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F1:日本GPの隔年開催 トヨタ、ホンダが駆け引き
自動車レースの最高峰「F1」の日本グランプリ(GP)が28〜30日、富士スピードウェイ(静岡県小山町)で開催される。トヨタ自動車傘下の富士は76年に日本初のF1が開催された名門コース。ホンダ傘下の鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)との誘致合戦の末、30年ぶりのF1開催を実現する。ところが今年9月、主催者の国際自動車連盟(FIA)は09年から富士と鈴鹿での隔年開催を発表。背後には両社の激しい駆け引きがあった−−。【中井正裕、森有正、中島幸男】 ★高速コース復活 富士山のすそ野に広がる富士スピードウェイは全長4563メートル、世界最長の約1.5キロの直線を持つ高速コース。コース面積の2.5倍のラインオフエリア(マシンの避難場所)が広がる安全重視の設計になっている。コース幅も約15〜25メートルと広く、白熱した抜き合いが期待できる。 富士は76年にF1を開催したが、77年に観客2人が死傷する事故が発生、2年で撤退を余儀なくされた。その後、トヨタが00年に買収し、02年のF1参戦を契機に日本GP誘致に乗り出した。約200億円を投じて大改修し、05年にF1開催の条件となるFIAの「最高ランク認定」を取得。富士山を眺める景観や首都圏から近いことも評価され、鈴鹿での開催契約が切れた07年からの開催権を獲得した。 ★悲願の鈴鹿再開 鈴鹿は87年から20年連続でF1を開催。伝説のドライバー、セナとプロストの対決など多くの名勝負の舞台となった。コース幅が狭く、起伏の多い難コースで知られる。 さらに鈴鹿はモータースポーツに情熱を傾けたホンダの創業者・本田宗一郎氏の肝いりで作られただけに、ホンダにとって開催権を奪われたことは大きな衝撃で、福井威夫社長は06年12月の記者会見で「再び鈴鹿で開催できるように、交渉を継続していく」と苦渋の表情で語った。ホンダは老朽化や手狭さが指摘されていた鈴鹿の全面改修案をF1の興行権を持つF1アドミニストレーション(FOA)に提示、隔年開催を実現させた。 ★F1争奪の胸算用 富士、鈴鹿のように自動車メーカー自ら運営するF1サーキットは世界的に珍しい。F1開催によって「地元には宿泊、飲食、運輸関連など100億円以上の経済効果をもたらす」(銀行系エコノミスト)との試算はあるものの、サーキット会社の収支は数十億円の赤字になる例が大半で、運営そのものによる収益は見込めないためだ。 赤字覚悟でF1開催に乗り出す理由についてトヨタは「自動車ファンの拡大と顧客還元」(トヨタ幹部)、ホンダも「レースは技術者を育てる最高の人材育成道場」(福井社長)。両社とも欧州でのブランド力強化という課題を抱えており、欧州で盛んなF1への取り組みは極めて重要だ。 ただ、今後5年間の開催権を得ていたとされるトヨタは「富士では約6割が首都圏の観客。全国にファンを広げるには隔年開催が効果的」(トヨタ幹部)と判断。FOAからの隔年開催の提案を受け入れた。 トヨタは07年に米ゼネラル・モーターズ(GM)を抜いて生産、販売世界一となることが確実。今後は「品格」を一層問われる立場になることから、「F1を奪われた」との三重、鈴鹿の地元関係者の不満にも配慮したとみられる。 毎日新聞 2007年9月27日 10時54分
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