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社説天声人語

天声人語

2007年09月28日(金曜日)付

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 一人旅の駅か空港で、信用できそうな人に荷物の見張りを頼むとする。「これ見ててもらえますか」と用足しに立ち、戻ると荷物が無い。「若い男が持ち去りました。ずっと見てたから間違いない」と言われたら、普通は怒る。

 番をするのも、ただ眺めているのも、会話では「みる」になる。動詞の意味は常識で判断するしかない。誤解しようがない動詞もあるが、相撲部屋では油断できない。兄弟子が新入りを何度も土俵に転がし、立ち上がれなくなるまでしごくことも「かわいがる」と言うらしい。

 時津風部屋の17歳の力士が6月、けいこ中に急死した。事故とされたが、親方や兄弟子が土俵の外でも「かわいがった」ことを認めたため、刑事事件になりそうだ。

 被害者は春に入門、何度か部屋を脱走して、リンチまがいの「かわいがり」が激しくなったと聞く。死の前日にも、実家に電話で「救出」を求めていた。父親は「もうちょっと頑張れと言ってしまった」と悔やむ。傷だらけの遺体と、両親が求めた行政解剖が警察を動かした。

 預かった若者を、親方夫婦が一人前の力士に育てる相撲部屋。肉親は本来の意味で「かわいがってもらえ」と送り出し、実際、その通りにしている部屋も多い。だが、時津風部屋は名門だ。不合理な習わしはここ限りだろうか。

 隠語は閉鎖社会の闇に育つ。どうか、世間並みの言葉と常識が通る角界であってほしい。一度託されたものは責任を持って面倒見るべし。旅行かばんならいざ知らず、手塩にかけた宝物は取り戻せない。

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