マーケティングプランナー 村山涼一
1. スーパーカスタマイズキャンペーンの狙い
既報の通り、花月マスターキャンペーンで8930人のロイヤルカスタマーの囲い込みに成功した。今後はこの9000人近くをシェアソー
スにマーケティングを展開していくとして、いかなる仕掛けが彼らの新たなモチベーションを形成するかと思案し、結局選択したのが「カ スタマイズ」という切り口である。
そもそもラーメンユーザーには「チャドリング」なる行為が流行しており、これはカスタマイズの原初的行為と判断できる。ゆえに、こ
れを促進し、かつさらなるステージに昇華するマーケティングを展開すれば、9000人とその周辺ユーザーは高い回転率で花月全店に 訪れるだろう。これが当該キャンペーンの狙いである。
2. カスタマイズの背景理論は創造的消費
カスタマイズの成功可能性が高いと判断した根拠は、創造的消費と言われる消費態度が、現在の消費者に強く根づいていることに
よる。
バブル景気が崩壊し、日本は低価格ブームとなった。それと相まって、主婦の節約ブームが起き、これがきっかけとなって「創造的消
費」と言われる新しい消費のスタイルが登場した。これは商品をサプライヤ(メーカー)の意図した通りに使うのではなく、なんらかの工 夫をして使い方を換えてしまうような消費態度で、例えば、テニスラケットを布団叩きの代わりにしたり、クリーニングでもらってくる針金 ハンガーを四角に折り曲げ、そこにアルミホイルを貼って魚の焼き網にするようなものである。
この現象を詳しく研究したNTTアドの「ネット&ケータイ人類白書(NTT出版、2000年)」という書籍によると、こうした消費のパターンは「代
替」「加工・編集」「開発」の3通りに分類できるそうだ。
図1は「代替」の仕組みがどうなっているのかを図解したもの。下駄箱の臭いをとるために、トイレットペーパーをフィルターにしたり、
赤ちゃんにサングラスをかけて、その遮断効果-デカラージュ(いつもと違う景色や場面に遭遇した時に、いつもの状況とのズレを認識 しようとすること)によって、泣きやませるというもの。
図2は「編集」。これは対象とするものを少し変形したり、何かを加えたりして、違う使い方に変える。掃除機にストッキングをかぶせ、
汚れたスニーカーに押し当てて、どろや汚れを取ったり、針金ハンガーをふたつ使って、ふたつのハンガーで四角を作り、座布団やク ッションを干そうというもの。
図3は「開発」。マグロの赤身にマヨネーズを塗ると、トロと同じような味になるとか、 インスタントのしょうゆラーメンに粉末クリームを
入れるととんこつラーメンと似たような味になるというもの。
3. ユーザーを増幅させる装置
この創造的消費をベースに、花月ユーザーに花月店舗に存在する全ての商品を使って、「代替」「加工・編集」「開発」を促そうという
のがスーパーカスタマイズキャンペーンの狙いである。
さらに先述の書籍によると、創造的消費を利用してマーケティングを成功させるには、
@ 提供する商品がカスタマイズしようと利用者が触発されるような機能・価値を持つ
A 利用者の自由な表現を許容する「余白」があり、そこへの参加方法を示すフォーマットが示されている
B 周辺商品やコンテストなど、表現の高度化と利用者の成長につながる仕組みを持つ
C 利用者が自己表現する場を「オーティエンス付き」で提供する
ことが必要とのこと。この指摘を換言すると、単にユーザーにカスタマイズを楽しもうと呼びかけるだけでなく、カスタマイズした作品を
発表する場を用意し、さらにはその作品の優劣を競わせるような装置の必要性が読み取れる。
そこで考えたのが、現行の花月マスターブログの当該キャンペーンへの応用である。
花月マスターキャンペーンがはじまって1か月を過ぎた頃、ソーシャルネットワークサービスmixi(ミキシー)の花月ファンサイトで花月マス
ターに関する意見が熱心に語られるようになった。ある者は自分がどれだけがんばっているかを誇示し、ある者は自分が何枚のシー ルを集めたかを報告、またある者はがんばっている者を激励する。こういうことが頻繁にネットコミュニティで行われるようになってい た。
こういうことが自然発生してくると、なんとかこの装置を自前で展開できないかと考えるようになる。そうすれば、意識的にユーザーを増
殖することができるからである。
そこで、花月マスターブログ
という装置を考案した。これは8930人に花月独自のブログを提供するというものであり、ここには8930人各々のマスター認定証が表示
され、それを自慢したり、自分のブログに貼れるようになっている。これにより、自己満足、他者への流布、他者への憧憬といった感 情の喚起を狙っている。
そして今回のキャンペーンでは、これと同じものをキャンペーン参加者(カスタマイズ作品を応募した者)全員に作成することにした。
そしてリリースでお知らせしたように、このコンテストをネット上で行い、投票形式で、より多くの賛同を得た方に「スーパーカスタマイザ ー」という称号を差し上げることにした。より多くの方からの支持を集めなければスーパーカスマイザーになれないというのは、上記の 書籍からの指摘BCを受けての考案である。
4. インキュベイションマーケティングとその理論背景
このユーザーを増幅する装置は、慶応義塾大学の和田充夫教授が提唱する関係性マーケティングという理論を背景としている。この
関係性マーケティングという理論は、劇団四季の成功をベースにし、観劇という感動的な場面を経験した人たちはその感動を他の人 に伝播し、さらにコミュニティ化=ファン組織を形成し、増殖しつづけていくというものである。ただこの理論は、現実社会(リアル)を前提 としており、今回のようなネット=バーチャルの場合を想定していない。
そこで、このweb版の関係性マーケティングを「インキュベイションマーケティング」と呼ぼうと思う。ネットコミュニティの依存性、所属
性、常習性を考えた場合、「関係」という薄い絆よりも、もっと深いつながりを意味するインキュベイション(孵化)の方がしっくりいく。つま り、消費者の成長を助成する孵化装置をweb上で展開するマーケティングをインキュベイションマーケティングと呼ぼうという訳だ。
さて関係性マーケティングとインキュベイションマーケティングの違いを表わしたのが、図4である。関係性マーケティングは、「トライア
ル装置」「リピート誘導装置」「リピート装置」の3つから成るが、インキュベイションマーケティングもその構成は同様である。また、リピ ート誘導装置が劇場⇔店舗とリアルであるという点も同じである。観劇が劇場というリアルで感動体験できるように、花月も店舗という リアルでカスタマイズの感動体験ができる。
異なるのはリピート装置である。関係性マーケティングがファンクラブのようなリアルの組織をベースにするのに対し、インキュベイシ
ョンマーケティングはブログから成るネットコミュニティをベースとする。これにより後者は、毎日コミュニケーションができ、増殖するの も容易であり、コミュニティへの帰属意識も高まる。これはブログの活用容易性とネットの自己依存性の高さに起因する。
トライアル装置に関しては、関係性マーケティングがリアルの口コミやうわさがベースになるのに対して、インキュベイションマーケティ
ングは、リアルとともに、ネット上(バーチャル)での口コミやうわさもベースとなるところが異なる。もちろん前者もバーチャル上の口コミ やうわさは生起するだろうが、後者とは比較にならないだろう。
最後に、一言で両者の差異を述べるとすれば、インキュベイション(孵化)という言葉を使った理由でもある「親密度」が大きく異なる点
である。これはブログ×ネット×バーチャルのシナジーで達成されるからであり、この点から言えば、インキュベイションマーケティング はきわめて現代的なマーケティングと言えるだろう。
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