甘口辛口

一言メッセージ :宇宙市民第*号(1号は石川三四郎):本籍は宇宙、寄留地は日本

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マンガとクラシック音楽(隠居の放談)

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                   (勝敗が決まった後の両候補)


<マンガ 対 クラシック音楽>

熊さん─自民党の総裁選で福田康夫が選ばれたんで、ご隠居さんも満足しているんじゃないか?

隠居─福田候補は、麻生太郎よりはましだが、先行きは安心できないよ。彼は冷静沈着で月光仮面のようだといわれている。ところが、そういう人間ほど、実は感情面で破綻しやすいんだ。

熊さん─へえ。福田康夫は、何があっても動揺しないように見えるがねえ。

隠居─問題は、彼のプライドが高すぎることさ。だから、プライドを傷つけられたときの混乱も大きくなるんだ。

熊さん─プライドという点で、麻生太郎はどうなんだい? ご隠居は、彼のことを「受け狙いの芸人タイプ」といっていたが。

隠居─ああ、彼には福田康夫のようなインテリ風のプライドはない。
麻生太郎は身近にいる人間をたらし込む才能にたけていて、「お座敷芸」の達人といわれていた。それが、今度は街頭演説でも才能を発揮し、「お座敷芸」に加えて、「大道芸」の達人にもなった。彼はインテリ式のプライドは持っていないが、自分の芸人的才能については自信満々だね。

熊さん─確かに二人は違っているな。福田は、「ウフフ」と笑うけれど、麻生は、「ガハハ」と笑うからなあ。福田はクラシック音楽が趣味で、麻生はマンガが大好き。万事について派手で大袈裟な麻生の方が、若い者には受けるんだぜ。

隠居─それが彼の狙い目なんだな。麻生は、常識的な大人に反撥する若者世代を味方にしようとしているのさ。だから、街頭演説をするとき、どこに行っても、自分は古い世代から排除されている嫌われ者だとか、旧体制のなかで孤立しているイジメラレッ子だとPRする。そして、街頭で自分はオタクだと宣伝する。党内でも同じだよ。若いタカ派の議員を精一杯おだてて、自分も君らと同じナショナリストだと触れ回る。麻生太郎が、総裁選で善戦して、200票近くも票を集めたのも、若手から支持されたためだよ。

熊さん─麻生は、演説のたびに自分の劣勢を訴えた。福田康夫の方も、自分は元来総裁選に出る気はなかったと無欲なことを盛んに宣伝していたよ。

隠居─二人とも、自分の支持層に合わせたPR戦術を採用したのさ。麻生は若年層の受けを狙って「キャラ」を目立たせようとしたし、福田は逆に大人の好みに合わせて個性を隠し無欲を装った。麻生は「自虐史観」を攻撃してタカ派であることを誇示したけれども、福田は、極端に走らず中道派のポーズをとり続けた。だから、二人の間に火花を散らす論戦が起きなかったんだ。

熊さん─正直にいって、二人の演説はあまり面白くなかったな。

隠居─だいたい、政治家の演説に知性や教養を期待しても無駄なんだ。
旧制中学の生徒だった頃に、学校にいろいろな「有名人」がやってきて講演をしていったが、一番面白くなかったのは軍人と代議士の講演だったよ。ある時、地元選出の衆議院議員がやってきて、時局講演をやった。太平洋戦争を数年後に控えた時代だったから、話は日独伊の三国同盟に関するものだったな。講演の途中で代議士は、壇上に設けられた黒板にチョークで「大政翼賛」と書いた後、その文字を指さして壇上から校長に大きな声で呼びかけた。

熊さん─何といったんだい?

隠居─「校長先生、これで間違っていませんか」と質問したんだ。

熊さん─・・・・?

隠居─つまり議員はわざと卑下して、校長の機嫌を取ろうとしたんだよ。「私は無学だから、文字を正確に書けたかどうか自信がない。ここは尊敬する校長先生の教えを乞うしかありません」とね。代議士は、こんな具合に、折あるごとに地域の選挙民のご機嫌を取り結ばなければならない。演説がつまらなくなるのは当然だね。

熊さん─でも、今は、そんな代議士ばかりじゃないだろう。

隠居─私はこれで80年以上生きてきたが、傾聴に値する政談演説を聴いたのは一度しかないな。羽生三七という参議院議員の講演だよ。

熊さん─それは、また、何時か聞かせてもらうとして、総裁選当日の二人の候補の顔を見たかい。えらく緊張していたじゃないか。うちのカミさんは、あんなに緊張した人の顔を見たことはないと言っていたぜ。

隠居─うん、だが、角福戦争当時の総裁選は、もっとすごかった。あの時は、田中角栄も福田赳夫も、持てる限りの軍資金をばらまいて議員の買収をしたんだ。総裁選は公職選挙法の適用を受けないから、いくら買収してもよかったんだ。そこで両方の陣営から金を貰う議員が続出した。だから、勝敗の帰趨は全く分からなくなった。

熊さん─どっちが勝ったんだい?

隠居─田中角栄が勝ったんだが、この時、開票を待つ二人の顔つきは、この世のものとは思えなかったな。ひん曲がった顔で、相好がすっかり変わってしまっていた。田中角栄が勝利して、立ち上がって一同に頭を下げるときにも、ひん曲がった顔が元に戻らないんだよ。こんな思いまでして、総裁になりたいのかと、気の毒になった。熊さん、変な欲にとりつかれないでいる私たちの方が、幸福かもしれないよ。

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映画「太陽」を見て

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                    (WOWOWの解説記事)

戦争中は天皇のプライベートな話は厳重に封印されていて、一体、昭和天皇とはどのような人物なのか、国民には皆目見当がつかなかった。日本人が天皇の肉声に初めて接したのは終戦時の「玉音放送」だったが、この時の昭和天皇は、奇妙な抑揚をつけて詔勅を朗読しただけだったから、その音声を通して天皇の人柄を判断することは出来なかった。

戦後、昭和天皇の人柄についてちゃんとした感想を述べたのは、「五勺の酒」を書いた中野重治だけだったと思う。

中野重治は、戦争中にニュース映画で昭和天皇が満州国皇帝を出迎える場面を見て、天皇に個人として好意を感じたのであった。そのニュース映画に映し出された天皇は、敬礼を交わすために満州皇帝以下随行の満州国高官たちの前を順々に移動したが、この時彼は一人一人と正対して向き合うために小刻みに足を踏み換えていたという。これを見て、中野は、天皇が律儀で真っ正直な人間だと感じたのだった。

一昨夜、WOWOWで、ロシア、イタリア、フランス、スイスの4国が協力して製作した「太陽」という映画を見ているうちに、中野の「五勺の酒」を思い出した。イッセー尾形が扮する昭和天皇が、外国人カメラマンたちから、「チャーリー」「チャップリン」と呼ばれる場面を目にしたら、中野作品が頭に浮かんできたのだ。

日本人の感覚からすると、昭和天皇とチャップリンは直ぐには結びつかない。ところが、カメラマン達は、天皇を撮影しながら口々に彼をチャーリーと呼んだだけでなく、写真撮影を終えて天皇に別れをつげる時にも、「チャーリー、グットバイ」と声を掛けている。天皇自身も不思議に思って、その場を仕切った米兵に、「私は本当にチャップリンに似ているか」と質問している。

カメラマン達が、天皇を見てチャップリンを連想したのは、天皇の機械仕掛けのような歩き方や所作が有名な喜劇俳優を思わせたからなのだ。

私は昭和天皇が満州国皇帝を出迎える時のニュース映画を見ていない。けれども、一人一人の前に正確に立とうとして天皇が小刻みに足を運ぶ場面はハッキリと想像できる。天皇は、きっとチャップリン式の動作をしたにちがいないのだ。カメラマンの前に立ったときの天皇の振る舞いにも、チャップリン式の喜劇的な所作を思わせるものがあったのである。そういえば、終戦時の「玉音放送」にしても、自然な感じを欠いている点で、喜劇的だったといえないこともない。

日本人は昭和天皇の言動にチャップリンを思わせる滑稽なところがあっても、それは天皇が世慣れていないためだとして、温かく見守っている。戦後に天皇の物真似をする日本人が増えたけれども、それも大体において好意的な物真似だったのである。しかし、外国人には、その辺の微妙な違いが理解できないのだ。

そのほか、映画を見ていて記憶に残ったのは、昭和天皇とマッカーサー占領軍司令官が面会する場面だった。その場面で、天皇はさほど突飛なことをしたわけではなかった。常人と比べて変わっていたところといえば、ドアの前まで歩いて行って、誰かが自分の代わりに戸を開けてくれるものと期待して、何時までもその場で動かないでいることくらいだった。が、マッカーサーと二人でいるときの天皇は、人形じみていて何かしらおかしかった。だから、マッカーサーは、天皇と別れた後で、彼のことを、「子どものようだ」と批評するのである。

この映画を企画したロシア、フランス、イタリア、スイスの関係者たちは、一体、「太陽」という題名のもとで、何を描こうとしたのだろうか。これらの四つの国は、君主制をとっていない。共和国に生きる市民として、君主制国家の非合理性や滑稽さを強調しようとしたのだろうか。

WOWOWのパンフレットは、この映画について敗戦前後の昭和天皇の内面に分け入り、その孤独と苦悩を描いたものだと解説している。確かに、映画には天皇の孤独が描かれている。天皇は侍従や召使いに手厚く守られ、彼らから「日本国民は、玉砕覚悟で天皇を守ります」と激励される。すると天皇は、「では私が最後に残る日本人になるわけだね」とつぶやくのだ。そして、「誰も私を愛してはいない。私を愛してくれるのは、皇后と皇太子だけだ」と独語する。

天皇は一人になると、アルバムを取り出して皇后と皇太子の写真をしみじみと眺め、皇太子の写真にひそかに接吻するのである。

天皇の苦悩もたっぷり表現されている。映画は天皇の苦悩を表現するために、病人のように引きつる天皇の口辺や、唐突に発せられる奇妙な発言を映し出す。彼は御前会議に出席して、政府の要人達の前で明治天皇の和歌を引用したかと思うと、謎めいた質問を一同に浴びせかけて、出席者を困惑させる。生物学の研究室では、天皇は助手に研究対象の観察結果を口実筆記させながら、突然、日米戦争の原因はアメリカの排日政策にあったなどと言い出すのだ。

敗戦前後の天皇に関するさまざまなエピソードを羅列したかに見えるこの映画にも、一貫したテーマが流れている。天皇の神性に対する天皇自身の戦いというテーマだ。

外国人にとって最もわかりにくいのは、近代教育を受けた日本人がどうして天皇を「生ける神」「世界を照らす太陽」と信じ得るかということなのだ。生身の人間を神と信じる日本人の愚かしさが、外国人には不思議でならないのである。

そこで彼らは考える。思想の自由を禁圧されている一般日本人が、天皇を「現人神」と考えるのはやむを得ないかもしれない、だが、神様にされた天皇の方は、やりきれなかったはずだ。そこで、映画監督は、昭和天皇と面会したマッカーサーに、まず第一に、「現人神」と仰がれるのは、どんな気持ちかと質問させるのである。すると、天皇は、「楽ではないです」と短く答える。

映画の製作者達は、天皇が戦争中から内心で「現人神」という衣装を脱ぎたがっていたという前提に立ち、そのための天皇の空しい戦いを描いて行くのだ。天皇は映画の冒頭部分で、早くも自分を神様扱いにする侍従に、「私の体の何処に他の人間と変わったところがあるというのだ」と詰め寄っている。

天皇は戦争が終わり、疎開していた皇后が戻ってくると、これからはもっと楽に生きられるようになるよと約束する。天皇が、「人間宣言」を布告して普通の人間になることにしたと告げたのだ。それを聞いて、皇后も目を輝かして喜ぶのである。

しかし、映画では天皇の「人間宣言」は結局日の目を見なかったということになっている。これからは、神ではなく人間として生きられると喜んでいる二人のところに、侍従が天皇の命を受けて人間宣言の録音版を作ることになっていた役人が自決したと報告に来るのだ。天皇が侍従に自決を止めなかったのかと質問すると、侍従は、「止めませんでした」と答える。すると、天皇は皇后のなじるような視線を浴びながら、侍従に一言も抗議することなく、悲しそうに黙ってしまうのである。

この映画を見ると、外国の人間が日本人をどう見ていたか、よく分かるのだ。日本人は、金正日の前にひざまずく北朝鮮の人々を眺めて笑うけれども、戦前の日本人はそれ以上にもっと広く笑われていたのだ。同じ人間でありながら、跪拝する人間と跪拝される人間がいることほど滑稽なことはない。私はこの映画を見ていて、戦時下の宮廷生活を「荘重なるマンガ」と感じたが、「荘重なるマンガ」は今も続いているのである。

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週刊誌に見る人間喜劇(その2)

熊─えらいことになったねえ。安倍首相が辞意を表明したじゃないか。ご隠居は、こうなることを予想していたかい?

隠居─誰も予想していなかった。だから、新聞などに「乱心」とか、「錯乱」という言葉が氾濫したんだよ。

熊─週刊誌には、随分ひどいこと書いているのがあったぜ。「こんなヤツを首相にしたのは誰だ」とかね。

隠居─いまになって考えれば、安倍首相の言動は最初からおかしかったな。彼は「戦後レジームからの脱却」というけれどね、こう言うのが極左の革マル派ならわかるよ。だが、自民党員である安倍晋三がそんなことを言うのは滑稽なんだな、戦後レジームを作ってきたのは自民党じゃないか。それに、戦後体制の根幹部をなす日米安保条約を改訂・強化したのは、首相の祖父の岸信介だからなあ。

熊─そういえば、そうだ。

隠居─首相辞任の理由にしたって、訳が分からない。彼はテロ特措法を延長しないと、「国際的な公約」をやぶることになるというんだが、どこが「国際的公約」なんだい? 安倍晋三が、いまや落ち目のブッシュに「テロ特措法を通します」と約束しただけじゃないか。国際公約どころか、安倍とブッシュの間の個人的な約束に過ぎないんだよ。

熊─しかし、アメリカのご機嫌を損じたら、いろいろまずいことがあるんじゃないの?

隠居─いまや、アメリカのいいなりになっている国は、ほとんどなくなっているんだ。まだアメリカに尻尾を振っているのは、日本くらいのものだよ。

熊─すると、テロ特措法なんか、あまり重要視しなくてもいい・・・・・。

隠居─そうなんだ。首相はテロ特措法を通したいと思うと、これを国政の最重要課題であるかのように騒ぎ立て、そのうちに、自分でもこれを重要法案だと錯覚してしまう。「小心翼々」という言葉があるが、彼は極め付きのチキンハートなんだな。こんなものは、野党の反対で法案の再延長が不可能になったとアメリカに通告すれば、それで済む話なんだ。

熊─チキンハートだから、宗教に頼ることになるんだな。ご隠居は、「週刊文春」の今週号を読んだかい。安倍晋三は、新興宗教をいくつも信じているそうだぜ。一番驚いたのは、安倍家が代々、統一教会と深い関係にあるということなんだ。岸信介も、安倍晋太郎も、統一教会の大会に出席していたそうじゃないか。

隠居─安倍家が統一教会と深い関係にあることは、公然の秘密なんだよ。そういう安倍晋三を国粋派・民族派の右翼がかつぐんだから、おかしな話さ。

熊─彼が信じているのは、統一教会だけではないらしい。「週刊文春」には、こう書いてあるから、読んでみるぜ。

< 新生仏教教団を筆頚に、
 こうした宗教団体が、安倍
 を支えてきたのは事実だ。
 それに応えるため、安倍は
 この種の宗教団体の会合に
 進んで出席してきた。
 
 安倍は、そうした団体か
ら贈られる「御守」や「仏
像」、祈祷済みの「御礼」
や神事に使うのであろう
「鏡」などを大切に保管し、
日常的に祈りを捧げてい
る。

首相執務室の机は、そ
うしたものでいっぱいにな
っている。>

こんな調子で、彼はいくつもの宗教を信じて、神頼み、仏頼みの毎日らしい。

隠居─ほう、驚いたな。一国の首相が、宗教狂いだとはね。
ここに、首相の資質について触れた新聞の社説があるから、今度は私がその内容を紹介するよ。首相に必要なのは、判断力、洞察力、バランス感覚だが、これらは深い知性によって背後から支えられているというんだ。いくつもの新興宗教にトチ狂っている首相に、この種の知性を期待するのは、そもそも無理な話だったんだな。こういう首相を選んだ自民党員の「任命責任」も問われなければならないよ。
  
熊─新しい首相に替われば、少しはよくなるんじゃないか。

隠居─佐高信は、「麻生太郎は受け狙いで思ったことをそのまま言ってしまうし、福田康夫は本心と違うことを平気で言うことに磨きをかけている」と酷評しているけどね。二人を比較すると、麻生は、小泉・安倍にぴったり寄り添ってきたタカ派だからどうしようもないが、福田の方はアジア外交を重視する穏健派だから、こっちは多少期待できるかもしれない。

熊─隠居は、福田首相を歓迎しているわけかい?

隠居─イヤ、とにかく私は、安倍首相が辞任するのと一緒に、その取り巻きの右傾学者や評論家が消えてくれるのがうれしいんだ。彼らは、とびきり頭が悪い上に、揃って下劣な品性の持ち主ばかりだからね。ところで、今週号の週刊誌には、ほかに面白い記事があったかね。舛添要一はどうなった?

熊─舛添関連の記事の見出しは、こうなっているよ。<被害女性が証言「10人の婚約不履行」と「持参金タダ取り」>

隠居─わかった、わかった。川柳欄はどうだね、面白いものがあるかね。

熊─「オフクロは 喪服を着ても そそらない」

隠居─ぷうっ。なんだい、そりゃ。

熊─この週刊誌は置いていくよ。ご隠居は、多摩川のホームレスに関心を持っていたろう。これには「多摩川水没観察記」という三枚続きの写真が載っているからね。

隠居─ありがとう。ホームレスは、現代のディオゲネスになりうる面々だからね、無関心ではいられないんだ。

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週刊誌に見る人間喜劇(隠居の放談)

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                  (大学卒業時の高砂親方:「週刊文春」より)

<週刊誌に見る人間喜劇>

熊─ご隠居さん、馬鹿に機嫌がいいじゃないか。何か、面白いことがあったんかい?

隠居─いや、週刊誌を読んでいたところなんだ。週刊誌というのは、確かに笑えるねえ。ユーモア雑誌を読んでいるようだよ。

熊─どれどれ、「週刊文春」の9月13日号か。おいらもこれを読んだが、笑えるような記事は何もなかったぜ。

隠居─それが、あるんだな。例えば、表紙をめくると、高砂親方を取り上げた「組写真」がある。その一枚に、親方が婚約した時の写真があって、「指輪は3,75カラット1500万円」というキャプションがついている。これを読んでいると、笑えてくるんだな。

熊─別におかしなことはないじゃないか。

隠居─昔を知っている者には、笑えてくるんだ。彼は婚約したとき、記者達に婚約指輪を贈ったかと質問された。すると、親方は、あっけらかんとした調子で、「うん、指輪を買ったら、すっかり金がなくなっちゃった」と答えていた。彼は、女性のハートを射止めるために、有り金全部をはたいて指輪を購入したんだな。

熊─それがどうしたというんだい? 好きな女のためにすべて投げ出したんだ、いい話じゃないか。

隠居─それが高砂親方の行動様式だということなんだよ。相撲協会の理事会が朝青龍の帰国を認めたときに、彼は気負い込んで、「朝青龍のことは自分が全責任を負う」と宣言した。そして、一緒にモンゴルに出かけた。あれだけのことを言い切った以上、親方は朝青龍と寝食を共にして年明けまでモンゴルに留まると思ったら、何のことはない忽ち日本に舞戻ってきて、向こうで見た虹の話なんかをしてたな。

熊─つまり、その場その場で一生懸命になって全力を振うが、長続きしないということかい?

隠居─うん、彼は日替わりで心機一転を繰り返しているんだよ。後先を考えずに何かをやる。次の日も、また、何も考えずに別のことをやる。しかしな、考えてみれば、こういう調子で、毎日を過ごすのが相撲取りの人生じゃないか。彼らは、一日一番、毎日のように常に新たな気持ちで土俵に上っているんだ。

熊─では、舛添要一のことは、どうなんだい。彼のスキャンダルが、トップ記事になっているんだぜ。<看板大臣には「四人の妻」と「三人の隠し子」。元妻片山さつきにサバイバルナイフを突きつけた男>とある。

隠居─舛添大臣のことでも笑ったよ。彼が片山さつきと結婚して「こんな知的水準の高いカップルは空前絶後だ」といわれたことは知っていたが、四人の妻・三人の隠し子という話は全然知らなかったからね。トップ記事を読んで、やっぱり正体をあらわしたなと思って笑ったんだ。

熊─正体を見せた?

隠居─ああ、彼のあの突き刺すような目つきと、母親の介護に専念したという美談がどうもうまく繋がらなかったんだ。ベストセラーになった『母に襁褓をあてるとき――介護闘いの日々』(中央公論社)という本の題も、衝撃性を狙ったうまい題名であることは認めるが、何だかイヤな後味が残る。記事の中で、舛添と対立している長姉は、彼が親孝行だという説を否定した上で、「あの子は頭がいいから何をやってくるかわからんし、恐いですよ」と語っているが、「恐いですよ」という言葉には、実感があるね。

熊─ご隠居も、この頃、人相見みたいになってきたな。うちのカミさんは、「舛添要一はシャープないい顔をしている」といっていたぜ。

隠居─シャープかもしれないが、あれは反省とか懐疑とは無縁の顔だよ。進むことだけを知って、退くことを知らないロボット人間の顔だ。人間的な深さとか苦悩とか、そういうものを完全に欠如した非人間的な顔でね、エリートといわれる者の中には、ああした顔をしたのが多いんだ。何でも一番を主義にして、人を押しのけて突き進んできたエリートは、自然にああいうふうな顔になる。

熊─姫井ゆみ子の寝顔写真という記事もあった。

隠居─これは、あまり笑えなかったな。姫井参議院議員と不倫をしていたという男は、週刊誌の要請に応じて、四五〇枚以上の秘密写真を提供したという。この男が、二人だけの秘密写真を公開したのは、議員への恨みを晴らし、あわせて週刊誌から支払われる謝礼を目的にしていることは誰の目にも明らかだが、彼はしらじらしく、「彼女が国会議員でいると、国益に反すると判断したからだ」と弁解している。あまり見え透いたウソを聞かされると、興ざめしてくるね。

熊─ほかに笑えるような記事があったかな。

隠居─川柳欄に、「禁煙で 長生きすれば 国こまる」というのがあったよ。

熊─「紀子さま流帝王学」という皇室記事は、どうだね。

隠居─秋篠宮妃は、結婚する前から宮内庁に頼んでビデオを借り出し、お手振りなどの練習をしていたという。その彼女が、生後5ヶ月の悠仁坊やにお手振りとお辞儀の訓練をしていると聞いて呆れたね。この人は、皇太子妃への対抗意識に燃えているらしいな。雅子妃が娘を連れて天皇・皇后を訪ねることが少ないので「両陛下は寂しがっておられる」というニュースの流れているのを知ってか知らずか、坊やを連れて「八月には三度も両陛下のもとに」参上しているそうだ。これも何となく興ざめする話だよ。

熊─しかし週刊誌の書くことなんか、余りあてにならないぜ。

隠居─それは承知しているさ。でも、新聞に載っている週刊誌の広告を見るだけでも、「おお、皆さん、やってるな」という気がしてくるじゃないか。昔、腹を立てて見ていたような社会現象でも、年を取ると人間喜劇の一場面として笑って眺めることが出来るようになる。週刊誌ばかりじゃない、近頃は新聞やテレビを見ていると、松竹新喜劇を見物しているような気分がしてくるんだ。

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芥川龍之介の死(その2)

芥川龍之介が自殺した原因について、体調悪化とか、義兄の自殺を含む近親者の相継ぐ不幸とか、プロレタリア文学の勃興を前にして作家としての将来に不安を感じ始めたとか、いろいろな理由があげられている。だが、それらはすべて二次的な原因でしかないのではあるまいか。

以前に私は、芥川が中国旅行の折りに、性病を背負い込んだことが自殺の原因ではないかと考えていた。自殺する前の芥川は、子どもが、「お化けだ」と怯えるまでに衰えていた。見るも無惨に衰弱していたのである。こういう衰え方は、外国で性病に罹患した患者によく見られたものらしい。シベリア出兵でロシアに乗り込んだ兵士達のうち、ロシア人娼婦を買って梅毒になったものたちは極めて激烈な症状を呈し、中国に渡って現地で性病にかかった者たちの衰弱ぶりも「ロシア梅毒」と同様だったといわれる。

芥川龍之介は、内地にいた頃から、仲間の作家達を驚かすほどの「発展家」だった。芥川の悪所通いについては、作家仲間達による証言がある。中国に渡って同じようなことを繰り返した芥川が、そこで不運にも病魔に犯されたとしても不思議はない。

しかし、松本清張は、芥川の死の原因を別のところに求めている。彼を巡る複雑な家族関係に原因があったというのである。死の直前、芥川は自身の一家だけでなく、義兄の家族や、実家の家族の面倒を見なければならなかった。義兄が自殺し、実家の当主(異母弟)が病死したため、彼は三つの家族を支えねばならなくなったのである。

だが、松本清張はそれが直接の原因ではなく、芥川にとって養父の存在が大きな負担になっていたのではないかと推測する。

< 養父道章は芥川の第一回河童忌(七月二十四日だが、暑
いので参会者の迷惑を考えて六月二十四日にくりあげた)
の翌朝、庭を掃除しているうちに急に気分が悪くなり、床
についた二日後に死んだ。

こんなことを書くのはどうかと
思われるが、若し、(という仮定が宥されるとすれば)養
父の死が一年早かったなら、芥川の自殺は無かったかもし
れないとも思われる。孝養を尽くした芥川ではあるが、養父
 の死によって、彼の上にのしかかっていた重苦しいものが
除れ、頭上の一角に窓が開いたような「自由な」空気が吸
えたのではないか。

養父に先に死なれることで後の「ぼん やりした不安」の
要因が消えるわけではないが、少くとも 自殺の決行をもっと
先に延ばしたのではなかろうか。その間にその死を制める
ことが出来たのではなかろうか。
(「昭和史発掘・芥川龍之介の死」)>

芥川家の老人たちは、なぜ彼を追いつめるほどのヒステリーを起こしたのか。
もちろん、肝心なことは部外者には分からない。

芥川の伝記には、死の直前、彼が自家の老人達のヒステリーに悩んでいたことが記されている。主治医の下島勲が龍之介の健康を心配していろいろ助言しているのに対し、彼は「こちらのことは御心配なく。それよりもどうか老人たちのヒステリーをお鎮め下さい」と手紙で頼んでいる。彼はまた別のところで、「老人のヒステリーに対抗するには、こちらもヒステリーになるがいいと教えられたので、今それを実践中です」というような手紙も書いている。

芥川は結婚後、養父母と伯母という三人の老人と同居していたが、はじめそのことを取り立てて苦にはしていなかった。彼は一日中、二階に腰を据えて原稿を書くか、訪ねてくる編集者や友人と会うかしており、同じ家にいても老人達と言葉を交わすことがほとんどなかったからだ。彼が痔疾を悪化させるほどに二階の書斎にこもりきりだったのは、一つには扶養する老人達との交渉を避けるためだったと思われる。

だが、義兄や異母弟が亡くなって、芥川家が一族の中心になると、彼は老人達と腹を割って話さなければならなくなった。彼は老人達と相談して親族会を開き、親戚らの意見をとりまとめる必要に迫られた。彼は、あらかじめ養父母の意見も聞いておかなければならなかったのだ。

龍之介が一族の中心になるにつれて、養父母と伯母の力関係も微妙に変わってきたに違いない。それまで兄夫婦の厄介になって肩身の狭い思いをしてきた伯母は、龍之介が一家の主になったことで、兄夫婦より優位に立つようになり、それがトラブルの背景になったとも考えられる。

しかし、芥川の体調悪化も、老人達のヒステリーも、所詮は二次的な原因でしかない。まわりにどんな悪条件があっても、執筆意欲があるうちは、作家が自死することはない。人間は、やりたいことがあるかぎり、自分から死のうなどとは考えないものだ。

明治以降、わが国では前途有望な作家の自殺するケースが多かった。そして、その理由として、通例作家としての行き詰まりがあげられるけれども、これをもっと端的にいえば彼らは書くことに興味や喜びを感じなくなったのである。では、なぜ書くことに喜びを感じなくなるのか。

自殺する作家には、世評に敏感なものが多い。自分の作品が編集者や読者から歓迎されなくなったと感じたとき、世評を執筆動機にしている作家は書くことに興味を失う。趣味でも道楽でも何でもよい、生の先導役をつとめる興味があるうちは人は死なない。が、世評重視型の作家は、執筆に興味を失うと同時に、もぬけの殻のようになって人生のすべてに興味を失ってしまうのである。

芥川龍之介や三島由紀夫は、世評に敏感な作家だった。彼らが書くことに興味を失って自死したとしたら、その対極にある作家は森鴎外ではなかろうか。鴎外は世評に頓着しないで、一般の読者にとっては退屈極まる史伝や「元号考」を死ぬまで営々と書き続けた。

芥川の死を理解するには、生きていく上で先導的な役割を果たした興味が何であったか、彼について、その質を分析しなければならないと思う。人間本来の先導的な興味は、趣味や道楽などを含め、大いなる自然や普遍的な真実を志向している。だが、その興味の方向が本来的なものからそれて文章の彫琢や人工美の構築に向かったりすると、やがて興味は色あせてきて「娑婆苦」がひしひしと身に迫って来るのである。           

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