大学生に勉強をしない自由はない
最近読んだ文章(http://kua1.archives.kyoto-u.ac.jp/ja/pub/newsletter_12.pdf
の4〜5ページ)に「自由であって良いのだが、勉強をしない自由はあってはならない。大学はまずもって学問をする場所だ。」とあって、これは使わせてもらおうと思いました。
大学は教育機関であり、大学生は勉強するために大学に来ている筈です。したがって、「大学生に勉強をしない自由はない」というのは何の異論もないと思うのですが、きっと、違和感を感じる学生が多いでしょう。長年、大学の教員をしていて思うのですが、大学では「物事を自分で批判的に考えて判断できる能力」を身につけてもらえばいいのではないでしょうか。学士課程で身に付く専門性なんて、大したことありません。自分で判断するためには、判断基準を自分の中に持たなくてはなりませんし、そのためにはさまざまな知識も必要です。また、筋道を立てて論理を展開する必要もありますし、自分と異なる意見も正しいと思えば受け入れる柔軟性も要ります。こういった能力を身につけるために大学で勉強しているのだということを、もっと(教員、学生の双方に)分かってもらわないといけませんし、そういった観点からカリキュラムを作り、講義の内容や方法を組み立てないといけません。(勿論、自分への反省も込めて書いています。)実際に、上記のような能力を身につけるためには、時間をかけて勉強していくことが必要です。それも、専門科目だけでは無理で、教養科目、語学など多種多様な科目を学んで行く必要があります。大学生なら、1日8時間(授業時間を含む)は勉強して当り前だと社会が思ってくれないと中々実現は難しいでしょう。大学生の労働力を当てにしたり、3回生の後期から就活でずっと授業やセミナーに出られない状況を作ったりというのが現状です。大学生は勉強が第一で、勉強したあとに、その他のことがあるということをまず共通認識とする。更に、授業料を安くし(バイトしなくても良くし)成績優秀者に貸与ではなく給付の奨学金を導入(上位10%ぐらいは必要)といったことが必要です。教育にはお金がかかるし、良い教育にはもっとお金がかかるといったことを分かってもらえませんかね。
とにかく、「大学生に勉強をしない自由はない」というのは、これからあちこちで使わせてもらおうと思います。
Posted: 月 - 9月 24, 2007 at 11:40 午前