現在位置:asahi.com>社説

社説天声人語

社説

2007年09月29日(土曜日)付

クラブA&Aなら社説が最大3か月分
クラブA&Aなら朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しく)

ミャンマー―アジアの連携で圧力を

 体は倒れても、突き上げた右手はしっかりビデオカメラを握っていた。

 軍事政権が民衆の抗議デモの弾圧に乗り出したミャンマー(ビルマ)で、取材中のカメラマン長井健司さん(50)が、治安部隊に胸を撃たれて死亡した。

 丸腰の民衆に銃を向けること自体、許されない。そのうえ記者を狙い撃ちしたとすれば「世論」を敵視する軍事政権の体質を端的に物語るものだ。

 記者魂を示した長井さんのような命がけの取材が、僧侶や市民らの行動を世界に伝えてきた。軍事政権は日本など外国メディアの記者を追放したり、現地通信員を連行したりしている。私たちはこの暴挙に、怒りと抗議を表明する。

 ミャンマーも加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)は外相会合を開き、流血の事態を「がくぜんとする」と非難し、民主化指導者アウン・サン・スー・チーさんを含む政治犯の釈放を求めた。「内政不干渉」を掲げてきたASEANとしては、異例の強い表現だ。

 国連事務総長の特使が29日にも現地入りする。軍政トップのタン・シュエ議長は特使と会い、自制を求める国際社会の声に応じるべきだ。武力で民衆の思いを押さえ込むことはできない。それが19年間の軍政の教訓ではないか。

 スー・チーさんにも特使との面会を認め、民主化への対話に踏み出さなければ事態を収拾することはできない。

 それにしても、日本政府の対応の鈍さはどうしたことか。日本は、88年のクーデターで発足した軍事政権をいち早く承認した。当時、日本は2国間援助の8割を占める最大の援助国であり、その承認は軍事政権に追い風となった。

 その後も「友好国として対話を続けるなかで民主化を促す」という姿勢を保ち、ミャンマーの人権状況や軍政を強く非難する欧米とは一線を画してきた。新規の援助は凍結しつつ、人道面などの援助は続けてきたのもその一環だ。

 だが、この対話路線は軍政の暴走を止められなかった。ミャンマーの平和と民主化にもっと積極的に関与する必要がある。それが日本に期待されている国際的な役割であり、民主主義国としての責任であることを自覚すべきだ。

 政治体制や発展の度合いもさまざまな東南アジアでは、他国の内政問題を扱うには特有の難しさがある。だがこの事態になって、ASEANもこれまでのような消極的な「建設的関与」では済まないことを認めざるを得なくなった。

 流血の弾圧がとまらない以上、日本も制裁を含めて圧力をかけることを検討すべき時期ではないか。

 交渉には国連特使があたるが、その交渉力を支えるのは日本やASEANの連携だ。ミャンマーに影響力を持つ中国が、事態収拾に積極的に動くよう促すのも日本の仕事だろう。改善に向けて動き始めた日中関係を生かす好機でもある。

 日本の外交力が問われている。

新弟子リンチ―「国技」が泣いている

 「国技」と名乗っているというのに、こんなにひどい世界だったのか。

 時津風部屋の17歳の力士が、名古屋場所前の6月、けいこ中に急死した。親方や兄弟子たちによる暴行が原因だとして、警察は傷害致死などの疑いで立件する方針を固めた。

 死亡した力士は、4月に入門したばかりだった。部屋を逃げ出そうとして、連れ戻された。親方は怒って、額をビール瓶でなぐり、さらに兄弟子たちが数十分にわたって、金属バットでなぐったり、足でけったりしたという。

 力士はさらに翌日、激しいけいこをさせられて倒れ、息をひきとった。顔は変形し、遺体は傷だらけだったという。

 これでは相撲部屋ではなく、かつての炭鉱などの「たこ部屋」と同じだ。

 親方は遺族に「通常のけいこ中に倒れた」と説明したというのだから、驚いてしまう。それどころか、遺体を引き渡す前、自分たちで火葬したいと打診していた。言い逃れを重ね、暴行を隠そうとしたことに大きな憤りを感じる。

 そうした説明に疑問を抱かず、事故と見なした警察の姿勢にも、疑問がある。

 警察が本格的な捜査を始めたのは、両親が行政解剖を求め、暴行が死につながった可能性がわかってからだった。両親が動かなければ、この暴行は闇に消えたかもしれない。

 親方は兄弟子たちに暴行を指示していないのか。あるいは黙認していなかったか。警察は事件の全容を究明する責任がある。

 大相撲の世界には「かわいがり」という言葉がある。もともとは、厳しいけいこで若い力士を鍛えることだ。一方で、逃げ出したり、反抗したりした力士への戒めとして足腰が立たなくなるまでけいこをするしごきにも使われる。

 しかし、今回の事件はそうしたものとも全く異なる。陰惨なリンチとしか呼びようがない。

 すべての部屋や親方が同じようなことをやっているというつもりはない。しかし、リンチまがいのしごきを容認する土壌が、相撲界にないだろうか。そんな土壌を抱えたままでは、入門しようという若者はいなくなるだろう。

 そうした深刻な事態なのに、日本相撲協会の対応は相変わらず鈍い。調査や処分をするよう文部科学省に指導される始末だ。将来のある若い命が失われたことに対する真剣な反省も感じられない。

 大相撲は不祥事が続く。八百長疑惑、朝青龍問題、そして今回の事件。どれをとっても、力士出身者だけで運営してきた閉鎖社会の限界を感じる。

 北の湖理事長は今回の事件の責任を明らかにしたうえで、弟子の育成や部屋の運営について抜本的な改革案を示すべきだ。それができないというのなら、理事長にとどまる資格はない。

 相撲界は土俵際に追いつめられていることを知らなければならない。

PR情報

このページのトップに戻る