「日本の漆器の美しさは、ぼんやりした薄明りの中に置いてこそ、始めてほんとうに発揮される」。文豪・谷崎潤一郎の評論「陰翳(いんえい)礼讃」の中の一節である。
そういった良さが実感できる家屋も少なくなったが、英語で「ジャパン」とも呼ばれる漆器は、日本文化のシンボルといえよう。六百年の歴史を持つ真庭市蒜山地方の伝統工芸品「郷原漆器」。戦後、生産が途絶えていたが、二十年ほど前から再興され始めた。
その製作用具が今年、岡山県内初の国登録有形民俗文化財になったのを記念し、県立博物館(岡山市後楽園)で歩みを振り返る特別陳列が開かれている。漆を塗る作業台や漆精製用の大きな木鉢など道具類は、さすがに年季を感じさせる。明治期の蒔絵椀(まきえわん)は豪華な逸品だ。
復興への取り組みも紹介されていた。現代によみがえった郷原漆器は、クリの木地に漆の塗り込みとふき取りを繰り返す「拭(ふ)き漆」の技法。木目の美しさを際立たせながら、つやを出す。
目標は、現在の中国産の漆から、復興が進む岡山県産の備中漆を使った「純地元産化」だ。蒜山に植えられた約四百本の漆木も関係者の努力で順調に生育しているという。
日本の風土の中で慈しまれ、日常生活に潤いをもたらしてきた漆器。地域の伝統をよみがえらせた人たちの情熱に思いをはせながら、その素晴らしさを見直したい。