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実況見聞

【実況見聞】

救急搬送 現場は今

2007年09月29日

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119番通報を受け、病院と受け入れ交渉をする西村智啓士長。消防車・救急車の現在位置や救急病院の態勢、搬送の経過状況などが様々なモニター画面に表示される

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県の「救急医療情報システム」。丸印の色によって受け入れの可否を示すが、病院側によるデータ更新が頻繁でないのが実情だ

  ◆奈良市消防局司令課当直に立ち会う

 救急搬送がいくつもの医療機関に受け入れを断られ、病院到着までに時間がかかるケースが増えて社会問題になっている。今年8月に橿原市の妊婦が死産した時には、病院を探す県の端末システムの不備や救急隊と病院との意思疎通の不十分さなども指摘された。救急の現場は今、どうなっているのか。医療機関との交渉を日々担当する奈良市消防局(奈良市八条5丁目)指令課の当直にひと晩立ち会った。

   ◎表示が違う2システム

 当直員が詰める通信指令室は、市内11カ所の消防署や分署、病院、警察など関係機関とホットラインで結ばれ、市内で発生した火災や事故などの情報がすべて集まる。

 当直は司令以下1班7人の3個班態勢。毎日交代で通信指令室に入り、市民からの119番通報を受け、救急車や消防車への指示を出す。6本ある119番の回線に1人ずつ付き、朝8時半から翌朝まで、仮眠を取りながらの24時間勤務だ。

 9月19日 午後9時00分 通信指令室に到着。この夜の当直長、花田喜一司令が迎えてくれたが、表情が硬い。「今、市内で火災が起こってます」。壁の液晶モニターには消防車9台に「出動」と赤い文字。つい20分前、市西部の民家2階から出火したとの通報があったという。いきなりの火災発生に、緊張。

 9時46分 プルルルルッ。119番通報が入る。東浦康師司令補がマイク付きヘッドホンを頭にセットして、目の前の交換ボタンを押す。「どうしはりました?」。間もなく困り顔で「往診はできないんです……」。お年寄りから「足が痛い。医者を連れてきて」と言われたという。

 木村恵充(よしみつ)司令補が「今から自殺すると119番してくる人もいるし、恋愛相談を持ちかけられたこともあるんだよ」と明かしてくれた。

 9時50分 急患受け入れの可否状況を病院ごとに色つきの丸印で一覧できる県の「救急医療情報システム」を見せてもらう。県内の消防はこれを受け入れ交渉の基礎情報にするが、各病院による情報更新がリアルタイムになされていないという問題も抱える。記者が見たとき、産科の受け入れ可は県立医大(橿原市)と市立奈良病院(奈良市)だけだった。

 一方、県北部の病院が交代で急患受け入れ番をする「北和輪番体制」表示画面の方は「1次 市立奈良病院/2次 県立奈良病院」となっている。あれ、救急システムで県立奈良病院は受け入れ不可だったのでは?

 実は産科の場合、救急システムには一番症状が軽い1次救急の受け入れ病院が表示されている。2次救急は入院が必要な患者。これでは両システムを見ないと役に立たない。当直員が困り顔で話してくれた。「搬送される妊婦は大半が要入院。1次、2次と分けるのではなく、何曜日はどこの病院と本当ははっきり決めてほしい」

 奈良市内では06年、4万4977件の119番通報があった。火災122件、救急1万4365件、救助122件など。いたずら電話は1158件もあった。主な救急出動の原因は(1)急病8764件(2)けが2071件(3)交通事故1621件。火災の原因は、放火または放火の疑いが24件で最多、次いでコンロからの出火11件、たばこの不始末10件だった。

   ◎専門医がおらず「不可」

 20日 0時00分 壁面モニターの表示が切り替わる。19日の合計は「火災1件、救急33件、救助0件、119番94件」。

 1時10分 西署の消防車が前日の火災現場を見回りに出る。「残った火種が再燃していないか、消火後に確認するんです」。きめ細かいフォローに感心した。

 1時54分 84歳の男性から「頭の左側が痛い」と119番。「かかりつけ医はいはりますか?」「え、病気の名前はなんですか?」。西村智啓士長が聞き取っていく。男性に狭心症の持病があることが判明した。「分かりました。もう少しで救急車が着きますよ」

 1時59分 救急救命士が現場到着。脳疾患の疑いがあるようだ。「脳外科への搬送交渉をお願いします」と指令室へ要請が。

 2時6分 救急システムで受け入れ可能と表示されている脳外科は5病院。西村士長はまず、奈良市内の私立病院に連絡する。「左側頭部に痛みを持つ84歳の男性。痛みは今夜8時ごろから。狭心症の持病があります。脳外科の受け入れ可能でしょうか」。だが病院側の返事は「不可」。「担当医は脳外科専門。狭心症の持病があるなら循環器内科の医師がいないと」との理由だった。

 2時9分 次に近いのは大和郡山市内の私立病院。だが西村士長は、救急システムでは受け入れ不可になっている市立奈良病院への搬送を救命士に指示した。「市立奈良病院なら総合診療の先生が出ている」

 2時12分 その市立奈良病院が受け入れを回答。5分後に到着した。「市立奈良にはどんな先生がいるか知っていたから、お願いした」と西村士長。これまで何度も受け入れ交渉をして築いた人間関係が生きた。「でも1回目で受け入れてもらえないと、あせりますよ」。8回も断られた当直員もいるという。

 4時15分 記者が仮眠している間に救急が3件から6件に増えていた。東浦司令補が「3時半ごろ、119番が入ったんだけど、こちらの問いかけに応答しない。現場へ急行すると、子どもがダイヤルボタンを押しちゃったらしいとわかった」と教えてくれた。「万が一のことがあったら大変ですからね」

 8時29分 隣接する南消防署から、消防車や救急車のサイレンが一斉に聞こえてきた。24時間勤務の終わり、交代の合図だ。この24時間に受けた119番通報は91件で、火災1件、救急33件、救助0件。救急出動の回数は平均より少なかったのに、1回とはいえ、急患の受け入れを断られる場面に遭遇した。

 東浦司令補はこう言う。「病院も入院患者で手がいっぱいなのはわかる。でも救命士ができる医療行為は限られていて、容体の判断は医師にしかできない。そこに先生がいるのなら、とりあえずみて容体だけでも判断してほしい」

 確かに。そうすれば、救命士らも新たな対策を考えることができるし、搬送先探しに時間がかかっているうちに、むざむざ患者の容体が悪化するような悲劇は減らせるだろう。

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