さまざまな新サービスや付加価値が加わり、インターネットはさらに発展を続けている。1日の毎日新聞の新しい総合情報サイト「毎日jp」開設にあたって、ユーザー参加型の「ウェブ2.0」と呼ばれるインターネットの概念を提唱した米国のティム・オライリー氏(53)にインタビューした。オライリー氏はインターネットの現状と今後について、「まだまだ潜在力を秘めており発展途上にある。ウェブの世界は今後5年以内に大きな変革を迎えるだろう」と語った。【藤生竹志】
一問一答は次の通り。
◇5年以内に大変化
--今日のウェブをどう評価しますか。「ウェブ2.0」で出来ることは、ほとんど達成したといえますか。
オライリー氏 ウェブ2.0は「モノ」ではなく、市場の段階を表す概念だ。パソコン(の基本ソフト=OS)にたとえるなら、ウェブ2.0は、まだ(92年に発売された)ウィンドウズ3.1の時代にあるといえるだろう。まだ先は長く、数多くの発展や革新、市場の大転換が待ち構えている。マイクロソフトが今日のような勝者になれたかどうかは、発足時には誰も分からなかった。産業が成熟期を迎えれば、今後5年以内にはウェブの世界の風景は大きく変わるだろう。
--00年に米国でいわゆる「ネットバブル」が崩壊しましたが、それ以来、今日までの動きをどう総括しますか。
オライリー氏 ウェブとインターネットはあらゆる潜在力を持っており、ウェブ2.0は、バブルから脱却して成長した。しかし、(バブルで)人々は方向性を間違えた。ウェブをテレビのような単なる広告手段としてしか扱わず、それは単なる見た目に過ぎなかった。これは間違ったモデルであり、ネットワークの応用がもたらす利益を理解していなかった。
ネットバブルがはじけた時は、どの会社がネットワークを「プラットフォーム」だときちんと理解していたのかを見分けやすかった。これがウェブ2.0の本当の始まりだった。なぜアマゾンやヤフー、eBayは生き残り、多くの会社は生き残れなかったのか。成功者はインターネットユーザーに付加価値を提供することで得られる利益についてきちんと理解しており、単に「ページビューを稼いで、広告でもうけよう」とは考えなかったからだ。
将来的な技術に対して賭けている会社もあり、今でもそういう会社は見受けられるが、いくつかは失敗するだろう。モバイルへのシフトなど大きな転換が起きており、不意に足下をすくわれる会社も出てくるだろう。
◇「集団知」をけん引
--ウェブ2.0の後には将来、どんな革新が予想されますか。また、現在、足りないものは何ですか。
オライリー氏 それにはまず、「ウェブ2.0とは何か」ということをきちんと理解しなければならない。多くの人は、ウェブ2.0とは様々なアプリケーションの集合体、あるいはブログやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)、(ユーザー同士が内容を更新し合い、質を高める形式の)「ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ」などのことだと考えている。しかし、私はもっと広い意味でとらえる。ウェブ上で動作する様々なアプリケーションを束ねた“じん帯”として、「『集団知』をけん引すること」だと思う。
ネットワーク上にいる時は常に、有意義な新しい関係が生み出されている。誰かが別のページにリンクを張ったり、SNSで誰かが「君は僕の友達だよ」と言ったり、ショッピングサイトでは誰かが商品を購入する。これはすなわち、システムに新しい価値が付加されているということだ。ウェブ2.0は、こうした価値を取り入れ、便利なサービスに変換する。(米検索最大手)グーグルが最も分かりやすい例だ。彼らはこの価値を取り入れ、より良い検索結果が得られるようにした。ソーシャル・ネットワークは新しい友人を見つける一助にもなる。
これらはみな、データベースを作るために利用者が情報をシステムに提供し、そして出来上がったデータベースは、極めて貴重なものになる。将来を考える時、私は、隠された価値を持つ「宝庫」はどこにあるのかを考える。今はまだ銀行やクレジットカード会社のオフィスの裏でカギを掛けられている、全く新しいアプリケーションの山が、利用者が使える形のアプリケーションになって行くだろう。
私は、ウェブ2.0の未来は多くの場合、データベースの奥に隠れている価値の蓄積を見つけ出し、利用者が使えるサービスに変えて行くことだろうと思う。重ねて言うが、データをいかに解錠して利用者サービスにつなげていくかを学ぶことだ。データはどんどん自動的に生成されるようになってきている。大きな未来がこの先にあると思う。
◇モバイル、大きな潜在力
--欧米のウェブサイトに比べて、日本のウェブサイトの水準はどうですか。
オライリー氏 私は日本語が読めないし、日本のウェブの現状についての専門家ではないので詳しくは分からない。しかし、親しい友人らと話した限りでは、日本のウェブサイトは欧米のものに比べ、やや創造性に欠けるように思う。日本には保守的な技術文化があるし、多くの場合、革新の原動力となる若い技術者に与えられる機会が少ない。彼らは「なぜ、そうでなければならないのか」と疑問を持ち、全く異なる新しいアイデアを生み出す。しかし、企業家文化が欠けているために、多くのサイトは既存の方法から脱却できていない。若い世代にもっと機会を与えれば状況は大きく変わるのではないか。
--日本の特徴の一つは携帯サイトだと思います。パソコン利用者と携帯利用者の間の新たな「デジタルデバイド」も指摘されて久しいですが、日本の携帯サイトは、優れたサービスだと考えますか。
オライリー氏 消費者の視点からいえば、モバイルにはいくつか力強い動きがあることに疑いはない。しかし、世界的なモバイルの革新は、通信事業者によって制限されている。オープン・プラットフォームを許可していないし、「集団知」を生かせるアプリケーションを構築する機会もない。それが可能になるまでは、モバイルの可能性は制約を受けるだろう。ただ、モバイル革命は、ウェブブラウザー革命より、さらに大きな潜在力を秘めているといえる。驚くべき革命につながるだろうが、今はまだだ。繰り返すが、モバイルの世界でびっくりするような動きがあることには疑いがない。
◇「ウェブこそ核心」信じた
--ウェブ2.0の次はウェブ3.0という期待が大きいですが、これまでウェブ3.0については語っていませんね。米国でネットバブルが崩壊した00年当時、多くの人が「インターネットの存在意義は薄れる」との見方を示しましたが、あなたはそれを否定しました。当時なぜ、インターネットの新たな可能性を信じられたのですか。
オライリー氏 ずっと考えてきたのは、深く、長期的なトレンドのことだった。いくつかのことが将来の形についてヒントを与えてくれた。その一つは、オープンソース・ソフトウエアやオープン・スタンダードの台頭だ。
パソコンが世に出た時にハードウエア業界で起きたことと同様、ソフトウエア業界で何が起きていたのか、よく考えた。パソコンは新しいビジネスモデルだった。誰かがパソコンの仕様書を作れば、誰でも同じものをつくることが出来た。これも、いわば「オープンソース・ハードウエア」といえる。今日でいうオープン・スタンダードとは異なるが、一つの売り主によって支配されていたものへの対立軸だった。その結果どうなったかといえば、ハードウエアの価値は失われ、価値はソフトウエアに移っていった。
オープンソース・ソフトウエアがウェブに登場した時、似たようなことが起きているのではないかと感じた。オープンソース・ソフトウエアは卓越したソフトウエア理論だった。オープンソース・ソフトウエアは、ソフトウエア自体を売ることで収益を上げるのは困難になるが、ソフトの価値が失われるわけではない。価値はどこか別の場所へ移る。では一体、どこに行くのか。私は、オープン・ソフトウエアがどのようにウェブ・アプリケーション現象と新しいコンピューティング理論を導き、この卓越さをもたらしたのかを考えた。ウェブの価値を高める新しい何かが起きていると考えた。
もう一つ大きかったことは、ウェブをプラットフォームとして扱うアプリケーションが出始めたことだ。私の会社の編集者の1人が、「これは著作権や音楽がどうこうという話ではない。ネットワークについて、ちょっと違った見方をした時に何が出来るのかという話だ」と指摘した。インターネット時代に育った人々は「なぜ、何もかも1カ所に集中しなければならないのか」と考える。彼らはインターネットをフルに使い始め、これが「ピア・ツー・ピア」(P2P)革命の核心だった。
ウェブサービスの分野についても同じだった。人々は、ネットワークの力をどう使うか模索し始めた。ネットワークの力とは何か、私は真剣に考えた。ネットワーク利用で使える新しいアプリケーションと連携し、何がネットワーク・アプリケーションをより良く、力強いものにしていくのか。ネットワーク・アプリケーションの流行が起き、この動きは決して止まらないだろうということを信じるかどうかという問題だった。
私はパソコン革命の初期に同産業界に加わった。みな忘れているが、当時の革命の動きはすべてハードウエアに関わるものだった。多くのメーカーがパソコンを製造していた。しかし、数社を除いてビジネスから撤退した。
80年代半ばを振り返ると、パソコン産業は終わったわけではなく、始まりに過ぎなかったのだということに気づいた。最初の段階では誰もがチャンスに飛びつき、そのチャンスをよく理解しないままビジネスを立ち上げるというのはよくあることだ。しかし、彼らは間違っていた。チャンスの意味を理解していなかった会社が消えていったことで視界が明瞭になり、本当にチャンスを理解している会社だけが、がれきの中から立ち上がった。そして、人々は何がそうした会社を成功に導いたのかを、もっと鮮明に理解するようになった。
◇新しい出版刊行の形
--ウェブ2.0環境では双方向性という特徴を生かして誰もが情報発信者になれます。しかし、現実にはウェブ上に流れている情報は玉石混交です。インターネット時代のマスメディアの役割をどう考えますか。
オライリー氏 玉石混交というのは、いささか誇張されすぎだ。なぜなら、これまでにも多くの「石」はあったからだ。「スタージョンの法則」(SF作家セオドア・スタージョンの格言)によれば、「どんなものも、その90%はカスである」という。昔の出版を見ても、実に多くのカスはあっただろう。本の出版に関してよく知られているのは、「スラッシュ・パイル」(頼まれもしないのに出版社に持ち込まれた原稿の山のこと)というものだ。
最近、最も成功した出版物はハリー・ポッターシリーズだろう。初版は1万5000部で、最初は誰も、これほど大ヒットするとは思わなかった。「スラッシュ・パイル」の中から優れたものはいつも見つけ出せる。現在では新しい出版モデルがあり、「スラッシュ・パイル」の中から優れたものを探し出す良い方法がある。グーグルのページランキングには大量の蓄積があり、ヤフーにはエディターが良いものを置いておくディレクトリがある。グーグルは、人々が何にリンクしているのかをウォッチし、最善のものがトップに浮き上がる。一種の「スラッシュ・パイル」のキュレーションだ。もちろん完ぺきではないが、古い方法も同様に完ぺきではない。素晴らしい実験ではないか。
(オンライン百科事典)ウィキペディアは、誰かが書き込み、別の誰かが改良することで、より正確なものになっていく。新しい出版刊行の形だ。旧来の出版者は、それを理解しなければならない。グーグルもウィキペディアもエンサイクロペディア・ブリタニカも出版者だといえる。
◇「生態系」は変わる
--マスメディアには、長い間「特ダネ競争」という伝統があります。欧米では、特ダネもまずインターネットに流す「ウェブファースト」が主流になりつつようですが、日本ではまだまだ、特ダネは「ウェブラスト」です。どう見ますか。
オライリー氏 日本については多くを語れないが、米国については、ウェブで特ダネを取ることは紙のメディアの特ダネと同様に評価される。誰よりも早く特ダネを書いた記者は、多くの読者を獲得する。極めて簡単なことだ。
--マスメディアが流す情報に比べ、ブロガーの書くブログの中には面白くて信頼の置けるものも少なくありません。新聞やプリントメディアの将来をどう予測しますか。生き残れますか。
オライリー氏 生き残ることは出来るだろう。ただ、問題は成功するかどうかだ。楽譜が音楽をシェアする手段だった時代には、人々は楽譜を買ってピアノを弾いた。ところが、音楽が録音出来るようになると、人々は楽器を弾くのをやめた。そして、楽譜の市場は縮小していった。
同じように、プリントメディアは確かに大きく変わるだろう。頭の良い出版者は読者のために何をなすべきか理解するだろうが、どうやるかについては、それほど懸念していないようだ。どんな道具を使うかより、どんな仕事をするのかについて考えなければならない。混乱はあるだろう。新しいメディアには、初期段階では古いモデルほど資金もなく、ビジネスモデルの過渡期には谷間もあるものだ。その過渡期を乗り切り、生き残るために戦わなければならない。「生態系」は成長するのだ。
--ウェブ社会のマイナス面についてもお尋ねしなければなりません。例えば、幼い子供がオンラインゲームにのめり込んだりすると、現実世界と仮想世界を区別することがますます困難になるのではという指摘もあります。
オライリー氏 そうかも知れない。懸念はいつでもあるものだが、インターネットについての懸念は、いつも大げさに語られる。では、テレビの影響はどうだったのか。あるいは、読書の影響は。ルネッサンスの時代に、「乗馬や鷹狩りをするべきなのに、うちの子供は引きこもって本ばかり読んでいる」と嘆いた家族の姿が私には容易に想像出来る。
世界は変わる。もちろん、悪者はいる。常に問題もある。子供のころ、母親に「ボウリング場には麻薬の売人がいるから近づいてはいけない」と言われたことがあった。しかし、ボウリング場と麻薬の売人の固有の連携があるわけではない。
--では、ウェブの将来については楽観的なのですね。
オライリー氏 私は極めて楽観的だ。
<ティム・オライリー氏>1954年6月6日、アイルランド南部コーク生まれ。技術系書籍販売、オンライン出版などを手がけるオライリーメディア社の創設者であり最高経営責任者(CEO)。高校生時代は文学青年で、ハーバード・カレッジでは西洋古典を専攻、卒業後はコンピューターのマニュアルに携わり、78年、オライリーメディア社を設立した。
04年に「WEB2.0」の概念を提唱し、この概念はグーグルなどWEB2.0企業の急成長と歩調を合わせて世界中に広がった。フリーソフトウエアとオープンソース運動の推進者としても知られる。11月15、16日に東京で開かれる「Web2.0 EXPO Tokyo」に出席するため、10年ぶりに来日予定。
2007年9月30日