インタビューリスト
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
●江口摩吏介氏インタビュー● No.1
◆以前お話をうかがった時に、こちらの業界に入られる前は新聞社に勤めていらしたとお聞きしたのですが。
江口 氏(以下 江口):新聞社っていうか、新聞のデザイナーだったんです。
◆新聞のデザイナーっていうのは、どういうお仕事なんですか?
江口 :レイアウターです。
◆どこに広告を入れて、どういうふうに記事を入れるか、とか?
江口 :そうそう。で、たまにこの広告にイラストが欲しいとかって言われると、それを描いたりしてたんです。
◆こちらの業界に入られたのはどういうきっかけだったんですか?
江口:きっかけは……アニメーションは全然興味がなかったんですよ。その時友達が「グループ・タックで募集をしているよ」って教えてくれて、「グループ・タックって何?」「『むかしばなし』とかやってるじゃない」「へえー」って、全然興味なかったのに受かっちゃったんですよ。アニメ自体にはその時は興味がなかったんですけれど、入ってから僕の師匠(前田康生氏)とか杉井さん(杉井ギサブロー氏)とかに会って、すごく面白くなっちゃったんだよね。入ってそんなに間もなく、間もなくっていう程でもなかったかもしれないけど『銀河』(の制作)が決定になって、僕は公開の3年ぐらい前からキャラクターとか、みんなと一緒に仕事をしていたんだけど、むちゃくちゃ面白くなっちゃって。
◆『銀河』は決定するまで二転三転あったそうですね。
江口 :むかしね。
◆最終的に(キャラクターを)「ネコ」でいくと決まったわけですが、ネコで全部作画をされるのって、人間のときと比べると難しいんですか?
江口 :どうかなあ……あんまり深く考えたことは無かったけど。もともとキャラクターは僕がやっているんで、キャラクターを作るところは面白かったですね。面白かったことはいっぱいあるよ。これは杉井さんも多分言っていると思うんですけど、宮沢賢治のジョバンニとカンパネルラって、何で「ジョバンニ」とか「カンパネルラ」(という名前)なのって話で、原作を読んだときに、杉井さんは主人公が非常にぼけて見えるって。僕もそうだと思いましたし、そういう時にネコっていうのが……ネコって、人間に甘えたふりをして実は全然服従していない動物じゃないですか、イヌと違って。そういうイメージが杉井さんの中でキャラクターと合致したんじゃないですか。
 もともとタックの社長の田代さんがやりたくて杉井さんのところに持っていってたんですけれど、どうしてもジョバンニとカンパネルラの人間としてのイメージが出来ない、そういう時にたまたま、ますむらひとしさんが描くマンガが田代さんの目に止まって、杉井さんのところに持っていって「ぎっちゃん、これでどう?」って話をしたんでしょうね。
◆じゃあ、作画に入ってから完成するまでに3年も……?
江口 :そのぐらいはあったと思いますよ。
◆その間は他の作品はノータッチだったんですか?
江口 :僕はノータッチって言われてましたね。『銀河』はすごい贅沢な作り方をしているんですけれど、キャラを作りながら本読みをしてね、宮沢さんの原作と別役さんのシナリオとを照らし合わせながら、一日何ページかづつを読んで、その後にその日読んだところを「こうだろう」って、裏読みも含めてずっとしてたんです。すごく面白かった。まだ新人の時だったんで、いくつぐらいだったかな、27か28(歳)のときに完パケになったと思うんです。ということは24ぐらいの時から作業に入っていたということですね。
◆何が印象に残っていますか?
江口 :すべてだけど、最初、前田(康生)さんに呼ばれて「銀河鉄道の夜って、お前読んだ事ある?」「いえ」「宮沢賢治知ってる?」って、そういう世界だったんですよ(笑)。「お前に作画監督とキャラをやってもらうから」「えっ、僕ですか?」ってびっくりしちゃったんだけど、じゃあちょっと原作読もうかなって、読んでみたけど全然わからないし。そうこうしている時にみんなで取材に花巻に行ったりして、だんだん感じるようになったんですよ。
 賢治の記念館を見たりとか、賢治が昔学校をやっていた、今も残っている家に行ってみたりとかね。あと全然関係ないんだけど遠野に行って、すごくムードのある民宿に泊まって、そこに昔話をするお婆ちゃんがいて、NHKとかにも出た有名な人なんだけど、その人を呼んでもらって、囲炉裏で話を聞いたりとかね。そうすると、賢治がこういうのを見てこういうふうに感じて自分の作品を作っていたんだろうと思うと、わからない間に入れ込んでいっちゃう。感じるようになったんですよ。僕が一番好きなのは賢治の『春と修羅の情』っていう詩集なんだけど、そういうのを読んだりしていると、だんだん賢治がわかるというか。それでもう思いがばーっと出て来ちゃって、キャラを作るときも、理屈じゃなくてね、不思議な雰囲気なんだ。キャラを作るとき自体はいろいろ画策があったんですけれど、一番大きかったのはやっぱりその思いですね。これがあったから、ジョバンニにポシェットを付けちゃおうとか、いろいろな発想が生まれて来たんだと思います。
 もともとますむらさんの絵では中国服みたいなのを着てて、それで一番最初のイメージボードは描いていたんですよ。そしたら杉井さんが「画面的に何かつまらないな」って言い出して。裸にしてみたんです、何も着せない真っ裸に。そしたら杉井さんが「裸だと絵になんないんじゃない?」って言い始めて。確かに、色味を考えるたときに一色ですからね、インパクトが無い。で、結局裸にチョッキを着せたんです、ジョバンニの場合。カンパネルラはああいうキャラなんで、裸にネクタイとスリーピースの下の部分だけ着せたの。そうしたら僕の師匠(前田康生氏)が怒って来て、「何だお前これは?」って。「お前ね、ネクタイはカッターシャツがあって初めて生まれたものなのに、何で裸にネクタイなんだ」って怒られちゃったの(笑)。「え?」とか思ったんだけど、しばらくして「今回は許そう」って(笑)。その理由がね、宮沢賢治ってすごく洒落っけがあってお洒落ですよね。あの時代に帽子をかぶってロングコートを着て、すごいお洒落で茶目っ気がある人なんですよ。その賢治の茶目っ気で、「裸にネクタイ」を許そうって。それと、ヒマラヤ山脈の隣りに住んでるネコの民族があって、そのネコの民族が地上に降りてきて人間のしているネクタイを見て「あれは何?」って。そういう人たちの文化だからカッターシャツが無くても物まねでネクタイをしちゃう、そういう民族がいて、そいつらが今回の銀河の主人公なんじゃないかって、そういうところから入って解釈をして、それで裸にネクタイも許そうっていうことになったんですよ。 僕は面白いことを言う師匠だなって思ってたけど、師匠の言うこともすごくわかるんですよ。何か創造するときに、「自分はこうしたい」っていうのとは別のところで人を説得できないと意味がないから、そういう意味ではこういうのもありだろうし、そう言われれば「ああ」ってなるでしょう。だいたい、面白い映画の裏設定っていうのはみんなそういうふうに考えられてますからね。これは勉強になりました。
 もう一つは、杉井さんが、とにかくネコの世界を描きたい、裸にするっていうこともそうだったんですけれど。そういう時に僕に言って、僕が一番ドキッとしたのは、いきなり僕のところに来て「摩吏介、ちょっと話がある」とかって。「今回の映画は、千葉に住む「ますむらひろし」率いるネコ劇団の演じる『銀河鉄道の夜』っていうのはどう?」って言ったんです。「えっ、ネコ劇団でいいの?」って、わくわくするじゃない、言葉のニュアンスで。それでかぽーんって抜けたんですよ。「ネコ劇団でいいんだ!だったら劇団員も作っちゃおう」っていうことで、そうしたらどんどんOKが取れ始めて、面白い面白いっていうことになって。あれがなかったらなかなか抜けなかったですね。杉井さんはいつもそうなんですよ。あとで「だまされたなあ」って思うんだけど、それがすごく心地よくて。
◆『銀河鉄道の夜』で、一番印象に残っているシーンは何ですか?
江口:僕はやっぱりラストですね。僕らの作業が終わって、ダビングに何日間かずっと付き合って、その時もいろいろ面白いことがあったんだけど、最後に杉井さんが、ラストに『春と修羅の情』を入れたいんだよねって言い出して、もううれしくなっちゃって。やっぱりあそこかなあ。あれも最初とはだいぶ位置がずれているんだけどね。とにかく『春と修羅の情』は好きなんですよ。