダーケアを塗り、

傷口にあてて包帯で固定しテープで止めた。

人命救助”というほど大げさなものじゃなかったけど、

初めて人に対して包帯を使う怪我の手当てをしたものだから、

とっさ的に自分を動かしてくれた神様にありがとうと感謝した。

 

夜にはすっかり落ち着いて、

ともが自分で傷口を消毒して包帯を巻いていた。

マキロンを使わないで消毒ができ、

食べても安全なテンダーケアで傷口が癒され、

なんていったらいいか、体に負担かけないで癒せたことに

僕はとても嬉しい気持ちと感動と感謝でいっぱいになった。

NEWAYSに出会えてよかった・・・神様、ありがとう♪

 

2006/08/16

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癒しというのは | NEWAYS 2006/08/04 00:36
http://myhome.cururu.jp/onzou/blog/article/91000185405

約3年ぶりに、青森に住んでいたときのお友達に会った。

そして、『カリスマ』という癒し器具を知った。

彼女はビジネスとして取り組んでいる。

お連れさんも一緒に3人でお話をした。

お連れさんはN社の製品も愛用しているらしく、

僕の半年前の手の写真とか見てもらい、

今と比べていかに変化しているか感じてもらった。

 

人は必ず“”から癒されるということを、

自らの体験を通して語り合えたことは嬉しかった。

どんなにいいものを使ったとしても、

肝心な心が満たされないのなら

癒し”の意味はなくなってしまう。

ごはんを“おいしい”と感動して食べれること、

寝ることが“気持ちいい”と感謝できること、

基本的なことを基本的にする。

ただそれだけのことで人間は癒される。

 

出かける前に久しぶりに手の写真を撮ったのだけど、

キレイになった手をみて感動してしまった。

この感動を多くの人に伝えれることに感謝。

 

2006/08/03






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